百詩篇第2巻75番

原文

La voix ouye de l'insolit1 oyseau,
Sur le canon2 du respiral3 estaige,
Si haut viendra du4 froment le boisseau5,
Que l'homme d'homme sera Anthropophage6.

異文

(1) l'insolit : l'insolite 1611B 1660, l'nsolit 1627, l'Insolit 1672
(2) canon : cauon 1665, Canon 1672
(3) respiral : respitail 1588-89, respital 1590Ro
(4) du : de 1649Ca
(5) boisseau : boiseau 1590Ro, boisteau 1600 1610 1716
(6) Anthropophage 1555 1627 1644 1840 : Antropophage T.A.Eds.(sauf antropophage 1588-89, Antropoppage 1649Xa)

校訂

 ピーター・ラメジャラーは2行目について疑問符付で sur le canon dur et spiral estage と読み替えている。当「大事典」としては支持しないが、2行目の意味を確定させづらいことは事実であって、整合的に読もうとする試みの一つとして評価できるだろう。

日本語訳

異様な鳥の声が聞こえる、
直立する換気用の煙突の上から。
小麦の入ったボワソー枡が余りに高くなるので、
人が人を食べるようになるだろう。

訳について

 1行目と2行目については、高田勇伊藤進訳「換気口の煙突上にとまる/異様な鳥の声が聞こえしとき、」*1のように、行を入れ替えて訳す方が分かりやすいだろう。当「大事典」では行の順序を入れ替えずに訳しつつ、つながりの不自然さを軽減するため、2行目を「上に(とまっている)」と直訳せずに「上から」とした。

 2行目 estaigeピエール・ブランダムールの釈義などを見ても、どのように処理されているのかが今ひとつ分かりづらい。ここでは、ジャン=ポール・クレベールが「直立する」を意味する古い動詞 ester と関連付けていることを参考にし、古フランス語の en estage (立っている)*2と見なした。
 あるいは単に canon が(横方向の筒である)大砲ではなく(縦方向の筒である)煙突であることを示そうとしただけなのかもしれず、その場合はこの語をことさら訳さずに canon を「煙突」とするだけで十分だろう(上の高田・伊藤訳はそういうことなのかもしれない)。

 3行目 boisseau はボワソー(穀物を量る古い単位で約12.8リットル)およびボワソー枡を示す語。小麦の値段の急騰を描写しただけで、単位それ自体にはあまり意味はないだろう。

 4行目の直訳は「人は人の食人種となるだろう」だが、冗長なので意訳した。

 既存の全訳についてコメントしておく。
 大乗訳1行目「必要でない鳥の騒がしい声が聞こえ」*3は、insolit にヘンリー・C・ロバーツの英訳で unwanted があてられていることによるものだろうが、不適切。2行目「何重にもなった大砲の上で」は、respiral が訳されていない。

 山根訳はおおむね許容範囲だが、2行目「呼吸する階の管の上で」が疑問。確かに少々強引に直訳すればそういう訳も可能かもしれないが、ほとんど意味不明になっている(ただし山根訳の場合、「呼吸する階の管」は煙突のことだろうとする解説が付記されている)。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、人間が共食いをするような大飢饉の到来を告げた詩としていた。現代でもエリカ・チータム(1990年)のように、煙突にとまる歓迎されざる鳥が凶兆として描かれ、全世界的な飢饉が訪れることを予言した詩とする者もいる*4モーリス・ラカス(未作成)(1994年)も同様の解釈をした*5

 なお、バルタザール・ギノー(1712年)、アナトール・ル・ペルチエ(1867年)、チャールズ・ウォード(1891年)、マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1939年)、アンドレ・ラモン(1943年)らは解釈していなかった。

 日本の場合、前半を現代的な兵器と関連付ける解釈がしばしば見られた。
 内田秀男(未作成)(1975年)は前半2行を軍備拡張と解釈した*6
 藤島啓章(1989年)は同じように軍拡に関連付けつつ、1行目は戦闘機などの爆音を表現したものの可能性があるとした*7
 加治木義博(1991年)は前半は多連装ミサイルが飛ぶ時の音が聞こえる描写で、湾岸戦争が長期化してイラクの前線では致命的に食糧が不足すると解釈していた*8
 飛鳥昭雄(1999年)は「異様な鳥」を戦闘機、爆撃機、巡航ミサイルなどとし、2行目は高射砲の描写とした。その上で、ヨーロッパの食糧事情が壊滅的になることと解釈した*9

懐疑的な見解

 「鳥」も「煙突」も単数形である。戦争の情景などとするのは苦しいのではないだろうか。

同時代的な視点

 煙突などの高い場所にとまって鳥が凶事を告げる描写は、古来見られるものである。ここではそれが大飢饉の到来を告げる鳥として描かれている。

 高田勇伊藤進は、ジャン・ド・ラ・タイユの演劇などを引き合いに出しつつ、当時の人々にとって飢饉が差し迫った脅威であったことや、その行き着く先に人食いが存在しえたことを示している。また、当時の年代記などをもとに、実際にそのような行為に至ったという話が当時しばしば見られたことも指摘している*10


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コメントらん
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  • 1960年から始まったヴェトナム戦争と1958-60年の間の中国の大躍進政策による3600万人の餓死者を予言。その余波はチベットにも広がった。「小麦」とあるがチベット人の主食は大麦。 -- とある信奉者 (2010-10-10 23:18:22)
  • 途中で送ってしまった・:大麦は誤差の範囲。4行目は人食いの歴史がある中国であることを述べている。2行目のcanon をここの訳にしたがって「煙突」とするならば、大躍進の最中に作られた土法高炉。「奇妙な鳥」は米国の爆撃機(B-52)などを予言。 -- とある信奉者 (2010-10-10 23:36:04)
最終更新:2010年10月10日 23:36

*1 高田・伊藤 [1999] p.188

*2 LAF

*3 大乗 [1975] p.90

*4 Cheetham [1990]

*5 ラカス『ノストラダムス世界大終末全予測』p.178

*6 ロバーツ [1975]

*7 藤島『ノストラダムスの大警告』pp.134-136

*8 加治木『人類最終戦争・第三次欧州大戦』p.90

*9 飛鳥『ノストラダムス最後の警告』pp.235-236

*10 高田・伊藤 [1999] pp.188-191