クロケットの四行詩

 アーサー・クロケットは著書『ノストラダムスの未刊の予言集』において、「ノストラダムスの出版されなかった四行詩」として従来全く知られていなかった四行詩群を紹介した。
 しかし、それらはロベール・ブナズラが「インチキ」(imposture)と一蹴したように、まともな研究者からは相手にされていない。

 にもかかわらず、日本でだけは本物扱いする論者があとを絶たないという不思議な状況であるので、この記事ではその来歴を批判的に検討するとともに、原文対訳にコメントを付けておきたい。


【画像】2001年版の表紙

来歴

発見時期

 新発見予言がいつ発見されたのか、クロケットは明言していない。彼の著書は1983年(1981年とする説もあるが、実物は未確認)に初版が出ているので、事実だとすれば、1983年よりも前だったことになる。

 五島勉は『ノストラダムスの大予言・中東編』で「1986年」にフランスの秘密情報機関ルシフェロンが発見した経緯を長々と述べているが*1、1983年までに出版されていた事実と矛盾する。
 志水一夫がつとに指摘していたように*2、全て五島の創作と考えるのが自然だろう。

 また、歴史予言検証会 『2012年地球崩壊の驚愕大予言』(日本文芸社、2008年)では「つい最近」発見されたと述べられているが、明らかに事実に反している。

発見場所

 クロケットによれば、サロン=ド=プロヴァンスにあるノストラダムスが晩年を過ごした家の地下室の壁を、改修の際に取り壊したら、その壁の中から見つかったのだという*3

 しかし、ノストラダムスの家を含む区画は、1909年の大地震で大きな被害を受けており、その家の地下室はそれ以来ふさがれている*4
 ふさがれていた地下室を再び開き、さらにその壁を修復するとなると相当に大掛かりな作業が行われたはずだが、そのような形跡は無い。
 地元サロン=ド=プロヴァンスのメディア『ル・レジオナル』(1984年11月8日木曜日付)は、「いつ、どこで、ノストラダムスの未発表の手稿が発見されたのか」と、そのような発見談が全く無いことを指摘した*5

 ちなみに、クロケット自身が新発見予言の手稿について、1983年の時点で「ヨーロッパで広まっている」(...has been making the rounds of Europe)と書き出しているので*6、ヨーロッパ全土どころか発見されたはずのサロン市ですら知る人がいなかったという時点で、設定が破綻している。

文書の体裁

 クロケットの主張によれば全51ページであり、うち救済されたのが21ページ、その最初の詩には「詩百篇第12巻63番」とあり、従来の最後の詩が第12巻62番だったことと整合しているという。

 しかし、現在流布している詩百篇第12巻には、65番69番71番が存在しており、クロケットの説明とは根本的に食い違う。
 また、21ページ分というが、クロケットが紹介している詩篇は20篇強しかなく、1ページに1篇の詩が書かれていたことになってしまう。相対的に見て現代よりも紙が貴重だったはずの16世紀において、そのような無駄な使い方をしていたとは考えづらい。

 また、クロケットの紹介している詩篇には既存の詩の流用としか思えないものが混じっているが、発表を想定していない習作だったのなら、なおさらそのような紙の使い方をするはずがない。

内容

 英訳しか公表されていないとはいえ、いくつかの詩篇では、冠詞と名詞が行をまたいでいて、文体が明らかにおかしい。 

 クロケットが既に知られている詩篇を訳すときには、原文の順序を忠実に守ることに力点が置かれていないので、フランス語原文がそうなっていたと見るほかはないが、そのような書き方はノストラダムスの正規の四行詩では全く見られない(第10巻3番にはそういう書き方が見られるが、音節数と韻の両面から、単なる誤植と見なされている)。
 そうした書き方は、いかにも変則的な原文を忠実に訳したかのように見せかける過剰演出のたぐいだろう。

