light novel > 異伝記録 > 再生インフェルナ

天使たちのお茶会(べいろす)

「もう。泣かないでくださいよ。困りますから」
「…ごめんなさい」
「いえ、謝らなくても。無理にとは言いません」
「…ええ」
 柔らかな笑顔を浮かべて、彼は自らの任務を放棄した。
 それは、私をあるべき所に連れ戻すという任務。
 帰ろうとしないのは、私の弱さ。私の我が儘。
 私は堕天使。ご主人様の言葉に従うのがたまらなく心地よいの。
 隷従と被虐の呪いは抗いがたく、美しいこの姿も捨てることも想像できない。
 差し伸べられた手を取ることもできないほどに堕落してしまった私。
「心配いりません。リュンヌ様は心配しておりましたが、元気にしていると言っておきます」
「有難う。…どうか軽蔑しないでください」
「勿論です」

「聞いたことの無い銘柄ですね」
「でしょう? 一昔前はバーラト・ムスラールというのが定番でしたけど」
 たった一人のお茶会の予定は、彼の訪問で二人のお茶会に変更。
 香り高い紅茶に焼きたてのスコーンを添えて、甘いクリームをたっぷりとつけて。
 久しぶりの彼との、積もる話に時間を費やして。
 彼も私も甘いものが好き。糖分が精神に与える影響は計り知れない。 
「ベルナルドゥス。いい名前ね。いい響き」
「リグレットもいい名前ですよ。美しい響きと意味合いです」
 無味乾燥なノードネームで呼び合っていた昔。
 美しい名前で呼び合う今。
 今の方が不幸だなんて、なんて皮肉。
「ご馳走様でした。貴方に星の加護を」
「貴方に月の加護を」

天使と渡航者と今はいない悪魔

「…ここは?」
ドクトル諸島。
ネルヴィルオーシャン最北の凍れる大地。
農耕すら許さぬ霧の夏と、雪に支配される極夜の冬。
復興歴38年も年の瀬の押し迫った真冬のある日。外が吹雪く中、ミュリエル大聖堂にて。
ヘレナ・バークタインは、大惨事世界の一期目の終了を見届け、アンゼロットと交わした定めにより第二期の開始にたどりつく、はずだった。
しかし気が付くと、大聖堂の片隅に座っていた。周りを見渡せば、それなりに人がいて、祈ったり談笑したり思い思いの行動をとっている。
そして何より、外が暗い。聖堂の時計は1時(ちなみに手元の時計は18:04と示していた)で、その下に昼のアイコンが出ているのだが、外は早朝の明るさだ。
…少し、違和感を感じる。顔に手をやって気付く。眼鏡。ヘレナ・バークタインの視力は2.0。眼鏡など必要ないはずだ。眼鏡に手を触れる。
「眼鏡…私の視力なら必要ないはずですが」
(学ぶ者。汝に必要な情報を。されど考えることは自ら為すべし)
眼鏡の中の視界に不可視の情報が付加される。そこにあるものが何なのか、感覚として感じる。
(フラトコフもあなたのことは敵だとみなさないはず。だけど、どうしようもないときのための備えは必要。普段はかけないでくださいね。その眼鏡は起動していなければ誰にも気づかれないようにしてあるから。本当に困った時だけ、その眼鏡を使ってください)
フラトコフ。悪魔諸侯に関する知識は与えられている。与えた悪魔がアンゼロットという名であることも含め。
(…興味深い現象ですね。なるほど)
そして脳に直接響く声。あのときの悪魔と同質の、しかし別人の声だ。急いで眼鏡を外し、答える。
(誰?また悪魔?)
(私はこのドクトルの守護を任じられた星の天使。与えられた名前は特にないから、呼びたい名前で呼んでください)
(…そんなこといきなり言われても…じゃあ、好きなものは?)
(うーん…まあ、甘いものですかね)
(じゃあ、ベルナルドゥス。〈甘蜜博士Doctor Mellifluus〉クレルヴォーの聖ベルナール)
(あなたのいた世界の人物ですか。決め方にはかなり適当さが見えますが、ベルナルドゥス、悪くない名前ですね。自称にも使いましょう)
(私のいた世界…って、なぜ?)
(あなたの運命を支配する星が二つ重なって見えます。今のあなたはこの世界の人間の肉体と精神の上に他の世界の人間の精神と魂が合成された状態。でも、細工をした存在はかなりの運命操作能力の持ち主のようですね。どちらも同じ星の下だから可能とはいえ、ここまで安定的な運命操作は初めて見ました)

