安全管理

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安全管理」(2010/05/06 (木) 16:43:15) の最新版変更点

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 ネメシスは夢を見ていた。  いつもと同じだ。    数千人の剣士に囲まれ、襲われる夢。    自分は剣を振り回し、次から次へと人を斬り殺していくのだ。    あまりにも数が多いため、斬っても斬っても、きりがない。    適当に振っても、簡単に人体が斬れる。    紙のように斬れるのだ。    おかしいと思いながらも、剣を振る手は止めない。    止められないわけではなく、止めない。    次第に、人を殺しているという意識もなくなっていた。    人体を切断する感触。    付着する返り血。    むせ返りそうな血の匂い。    どれも、気にならない。    何とも思わない。    人殺しという行為に、何の罪悪感も抱かなくなった。    それどころか、快感すら感じ始めている。    人を斬り殺すことを、楽しいと思い始めているのだ。    殺すことを楽しんでいる。    もはやそれは剣士ではなく、ただの殺人鬼。    そんな自分が、怖い。    恐ろしい。    叫びたくなるほどの恐怖を感じたところで、ネメシスは目を覚ました。    目を開けて寝台から上体を起こすと、数メートル前方に一人の男性がいた。  身長二メートルほどで肩幅も広く、筋骨隆々の大男。  鎧の上からでも分かるほど肉体は鍛え上げられ、両手には黒い手袋をはめている。  灰色の目は穏やかな眼光を放っているが、威圧感と存在感は圧倒的だ。 「そろそろ時間だぞ、ネメシス」 「……分かっています、ガーランド隊長」  ネメシスが寝台から出つつ言うと、ガーランドは苛立ちを隠そうともせずに言った。 「だったら、もう少し早く起きろ。シーマは既に城門の前で待っているぞ」  ガーランドの言葉を聞きながら、ネメシスは近くに置いてある鎧を装着し、剣を手に取る。  窓から外を見てみると、まだ暗く、人の気配もない。  真夜中なのだから、当然のことだ。 「……夢を」 「んっ?」 「夢を見ていたんです」  ネメシスは剣を引き抜き、刃を眺めながら、うつろな表情で呟いた。  今にも倒れてしまいそうなほど、うつろな表情をしている。  それを見て、ガーランドは少し心配そうな顔で問いかけた。 「どんな夢だ?」 「戦いの夢です。最近、いつも同じ夢ばかり見ます」  ネメシスが戦いの夢を見るようになったのは、二週間前からだ。  無数の敵と戦い、数え切れないほど斬り殺していく悪夢。  なぜ、このような夢を見るようになったのだろうか。  そんなことを考えながら剣を鞘に入れると、ネメシスは言った。 「安全管理部隊……」  安全管理部隊はエレメス王国全体を守護する戦闘軍団。  ネメシスとガーランドも、その一員である。  そしてエレメスとは、アロン大陸の東にある王国だ。  かつてアロン大陸はグレスト王国が統治していたが、二百年前から東と西の二つに分裂することとなった。  東はエレメス王国。  初代国王はアベル・エレメスだ。  剣術と政治の両方に優れており、国民からの人望も厚かった。  西はフォレス帝国。  初代皇帝はラドル・フォレスである。  高い戦闘能力と政治能力を兼ね備えているが、温厚な人柄で知られていた。  だから何の問題もなく、フォレスとエレメスとの間に不可侵条約が成立したのだ。  だが不可侵条約が成立しても、それで安全が保障されたわけではない。  平和であり続けることを放棄し、犯罪に手を染める者が続出し始めたのだ。  だから国内の治安維持のために、エレメス安全管理部隊が結成された。  犯罪者の逮捕、あるいは抹殺、犯罪組織への潜入や破壊工作などが主な任務。  国内の治安維持を目的としているので、基本的には武術に優れた者が選ばれる。  隊長はガーランドだ。 「安全管理部隊の隊員をやっているから……でしょうか?」 「それは関係ない」  ガーランドは断言した。 「お前が今まで犯罪者を斬り殺したことなど、一度もない。そんな悪夢を見る原因は別のことだろう」  ガーランドの言葉を聞き、ネメシスは小さく頷いた。  確かに、ネメシスが人を斬り殺したことは一度もない。  安全管理部隊の目的は治安維持。  決して、殺人ではないのだ。  