 また、クロケットの詩篇をフランス語に逐語訳してみると、音節数が10を越えるものが多い(ノストラダムスの本物の詩百篇は1行10音節が基本である)。
 この事実は、万一これらの詩篇が本物だったとしても、クロケットが原文にない情報を大幅に追加している可能性が高いことを示している。

 あとで見ていくように、20世紀の英語圏で広まった通俗的な解釈を踏まえて作成された詩篇がいくつもある点も、それらが偽作に過ぎないことを裏付ける。

全訳

 クロケットが紹介した詩篇の全訳を提示する。
 これらのうちの2篇、および後述の暗黒予言は、1991年と2001年の改訂版では削除された。番号は紹介された順に便宜上付けておくもので、クロケット自身は本編、暗黒予言のいずれでも詩番号を付けていない。

1

In the millennium, two, the King's Son, before the turn,
Is seen by all amid thunderclaps.
Angry, the rubble of war and pestilence, the sins,
The fish returns to power after a long sleep.*7

二の千年期、転機の前に、王の息子が
雷鳴の中で、全ての人々に目撃される。
怒り、戦争の瓦礫、悪疫、罪悪。
魚は長い眠りの後で力を取り戻す。

コメント

 1行目の語順がわざとらしい不自然さである。
 また、ノストラダムスはミレニアムに当たるフランス語 millenaire を数えるほどしか使っていないが、それらはいずれも西暦紀元を基準にするものではないので、21世紀から始まる千年紀を上記のように表記することはありえない。

2

The red hats rejoice; Rome lays its palms,
Smoke rises from ashes as multitudes cry out
In anguish against the agony of conflict.
But the Man comes to end it for an eon of peace. *8

赤い帽子たちは祝福し、ローマはシュロの葉を敷く。
灰から煙が立ち昇る、同時に多くの者たちが不平の声を上げる、
衝突の苦悶に立ち向かう苦しみの中で。
しかし、その人物は平和の永続性のために、それを終わらせに来る。

コメント

 クロケットの解釈によれば、「赤い帽子」は枢機卿のことで、ノストラダムスは「多くの詩篇で」(in many of his quatrains)そう表現しているという。しかし、実際には詩百篇第5巻46番(未作成)でただ一度だけ登場するに過ぎない。

3

A new leader from the heavens brings the people
Together as one, all factions die and are reborn.
Exalted clergy bends to a higher rule. Angels are
Seen in joy. The Red Man dissolves in a bottomless pit. *9

天来の新しい指導者が人々にもたらす、
一つに纏まることを。全ての党派は死んで生まれ変わる。
高揚した聖職者達はより高い規律に従う。天使達が
喜んでいるのが目撃される。赤い男は底なしの穴の中で消滅する。

4

Comets without tails fill the sky, move silently.
Panic abounds. An offering rejected, a tailed comet
Glides among the bees, dies, and heads of state
Nonplussed. Signatures in the sand are ignored by all.*10

尾のない彗星群が空を満たし、静穏に移動する。
パニックで溢れかえる。ある贈り物が拒絶され、尾のある彗星が
ミツバチたちの間を滑空し、死ぬ。そして国家の首脳たちは
途方に暮れる。砂に印された痕跡は誰からも無視される。

コメント

 改訂版で削除された2つの詩篇のうちの1つ。削除理由は公表されていないが、見当はつく。
 本編で「彗星」が登場している詩篇は、削除された2篇しかなかったからである。

 「尾のある彗星」は明らかにハレー彗星を指している。
 日本語版だとその解釈が「この天空ショーが見られる年は、大きな彗星がやってくる時期にちがいない」*11と曖昧に改変されているが、オリジナルでは「この天空ショーが見られる日取りは、疑いなく1986年である」(The date undoubtedly for this heavenly display is 1986.)*12 と断言されていた。

 1986年にハレー彗星が接近した当時は、それをよくない事件の到来と結びつける予言解釈などが珍しくなかった。クロケットもそうした風潮に便乗したものの、完全に外れたので1991年以降の改訂版で削除したというだけだろう。