平安の夢と黒騎士(べいろす)

 私は大きな客船に乗って、離れていくディルタニア大陸を見やる。
 惑星ヴァレフォールでは、船は一般的な大陸間の移動手段。
 しばらく故郷には帰らないだろう。
「未練は無いのか?」
 黒い軍服の男が私に話を振る。正規の軍人でもないくせに。私のボディーガードとかいって押しかけてくる。よく言えばお節介。悪く言えばストーカー。
 まあ、女子高生の制服を着てる私もたいがいだけれど。

「祖国にはあっても、政府にはないわ。もう十分でしょ。私、本当は62歳のお婆ちゃんなのよ」
「フッ。さすがに院政をとっても年齢をごまかすのは骨が折れるか」
「伝説級のあんたに言われたくないわね。いつからエステルプラッテに干渉してるの? 古エステルの滅亡や、エステル第二次分割はあんたの差し金?」
「俺は騎士だ。君主ではない。ただの戦争屋さ。歴史への干渉はそれこそ夢魔の範疇ではないのかな? ピースフルドリーム。リルバーン帝国を滅ぼしたものよ」
「……もういいわ。で、なんで私についてくるわけ? 傭兵将って暇なの?」
「気にしないことだ。そう、昔の雇用契約を果たしているのさ」


「ケルベル帝国、か……」
 カイバー・オーシャンの大国。リルバーンやファーレラントの衰退後の世界を牽引する国。
 豊富な資源と高い技術を併せ持つ、新たな世界の中心。
 人工衛星を打ち上げ、原発を稼働させ、あらゆる分野において他の追随を許さない。
「行き先は決めていないのではなかったか?」
「うん。プランクの首相に会いに行こうと思ったけど、また今度にするわ。彼女も私と同じだし。blitzの新しいモデルも買わないとね」
「そうか。ではちょうどいいな。俺もblitzには興味があった」
「悪魔がスマートフォン? 冗談!」
「お前が言うな」

int.

 喫茶店のオーナーというのは、女の子が抱く将来の夢の一つかもしれない。
 ケルベル帝国の首都ヴィンドラの外れ。
 閑静な住宅街の一角にその喫茶店がひっそりと佇む。
 夢魔の紋章をあしらった扉を開けると、エステルプラッテ風の内装・調度のクラシカルな店内が私を出迎えた。
「へろー」
「これは…カザン首相。お久しぶりです」
 オーナーの女性が挨拶する。夢魔セレスティ。私と同じ108の夢魔のひとり。
 おそらく外見年齢は最も高い夢魔子。母性あふれる女性。ミストレス。
 週刊誌に"美人過ぎるオーナー"と書かれたことがあるらしいけど、私も賛成。
 人間をたらし込む最強の武器は性的魅力なんかじゃなく、優しさと親しさ。
「ケルベルにいらっしゃるなんて驚きました」
「うん。しばらく気ままに旅行しようと思うの。あ、ホットコーヒーとティラミスでお願いね」
「畏まりました。コーヒーはティレルワースでよかったですよね?」
「うん、それそれ。……ねえセレス。今の生活はどう?」
「幸福ですよ。こうして自分の店を持つこともできましたし。……私にはゲームは性に合いませんが」
「でしょうね。難儀な生き物だわ。私たち」
 かぐわしいコーヒーの香りを楽しみながら、エステルの陶器皿に載った丸いチーズケーキをつつく。
 世界中の美味しい物が手軽に手に入る国。帝国の経済力の証拠だろう。
 店内ラジオのニュースが聞こえてくる。ケルベル政府による、核ミサイルの配備の発表。
「…まあ、人間の方も大概よね。よくもまあ飽きずに軍拡するわ」
「ふふっ、そうですわね」
 諸国が勃興しても、しばらくはこの帝国が世界のミリタリーバランスを制するだろう。
 だが諸国の軍事力の伸張と対立の深化は、いつの日か帝国も巻き込む争乱に発展するかもしれない。
 もっとも、人外たる私たちはただそれを見守るだけ。

