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エラキス干渉戦争の悲劇 外伝 「Un teatro olvidado(A forgotten theatre)」 エラキス干渉戦争とは何だろうか。 その始まりはエラキスの市民革命へのセラフィナイトとクラルヴェルンの干渉だと書かれている。そして、その結末はエラキスの没落による国際秩序の再編、いわゆる「東フォルストレアの安寧」の起点とされるクラルヴェルン・セラフィナイトの協調体制の成立、その分析に使われた「産業革命」という術語の普及と工業化の広まり。そういった説明が教科書にも解説書にも書かれている。 一方で、その経過についてみれば、エラキス王党派騎兵隊を圧倒するセラフィナイト軍に始まり、東部戦線における長い塹壕戦でのクラルヴェルン兵とセラフィナイト兵の消耗について記されているだろう。毒ガスについても大抵は書かれているだろうし、物好きの本では坑道戦について書かれていることもある。 さて、何か忘れていないだろうか? これではクラルヴェルンとセラフィナイトがエラキスを舞台に戦争をしているように見えるし、大抵そのように論じられる。しかしクラルヴェルンとセラフィナイトの両国は一度も法的な交戦状態に入ったことはなかった。最終局面においてクラルヴェルンがセラフィナイトに最後通牒を出しているが、これはむしろ両国間で講和条約を結んで一まとめに外交問題を解決しようとしたと考えるのが妥当というのが通説である(ただし近年研究ではクラルヴェルン参謀部にはそのまま対セラフィナイト戦になだれ込む意思もあった可能性も指摘されている)。 しかし戦争の終結について正しく記すならば、あくまでもこの戦争はエラキス王党派の瓦解によって終わったのだ。エラキス王のフェルキスを介してのクラルヴェルン亡命と、それによるエラキス王党派の自然消滅、そしてエラキス共和派の勝利宣言。それによって戦争は終了したのである。 この結末が正しく理解されないのは、西部戦域―通例、これには東部との対比から来る「戦線」という用語が充当されるが、その性質上不適切であるため、私はあえて戦域と記す―が全く論じられないからだ。 西部戦域が全く論じられないことには理由がある。この時代の歴史を論じる上で最も重要となるのは産業革命であって、産業革命について論じる際にエラキス干渉戦争を用いるとすれば、西部戦域は全く価値を持たないからである。 しかし、エラキスの内戦というこの戦争本来の性質について理解しようとするならば、西部戦域こそがこの戦争における最も重要な局面であるはずである。 この戦争について、セラフィナイト側の軍人の自伝に有名なものが三つある。一つは北部戦線における将軍コールドロン中将のもの。二つ目は南部戦線における将軍エーレンバーグ少将のもの。三つ目は情報局のフラウンホーファー大佐(いずれも階級は当時)のものだ。 コールドロン中将のものはその苦悩に関して切々とつづられている。しかしその端々にクラルヴェルン側の資料を参照できる我々の立場から眺めても実に適切といえる戦況理解が読み取れ、これをどう評価するかによって彼の評価が左右されるところである。 エーレンバーグ少将のものでは戦争に関する記述は基本的に航空機の役割の評価に徹しており、その戦果と将来性について記している。やや過大評価しすぎるきらいはあるが、後の各国空軍に影響を与えた。 フラウンホーファー中佐のものは指揮系統の問題を記している。頑迷なコールドロンと奇抜な着想を好むエーレンバーグの間で統制に苦慮する、という話である。これは巷に広がるコールドロン無能論の原点といえる。 ここで、これから話を進める西部戦域における最も重要な将軍、アレッサンドロ・アンテノーゼ中将は自伝を記していない。それどころか彼は一冊の書籍も記したことはない。これは後述するが彼自身が何も書き残してはならないと理解していたからであろうが、研究の上でこれほど困ることはない。 セラフィナイト。星に最も近い、自由なる我が祖国。 そんな我らの国は、いま戦時下にある。 エラキス革命戦争。エラキス人どもは我々とクラルヴェルンの脅威を強調して、エラキス干渉戦争と呼んでいるらしい。 …我らが、脅威か。実に結構なこと。そのとおりだ。少なくとも、私はエラキスへの脅威だ。 この戦争をどう呼ぶにせよ、我らセラフィナイトはエラキス王党派、そしてクラルヴェルン帝国と交戦状態にある。 さて、クラルヴェルンにもエラキスにも、その歴史の中で輝かしい功績を挙げた騎士たちがいる。 