Les Significations de l'Eclipse, qui sera le 16. Septembre 1559.

 『 1559年9月16日に起こる蝕の意味 』(Les Significations de l'Eclipse, qui sera le 16. Septembre 1559.)は、1558年にパリのギヨーム・ル・ノワールによって出版されたノストラダムスの著書。厳密に言えば他の暦書とは様式が異なるが、暦書(年次刊行物)の一種として取り扱われている。

【画像】『蝕の意味』の扉 *1

正式名

  • Les Significations de l'Eclipse, qui sera le 16. Septembre 1559. laquelle fera sa maligne extension inclusiuement, iusques a l'an 1560. diligemment obseruees par maistre Michel Nostradamus, docteur en medecine de Salon de Craux en Prouence.Auec vne sommaire response a ses detracteurs.
  • プロヴァンス州サロン・ド・クローの医学博士ミシェル・ノストラダムス師によって精密に観測された、1559年9月16日に起こり1560年まで害悪を蔓延させるであろう蝕の意味。誹謗者らへの簡潔な反論を付記。

内容

 16ページからなる。
 全体が献呈文の体裁になっており、その頭書は「いとも尊く高名なるヴィヴィエ司教にしてアヴィニョン教皇副使ジャコポ・マリア・サラ閣下へ。その賤しき召使ミシェル・ノストラダムスが、中傷者たちからの庇護をお願いするとともに、健康と幸福をお祈りいたします」(A Monseignevr Le Reverendissime & illustrissime Iacobo Marrasala Euesque de Viuiers, & vicelegat d'Auignon, M. Nostradamus son humble seruiteur enuoye salut & felicite, auec la defense contre ses medisans.)となっている。
 冒頭で、この蝕に関する占いについて、1559年向けの暦や占筮を作成した数日後に深く行うことができたものであると説明している。奥付には「サロン、1558年8月14日」「1559年と1560年向けとして1558年に作成」とある。

 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーの手稿『散文予兆集成』では第4巻第441~476番に対応している。

 蝕についての内容自体は、先行して出版されていたキュプリアヌス・レオウィティウスの蝕に関する著作(Eclipsium omnium..., Augsburg, 1556)との一致が指摘されている。ジャック・アルブロンのように、それを根拠として偽作と見なす者もいる *2

コメント

 全体が献呈文の体裁をとっているのは、暦書としては異例の構成である。
 特定の天体現象について有力者に報告する体裁は、暦書よりもむしろ1554年のカナール(瓦版)である『3月10日に目撃された恐るべき驚異の光景』に近い。
 なお、ここで献辞をささげられたジャコポ・マリア・サラ(Jacopo Maria Sala)は、1557年11月16日付のファルネーズ枢機卿宛の書簡でノストラダムスの占筮について「信じるものというより暇つぶし」と紹介している *3ベルナール・シュヴィニャールはこのことを踏まえて、サラはこの種の文献をほとんど評価していなかったと判断している *4

所蔵先

 ダニエル・ルソが私蔵していたが、2007年のオークションで出品されたあと、所在不明になった。

 19世紀にはアンリ・トルネ=シャヴィニーが所蔵しており、エクトール・リゴーに引き継がれた。その版は1931年のオークションには出品されておらず、それ以前に行方不明になってしまっているが、影印版が1904年に出版されており、当時のままの内容を知ることは可能である。



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