5

A salver flies, comes to rest in the New City.
Hate flourishes for the entity within. Battle lines
Drawn. Fears of disease mask truth while three
Leaders in secret, unite against a false threat. *13

丸盆が一つ飛び、新しい都市へ休みにくる。
内なる実体に向けて憎悪が繁栄する。戦線が
引かれる。病の恐怖が真実を覆い隠し、一方で三人の
指導者たちは秘密裏に偽の脅威に対してまとまる。

6

Twenty plus two times six will see the lore of the heavens
Visit the planet in great elation. Disease, pestilence,
Famine die. Rome rejoices for souls saved. The learned
Smile in awe. Astrology confirmed. For science, a new beginning. *14

二十足す二かける六は見るだろう。天空の知識が
意気揚々と惑星を訪れるのを。病気、ペスト、
飢餓が絶える。ローマは救済された魂のために喜ぶ。学識者は
畏敬して微笑む。占星術が承認される。科学にとっての新しい起点。

コメント

 当時も今も、フランス語は英語と違って西暦を2桁ごとに区切って読むことはしない。「二十足す二かける六」が32でなく2012年を意味するのだとすれば、英語的な謎かけといえるだろう。
 当然、ノストラダムスの正規の詩篇でこのような謎掛けは登場しないし、正規の詩百篇では西暦は普通に4桁で表現している。

7

A revolution without bloodshed, without strife.
Men in unhappy confusion strive for perfections
Beyond their ken. Failure. Then elation. The
Earth's forces give way to a new power above the clouds. *15

流血もなく争いもない革命。
不幸な混乱にある男たちが完成のために苦闘する、
彼らの知識の範囲を超えて。失敗。そして軒昂。
地上の勢力は雲の上の新しい力に道を譲る。

コメント

 1行目に revolution とあるが、当時の revolution は「回転」の意味しかなく、ノストラダムスもそういう意味で用いていた。ゆえに、これもまた偽作の疑いを持たせる用語選択といえるが、この場合は、全く違うフランス語をクロケットがそのように英訳しただけ、という釈明が成り立つ余地はある。
 しかし、3行目の原文は釈明の余地無しに奇妙なものといわざるをえない。ノストラダムスはしばしば複数の行にまたがる描写をするが、冠詞だけ前の行に置くような無意味な分割はしていないからである。

8

The bees sting amid thunderclaps and lightning bolts,
Confusion. Fear. Awe. The fish trembles,
Governments are strangely silent while the heavens
Flash ominous messages to the populace. East and West darken. *16

雷鳴と稲妻の只中で蜜蜂たちが刺す。
混乱。恐怖。畏敬。魚は震え、
諸政府は奇妙にも沈黙する、それは天が
全住民に凶兆を閃かせる時のこと。東と西は暗転する。

9

A new breed desends gratitude. Conflagration in the
heavens turns the Parisian lady to beam anew. A king
Orders a path through the forests and a servant busy
In argument with leaders fails. The West is receptive. *17

新しい種族が感謝して降りる。大火災が
天で起こり、それはパリの貴婦人を改めて輝くようにする。王は
森を通る小道を整備する。そして、従卒は忙しい、
指導者達との議論で。彼は失敗する。西は受け入れる用意がある。

10

Again the ancient woman who toppled from on high
Appears to the multitude. The cult is reborn.
Dire warnings. A nation rebuffed. Three young
Ones appear to seal the omens seen in a mist. *18

高所から転倒した古い女性が再び
群衆に姿を見せる。信仰が復興する。
恐るべき警告。ある国民は拒絶される。3人の若い
者たちが前兆を封じるために現れ、霧の中で目撃される。

コメント

 クロケットは「高所から転倒した古い女性」を、1666年のロンドン大火でセントポール大聖堂から転落したマリア像にちなんで、聖母マリアと理解した。これが第2巻51番から借用されたモチーフなのは明白だが、その解釈は20世紀以降に言われだした俗説にすぎず、そもそもセントポール大聖堂には転落したマリア像など無かった
 この予言が現代の英語圏の解釈者たちの俗説に合わせて作られていることは明らかで、偽作の根拠の一つといえるだろう。

