ohoshisama
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ohoshisama
ja
2008-12-26T23:07:24+09:00
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クリスマスイブの朝
https://w.atwiki.jp/ohoshisama/pages/26.html
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12月24日 日記より
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不思議な夢を見た。
大勢の人が土足で私の家に入ってくる。
「やめてください!!」と大声で叫んでいる。
鍵をかけたが、みんな合鍵を持っていて勝手に開けて入ってくる。
怖くて怖くて泣いて誰かの助けを求めるが誰も助けてくれない。
奥の暗い部屋でひとりで泣いていると
ひとりの女性が私のそばにやってきた。
その人は薄い透き通るようなベールを身にまとっていた。
私の顔をのぞきこみにっこりと微笑んで、泣いている私を抱きしめた。
その女性の腕の中で思いっきり泣いてた。
その女性は薄いピンク色のベールで私の体を包み込んだ。
なぜか私は裸だった。
とっても薄いベールなのに、体がジーンと温かくなった。
体がしびれてとても心地良かった。
そのまま私はその女性の腕の中で眠ってしまった。
目を覚ますと枕が濡れていたが、ジーンとした暖かさと心地良さがそのまま
続いていた。
まるで母の胎内にいるような心地良さだった・・・と思うが
母の胎内にいた頃を覚えているはずもない。
あれは何だったんだろう・・・
天使?
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2008-12-26T23:07:24+09:00
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第6章 いじめ
https://w.atwiki.jp/ohoshisama/pages/25.html
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いじめ
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2008-12-26T22:42:55+09:00
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第5章 涙の生活
https://w.atwiki.jp/ohoshisama/pages/24.html
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結婚生活
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夫は子供のころの病気で将来子供が出来なくなる可能性があると医者から言われていた。子供はあきらめていた。
公務員の夫の給料は非常に安かった。
子供を産む予定もなく、まだ若い私は当然専業主婦などとは考えもなく、ある大手の会計事務所に就職した。
結婚前に勤めていた会社でコンピューターの技術を身につけた私は、どこへ行っても来て欲しいと言われた。お給料も夫よりは多かった。
それでも家計は苦しかった。
大学時代、運動部の寮にいた彼が選んだアパートは仲間が近くにいる寮の傍だった。
6畳と台所だけの狭いアパートによく彼の友人が出入りし、大勢で飲み明かし、一週間でお給料を使い果たした月もあった。
生活費がなくなった私は月末になると、お財布の中を見て泣いた。
どうやって生活すればいいんだろう・・・残りわずかなお金で心細い生活を送った月が何度もあった。
夫の休日は土・日のため、金曜日の夜になると友達が来て朝まで飲み明かすことがよくあったが、私の職場は土曜日が休みではないため、睡眠不足で出勤するのが辛かった。
また、夫は住む所がない友達がいると「今日から暫く、ここにいることになった」
などと簡単に家に連れてくるのだ。
働きもせず、朝からお酒を飲んでいるような人もいた。
夫と私が仕事に出かけている間は、その男は私たちのアパートでお酒を飲みながら居るのだ。
夫よりも先に帰宅したくはなかった。
仕事が休みの日は一日中狭いアパートにアル中の男と3人でいるのは耐えられなかった。
何度もデパートの中をグルグル歩き回って時間を潰した休日もあった。
そのアル中の男がやっと出て行ったかと思うと、又違う友達を連れて来た。
ある時は友達の彼女も一緒に転がりこんで来たこともあった。
トイレの中で着替えをし、夜は押入れの中に布団を敷いて襖を閉めて寝た。
「お父さんに会いたい・・・」
その時また私は父が亡くなった時の悲しみに戻った。
押入れの中で何度も泣いた。
母が「いつでも戻っておいでね」と言ってくれた言葉が励みになった。
いつでも戻れるんだ・・・もう少し我慢しよう・・・と
友達を連れてこなくなってホットしたころ・・・
公務員の夫は6時過ぎには帰宅するはずが、遅くになっても帰らない日が多くなった。
そしてつ
2008-12-26T22:43:26+09:00
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第4章 母の再婚
https://w.atwiki.jp/ohoshisama/pages/23.html
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父の死から4年・・・
母は未亡人といってもまだ42歳。若くて綺麗だった。
知り合いの紹介でお見合いの話が持ち上がった。
高校生の弟の猛反対で話は打ち切り。
まだ母を独占したいという弟の気持ちも良くわかった。
弟はまだ父への思いを断ち切れてなかった。
「もし、親父が残された立場だったら再婚なんて考えないと思う」という弟の言葉が母の胸に突き刺さったらしい。
それから数年経ったある日、突然弟は可愛い彼女を母に紹介した。
弟は幸せそうだった。
「お袋、再婚しろよ」
その頃母は知り合いの紹介で5歳年上の男性とお付き合いしていた。
母が再婚を決心したのは、弟のそんな言葉からだったと思う。
母の再婚・・・幸せになって欲しいと心から思った。
人間は自分が不幸だと、自分以外の人の幸せを願えないものなのだろうか・・・
自分が幸せになってはじめて人のことを真剣に考えらるのではないかと思った。
父はいつも人のことばかり考えていた。父は幸せだったに違いない。
もしそうだとしたら、私は父のように生きるためにはまず自分が幸せになる努力をしなければいけない。
人に幸せを与えるには自分がしあわせになる努力をしよう。
母の再婚で学んだことだった。
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2008-12-14T15:45:57+09:00
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第3章 結婚
https://w.atwiki.jp/ohoshisama/pages/22.html
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「おめでとう!!」私は友達、上司、家族、親戚、たくさんの人たちから祝福を受けていた。
彼との結婚式だった。幸せの絶頂にいた。
父が亡くなった時、あんなに不幸だと思っていた自分がまるでうそのようだ。
白いウエディングドレスにつつまれた主役は私だった。
東京の大学に行っていた彼と2年間の遠距離恋愛の末、結ばれた。
新婚旅行は前代未聞。
母・彼の両親・友達の計7人での大旅行となった。
伊豆一周で彼と彼の父が運転する車2台でにぎやかな旅行だった。
しかも宿泊の部屋は男部屋・女部屋にわかれていた。
「一泊ぐらいふたりきりにしてあげましょう」と母が言ったが、これからずっと一緒なんだから楽しい方がいいと私が断わった。
私はこんな珍しい新婚旅行があってもいいととても気に入っていた。
母はとても楽しそうだった。
北海道で生まれて北海道で育った母と彼の両親は初めて見る富士山にとても感激していた。
「わあーーおおっきい!」と言いながらみんなで見た富士山は今でも忘れない。
21歳・・・母が私を産んだ歳と同じだった。
その日の夜、母がこっそり言った
「辛いことがあったら我慢しなくていいよ。いつでも戻っておいでね。」
とても気が楽になった。父に先立たれ心細い中、娘を遠く離れた東京に嫁がせる母の心境はどうだったのだろう。母のためにも幸せになろうと心から思った。
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2008-12-06T23:43:42+09:00
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第2章 不思議な夢
https://w.atwiki.jp/ohoshisama/pages/21.html
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夢の中で父は「あけみちゃんおきなさぁーい」と起こしにくる。
ある時こんな夢を見た。電車に乗って旅に行こうと父が言うのだ。
私は父の後について行った。
駅の改札を父が抜けると後について行こうとする私のところで改札が閉まって、どうしてもホームにいけないのだ。
「電車が来たから先に行くね」と言って父は電車に乗って行ってしまった。
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ある時はガラスの向こうで「あけみちゃんこっちへおいで」と父が手招きした。
私はドアを探すがどこにもない。母が一緒に探してくれるがみつからない。
私が「お父さんそっちへ行けないよ」と言うと父はにっこり笑って消えてしまった。
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父がそばにいて欲しくて私を呼んでいる・・・そう思った。父のそばに行きたい・・・
毎日父を想って泣いた。
幼い頃、父は私のことを≪黒い宝物≫と呼んだ。
夏休みに真っ黒に日焼けした私をそうよんだのだ。
この上ない愛情表現だった。もちろん幼い私には意味が解かるはずもない。
「なぁにそれー」と言ってケラケラ笑ったのを覚えている。
ひとつひとつ父の言葉や仕草が浮かんでくる。
どれだけ涙を流したら、悲しみが消えるんだろう・・・涙が止まらない。
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あまりにも若くしてこの世から去ってしまった父と30代という若さで未亡人になってしまった母への同情で近所の定年後の方々が父の会社の仕事を引き受けてくれて父の会社はそのまま継続された。
生前から近所の人たちは父を慕っていた。
父は時々マイクロバスを借りて近所の人たちを乗せて小旅行などに連れていったり、定年後の職を失った近所のおじさんたちを雇ったり、又学校のPTAの会長をするなどして、周りから信望が厚かった。そのお陰で残された私たち家族はいつまでも父に見守られているようだった。
「人にはいつもやさしく」を父は身をもって教えてくれたのだと思う。
私は大学受験を断念し、市内の商社に就職した。そこでも父の存在は大きかった。
父の娘である私はどこへ行っても歓迎されるのだ。
いつまでも父に守られていた。
それから父にお世話になったという人にたくさん会った。
亡くなって初めて父を尊敬した。
父は心優しい人だったと実感した。
私も一生を終えたとき周りの人々から父のように良い人だったと言われる人生を送りたい。そう思った。
2008-12-07T22:32:14+09:00
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第2章 夢
https://w.atwiki.jp/ohoshisama/pages/20.html
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夢の中で父は「あけみちゃんおきなさぁーい」と起こしにくる。
ある時こんな夢を見た。電車に乗って旅に行こうと父が言うのだ。
私は父の後について行った。
駅の改札を父が抜けると後について行こうとする私のところで改札が閉まって、どうしてもホームにいけないのだ。
「電車が来たから先に行くね」と言って父は電車に乗って行ってしまった。