しかし、セラフィナイトにそんなものはない。 農民と中産市民の軽歩兵と、富裕市民の重歩兵。 それらが必死に周辺国の圧迫を押しとどめてきたのが、このセラフィナイトの千年の歴史だ。 この百年ほどのエラキス主導の「天秤政策」は、次第にセラフィナイトがクラルヴェルンやエラキスと肩を並べる大国としての地位を確立する上で好ましいことだった。 しかし、それはそこから上に出ようとする者を残りの二者が抑え込む体制。 セラフィナイトが最も弱体な、あくまでも間に合わせの駒の扱いであり続けた限りはこれはセラフィナイトにとって有利であった。 しかし我々が工業化に成功し、実際上の国力も対等となり、一方でエラキスが内乱のうちに入った現在ではそうではない。 そろそろ机をひっくり返すときだ。 騎士の時代に終止符を打とう。 セラフィナイトには長い歴史のある国民軍がいる。 クラルヴェルンにおいても国民軍の形成は順調に進みつつある。 だがエラキスにおける国民軍建設の試みは植民地の統治という困難の中で遅々として進まぬ。 長い歴史を持つエラキス植民地帝国を、過去のものとして永久に葬り去る。それができるのは今をおいてほかにない。 …クラルヴェルンか? 長い歴史の中で、クラルヴェルンとの摩擦は必ず穏やかに解決されてきた。 そのいずれにおいても歴史上一貫した親クラルヴェルン派として隠然と力を振るったのはアンゼロット記念大学の学閥。 …通時代的―つまり死ぬことなく、国家に影響力を及ぼす存在。 つまり、アンゼロット記念大学の中核にいる存在とは、恐らく…いや、それはいい。 そういうことは、SSVDに任せておけばそれでいい。自分自身がSSVDに入ることもできたが、自分はそれをしなかった。 いずれ、手を打たなければならないのだろう。だがそれは今ではない。クラルヴェルンの打倒など考えてはならない。 それを始めるべき時は、天秤が崩れ、もう一度天秤を立て直す機会を与えられた時だ。今はまだ、そのときではない。 今重要なことはたった一つ。 エラキス。五たび我らと剣を交えた、そう、われらの独立への脅威の一つ! …もしもその脅威を永久に排除でき、そしてその役割を自分が担えるのだとすれば…。 たとえわが身が永久に不名誉のうちに沈もうと、忘却のうちに消え去ろうと結構。 西部戦域。そう、戦域だ。ここは現実主義者を僭称するコールドロンや星術マニアのエーレンバーグに任せてはおけない。 こここそが、私のなすべきことをなす舞台なのだ。 ---- 「いずれあなたはこの国に害をなすでしょう」 「ほう。抗命事件かな?」 冗談めかして腰の拳銃に手をやる中将。しかしそれを無視して参謀は答える。 「…ですが、いまのこの国にはあなたが必要なのです」 「そうか」 「なんとも……思わないのですか?」 「私の心は最初から決まっている。もしも私がこの国にとって害になるなら、私は喜んでこの首を差し出そう。もしも私の国が私に死を命じるならば、私は喜んで心臓を捧げよう。もしもそれが誤解によるものであれば、私は力の限り誤解を解こうとするだろうが、それでも最期の瞬間にはいかなるときも祖国の命に従ったものとして命を捧げよう。それだけ記憶に留めてくれれば、それでよい」 「お久しぶりです。お元気そうですね、アンテノーゼ中将」 「…久しいな。君は、まだ現役で?」 「私もそろそろ身を引くことを考える歳になってしまいましたね。時に、約束どおり答え合わせを聞きに来ましたよ」 「ああ、答え合わせか…そうだな、引いておいた導火線は大体不発か。あまり、示せなかったな」 「あなたが弱音を吐くとは思いませんでした。結局、はぐらかすのかと」 「これでは弱音だって吐きたくもなるさ。いや、だが一つだけうまくいったものがある」 「何です?」 「エラキスだよ。この国の悪魔も、クラルヴェルンの悪魔も、きれいごとを言いつつ、相手と自分しか見えていないのだねえ。思ったより重いな、これは」 「は…?」 「気づかなかったことにしておいたほうがいいこともたくさんある。この世の中にはね。そして私には理解できなかったものがあるらしい」 「あなたが、理解できないもの……?」 「…愛だよ」 「あの……私は、あなたほど一途に何かを愛した者を他に知らないのですが」 「ほう?」 「この国です」 「そうか。……そうだな。定命の人間の愛のほうが、あれらの愛よりもずっと短く、故に深くなれるのかもしれないな」