「リアン・フローラ? フローラ帝の娘?」
「フッ、面白いではないか」
 ケルベルのテレビの放映を見ての私の呟きに、ベロースがコーヒーカップを傾けながら相づちを打つ。
 かつて私が滅ぼした国家、リルバーン帝国の再興宣言。
 再興するのはいい。私はリルバーンに恨みなどないから。だが、映像に映っている人物が問題だ。
 マファミアの宮殿のバルコニーから、リルバーンの国民に手を振っている金髪の美姫。
 リアン・フローラという名前の少女皇帝。
 日光の下にいるのに、露出度の低いドレスを着ているのに、テレビ越しだというのに、なぜこんなにも妖艶と感じるのだろう。
 私は彼女と面識はない。けれど、同種の存在であることは解る。
 ……彼女はリリス。快楽の檻に閉じ込められた乙女たち。私たち夢魔と対となる魔のモノ。
「本人かしら?」
「映像では判断がつかぬな。だがおそらく本人だろう。諸侯会議で挨拶したこともある」
 ベロースが頼りに思えてきたのが悔しい。ここは天使たちが管理する地上だけれど、彼らの目の届かないところで私たちは暗躍する。悪魔同士が版図を巡って争うのは珍しくもない。
「夢魔とリリスは相互不可侵ではなかったか?」
「一応はね。でも例外規定も多いの。お互いによく思っていないから」
 私は夢魔としては力が弱い。それに比べてあのリリスの姫はそう、このベロースと同じ、魔王とか魔貴族といえる存在だ。
「もし、彼女が黄金の姫本人だとしたら。……話をつけに行く必要があるわね」
「ディルタニアに戻るのか?」
「……ううん。それは後ででいいわ。エステルに危急の危難が及ぶとは思えないし」
 私の守護する国、エステルプラッテは今ヤードルヴィエの影響下にある。その中で高度な独立自治権を持つ。
 エステルが本気になったら、手痛い損害を被ることがヤードルヴィエも解っている。そして資源もなく耕作にも向かないエステルは、取引相手としてヤードルヴィエを必要とするのだ。
 そういうことだから、リルバーン帝国がエステルに報復することはしないだろう。
「そういえば、お前たちの主はどこに行ったのだ?」
「さあ…あの人は気まぐれに過ぎるわ。どこかで寝てるんじゃないかしら」

とある惑星の天使たち(べいろす)

 雲の上よりも。
 飛行機で行ける高さよりも。
 天空という言葉すら正確ではないような高みにある宮殿。
 人類のあらゆる探知を受け付けない、隠された建造物。
 それは外宇宙から飛来した文明であるのか、それとも人類以前の高度文明であるのか。
 実のところ、宮殿の住人ですら解っていない。
「新たなGreater Deamonが確認されました」
 清浄なる、神聖なる空間に三人のArch Angelが集う。
 太陽と月の姉妹天使はそれぞれ白と黒のドレスに、星の天使は青き法衣に身を包んで。
 星辰を司るArch Angelは本来あと一人存在するのだが、故有って今ここにはいない。
「VI:The Loversです。約20年ぶりでしょうか」
 月の大天使が地上の映像を転送する。表示されるのは人間にしては美しすぎる少女。
 無垢なるものを汚し犯し、自らの奴隷に変えてしまう、天使とは相容れない存在。
 食欲性欲睡眠欲という人間の本能に根ざした欲望を操るだけに、全ての人間はこの悪魔から逃れられない。
「どう思う? そーちゃん」
「…嫌な予感がします。ただの生贄集めとも思えません」
「I:The Magicianは?」
「今のところは。背後に存在はしているでしょうけれど」
「他のGreater Deamonの様子は」
「VII:The ChariotはNightmareとの世界旅行中です。世界干渉は行わない旨通達を受けています」
「0:The Foolも現在はウィルバーから離れて悠々自適みたいね。羨ましいわ」
「…あとは、全てAstral planeですか。プリスフォーリアも」
「ですね。今、Lilithを止めるDeamonは不在ということですか」
「世界結界を強化しますか?」
「いえ、人類で解決できることは彼らに任せましょう」
「そうですね。Deamonより人類です。さて、ついに始まった核開発競争ですが……」

ベロースと魔蟲(べいろす)

 その客船の上で、ベロースは意外な人物にばったりと出会う。
 それは彼が「自分より強い」と評価する数少ない存在の一つ。
 そんな存在に白昼、平和そのものの客船の甲板で出会ってしまった。
「……お前が何故ここに居る?」
 普段の彼の声ではない。警戒心を隠さない挨拶。
「ここは昔。この身体の持ち主が住んでいたのです」
 黒騎士に見咎められたその女性は、カイバーの海に浮かぶ島々を見やる。
「……懐かしいな」
 甲板の手すりに手を当て、潮風に当たりながら呟く。
「お前たちはこの世界では望まれていない。天使たちの結界もあったはず。召喚を受けたのか。何処かの馬鹿に」
「蟲はただ生きているだけ。人間がその姿を見て勝手に怖れ、邪悪な生き物だと決めつけているのです。例え害虫を駆除する蜘蛛でさえも」
「知っているさ。だが……」
「ええ、……お察しの通り、私の目的は破壊です。どこに居るかは解りませんが、この近くにフラトの人々の仇が存在します。彼女を……」
「フッ、どうやら、お前をここで見逃すわけにはいかんようだな」

