予兆詩第77番

予兆詩第77番(旧67番) 1562年1月について

原文

Desir occult pour le bon parviendra.
Religion, paix, amour & concorde.
L'epithalame du tout ne s'accordra.
Les haut qui bas & haut mis à la ronde. *1

異文

(1) occult : occulte 1649Ca 1650Le 1668
(2) bon : Bon 1594JF
(3) L'epithalame : Lepithalame 1562LN, L'epitalame 1649Xa 1650Le 1668
(4) à la ronde 1562LN : à la corde T.A.Eds.

(注記)1562LN は初出である『1562年向けの新たなる暦』に見られる原文。1589Rec はジャン=エメ・ド・シャヴィニーが転記した異文。

校訂

 4行目の最後を à la corde とすることにかつて異論はなかったが、初出に à la ronde とある以上、corde は韻と解釈とに基づくジャン=エメ・ド・シャヴィニーの改変と見るべきだろう。

日本語訳

善に向けた隠された欲求が成就するだろう。
宗教、平和、愛、合意。
祝婚歌は全く同意されないだろう。
高貴な者たちは高く低く環状に置かれる。

訳について

 à la ronde は en cercle と同じ意味とするベルナール・シュヴィニャールの読み方に従った。ただし、中期フランス語の ronde には、現在も残る「輪」という意味の単語のほか、要塞などにあった夜警のための見張り塔の意味を持つ女性名詞も存在した *2

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは、この詩を1572年のサン=バルテルミーの虐殺に結び付けている。その年、王妹マルグリットとアンリ・ド・ナヴァルの結婚が決まったが、その式典でパリに集まったプロテスタントが大虐殺された。「祝婚歌」が否定的に描かれているのは、ローマ教皇や他の君主がこの結婚に賛成でなかったことを指すという。
 4行目について、シャヴィニーは à la corde(縄で)としているが、これはサン=バルテルミーの虐殺において、ガスパール・ド・コリニーらプロテスタントの有力者が逆さ吊りになったことと結びつけたためである *3

 à la corde を採用する解釈はヴライク・イオネスクも行っており、彼の場合、ソ連崩壊時にレーニン像が縄で引きずり倒されたことと解釈した *4

 ジョン・ホーグは、1562年1月にプロテスタントにも譲歩したサン=ジェルマン王令が出され、一度は平和になるかと思われたものの、ヴァシーの虐殺(1562年3月)で台無しになったことと解釈した *5

同時代的な視点

 ホーグのサン=ジェルマン王令とする解釈は詩の情景にもある程度適合し、時期的にも見事な的中と見なせるものだろう。
 ただし、ノストラダムスがこれを執筆していた1561年前半より前(1560年4月)に、融和政策推進派のミシェル・ド・ロピタルが宰相(大法官)になっており、実際にオルレアンの寛容王令(1561年1月)なども出されていたので、融和的な政策がさらに進められる可能性や、それがカトリックの反発を招く可能性を想定することは、予言能力がなくとも十分可能だったはずである。


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