11

The comet gone, the fish floats on its side.
Pagans rejoice, sin triumphs, Satan's work is successful.
The King's Mother frowns as tears flow on pale cheeks
And a plague reigns unchecked throughout the land.*19

彗星が去り、魚は横倒しに浮く。
異教徒は喜び、罪が勝利し、サタンの仕業が成功する。
王母は蒼ざめた頬に涙を伝わせて非難の表情を見せる。
そして伝染病が抑制されずに全土を支配する。

コメント

 改訂版で削除された2つ目の詩。「彗星が去り」はハレー彗星が去った1986年から間もない時期ということで、外れたことが明らかである。
 なお、3行目は聖母の幻像が人々の前に現れて警告するということで、ラ・サレットやファティマなど有名な事例はいくつもあるが、ノストラダムスの正規の詩篇には(実証的な論者の間では)聖母の出現と解釈できるモチーフは登場しない。

12

Night becomes day, a great fright everywhere,
A warning fulfilled and a woman seeks vengeance.
Great rumblings in Sicily, Dijon, Rome. Dread.
Blood flows in the cites while a false god cringes. *20

夜が昼になり、至る所に戦慄が走る。
警告が成就し、女性は復讐を求める。
シチリア、ディジョン、ローマでは大轟音。恐怖。
偽りの神がへつらう時に、諸都市で流血がある。

13

Threats of war abound; nations quake. The ancient
Woman, ubiquitous, pleads for peace. A populace awed;
The year 90 plus 3 sees upheavals while mighty warriors
Shake fists. Anoh searches the horizon in vain. *21

戦争の兆候にあふれ、諸国民は震える。古い
女性が至る所にあって平和を懇願する。人々は畏敬する。
九十足す三の年の動乱、それは屈強な戦士達が
拳を振り回す時のこと。アノーは無駄に水平線を探す。

コメント

 「アノー」(Anoh)はノア(Noah)のアナグラムだというが、現代フランス語でノアのことは Noé と綴る。ノストラダムスは「アンリ2世への手紙」でノアに何度か触れているが、いずれでも Noë と綴っている。要するに、ノストラダムス本人の常用語と一致しておらず、ろくな調査もせずに偽作されたことが明らかである。

14

Five punctures appear. The malady spreads.
Churches overflow with the devout, and blood trails
Are seen. Rome scoffs; the puzzle deepens.
Images weep and the King demands answers before his death. *22

五つの刺し痕が現われる。疫病が広がる。
教会は敬虔さにあふれる。血の跡が
見られる。ローマが嘲笑うので、謎は深まる。
肖像は泣く。そして王は死を前にして答えを求める。

15

Three women in black of a charitable order;
Shocked at first, receive a blessing from one like themselves.
A mystery told, three times, but no one can see the future
Save the three. And a pox to all who reveal the secrets. *23

情け深い修道会の黒衣をまとった女性三人が
最初に衝撃を受け、彼女達自身のような存在から祝福される。
神秘が三度語られる。しかし、誰も未来を見ることはない、
三人を除けば。そして、秘密を暴露する者全員に水疱性の疾患が。

16

Mars and the Sceptre will be conjoined,
Under Cancer shall be a calamitous war;
Later, a new ruler, Laus Masbu, will be anointed,
Who will reign in blood for 27 years. *24

マルスと王杖が結びつくだろう、
巨蟹宮で。凄惨な戦争が起こるだろう。
のちに新しい支配者ラウス・マスブが油を塗られ、
二十七年間、血で支配するだろう。

コメント

 前半2行は第6巻24番のほぼそのままの転用。
 3行目の Laus Masbu は、クロケット自身が説明しているように、第2巻62番Mabus第6巻33番Alus が第3の反キリストの名前とされることがあることを踏まえたものだろう。
 しかし、それらの2つの詩篇を組み合わせて反キリストを導く解釈も、20世紀の英語圏で主張されるようになったものに過ぎない。なお、「油を塗られる」は「王に即位する」ということ。
 4行目は第8巻77番から転用したものだろう。