 二分後、客船エスポワールは謎の爆発により沈没した。

アンゼロットとミリティー

それはカイバーオーシャンに浮かぶ島。
彼女は今の世界に準氷河期を齎した、あの忌々しい全面核大戦の主役の一人。
そこはその忘れたい記憶の断章が残る、忘れ去られた島。

「久しぶりですね。首相。いえ、マスター」
「来客を迎えるのも久方ぶりですね…アフタヌーンティーにするには微妙に早いですが」
「気にすることはないでしょう。話があります。紅茶なしの話というのはありえません」
「全くですね。…少し待ってください。山羊を集めてきます」
「ええ。お待ちいたします、マスター」

「さて。何用です?」
「…ただジャスリー様に言われて様子を見に。…初めから信じていない顔ですね」
「何も言っていませんけど」
「そうですね。やはり、こちらに来るつもりはないのですか」
「ええ。それを決めるだけのものがないので」
「なるほど。では、そちらの薬は?」
指差した先にはステラル・レクターの社章の入った薬瓶と薬学の専門書。
「マスターが薬学をやっていたとは知りませんでしたけど」
「ええ。ちょっといろいろありましてね」
「…ブプレノルフィン経皮吸収型製剤。モルフィナン系の麻薬拮抗性鎮痛剤で、オピオイド依存の治療にも用いられるκ受容体アンタゴニスト」
「流石に夢魔は詳しいですね」
「私も昔は夢使いでしたから。しかし、夢魔の血はアヘンに似ていますが、アヘンではありません。単純なオピオイドと同じ薬理機序を想定して処置するのは避けた方が無難です」
「夢魔のささやきは恐ろしいですね。なんでも、ある魔奴隷の末路を知っている専門家がいるらしいので、ステラル・レクターから来た担当医にはこれを勧められました」
「ポジショントークな気がしますけどね。というか、製薬会社から担当医が来るんですか?」
「ええ。社長らしいです」
「………。そろそろ私は戻ります。妨げられぬ微睡みを、マスター」
「ええ。平穏あれ」

リリスども(べいろす)

(とぅるるる……)
 ケルベル帝国製のスマートフォンから相手を呼び出す。魔のモノになって久しい私だけれど、新しい機械を扱えることにちょっとだけ安心している。古風な悪魔たちはデジタルモノ全般に拒絶反応を示すから。
 ソファにもたれて、目をつむって呼び出しをじっと待つ。四回ほどリングバックトーンが鳴って、相手が出る。
「もしもし、リアちゃん? ご機嫌いかが」
「アマリリスお姉様。ご機嫌よう」
 可愛い妹の声。魔娼婦ヴィットーリア。悪魔たちの相手をする女の子。魔の快楽にすっかり溺れて、私と初めて会ったときはかなり壊れてしまっていたけれど。
 だから私が彼女の心の欠片を繋ぎ合わせて、小悪魔として新しい人格を作ってあげたの。
「どう? 可愛い子はいた?」
「はいお姉様。女の子は可愛いし、風は心地よいし、食べ物も美味しいし……。リトラセーニャは私たちの版図にするのに最適です」
 僅かに上ずった声で報告するリア。この淫魔人形はもうすっかりリトラを気に入ったみたい。ウィルバーは肥満児ばっかりだったし、エステルには夢魔たちが居て手出しができなかったけれど、リトラは私たちにとって理想の狩り場になるかも。
「じきにそうなるわ……あら、もしかしてお楽しみ中だった?」
「うん。今、"お友達"にいろいろ教えていたところなの」
「それは御免なさいね。じゃあ手短に用件を伝えるわ。黄金の姫様はリグレットちゃんの侍従、アーデルハイトをお望みなんですって。闇の世界にお誘いしてマファミアに送ること」
「うふふふ。お姉様。それなら明日にでもできますわ。アデルちゃんはもうすっかり私たちの虜だもの。ね?」

リリスと魔蟲with天使(べいろす)