犯罪者を気絶させて逮捕することは多いが、斬り殺したことはない。 「だが、いつか必ず斬り殺す日が来るぞ」 「……」 「この国の犯罪者は年々増加する一方で、凶悪さも増してきているからな」  ガーランドは指を鳴らし、続けた。 「二百年前に魔獣達との戦いが終わったと思ったら、今度は人間同士の争いとは……」 「……」  ガーランドの言葉を、ネメシスは複雑な心境で聞いていた。  二百年前の大戦争は文献に記録されているため、彼も知っている。  魔人王フィアデス率いる軍団フォルネルシアと、人類の戦い。  負けた方の種族が、地上から消滅することになる。  言わば『生存競争』であり、善悪の概念とは無縁の戦いだったらしい。  ところが、今は違う。  今の時代には分かりやすい悪党が数え切れないほどいる。 「人間というのは、永遠に戦いを繰り返す生物なのかもしれませんね」 「……だろうな」  二百年前の戦い。  数千年前の人魔戦争。  それ以前も、戦いは何度も起こっている。  何らかのきっかけで闘争が終わっても、再び何らかのきっかけで闘争が始まる。  だから魔人や魔獣が消えた後も、再び戦いが起こるのは必然だったのかもしれない。 「人間と魔人に、何の違いがあるのやら……」  神妙な表情で呟くガーランドだが、不意に顔を上げ、言った。 「いかんな……こんなことを考えていても仕方ない。このことは後で話そう、ネメシス」 「はい、隊長」  ネメシスの返事を聞くと、ガーランドは彼に背中を向け、歩きながら呟く。 「今度の相手はブラッドソードだ。かなりの大仕事だぞ」  ブラッドソード。  非道の強盗団だ。  団員は全部で三十人。  数と機動力にものを言わせ、町を襲撃。  住民を皆殺しにして、金品を奪っていく悪党達である。  既に二つの町が彼らに襲撃され、滅ぼされており、情状酌量の余地など一切ない。  連日の調査でアジトの位置が判明したため、安全管理部隊を送り込んで逮捕することになった。  任務に就くのは隊長のガーランドと、隊員のネメシスとシーマだけだ。  ネメシスは入隊してから二年目の新人で、他の隊員に比べれば経験も浅い。  それでも、強盗ごときが立ち向かえる相手ではない。 「先に行っているぞ」  言うなり、ガーランドは返事も聞かずに外へ出た。  ネメシスは夢のことが気になり、すぐには後を追わなかった。 (もしかして俺には、殺人願望があるのか……?)  自分に殺人を楽しむような性癖があるとは、思いたくない。  思いたくはないが、隠された願望が夢という形を取って出現したのかもしれない。 (……そんなことを考えている場合じゃないな。今は任務に集中しよう)  心の中で言うと、ネメシスはガーランドの後を追い、城門まで走る。  やがて城門の近くまで来ると、二人の人間が立っているのが見えた。  一人はガーランド。  もう一人は、剣を持った女性。  年齢は二十代前半ほどだろうか。  背中まで伸びた亜麻色の長い髪と、紺碧の瞳が印象的な美しい女性だ。  小柄な肉体を白い服に包み込み、右手には剣を持っている。  眼光が常人より鋭い上に、左目を大きな眼帯で覆っているため、一種の凄みがある。  彼女の名前は、シーマ・フェルザント。  ガーランドやネメシスと同じく、安全管理部隊の隊員だ。 「これで三人全員がそろいましたね」  シーマは剣を軽く振りつつ、言った。 「それにしても、ブラッドソードの逮捕ですか。どうせ逮捕というのは建前で目的は奴らを皆殺しにすること……」 「先走るな、シーマ。我々の目的は治安維持であって殺戮ではない」 「……はい」  ガーランドの言葉に頷き、返事をするシーマだが、納得している表情ではない。  そんなシーマを見て、ネメシスは心配になってきた。  例えば、一人を殺して百人を生かせるという状況になれば、その一人をシーマは迷うことなく殺すだろう。  大勢の人間が助かるなら、少数の人間を犠牲にしても構わないと考えるのが、シーマという女性だ。  だから今回、彼女はブラッドソードの団員を皆殺しにするつもりでいる。  それで国民全体の安全が守られるなら、迷わずにそうするべきだと、彼女は考えるからだ。 (……シーマ)  間違った考え方ではないと思う。  理屈は分かる。  だが、共感できるかどうかは別の問題だ。  そんなことを考えていると、不意にガーランドが言った。 「では、出発するぞ」 「はい」  第一話 終了  第二話へ  トップページへ
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