17

Two decades plus 7 the great empire rules.
Famine, pestilence, blood, tears, war.
The Antichrist is joyous and the multitudes
Cry out for Xerxes. Oppression for all in a troubled world. *25

二十年間足す七、大帝国が支配する。
飢餓、疫病、血、涙、戦争。
反キリストが喜び、群衆は
クセルクセスを叫び求める。混乱した世界の中での万民への弾圧。

コメント

 27年間の支配と反キリストのモチーフは第8巻77番からの借用だろう。
 クセルクセスは「アンリ2世への手紙」に登場するが、Zerses と変則的に綴られている。
 「そして反キリストの大帝国がアティラに現れ、ゼルセスが数え切れない大軍をもって下るでしょう。」(第49節)

18

The abomination from the East makes his purpose.
The papacy falters. A strange conflict between
The devout and the pagans. A flock seemingly
Forsaken, yet divine plans for intercession arise. *26

東からの憎むべき者がその目的を作り出す。
教皇制は挫折する。奇妙な衝突、それは
敬虔な者と不信心者と間で。信徒はあたかも
見捨てられたかのようだ。だが、調停のための神意の計画が持ち上がる。

19

Darkens descends. Eclipses great. North and South change.
War and nature unite against the peace. Heavenly holocausts
Rain blood on the rocks and our face is mutilated. *27

それは暗くなり、降りる。大きな日食。北と南が変わる。
戦争と自然は平和に対抗して手を結ぶ。天来の大虐殺が
岩の上に血を降らせ、我々の顔は損傷させられる。

コメント

 1行目は抹消されていた、という思わせぶりな触れ込みによって3行しか掲載されていない詩。これまた単なる過剰演出の類だろう。

20

A new ruler anointed, rises from the 50th latitude;
Renews the once-great fish. Peace for a millennium.
Rome rebuilds and the divine hand at the ruler’s side
Departs. Earth in renewal, but the scars heal slowly. *28

油を塗られた新しい支配者が緯度五十度から発する。
かつての偉大な魚が更新する。一千年紀の平和。
ローマは復興し、支配者の傍にあった神の手は
離れる。大地は再生するが、傷はゆっくりと癒える。

コメント

 「緯度50度から」のモチーフは「アンリ2世への手紙」からの借用だろう。

21

Garden of the World, near Pacific shores,
In the pathway of Mountain Fault;
Shall plunge into a mighty tub. The populace sickened;
Forced to drink of poisonous sulphur-waters. *29

平和な岸辺に近い世界の庭園は
山の断層の小道にあるが、
巨大な水槽に沈み込む。全住民は病気になる、
有害な硫黄の水を飲むことを強いられるから。

コメント

 第10巻49番を少し改変しただけの詩。この詩の改変は、太平洋(Pacific Ocean)に面したカリフォルニアが地震によって水没するという解釈に基づいている。
 クロケット自身が解釈の中で言及しているように、エドガー・ケイシーの予言に似たようなモチーフが存在する。クロケットはそれに影響されたのだろう。

 なお、ノストラダムスは、すでに発表済みの詩を微修正しただけの詩を、別の巻に収録したことは無い
 第2巻59番予兆詩旧2番の類似性はつとに知られているが、後者は詩百篇でない上にジャン=エメ・ド・シャヴィニーによる偽作が疑われている。
 第8巻38番第8巻52番は1行目が全く同じだが、残り3行のモチーフは全く異なっている。
 そうしたことから、この詩が第12巻の一部として残されていたということは、まずもってありえない。

22

When the calm ends, the earth will so quake,
The Great Theater, filled, will lie in ruins;
Air, sky, earth dark and troubled,
And atheists will plead with God and the saints. *30