エラキス干渉戦争の悲劇 外伝 「Un teatro olvidado(A forgotten theatre)」 エラキス干渉戦争とは何だろうか。 その始まりはエラキスの市民革命へのセラフィナイトとクラルヴェルンの干渉だと書かれている。そして、その結末はエラキスの没落による国際秩序の再編、いわゆる「東フォルストレアの安寧」の起点とされるクラルヴェルン・セラフィナイトの協調体制の成立、その分析に使われた「産業革命」という術語の普及と工業化の広まり。そういった説明が教科書にも解説書にも書かれている。 一方で、その経過についてみれば、エラキス王党派騎兵隊を圧倒するセラフィナイト軍に始まり、東部戦線における長い塹壕戦でのクラルヴェルン兵とセラフィナイト兵の消耗について記されているだろう。毒ガスについても大抵は書かれているだろうし、物好きの本では坑道戦について書かれていることもある。 さて、何か忘れていないだろうか? これではクラルヴェルンとセラフィナイトがエラキスを舞台に戦争をしているように見えるし、大抵そのように論じられる。しかしクラルヴェルンとセラフィナイトの両国は一度も法的な交戦状態に入ったことはなかった。最終局面においてクラルヴェルンがセラフィナイトに最後通牒を出しているが、これはむしろ両国間で講和条約を結んで一まとめに外交問題を解決しようとしたと考えるのが妥当というのが通説である(ただし近年研究ではクラルヴェルン参謀部にはそのまま対セラフィナイト戦になだれ込む意思もあった可能性も指摘されている)。 しかし戦争の終結について正しく記すならば、あくまでもこの戦争はエラキス王党派の瓦解によって終わったのだ。エラキス王のフェルキスを介してのクラルヴェルン亡命と、それによるエラキス王党派の自然消滅、そしてエラキス共和派の勝利宣言。それによって戦争は終了したのである。 この結末が正しく理解されないのは、西部戦域―通例、これには東部との対比から来る「戦線」という用語が充当されるが、その性質上不適切であるため、私はあえて戦域と記す―が全く論じられないからだ。 西部戦域が全く論じられないことには理由がある。この時代の歴史を論じる上で最も重要となるのは産業革命であって、産業革命について論じる際にエラキス干渉戦争を用いるとすれば、西部戦域は全く価値を持たないからである。 しかし、エラキスの内戦というこの戦争本来の性質について理解しようとするならば、西部戦域こそがこの戦争における最も重要な局面であるはずである。 この戦争について、セラフィナイト側の軍人の自伝に有名なものが三つある。一つは北部戦線における将軍コールドロン中将のもの。二つ目は南部戦線における将軍エーレンバーグ少将のもの。三つ目は情報局のフラウンホーファー大佐(いずれも階級は当時)のものだ。 コールドロン中将のものはその苦悩に関して切々とつづられている。しかしその端々にクラルヴェルン側の資料を参照できる我々の立場から眺めても実に適切といえる戦況理解が読み取れ、これをどう評価するかによって彼の評価が左右されるところである。 エーレンバーグ少将のものでは戦争に関する記述は基本的に航空機の役割の評価に徹しており、その戦果と将来性について記している。やや過大評価しすぎるきらいはあるが、後の各国空軍に影響を与えた。 フラウンホーファー中佐のものは指揮系統の問題を記している。頑迷なコールドロンと奇抜な着想を好むエーレンバーグの間で統制に苦慮する、という話である。これは巷に広がるコールドロン無能論の原点といえる。 ここで、これから話を進める西部戦域における最も重要な将軍、アレッサンドロ・アンテノーゼ中将は自伝を記していない。それどころか彼は一冊の書籍も記したことはない。無論、軍人であればそういうタイプの人間はよくいる。しかし、教本の類も彼の名によるものはほとんど残されていない。彼はゲリラ作戦に対する掃討戦の戦術の先駆者といえる者の一人として、当時からセラフィナイト参謀本部ではよく知られていたにもかかわらず、である。これは後述するが彼自身が何も書き残してはならないと理解していたからであろうが、研究の上でこれほど困ることはない。 セラフィナイト。星に最も近い、自由なる我が祖国。 そんな我らの国は、いま戦時下にある。 エラキス革命戦争。エラキス人どもは我々とクラルヴェルンの脅威を強調して、エラキス干渉戦争と呼んでいるらしい。 …我らが、脅威か。実に結構なこと。そのとおりだ。少なくとも、私はエラキスへの脅威だ。 この戦争をどう呼ぶにせよ、我らセラフィナイトはエラキス王党派、そしてクラルヴェルン帝国と交戦状態にある。 さて、クラルヴェルンにもエラキスにも、その歴史の中で輝かしい功績を挙げた騎士たちがいる。 