ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (1649年頃の偽版)

 『 国王シャルル9世の侍医にして不世出の卓抜な天文学者の一人であったミシェル・ノストラダムス師の予言集 』(Les Propheties de M. Michel Nostradamus. Medecin du Roy Charles IX. & l'un des plus excellens Astronomes qui furent iamais.)は、1649年頃に出されたと推測されている『予言集』の版のひとつである。

 出版社名の記載が無い一方、出版地は全て「リヨン」になっている。表示されている刊行年は「1568年」「1611年」「1649年」の三通りがある。これらはその表示に関わらず、いずれもパリまたはトロワで出版されたと推測されている。

 共通してジュール・マザランを陥れようとした政治的な偽の詩篇(第7巻42番第7巻43番)が織り込まれている。通常マザリナード(マザラン関連文書)に含まれることはないが、広い意味ではマザリナードの一種といえるだろう。

【画像】左から「1568年」 *1 、「1611年」 *2 、「1649年」 *3

正式名

(第一部)
  • Les Propheties de M. Michel Nostradamus. Medecin du Roy Charles IX. & l'un des plus excellens Astronomes qui furent iamais.
  • 国王シャルル9世の侍医にして不世出の卓抜な天文学者の一人であったミシェル・ノストラダムス師の予言集
(第二部)
  • Les Propheties de M. Michel Nostradamus. Centuries VIII.IX.X. Qui n'auoient esté premierement Imprimees: & sont en la mesme edition de 1568.
  • ミシェル・ノストラダムス師の予言集/初版では印刷されず、1568年になって刊行された百詩篇第八・九・十巻

 第一部のタイトルは他で見られない珍しいものだが、1605年版の六行詩集のタイトル“Predictions admirables pour les ans courans en ce siecle. Recueillies des Memoires de feu M. Michel Nostradamus, vivant Medecin du Roy Charles IX. & l'un des plus excellens Astronomes qui furent iamais.”から転用したであろうことは容易に推測できる。
 第二部のタイトルは1605年版と全く同じである。

内容

 1605年版と全く同じ構成になっている。つまり、セザールへの手紙、百詩篇第1巻から第7巻、アンリ2世への手紙、百詩篇第8巻から第10巻、予兆詩集、六行詩集の順に収録されている。
 唯一の違いは百詩篇第7巻42番が44番にずらされ、42番と43番に偽の詩が埋め込まれていることである。偽42番は Nirazam という分かりやすいアナグラムがあり、偽43番はクロイソスにたとえられる大富豪の没落が描かれている。いずれもマザランの失脚を願ったものだが、実際にはそうはならなかった。

偽版の認識

 1656年の注釈書で、早くもこの版が1649年にパリで偽造されたものに過ぎないと指摘されていた。そのため、後の時代の版にはほとんど影響を及ぼさなかったのだが、テオフィル・ド・ガランシエールは1672年に初の英仏対訳版『予言集』を出版したときに、この偽版を底本にした。
 これらのあからさまな偽の詩篇は、『ノストラダムス大予言原典・諸世紀』(たま出版、1975年)にも本物として収録されている。
 1656年の注釈書が出版地をパリとした理由は定かではないが、現在ではむしろトロワで出版された可能性が高いとされている。これは帯模様その他の比較によるものである。

 なお、この偽版のタイトルページは1605年版のものと酷似しており、内容も1605年版以降でないと現れないものが含まれていることから、直接1568年版を参照したのではなく、1605年版を基にしたのだろうと推測されている *4
 逆にダニエル・ルソは1605年版も1649年ころに作られた偽版としていたが *5ミシェル・ショマラロベール・ブナズラは支持しておらず、広く受け入れられているとはいえない。

 1605年版を参照したのに「リヨン、1568年」と偽った理由は、1568年のリヨンで最初の完全版が出版されたことによるのだろう。ロベール・ブナズラはそう推測しており、誰が見てもそう捉えるのが自然だろう。実際、現代でも誤って1568年版として紹介している粗忽な論者が散見される。
 他方、「リヨン、1611年」と偽ったのは不思議としか言いようがない。ブナズラはこれらの偽版がトロワで出版されたため、1611年にトロワで出版されたピエール・シュヴィヨ版が念頭にあったのではないかとしているが、底本通り1605年とせずに1611年とした理由は不鮮明である。
 上で見たように1605年版が偽年代版とする説を採用した場合、一見整合するようにも見えるが、原文の系統の違いやなぜリヨンとしたのかなど、やはり不鮮明な点は残る。

所蔵先

 偽の詩を流布させるためだったのか、特に「1568年」版が多く刷られたようである。結果として現存数が圧倒的に多い。
  • 「1568年」
    • フランス国立図書館、カーン市立図書館、ディジョン市立図書館、グルノーブル市立図書館、リヨン市立図書館、ストラスブール市立図書館、オセール市立図書館、ブロワ市立図書館、メス市立図書館、ルーアン市立図書館、ヴェルサイユ市立図書館、サンブリユー市立図書館、アルスナル図書館、サントジュヌヴィエーヴ図書館、カーン大学、モンペリエ大学、ジャック・プレヴェール図書館、ベルギー王立総合古文書館、コペンハーゲン王立図書館、ストックホルム王立図書館、ベルリン国立図書館、ザクセン州立図書館、エジンバラNL、ケンブリッジ大学、ゾロトゥルン中央図書館、ニューベリー図書館(シカゴ)、RAMKAT
  • 「1611年」
    • ベルギー王立総合古文書館、ハーヴァード大学
  • 「1649年」
    • ラ・ロシェル市立図書館、オルレアン市立図書館、サン=ジェルマン=アン=レー市立図書館、ポール・アルボー博物館、ボン大学


名前:
コメント: