Almanach povr L'An M. D. LXIII.

 『1563年向けの暦』(Almanach povr L'An M. D. LXIII.)は、ノストラダムスの暦書のひとつ。1562年にアヴィニョンピエール・ルーが出版した。

【画像】『1563年向けの暦』の扉(1905年の復刻版) *1

正式名

  • Almanach povr L'An M. D. LXIII. Auec les presages, calculé & expliqué par M. Michel Nostradamus, Docteur en medecine, Astrophile de Salon de Craux en Prouuence.
    • Dédié au tres ill. Seign. et tres excellent capitaine, le S. Françoys Fabrice de Serbellon, General pour N. S. Pere aux choses de la guerre, en la Côté de Veuaisein.
    • Quatrain de l'an vniuersel. Le ver sain, sang, mais esmeu, rien d'accord./ Infinis meurdres, captifz, mortz, preuenus./ Tant d'eau & peste, peu de tout sonnes cors/ Prins, mortz, fuys, grand devenir, uenus.
  • プロヴァンス州サロン・ド・クローの医学博士・愛星家ミシェル・ノストラダムス師により算定され、解釈された1563年向けの予兆付き暦
    • 非常に高名な領主であり非常に優秀な指揮官で、かつまたヴナスク伯領における教皇聖下の将軍たるフランチェスコ・ファブリツィオ・セルベロニ殿に捧げられた版。
    • この年全般の四行詩「健やかな春、血、しかし動揺させられ、合意は何もない。/途切れることのない殺人、捕囚、死体、被疑者。/沢山の水とペスト、全体の中のごく僅か、角笛が鳴る。/捕虜、死体、逃走者、到着する大物、来た者。」

内容

 160ページからなる。
 「最も高名な領主たるフランチェスコ・ファブリツィオ・セルベロニ殿へ」(Allo illustrissimo Signore, il S. Franc. Fabritio de Serbelloni)とイタリア語で題された1562年7月20日付の献辞が収録されている。ファブリツィオ・セルベロニは当時のローマ教皇ピウス4世の縁者である。

 扉に掲載された予兆詩も含めて全部で13篇の予兆詩が収録されている。

 散文の予兆は、ジャン=エメ・ド・シャヴィニーの『散文予兆集成』第8巻(第1番~第591番)の全体に対応している。

 この暦書にはシャヴィニーが寄せた詩篇が含まれている。当時、シャヴィニーはノストラダムスの秘書をしていた。

 奥付には1562年5月7日作成とあり、献辞の日付よりも早くなっている。

所蔵先

 ポール・アルボー博物館にのみ現存している。

その他

 出版地がアヴィニョンなのは、1561年にアヴィニョンへの引越しを検討していたことと無関係ではないだろう。そのときに何らかの繋がりができたものか。

 この暦書は、『ミシェル・ド・ノートルダムの1563年向けの暦書の再版』というタイトルで1905年に復刻された。オリジナルを公開しているサイトは無いが、復刻版のほうならばマリオ・グレゴリオが公開している。


名前:
コメント: