予兆詩第95番

原文

L'injuste bas fort l'on1 molestera
Gresle monder2, tresor, & gravé3 marbre
Chef4 de suard peuple à mort tuera5.
Et attaché6 sera la lame à l'arbre. *1

異文

(1) l'on : lon 1563Ro 1594JF
(2) monder 1563Ro* : inonder T.A.Eds.
(3) gravé : greué 1563Ro
(4) Chef : Cehf 1605
(5) tuera : donnera 1589Rec
(6) attaché 1563Ro 1589Rec : attachée T.A.Eds.

(注記)1563Roは『1563年向けの暦』の異文。ただし、ここではオリジナルではなく1905年の復刻版を利用している。1563Ro* はベルナール・シュヴィニャールが指摘しているオリジナルの『1563年向けの暦』の異文を孫引きしたもの。
1589Rec はジャン=エメ・ド・シャヴィニーの手稿『散文予兆集成』の異文。

日本語訳

低く強い不公正の者は迫害されるだろう。
浄化するための雹、宝、彫られた大理石。
一団の指導者は人々を死なせるべく殺戮するだろう。
そして刃で木に留められるだろう。

訳について

 3行目の suard は様々な読み方があり、確定していない。ここでは、ベルナール・シュヴィニャールの読み方に従い、「一団」とした。
 4行目の直訳は「そして刃は木に結び付けられるだろう」だが、ここではシュヴィニャールの読み方に従った。

信奉者側の見解

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは、そのまま1563年6月の予言と解釈し、1563年3月の寛容王令に反対する人々が弾圧されたこととした*2

同時代的な視点

 ベルナール・シュヴィニャールは、後半について、ある軍団の指導者が民衆を抑圧するなどの残虐な行為に及ぶが、その指導者も剣で木に釘付けにされることを描写しているのではないかとした*3

 この詩が書かれたのは1562年前半であり、まさにその時期はヴァシーの虐殺(1562年3月)を契機として第一次ユグノー戦争が始まったばかりの時期にあたっていた。軍隊の狼藉を予測したとしても、特におかしなものではなかっただろう。


名前:
コメント:

タグ:

予兆詩
最終更新:2010年03月31日 20:12

*1 原文は Chevignard [1999] p.159 による。

*2 Chavigny [1594] p.128

*3 Chevignard [1999]