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2008-12-05T19:39:11+09:00
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第1章 父の死
https://w.atwiki.jp/ohoshisama/pages/19.html
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「あけみちゃんおきなさぁーい」
父は毎朝、高校生にもなる私のベッドを覗き込み目を細めながら朝の挨拶が日課。
「もおーっ!うるさいなあ」
うっとうしさの中にも父からの愛情を感じていた。
≪私も将来、お父さんとお母さんのような家庭を築きたい≫心の中でいつもそう思っていた。
今思えば、人を疑うことを知らない私はそんな暖かい家庭で両親の愛情たっぷりと受けて育ったせいではないかと思う。
絵に描いた様な理想的な家庭が父の突然の発作でいっきに崩れた。
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いつものように明るい父の声で起こされた日曜日の朝。
私が友達の家に遊びに行くと言ったとたん、父が怒りだした。
「今日は外出してはいけません!約束しているのならうちに呼びなさい!!」
納得がいかなかった。
「私がどこへ誰と遊ぼうが勝手でしょう!!」と反発したが結局父の言うとおり友達を
自分の部屋へ呼び、ペチャクチャとよくある女子高校生のおしゃべりに花が咲いた。
「あけみーー!!ちょっと来て!」突然母の甲高い声で私は居間へ飛び込んだ。
目の前には目をくっきりと開けた意識のない父が横たわっていた。
私は急いで何件か先にある病院へ走り、事情を説明して医者を家に連れてきた。
医者が一本の注射を打つと父はまるで何事もなかったかのように起き上がり
泣いている母と私の顔を不思議そうに見つめた。
「お父さん今、どんな感じだったの?」
父は何もわからないと答えた。
母はほっとして洗いかけのお茶碗を洗い始めた。
医者が帰って10分もたたないうちに2度目の発作が起きた。
私は又医者を呼びに走った。医者が到着すると又、父は何事もなかったかのように
起き上がり、不安そうにしている家族の顔を順番にみつめた。
そして3度目の発作。心肺停止・・・救急車で運ばれた病院は自宅から歩いて5分程度の総合病院だった。
「ドスン!ドスン!」と大きな父の体が宙に浮く。
電気ショックで心臓回復を試みているようだった。
母は病院の床に座り込んで泣いていた。
私はまだ中学生の弟と一緒に見ていることしかできなかった。
父が私を外出させたくなかったのはこのことを予想していたのだろうか・・・
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「お父さんお正月ですよ・・・」母が病院のベッドに寝ている父の体を拭きながら語りかける。
父は一点を見
2008-12-05T19:32:56+09:00
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涙の宝石箱/コメント/1
https://w.atwiki.jp/ohoshisama/pages/18.html
- 涙の宝石箱って素敵ですね。ついさっきまで泣いていましたがなんだか -- (るるん) &size(80%){2008-12-05 01:28:22}
2008-12-05T01:28:22+09:00
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ある朝
https://w.atwiki.jp/ohoshisama/pages/17.html
<p><font style="background-color:#ffddff;">2008年12月1日</font></p>
日記より
<hr /><p>いつもの公園で、時々出会う車イスのおじ様が缶コーヒーを2つ持ってきて 「今日はいい天気だね! 」と言って
缶コーヒーをひとつ私に差し出しました。</p>
<p>「ありがとう・・・」私はそばのベンチに座り、ちょっと温い缶コーヒーを飲みました。とても楽しいおじ様で、あっと言う間に30分程たったころ・・</p>
<p>「あのう・・・どうして?車イスなんですか?」私は、思いきって聞いてみました。</p>
<p>「よくぞ!聞いてくれた!」ととても嬉しそうなのにびっくりしました。</p>
<p>「これはね名誉の負傷なんだよ。」</p>
おじ様は楽しそうに話はじめました。
<p>
<strong>「私はね、小さい頃から何だか知らないけど、車輪のついている ものが</strong><strong>大好きでね。自転車・バイク・自動車・・・</strong><strong>命のことなんか何にも考えないで、夢中で飛ばしていたん</strong><strong>だよ。そしてレーサーになったんだけどね。</strong><strong>30年前、事故でこうなったんだよ。」</strong></p>
<p>
<strong>「神様がね・・・あんたそんなに車が好きなら一生、車に乗ってなさい</strong><strong>・・・ってね。私にプレゼントをくれたんだよ」</strong></p>
<p>
<strong>「私はね、幸せものだよ。あんたも好きなことやった方が</strong><strong>いいよ!!一生懸命やってりゃあ、神様がご褒美</strong><strong>くれるんだよ!!」</strong></p>
<p><strong>「その代わりね・・・文句は言っちゃダメだよ。好きでやってん</strong><strong>だから・・・」</strong></p>
<p>泣きそうになっている私を察してか、「そんじゃね!」と凄いスピードでサイクリングコースを飛ばす後姿は、なんだか本当に幸せそうでした。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<hr />
2008-12-26T22:46:45+09:00
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