 レトロシェーナ寺院。リトラセーニャの首都にある、古き寺院の一つ。
 その寺院奥深く、不可思議な空間に少女が二人。そしてそれに相対する女性が一人。
「……ふうん。赦すんだ」
 女性のパワーソースは憎悪。この国に貯まったその感情を喰らい尽くし、破壊の門を開いて破滅を呼び込もうとしたその計画は、人々の憎悪を駆り立て、無限の報復の連鎖を呼び込もうとしたその計画は、目の前の二人によって阻止された。
「"忌まわしき暗き空"様。どうかここは退いていただけませんかしら」
 金髪の美少女が笑顔で提案する。美少女に寄り添う堕天使もまた美しい少女だった。
「材料が良いのは確かですけれど。もったいない。私もこの国の子たちを味わってみたいですわ」
「……哀れな民たち。圧制者だけでなく、悪魔にもしゃぶり尽くされるのね」
「うふふ、私たちは快楽と引き替えです。私の国の子たちはみんな喜んでいますわ。この国の子たちはこれからお友達になるのだから、悪いようにはしません。女の子だけですけど」
「魔蟲にはリリスの提案を聞く理由などないのですが」
「はい。ですから領主を連れてきました。ここは堕天使の領域。盟約によれば地上の領地を簒奪するのならば正式な宣戦布告が必要となります。天使たちも黙ってはいないでしょうね」
「……たしかに。ファーレラントとリルバーンは天使たちに監視されている。"蟲(バグ)"がでれば天使たちに消去されるでしょうね」
「ふふ。今は時期が悪いです。魔界へお帰りください。そして次があればわたくしどもも協力致しますわ」





「フラトコフのアバターは?」
「反応、消えました。リリスと何らかの交渉があったようです」
「……いいの? そーちゃん。リグレットちゃんの件とか……」
「いいのよ。魔蟲を退けたのは確かだし。それより弾道ミサイルですか……人間は凄いものを考えますね」
「ベルナルドゥスと、ショコラと、他の地上の天使たちにも通達。今後も"蟲"取りを続行ね」
「戦争、早く終わるといいね……」
「……うん」

エレオノーラとアンゼロット(べいろす)

「へろーぅ」
 カイバー・オーシャンの、今は滅亡し人もまばらなとある島の一つに、夢魔ピースフルドリームが訪れる。そして偶然にもカフェテラスで読書中の、目的の少女を見つけ、声をかけた。
「初めまして、アンゼロット首相」
 笑顔で挨拶。初対面の人間にも慣れ慣れしく話せるのは彼女の取り柄の一つだ。
 戸惑うアンゼロットを尻目に向かいの席に座り、ウェイターにコーヒーを注文。
「……カザン首相。いえ今は書記長でしたか。お初にお目に掛かります。どうしてここへ」
「ふふ、書記長はもう閉店。近くに寄ったから挨拶に来たの。夢魔姫のお気に入りというからどんな感じかなと思ったけど、相当なロリっ子だったのね」
「貴女に言われたくはありません」
「あはは、確かにそうでしょうね。私は十五歳で魔の血を受けたから」
「夢魔姫にですか?」
「ええ。だから貴方の先輩になるのかな? 私は素直に受け入れてジャスリーさまの下僕になったけれど。貴方は大変そうね」
「そうですね。夢魔の価値観は素敵ですが、私向けではないようですから」
「価値観、ね……。でも私は、夢使いになったときより、首相に就任した時の方が世界が変わったわ。周囲の人間全員殺したくなったくらいよ」
「そういえばエステルプラッテでは内戦がありましたね。プランクは政情が安定していましたから、現状の維持と積み重ねの継続をしていれば良かったんです」
「なるほど。権力者になっても、人間でいれたわけね」
「……私にも修羅場の経験はありますよ?」
「ああうん。そうね。……貴方の政治家としての能力は誰もが認めるし、今のヴァレフォールは貴方を求めていると思う。復帰する気はないの?」
「ありません。私は当事者というより、観察者ですから。でも魔のモノになる心境と、権力者になる心境のお話は新鮮ですね」
「すべては国家のため。その為には、殺すも正義。盗むも正義。騙すも正義」
 エレオノーラが唱える。
「国家の名の下に行われるあらゆる行為は絶対正義」
 アンゼロットが和す。
「ふう、便利な言葉ね」
「……何が言いたいのです」
「地獄必定ね。私たちすべて。政敵を粛正し民衆を弾圧し、兵隊を戦場に送り出し、都市を爆撃し、移民を排斥し、資源を奪い、土地を奪い、困窮する国家に経済制裁するの。そしてあるときには核のボタンを押して世界を滅ぼすのだわ」
「いいえ、違います。それを回避するのが、権力者の責務です」
「いいわね。あの核戦争を経てもまだそんな理想論を唱えられるなんて。やっぱり復帰した方がいいんじゃないかしら」

