予兆詩第69番

予兆詩第69番(旧62番) 1561年6月について

原文

Courent 1 de loin 2 , ne s'apprester conflits,
Triste entreprise, l'air pestilent hideux.
De toutes pars les grands 3 seront afflits.
Et dix & sept assaillir vint & deux. *1

校訂

(1) Courent conj.(PB) : Court 1561LN, Course 1589Rec, Courses T.A.Eds.
(2) loin 1589Rec : loing 1561LN, LOIN T.A.Eds.
(3) grands 1561LN 1589Rec : Grands T.A.Eds.

(注記)1589Rec はジャン=エメ・ド・シャヴィニーの手稿。1561LN は初出である『1561年向けの暦』を指す。この文献は断片が現存しており、この詩については断片的に比較が可能である。

百詩篇第7巻77番

Court de loing ne s'apprester conflicts
Triste entreprise, l'air pestilent hideux
De toutes parts les grands seront afflicts
Et dix & sept assaillir vingt & deux.

異文

vingt & deux : vingt deux 1589Me

(注記)1588年から1589年にパリで出された版には、百詩篇第7巻77番として収録されていた。信頼性の点で疑問だが、初出が限定的にしか使えないため、ほぼ同じ時代の参考資料として掲載しておく。底本は1588Rf で、比較に 1589Rg, 1589Me を使った。なお、この詩篇は予兆詩との一致がつとに知られていたため、1590年以降の『予言集』に、この詩を収録したものはなかった。

日本語訳

彼らが遠くから駆けつけ、紛争は準備されない。
悲しい企て。醜悪なペストの瘴気。
全ての陣営の大物たちは悲嘆に暮れる。
そして十七は二十二を襲う。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは、1568年10月から1569年3月のことと解釈し、その期間は小競り合いなどしかなく、大規模な戦いがなかったことと解釈した。3行目は戦争がもたらす悲惨さは誰にも等しくもたらされることを示すとしたが、4行目は不明として解釈していない *2

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは、4行目の数字を「17から22まで」と読むことで、ロシア革命(1917年)からソ連建国(1922年)までと解釈した *3


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