平穏が終わるとき、大地が大きく震えるだろう。
満員の大劇場は廃墟になるだろう。
大気、空、大地は暗く、混濁し、
無神論者たちは神と聖人達に嘆願するだろう。

コメント

 第9巻83番ほぼそのままの詩。
 直前の詩と同様の理由で、これが第12巻ということはありえない。

 ましてやこの場合、「太陽は金牛宮の二十度」と時期設定が明示されていたオリジナルに比べて、「平穏が終わる時」などと曖昧さが増しており、壁の中に秘匿する理由が全くない。

 クロケットはこのあと第10巻74番第1巻48番を取り上げている。
 日本語版だと、後者のみが既発表の詩篇で前者は新発見であるかのように読める。
 これは寺島研次訳でも南山宏訳でも同じだが、原書ではどちらも既発表とも未発表とも書いておらず、曖昧にぼかされている。

ノストラダムスの暗黒予言

 クロケットの著書の初版には、「ノストラダムスの暗黒予言」(Black Prophecies of Nostradamus)と題するA4版1枚の裏表に印刷された2ページ分の別刷りの付録がついていた。これはフランス語版にも別刷りの形で付いていたようだが、日本語版では省かれた。
 日本語版で省かれた理由は明らかでないが、その安易さから偽作であることが明らかだからとも指摘されている*31

 実際のところ、上記で引用した予言以上に、安易な詩篇(および日本で発表された1980年代末から90年代初頭にかけて外れが明らかになった詩篇)が多い。

 後の改訂版では、新しい事件にあわせた増補が行われているので、その代わりに省かれたという側面もあったのだろう。本当に大発見の詩篇だったのなら、その程度の理由で省くことなど考えられない。言い換えると、もともと時流にあわせて偽造した詩篇だったから、時流にあわせて省くことなど何でもなかったということだろう。

 便宜上、登場順に番号をつけておく。

1

In the West, blood runs in streets, night screams.
A populace outraged. Men in warrior garb strike out ;
Security dies. Victims battle helplessly, but the
Warriors are supreme in a new dark age of terrible chicanery.

西では街路に血が流れ、夜が叫ぶ。
民衆は激昂する。武装した男達が殴りかかる。
治安は死ぬ。被害者達は助けなしに戦うが、
ひどいごまかしの新たなる暗黒時代において、戦士達が至高である。

コメント

 クロケットによると、これはアメリカの治安の悪化に関するものだという。冠詞のみで行が終わるという不自然さが、またも登場している。

2

In the eighty plus nine the vast East collapses.
Hunger. The germs do not thrive. The West in sympathy.
Brings about its own downfall. Bones everywhere. The
Famine rages, but there is no echo in marbled halls.

八十たす九に広大な東が破綻する。
飢饉。細菌は繁殖しない。西は同情する。
それ自体の滅亡をもたらす。骨は至る所に。
飢餓が猛威を振るうが、大理石模様の会堂の中には響かない。

コメント

 中国やソ連についての予言だという。1989年というのは東欧で一連の民主化が行われた年で、いい線をいっていると見えなくもない。
 だが、天安門事件で民主化に逆行した中国にはどう足掻いても当てはまらない。また、飢餓が民衆の間に広まったというのも事実ではない。

3

A spit of land in the midst of sand and water
Arms itself against mighty hordes. Robed men descend
En masse. Thunderbolts. Lightning. The arrogance of
The few melts. Blue waters claim a once powerful nation.

砂と水の真ん中に大地の唾
武器それ自体が屈強な大群に相対する。長衣を纏った男達が降りる、
大挙して。落雷。稲妻。数人の者たちの倣岸さが
消える。青い水がかつての強大な国民を殺す。

コメント

 クロケットの解釈によれば、イスラエルの敗北が予言されている可能性があるという。彼に言わせれば、イスラエルは地図で見るとアラブ国家の間に落ちた唾のような存在で、それを長い衣をまとったアラブ人たちが攻撃することだという。
 結果的に第四次中東戦争以来、アラブ・イスラエル間の大きな戦いは約50年ほど起こっていないが、クロケットがこれを偽造した1983年は、まだ第四次から10年しか経っていなかった。

4

The Occident reels. A new revolution, bloodless, engulfs the multitudes.
Levies oppress. Leaders quake
As the royal coffers are bare and great gold
Treasuries sink and a comet two years past has crossed the sky.