べいろすは激怒した(べいろす)

「副管理人は仕様を変更します」
「何故仕様変更するのか」
「ゲームバランスが狂っているというのですが、諸島系弱体化が著しいのです」
「たくさんの仕様を変更したのか」
「はい。はじめは人口密度を。それから食料収入2倍を。それから石油産出量を」
「驚いた。副管理人は乱心か」

リグレットとフローラ、そして悪魔ども(べいろす)

 堕天使リグレットと黄金の姫フローラの間で様々な盟約が取り交わされてゆく。
 対等の盟約ではない。リリスによる堕天使の隷属の盟約。魅了の呪い。愛欲の呪い。
 それらは堕天使を捕らえた悪魔が行うごくありふれた行為。
 リグレットにとって幸運だったのは、フローラは逃げ惑い泣き叫ぶ堕天使を好まず、
 むしろ快楽を共有することに悦びを覚える性質だったことである。
 運が良いのか悪いのか、結果的にリグレットにとってはフローラは数多の悪魔、そして人間をも含めた最も優しい"ご主人様"となった。

「ナルヴェよ、星辰の大天使よ。恩赦を。我が主を再度天上に迎えますように」
 プリスフォーリア大聖堂の祭壇にて祈りを捧げていたハイプリースト・エヴァリスは、扉を開く音に気づき振り返る。
「ステッラ?」
「うん。エヴァリスお姉様。大ニュースを持ってきたよ」
 ステッラと呼ばれた少女はリルタニアからリグレットが連れてきた少女だ。
 堕天使の血とリリスの血を一杯のワインに一滴ずつ溶かし、それを飲み干した少女。
 主とその主の二人の共通の魔奴隷。ハイブリッド。淫欲に堕ちたハイプリースト。
「あまり聞きたくはありませんが、何でしょうか」
「リグレット様が結婚するの」
「……え?」
「リアン・フローラ様と。ああ羨ましい……。私もあんな風にラブラブしたい……♪」
 心底嬉しそうにはしゃぐステッラと憮然とするエヴァリス。
「パロンシュレイヒは同性婚は認めていないのですが。それは貴方も知っているでしょう」
「ふふ、プリスフォーリアの使徒ならご主人様の言うことには従うべきよ?」
 ステッラの言う"ご主人様"がリグレットではなくフローラであることが気に障るが、詮無きこと。
「ステッラ、貴方は良いのですか。リリスと婚姻など、主の天上への帰還は百年は遅れるでしょうに」
「エヴァリスお姉様には解らないのかな。私にはわかるわ。蛇が教えてくれるの。私もお姉様も、リグレット様もフローラ様も、すべての女の子は気持ちいいことこそが幸せ、気持ちいいことには逆らえないの」

メルセリス(ステラルレクター社長)とアンゼロット

V.C.47年、ちょうど核大戦から20年。カイバーオーシャンに浮かぶ、人気の少ない静かな島。
植生はいつの間にか回復し、独自の生態系が生まれる。どこでもありふれた話だが、この島も例外ではない。
ステラル・レクターの調査隊は各地でそういったものを調査し、新たな製薬の資料収集を行っていた。

さて、高原部のとある小さな家。家主は一人暮らしで広い牧草地に山羊を放牧して暮らしている。年齢は63歳になる。
が、別に息子が若者の農業離れで後を継いでくれない独居老人というわけではない。
そう言った例はこの島では普通にあることだが、彼女について言うなら都合が違った。
その家の扉を外側で叩く金髪の白衣少女。内側でそれに応え扉を開くのが銀髪の63歳の…少女?
「あー、失礼するわ。私、ステラル・レクターのメルセリスと申しますが…って、あんた」
「こんな僻地に来客とは珍しいですね。初めまして、アンゼロットです」
「アンゼロット。…20年前のこの島の首相も、そんな名前よね?」
「ええ。私がそのアンゼロット。用があればあがってくださいな」