しかし、セラフィナイトにそんなものはない。 農民と中産市民の軽歩兵と、富裕市民の重歩兵。 それらが必死に周辺国の圧迫を押しとどめてきたのが、このセラフィナイトの千年の歴史だ。 この百年ほどのエラキス主導の「天秤政策」は、次第にセラフィナイトがクラルヴェルンやエラキスと肩を並べる大国としての地位を確立する上で好ましいことだった。 しかし、それはそこから上に出ようとする者を残りの二者が抑え込む体制。 セラフィナイトが最も弱体な、あくまでも間に合わせの駒の扱いであり続けた限りはこれはセラフィナイトにとって有利であった。 しかし我々が工業化に成功し、実際上の国力も対等となり、一方でエラキスが内乱のうちに入った現在ではそうではない。 そろそろ机をひっくり返すときだ。 騎士の時代に終止符を打とう。 セラフィナイトには長い歴史のある国民軍がいる。 クラルヴェルンにおいても国民軍の形成は順調に進みつつある。 だがエラキスにおける国民軍建設の試みは植民地の統治という困難の中で遅々として進まぬ。 長い歴史を持つエラキス植民地帝国を、過去のものとして永久に葬り去る。それができるのは今をおいてほかにない。 …クラルヴェルンか? 長い歴史の中で、クラルヴェルンとの摩擦は必ず穏やかに解決されてきた。 そのいずれにおいても歴史上一貫した親クラルヴェルン派として隠然と力を振るったのはアンゼロット記念大学の学閥。 …通時代的―つまり死ぬことなく、国家に影響力を及ぼす存在。 つまり、アンゼロット記念大学の中核にいる存在とは、恐らく…いや、それはいい。 そういうことは、SSVDに任せておけばそれでいい。自分自身がSSVDに入ることもできたが、自分はそれをしなかった。 いずれ、手を打たなければならないのだろう。だがそれは今ではない。クラルヴェルンの打倒など考えてはならない。 それを始めるべき時は、天秤が崩れ、もう一度天秤を立て直す機会を与えられた時だ。今はまだ、そのときではない。 今重要なことはたった一つ。 エラキス。五たび我らと剣を交えた、そう、われらの独立への脅威の一つ! …もしもその脅威を永久に排除でき、そしてその役割を自分が担えるのだとすれば…。 たとえわが身が永久に不名誉のうちに沈もうと、忘却のうちに消え去ろうと結構。 西部戦域。そう、戦域だ。ここは現実主義者を僭称するコールドロンや星術マニアのエーレンバーグに任せてはおけない。 こここそが、私のなすべきことをなす舞台なのだ。 ---- 「いずれあなたはこの国に害をなすでしょう」 「ほう。抗命事件かな?」 冗談めかして腰の拳銃に手をやる中将。しかしそれを無視して参謀は答える。 「…ですが、いまのこの国にはあなたが必要なのです」 「そうか」 「なんとも……思わないのですか?」 「私の心は最初から決まっている。もしも私がこの国にとって害になるなら、私は喜んでこの首を差し出そう。もしも私の国が私に死を命じるならば、私は喜んで心臓を捧げよう。もしもそれが誤解によるものであれば、私は力の限り誤解を解こうとするだろうが、それでも最期の瞬間にはいかなるときも祖国の命に従ったものとして命を捧げよう。それだけ記憶に留めてくれれば、それでよい」 「お久しぶりです。お元気そうですね、アンテノーゼ中将」 「…久しいな。君は、まだ現役で?」 「私もそろそろ身を引くことを考える歳になってしまいましたね。時に、約束どおり答え合わせを聞きに来ましたよ」 「ああ、答え合わせか…そうだな、引いておいた導火線は大体不発か。あまり、示せなかったな」 「あなたが弱音を吐くとは思いませんでした。結局、はぐらかすのかと」 「これでは弱音だって吐きたくもなるさ。いや、だが一つだけうまくいったものがある」 「何です?」 「エラキスだよ。この国の悪魔も、クラルヴェルンの悪魔も、きれいごとを言いつつ、相手と自分しか見えていないのだねえ。思ったより重いな、これは」 「は…?」 「気づかなかったことにしておいたほうがいいこともたくさんある。この世の中にはね。そして私には理解できなかったものがあるらしい」 「あなたが、理解できないもの……?」 「…愛だよ」 「あの……私は、あなたほど一途に何かを愛した者を他に知らないのですが」 「ほう?」 「この国です」 「そうか。……そうだな。定命の人間の愛のほうが、あれらの愛よりもずっと短く、故に深くなれるのかもしれないな」

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