ノストラダムスの弟子

 「 ノストラダムスの弟子 」は、同時代の暦書などに見られる名義だが、実体は不明である。

【画像】ノストラダムスの弟子(『1574年向けの暦』) *1

 ノストラダムスと直接的に接点のあった人物で弟子と位置付けうる人物はジャン=エメ・ド・シャヴィニーしかいない。ただし、ノストラダムスは1561年の知人への書簡の中で、新しく雇った秘書として紹介している。
 それ以外に「弟子」と呼びうる人物は確認されていないが、1560年頃には早くも『ミシェル・ノストラダムス師の弟子によって構成された1561年向けの暦』が登場している。
 著者が名前を出さずに「弟子」を名乗る著書はほかに『ノストラダムスの一番弟子による1567年向けの真の占筮』と『ノストラダムス師の弟子による1574年向けの暦(未作成)』の2点を確認することができる。いずれも実体は不明である。

 名前を名乗って弟子と称した人物もいた。ノストラダムス2世フロラン・ド・クローである。彼らも、ノストラダムス本人との接点は確認されていない。


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