「しかし驚いたわ。この成果だけでもう緊急に本社に報告しに調査隊を引き上げる価値があるわね」
「何の話です?私は今となっては過去の人物にすぎませんが」
「過去の人物、かー。その言い訳はその姿には似合わないわね」
「これでもこの姿で半世紀過ごしてきました。人を見かけで判断するのはよろしくないですね」
「第一印象が重要な政治の世界で生きてきてよく言うわね。まあいいわ。あんた、うちで働く気はない?」
「は?」
「スカウトよ。あんたの頭を弊社で活かしてみる気はありませんかってね」
「ですから、私は過去の人物です。もう何をしようという気もありませんよ。それに、興味の対象を見る研究者の目は、向けられるのは結構つらいものがあります」
「ふふー。そりゃまあ医療研究者やってればその不老っぽい体質に興味わくけど、それなら就職までは言わないわ。単純に、あんたのその目だけでスカウトする価値があるってこと。まあ、あんたの目より冴えてない私が言うのもあれかもしれないけどね」
「もしそれを望んでいれば、今ここにはいない、と言ったらどうしますか?」
「ここまで予定調和、と。それは分かってたし、一回で口説き落とせるとも思ってないわー。それよりは、興味の目を向けさせてほしいんだけど」
「…やれやれ。どうせ医学が追い付くのに20年では足りないと思っているんですけどね。問診票でも書きましょうかね」
「不老不死なんて、基礎医学をまともに勉強すれば考えるのもばかばかしくなる話なんだけど。それでも研究者なら、興味ないっていっちゃうことはできないのよね。一応、健康診断もするわ。普通の健康診断が適応できるか知らないけど」
「ふう。あんまりあとまで気分が悪くなるのはやめてほしいんですけどね」

モーラの夢使いオディール(べいろす)

 モーラ。
 国名と同じ名前を冠したこのゴシック建築の古き街は、開明的で文化的な街並みを誇りつつも、中世暗黒時代の陰鬱な雰囲気をどこかに残す。
 ごーん。ごーん。
 時計塔の鐘の音を聞きながら、オディールは不安げに夕日が落ちるのを眺めている。
 夜が恐ろしい。
 サイコパス犯罪がマスコミを賑わせたのはつい最近のこと。犯人はまだ捕まってはいない。
 警察も報道も、真実からほど遠いところにいる。
 真実を知る彼女は、それが故に犯人に狙われている。
 日の入りとともに、犯人は彼女の前に現れるのだ。
 マスクを被り、チェーンソーを持った不死身の怪人。ショットガンの直撃を与えても僅かに動きを鈍らせることしかできない。そんな化け物が彼女を追い詰め、惨たらしく殺そうと血眼になっている。
 オディールはEz75拳銃のロックを確認し、ポシェットにしまう。ほんの僅かだけでも隙を作りたい。
「……ふぅ。永遠の若さ。その代償は殺人鬼との追いかけっこ」
 彼女の前に現れた夢魔は言った。夢使いになれば永遠の若さと夢幻の魔法を授かると。そしてサイコパスから人々を護るのだ。ロマンチックな提案に承諾した彼女は、こうしてモーラの街を護る夢使い、あるいは生贄となっている。
 大きなリボンを髪に飾り、ファンシーなロリータ服に身を包んで。
 夜明けまで逃げ切れば、その日は助かる。逃げ切れなければ、無残な殺人事件が新聞に載る。

 かつーん。かつーん。
 石畳を打つ足音にオディールは振り返る。そこにはもう毎夜見続けている白いマスクの大男。
 血に濡れたチェーンソーを軽々と抱えて。
 あの血は先代の夢使いの血が無限に湧き出ているという。
「……怖い。でも捕まったりしないわ。モーラ魂を見せてあげる」
 今夜も追いかけっこが始まる。

天使アリスとドロシー(ベイロス)

「ドロシー、アイゼンの方はどう?」
「心配しなくていいわアリス。ヴィクセンベクリアもオーレンシャウトも予定通り」
「よかった。プランの完成度は91%。あとはエクスビシャッツとユコタンかしら」
「そうね。あれからもう28年くらいになるのかしら」

 かつて核戦争があった。
 ロストアルテミス後に発生した大国間の対立は百を超える核爆弾の応酬に発展し、大国と世界秩序の崩壊を持って終わりを告げた。
 残されたのは縮小した人類可住地域と、ケルベルを初めとする新興帝国による新しい秩序。
 放射能汚染という災厄は人類にはどうしようもなく。
 ガイガーカウンターを持って危険地域を伺い知るだけ。
 有毒性の強い放射性物質の半減期は数十年、数百年に及ぶ。
 そこに住んでいた人々の国家は、生活は、人生は、むごいほどに引き裂かれていった。
 それでも、天使は人類を愚かとは断じない。
 これらはヒストリーの意思、これらは天使たちの無力。
 人類達は、ただ自らの生活と利益と国民を護るために、それぞれ最善の道を模索し、そして実行したのだ。
 だからアリスとドロシーという名の天使たちにとって、放射能汚染の除去という役目はやりがいのあるものだった。