西方は目眩がする。無血の新しい革命が群集を飲み込む。
課税が重圧になる。指導者たちは震える、
王の金庫が空だから。そして偉大な黄金の
宝物が沈む。そして、彗星はその二年前に空を横切っていた。

コメント

 アメリカでの、税制の抜本改正に関する詩だという。
 四行目はハレー彗星の2年後、つまり1988年を指すという。1983年の時点で、アメリカの財政の悪化は明らかになっていた。だが、1988年は、ここでいわれるような大きな節目の年にはならなかった。
 本編で削除された2つの詩篇と同じく、クロケットがハレー彗星を重視していたことが窺える詩篇である。

5

The Caribe flares and a great nation succumbs ;
Hirsute warrior Delif reigns among Western isles, unchallenged.
Pestilence follows. The hammer strikes, but falls away.
And the sun grows dark on Paradise. The beaten rise up.

カリブ族が燃え上がり、偉大な国民は敗れる。
毛むくじゃらの戦士デリフが西の島々を支配し、問題にされない。
悪疫が続いて起こる。鎚は打つが、脱落する。
そして楽園で太陽は暗くなる。打ち負かされたものが上る。

コメント

 キューバとアメリカとの間で戦争ないし何らかの対立が起こる予言だという。
 デリフはフィデル(Fidel, フィデル・カストロ)のアナグラムで、それがソ連(鎚)の支援を受けてアメリカ(偉大な国民)に勝つが、ソ連は撤退すること、およびアメリカは負けるが、再び立ち上がり共産主義勢力を打倒することと解釈した。
 キューバ危機辺りを念頭に置いて、似たようなことが起こると考えたのかもしれない。

 カリブ族はコロンブスが出会っていた先住民族で、探検記の類を通じてノストラダムスが知っていたとしてもおかしくはないが、正式なノストラダムス作品には、一度も出てこない

6

The second millenium minus ten in the West, Multitudes in vertigo.
Disorientation reigns among all.
A flower to blame. Graves overflow with the young.
A royal decree fails and leaders among the ruins.

第二の千年紀ひく十、西では群集が眩む。
誰もが方向感覚を失う。
責められるべき花。墓所は若者で溢れかえる。
王令は機能せず、指導者達は廃墟の間に。

コメント

 1990年に麻薬が蔓延し、若者が多く死ぬという予言だそうである。
 これまた、1983年の段階で安易に想定できそうなモチーフだが、ここまでの異常流行はなかった。

7

Contamination everywhere ; the land, air and sea spoiled ;
Invisible clouds descend on the multitude, unaware.
Insidious death. Sickness. Engines of power grind into red dust,
Acid from the heavens, and a universal color fades

汚染が至る所に。大地も大気も海も台無しになる。
気付かぬうちに見えない雲が群集に降りてくる。
陰湿な死。病。動力源が赤い塵にする。
天からの酸、そして世界の色が褪せていく。

コメント

 酸性雨をはじめとする環境問題に関する詩であり、仮に本編に含まれていたら、五島勉などが積極的にとりあげたのかもしれない。しかし、漠然としすぎており、単なる事後予言に過ぎないことは明らかであろう。

 なお、当「大事典」がこの詩を採り上げたのは下のコメント欄からも明らかなように、2010年10月のことであった。
 2011年になると、上記の訳文を出典も明記せずにそのまま盗用して環境問題の予言などと紹介する『絶望の大予言ミステリー』という、安直きわまりない本も出版された。

