ミシェル・ノストラダムス師の予言集 (偽ピエール・リゴー版、1716年頃)

 1566年にピエール・リゴーが出版したとされる『予言集』がある。しかし、それは1716年頃に作成された偽年代版である。

【画像】偽年代版第一部の扉 *1

 上記画像の通り、全部で3つの版の存在が知られている。便宜上、太陽が擬人化されている左端の版を A 版、渾天儀が描かれている中央の版を B 版、猪に折り重なっている人物と跪く女性が描かれている右端の版を C 版としておく *2

正式名

  • Les Propheties de M. Michel Nostradamus, Dont il y en a trois cents qui n'ont jamais été imprimées. Ajoûtées de nouveau par l'Auteur.
    • Imprimées par les soins du Fr. Jean Vallier du Convent de Salon des Mineurs Conventuels de Saint François.
    • A Lyon, Par Pierre Rigaud, ruë Merciere au coing de ruë Ferrandiere. 1566.
    • Avec Permission.
  • ミシェル・ノストラダムス師の予言集、著者によって付け加えられた未刊の300篇を含む版。
    • サロンのフランシスコ会修道院の修道士ジャン・ヴァリエの配慮で印刷された。
    • リヨンにて、メルシエール街とフェランディエール街との交差点に住む業者ピエール・リゴーによる。1566年。
    • 特認付き。

  • Les Propheties de M. Michel Nostradamus, Centuries VIII. IX. X. Qui n'ont encores jamais été imprimées.
    • Imprimées par les soins du Fr. Jean Vallier du Couvent de Salon des Mineurs Conventuels de Saint François.
    • A Lyon, Par Pierre Rigaud, ruë Merciere au coing de ruë Ferrandiere. 1566.
  • ミシェル・ノストラダムス師の予言集、未刊であった百詩篇第八・九・十巻
    • サロンのフランシスコ会修道院の修道士ジャン・ヴァリエの配慮で印刷された。
    • リヨンにて、メルシエール街とフェランディエール街との交差点に住む業者ピエール・リゴーによる。1566年。
    • 特認付き。

 第一部のタイトルは正書法の変化を除けば初期の版とほぼ同じだが、よく見ると ...encores jamais... が ...jamais... になっていたり、...par ledict Auteur が ...par l'Auteur になっているなど、微細な変化が存在している。

内容

 正式名からも明らかなように二部構成をとっている。
 第一部は扉のあとにノストラダムスの墓碑銘が掲載され、続いて第一序文(セザールへの手紙)、百詩篇第1巻1番から第7巻42番までが収録されている。
 第二部は第二序文(アンリ2世への手紙)、百詩篇第8巻1番から第10巻100番までが収録されている。

 百詩篇補遺、予兆詩、六行詩などは収録されていない。

特色

 原文は17世紀初頭にピエール・リゴーが出版したものを踏襲しており、正書法上の変化はあるものの、異文の特色には多くの一致が見られる。

 A, B, C のいずれの版も内容上の大きな違いはないようである。

書誌

 扉には「ピエール・リゴー、1566年」とあるが、これは明らかに虚偽である。ピエール・リゴーが出版業者として活動を始めたのは16世紀末以降のことであり、1566年の段階では生まれていなかったか、かなり幼かったものと推測できる。

 かつてフォン・クリンコヴシュトレム伯爵はピエール・リゴー自身が作成した偽年代版とみなし、17世紀初頭の作成と推測していた。しかし、現在では1716年頃の作成と推測されている。これは、サロンの修道士ジャン・ヴァリエの名前に言及のあるノストラダムスの肖像画が1716年にアヴィニョンで出版されていることから、それとほぼ同じ時期であろうと推測されていることによる。

 かつてダニエル・ルソは、実際に印刷した業者としてアヴィニョンのドメルグ家を挙げていた。この説は、フランソワ=ジョゼフ・ドメルグが手がけた『予言集』1731年アヴィニョン版との類似性から、一定の説得力を持っていた。
 しかし、現在ではむしろアヴィニョン出版業史の専門家ルネ・ムリナが指摘するように *3 、アヴィニョンのジョゼフ=シャルル・シャスタニエの方が有力だろう。スワンギャラリーによる2007年のカタログでもシャスタニエが偽作者とされている *4
 シャスタニエと判断する根拠としては、以下の点を挙げることができる。
  • シャスタニエはリゴー家の木版画を使い回していた。
  • この偽版の冒頭に収録された墓碑銘に用いられている枠飾りが、1714年にシャスタニエが刊行した医学論文で用いられたものと同じ。
  • 花束模様などもシャスタニエが用いていたものと同じ *5

 また、ロベール・ブナズラの指摘により、ポール・アルボー博物館所蔵の伝本には、最終ページに「アヴィニョンでは教皇副使閣下やイエズス会神学校の御用印刷業者・書肆ジョゼフ=シャルル・シャスタニエの店で販売される。」(Et se vend, A AVIGNON, Chez JOSEPH-CHARLES CHASTANIER Imprimeur & Libraire de Monseigneur le VICE-LEGAT, de la ville & du college des RR.PP. Jesuites. Avec Permission des Superieurs.)と印刷されていることが明らかになっている。

 シャスタニエの存命中にはフランソワ=ジョゼフ・ドメルグどころか、その父のルイ・ドメルグでさえ、印刷業を始めていなかった。ルイは1717年にシャスタニエが歿したのち、縁戚関係にあった未亡人から遺産を引き継いで1721年に1冊だけ出版を行ったにすぎない *6
 ダニエル・ルソがフランソワ=ジョゼフ・ドメルグの版の中に見出した類似性は、シャスタニエの遺品が使い回されたことによって説明できる。
こうした状況証拠から、偽ピエール・リゴー版を実際に印刷した業者がシャスタニエだったと考えるのは自然だろう。

所蔵先

A版
  • フランス国立図書館、モンベリアール市立図書館、ポール・アルボー博物館、メジャヌ図書館、フィレンツェ国立図書館、イエナ大学図書館(ドイツ)、モスクワ市立図書館
  • かつてダニエル・ルソも私蔵しており、2007年のオークションに出品されたが、落札者は不明である。
  • フランス国立図書館の電子図書館Gallicaで公開されている。

B版
  • ポール・アルボー博物館、ローマ国立図書館
  • かつてダニエル・ルソも私蔵していたが、所在不明である。
  • ローマ国立図書館の蔵書がGoogleブックスで閲覧可能である。

C版
  • バイエルン州立図書館。この所蔵先はショマラ、ブナズラの書誌では確認されていなかったが、現在はGoogleブックスで閲覧可能である。
  • かつてダニエル・ルソが私蔵していたが、所在不明である。
  • インターネット上では私蔵されている版に基づいてファクシミリ復刻版を販売しているサイト(http://www.authentigraph.com/1566/)がある。

復刻

 19世紀にはアンリ・トルネ=シャヴィニーが復刻したことがあった。しかし、直後にアナトール・ル・ペルチエの『ミシェル・ド・ノートルダム神託集』が出版されたこともあってか、後の時代にはほとんど重視されなかった。


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