ピエール・ルー

  ピエール・ルー (Pierre Roux, 1586年歿?)は、16世紀フランスの出版業者。1557年から1586年までアヴィニョンで出版事業を営み、1574年から1577年にはエクス=アン=プロヴァンスでも出版を行っていた。イタリア式にはピエトロ・ロッソ(Pietro Rosso)、ラテン語式にはペトルス・ルッフス(Petrus Ruffus)と名乗った。

 リヨン出身で、ジャン・トランブレ(未作成)らとともに1557年5月4日にバルテルミー・ボノム(未作成)から設備を買い取ったのが、事業を始めるきっかけとなった。
 1557年にはリヨンの出版業者ドニ・ブルジョワ(Denis Bourgeois)と提携していた。アヴィニョンでの活動中はアヴィニョンの他の業者はもとよりパリやトゥルーズの業者の下請けも何度か行っている *1

ノストラダムス関連

 伝聞上は1555年アヴィニョン版1556年アヴィニョン版(未作成)という形で、相次いで『予言集』を出版したとされていた。しかし、上に見たようにルーの事業開始は1557年のことであり、明白に矛盾している。
 それに対する解決策として、バルテルミー・ボノム(未作成)など、他の出版業者が手がけたものが誤って伝わったとする説 *2 や、ルー自身が1559年頃に出した偽年代版だったとする説 *3 などが提示されている。
 当「大事典」としては別の仮説として、ルーが年代の記載のない版を出し、それが「セザールへの手紙」の奥付から勝手に1555年版と勘違いされた可能性を指摘しておきたい。

 その次に出された文献もルーの出版と確定しているわけではないが、1557年にリヨンの「ルー」(Roux)という人物によって出版されたエルキュール・ル・フランソワ(未作成)ノストラダムスに対するエルキュール・ル・フランソワ殿の最初の反論(未作成)』は、彼が出版したとされる *4

 はっきりと年代が特定できるルーの最初のノストラダムス関連書は、ローラン・ヴィデルによる批判書『ミシェル・ノストラダムスの誤謬・無知・煽動の告発』(1558年)である。

 すぐ上2つはいずれも反対派の著作だったが、1562年には正規の『1563年向けの暦』を出版した。この年向けの正規の暦書はこれ1冊しか出版されていない。


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