詩百篇第1巻64番


原文

De nuit soleil1 penseront2 auoir3 veu,
Quand le pourceau4 demy-homme5 on verra,
Bruict, chant6, bataille7, au ciel8 battre aperceu
Et bestes brutes a9 parler10 lon11 orra.

異文

(1) soleil : Soleil 1568C 1589PV 1591BR 1605sn 1606PR 1607PR 1610Po 1611A 1627Ma 1627Di 1644Hu 1649Xa 1650Ri 1653AB 1665Ba 1672Ga 1712Guy 1716PR 1792La 1981EB
(2) penseront : penserent 1605sn 1628dR 1649Xa, panser ont 1611A, ont penser 1611B 1981EB 1792La
(3) auoir : auois 1607PR, avoit 1611B 1981EB 1792La
(4) pourceau : Pourceau 1672Ga
(5) demy-homme 1555 1644Hu 1665Ba 1840 : demy homme T.A.Eds.
(6) chant : chaut 1612Me, Chant 1672Ga
(7) bataille : Bataille 1672Ga 1712Guy
(8) au ciel : auciel 1607PR, au Ciel 1568C 1590SJ 1605sn 1611A 1611B 1628dR 1649Xa 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668 1672Ga 1712Guy 1716PRc 1792La 1981EB
(9) a 1555 1557U 1672Ga 1840 : à T.A.Eds.
(10) parler : paler 1653AB
(11) lon : on 1588-89 1590SJ 1612Me 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668 1672Ga, l'on 1590Ro 1605sn 1611A 1611B 1627Di 1628dR 1627Ma 1644Hu 1649Xa 1650Ri 1653AB 1981EB 1665Ba 1712Guy 1772Ri 1792La

(注記)1792La はランドリオ出版社版の異文。

日本語訳

(人々は)夜に太陽を見たと思うだろう、
半人の豚が目撃されるであろう時に。
騒音、歌声、交戦する軍隊が空にて認識され、
人々は野獣が話すのを耳にするだろう。

訳について

 1行目は主語が省略されているが、動詞が三人称複数形なので、「人々は」「彼らは」などが省略されていると分かる。ピエール・ブランダムールの釈義では、「人々は」(les gens)が補足されている。ピーター・ラメジャラーリチャード・シーバースの英訳では「彼らは」(they)が補足されている。

 3行目 aperceu (aperçu) は「一瞥する、目に入る」などの意味だが、中期フランス語では「知覚する、認識する」(connaître, entendre)の意味もあった*1。音を「見る」のもおかしな話なので、この場合は、聞くことも含めた知覚の意味で使われているのだろう。
 同じ行の battre (打つ、打ち負かす、打ち鳴らす)は、「戦う」、「交戦する」などと意訳される。ブランダムールの釈義、シーバースの英訳、高田勇伊藤進の和訳などはいずれもそうである。ここでもそれを踏襲した。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 大乗訳2行目「半数の人が豚を見るようになるときには」*2は誤訳。demy-homme は pourceau の形容詞的なものである。
 4行目「獣は語らいを聞くようになるだろう」も不適切で、on(人々は)が無視されている。おそらく、元になったはずのヘンリー・C・ロバーツの英訳 And brute beasts shall be heard to speak.*3を訳し間違えたものだろう。

 山根訳について。
 山根訳はほとんど問題ない。この詩については五島勉も訳しているが、そちらもほぼ問題ない。山根、五島両訳に共通するのは、3行目のbatailleを「戦闘」の意味に捉えていることで、battre (打つ、打ち負かす、打ち鳴らす)との整合性を考えると微妙だが、意訳の範囲としては許容されうるだろう。

 他方、加治木義博の訳には問題が多い。
 2行目「その時、半分、水ぶくれの豚の様な人間を人々は見る」*4は不適切。普通 demi-honmme は pourceau を形容していると見るので、係り方が逆になっている。また、pourceau は「豚」を意味する普通の単語である。「水ぶくれの豚」はおそらく、「豚」を意味する別の単語 porc と「水」を意味する eau の合成語と見た結果だろうが、強引であろう。
 4行目「そして獣が、畜生扱いの人質の人々に命令する」は、ほぼ出鱈目な訳といえる。加治木は最後の語を otta とした上で「人質」と訳しているが、そのような異文は見当たらない。また、ottaという単語は現代語にも古語にも見当たらない。おそらく otage (人質)と強引に結び付けているのだろうが、そもそも on (人々は)は形容詞をとらない。また、万一それが可能だったとしても、brutes は語形から言って onに関わらせるのは無理であり、「畜生扱いの」は成り立たない。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、「驚異」(超常現象)に満ちた詩篇とし、4行目にあるような獣が話し出す事態が起こっても不思議ではないとした*5
 バルタザール・ギノー(1693年)は5種類の「驚異」が描写された詩篇とし、喋る獣については詩百篇第1巻44番と関連付けた*6

 その後、20世紀に入るまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードの著書には載っていない。

 エリゼ・デュ・ヴィニョワ(未作成)(1910年)は、イタリア統一運動において暗闇を払ったガリバルディ(「太陽」)に関する予言とした*7

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は詳述していないが、近未来の反キリスト誕生によるキリスト教会の受難の文脈で引き合いに出している*8
 アンドレ・ラモン(1943年)も、反キリスト出現と、それによる終末の情景に関連する詩としていた*9

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、サーチライト、戦闘機の空中戦、ラジオ通信など、20世紀以降の戦争技術の描写と解釈した*10。この解釈は、夫婦やもそのまま踏襲した*11
 エリカ・チータム(1973年)も同様で、夜に見える「太陽」をサーチライトや爆弾、「半人の豚」をマスクやヘルメットをかぶった戦闘機のパイロットの隠喩などとしていた*12
 ヴライク・イオネスク(1976年)は、第一次世界大戦とし、夜戦における照明弾、ガスマスクをつけた兵士、戦闘機の空中戦などと解釈し、歌(chant)は戦車(tanch=tank)のアナグラムとした*13。この解釈は、竹本忠雄(2011年)も踏襲した*14
 加治木義博は1991年の時点では、湾岸戦争の描写としていたが、2002年になるとアフガニスタン紛争(2001年)にも当てはまると解釈した*15

 セルジュ・ユタン(1972年)は、オーロラが17世紀まで「驚異」と信じられていたことと解釈した*16

 内田秀男(未作成)(1975年)は「豚」を深夜放送で流れる女性の裸と解釈し、電気の普及で夜も明るくなることや、将来テレパシーの放送を聞くようになることと解釈した*17

 五島勉(1992年)は現代戦の描写や深夜放送とする解釈を批判しつつ、1999年の少し前の終末の光景と解釈した。
 五島は「豚」を『新約聖書』「ペトロの手紙二」に基づく比喩と見て、抜本的な反省のないまま環境汚染を繰り返す現代人と解釈した。また、「野獣」は『新約聖書』「ヨハネの黙示録」に登場する「十本の角と七つの頭を持つ獣」を踏まえたもので、終末に現れる白人連合と解釈した。他方で、1行目の「太陽」は、太陽エネルギーか日本の暗示で、日本が終末を覆せる希望が込められている可能性があるとした*18

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールピーター・ラメジャラーロジェ・プレヴォ高田勇伊藤進らは、ここに挙げられている「夜の太陽」「半人の豚」「空から聞こえる戦闘音」「話す獣」は、いずれも古代ローマ時代から多くの論者によって書きとめられてきた驚異としている*19

 古代ローマのユリウス・オブセクエンスの『驚異について』から引用すると、以下のとおりである*20
「カシノ(Casino)では、数時間にわたり、夜に太陽が目撃された。」(紀元前166年)
「カエレ(Caere)では、人の手足を持つ豚が生まれ(中略)、ケパロニア(Cephalonia)では、戦いのラッパが空に響き渡った」(紀元前163年)
「様々な時間、場所、状況で、空中で軍隊が戦うのが目撃された」(紀元前104年)
 ほかにも、「牛がしゃべった」という記録が複数個所に残る。

 こうした驚異はノストラダムスと同時代のアンブロワーズ・パレやコンラドゥス・リュコステネス(未作成)らによっても記録されていた。
 また、庶民的なレベルでも、1554年6月11日には、ニュルンベルクで空に軍隊が現れたとされ、それを報じた瓦版が出版されている*21

 17世紀のガランシエールやギノーが「驚異」の描写と考えたのは、こうした時代状況の延長だったといえるだろう。そうした現象が事実であろうとなかろうと、かつてはそうした「驚異」が当たり前に起こりうることと受け止められていたのであった。


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