クロケットの四行詩を解釈した文献

 これらの文献は、飛鳥昭雄が本物だった場合と断り書きしているのを除けば、本物(もしくはその可能性が高い)と断言するか、本物であることを当然の前提とした上で解釈している。
  • 五島勉 『ノストラダムスの大予言・中東編』祥伝社、1990年
  • 五島勉 『ノストラダムスの大予言・残された希望編』祥伝社、1992年
  • 徐錦泉 『アノーの水平線』角川書店、1992年
  • 南山宏監修 『1999年,ほんとうに人類は滅亡するのか!?』学習研究社、1993年
  • 安田一悟 『白い女王の箱』たま出版、1996年
  • 飛鳥昭雄 『アスカ・ファイルIV』アスキー/アスペクト、1998年
  • 歴史予言検証会 『2012年地球崩壊の驚愕大予言』日本文芸社、2008年
  • 南山宏監修 『恐怖の大予言ミステリー99』双葉社、2010年
  • 並木伸一郎 『人類への警告!!― 最期の審判は2012年からはじまる』竹書房、2010年
  • 南山宏監修 『絶望の大予言ミステリー』双葉社、2011年
  • 飛鳥昭雄 『プラズマで解き明かす太陽系超先端 宇宙「超」シークレットゾーン』ヒカルランド、2012年
  • 並木伸一郎 『ムー的異界の七不思議』学研プラス、2018年/ワン・パブリッシング、2022年



外部リンク



謝辞
  • 「暗黒予言」の閲覧に当たっては、新戦法氏に便宜を図っていただきました。特記して御礼申し上げます。 -- sumaru (2010-10-23 11:41:15)

※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。
最終更新:2023年05月01日 23:02

*1 同書、pp.170-184

*2 志水『大予言の嘘』p.150

*3 クロケットの説明はいずれも Crockett [2001] p.51 による。

*4 Lemesurier [1997/1999]

*5 Benazra [1990] p.606

*6 Crockett [2001] p.51

*7 英訳は Crockett [1983] p.53 / Crockett [2001] p.51 による。

*8 英訳は Crockett [1983] p.54 / Crockett [2001] p.52 による。

*9 英訳は Crockett [1983] p.54 / Crockett [2001] p.52 による。

*10 英訳は Crockett [1983] p.55 による。

*11 クロケット [1990] 「ノストラダムスの暗黒大予言」 p.66、クロケット [1999] 『ノストラダムス最後の封印予言』 p.20。2つの文献の訳者は違うが、引用した部分は一致している。

*12 Crockett [1983] p.55

*13 英訳は Crockett [1983] p.55 / Crockett [2001] p.53 による。

*14 英訳は Crockett [1983] p.56 / Crockett [2001] p.53 による。

*15 英訳は Crockett [1983] p.57 / Crockett [2001] p.54による。

*16 英訳は Crockett [1983] p.57 / Crockett [2001] p.54 による。

*17 英訳は Crockett [1983] p.57 / Crockett [2001] pp.54-55による。

*18 英訳は Crockett [1983] p.58 / Crockett [2001] p.55 による。

*19 英訳は Crockett [1983] p.59による。

*20 英訳は Crockett [1983] p.59, Crockett [2001] p.56 による。

*21 英訳は Crockett [1983] p.60, Crockett [2001] p.56による。

*22 英訳は Crockett [1983] p.61, Crockett [2001] p.57による。

*23 英訳は Crockett [1983] p.61, Crockett [2001] p.57 による。

*24 英訳は Crockett [1983] p.62, Crockett [2001] p.58 による。

*25 英訳は Crockett [1983] p.62, Crockett [2001] p.58による。

*26 英訳は Crockett [1983] p.63, Crockett [2001] p.58 による。

*27 英訳は Crockett [1983] p.63, Crockett [2001] p.59 による。

*28 英訳は Crockett [1983] p.64, Crockett [2001] p.59 による。

*29 英訳は Crockett [1983] p.64, Crockett [2001] p.60 による。

*30 英訳は Crockett [1983] p.64, Crockett [2001] p.60 による。

*31 Shinsenpou World Blog「クロケットの『ノストラダムスの予言群、語られざる物語』1983年版