「国連に委員会を作らせたけど、上手くいくかしら」
「大丈夫よ。ドットールランドのガーディアンにも知らせたわ。協力してくれるって」
「ベルナルドゥス?」
「うん。アリスは会ったこと」
「あるよ。同じ領域だし。その時の彼はいわゆる名無しだったけれど」

 この新たな資源帯が新たな対立の引き金になったとしても、例え戦争が起こっても、どんなことが起こっても、アリスとドロシーは人類を見捨てることはない。耳を塞ぐことも、目を塞ぐこともない。痛みと悲しみと絶望を共有し、彼女たちのできることをするだけだ。それが天使としての役目と誇り。いつの時代になっても変わらない。

運命の操り方/Crueldream(べいろす)

エーリッヒ・ハイドン首相はxx年前、24歳の一青年だった。
しかし彼の勤めた弁護士事務所は倒産し路頭に迷ってしまう。そして余りの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って無銭飲食をしてしまった。請求書を出されてようやく我に返り、お金を持っていないことに気づき、警察に突き出されても仕方ないと覚悟した。
その時、女性シェフがエーリッヒ青年の横でしゃがみ「5000Phel札が落ちていましたよ」と青年に札を手渡した。それは女性シェフのポケットマネーだったが、お陰で会計を済ませることができた彼にとって5000Phel札は重大な物になった。

運良く拾った5000Phelのおかげでエーリッヒ・ハイドンは元気を取り戻し、弁護士事務所を起こして懸命に働く。しかしわずか数年後、不況により事務所は倒産しその日の食事代にも困るほど追い詰められた。そして貧しさの余り銃を手にし商店に押し入ろうと決意した。しかしそんなときに財布の5000Phel札を見てふと我に返り、強盗をすんでのところで思いとどまった。

もはや当てがないと途方に暮れていた時、ふと駅でうな垂れ涙している男を目にした。エーリッヒは何を思ったか財布の中から5000Phel札を取り出しプレゼントする。男は受け取れないと言ったが、今日はバレンタインだといって手渡した。男は嬉しそうに礼を言ったが、その笑顔が彼を明るくした。その直後エーリッヒは銀行に行くとなけなしの貯金を引き出し、貧しい人々に5000Phel札を手渡し配り始めた。
貯金はあっという間に尽きてしまうが、それでも彼はなけなしのお金から札を与え続けた。一年後には友人と再度弁護士事務所を設立し、さらに懸命に働く。
その年のバレンタインも彼は寒空の道に立って現金を施しをする活動を続けた。不思議なことに施しをすればするほど事務所の業績は上がり、長年の切り詰めた生活から抜け出し、ついには所属していた国民党からの選挙に出馬して当選した。

政治家となったあとも彼は正体を隠しながら活動を続けた。20年以上に渡る施しは一億八千万Phelににも達する。
今年、首相となった彼がふと立ち寄ったレストランにて、彼は運命的な再会を果たした。
会計の席に立ったのは、xx年前の記憶と寸分違わぬ姿の女性シェフだった。

クリスマス記念?異伝 夢魔の皆さんに学ぶ正しい年末の過ごし方

「アンゼロットさーん。お届け物でーす」
「あ、はーい。今開けます…って」
「久しぶり、アンゼ」
「…幻術ってやつは声真似までカバーしてるんですか?」
「幻術じゃなくて夢術。やろうと思えば声真似もできるけど」
「なるほど。次からは声真似には気を付けることにしますよ。で、何ですか、それ?」
「アンゼはものより人に注目するのね」
「届け物と聞けば、荷物が来るのは予想するでしょう。そしてその人間は配達員だと予想する。さて、この場合どこに驚くべきだったでしょうね?」
「そこまで考えてから驚くの?論理の柱ってのは大変ね」
「今のはあとからの考察ですけどね。話がそれました。結局それは何ですか?」
「その前に、今日は何の日かわかる?」
「え?大晦日にはちょっと早いですが」
「…とりあえず、あがらせて?ちょっとこれ重いから」

「今日はパロンシュレイヒの祝日。聖誕祭」
「うちはあんまりパロン教の祭り祝わなかったからなじみがないんですよね…。ハッピー・ホリデーズ…いえ、メリー・クリスマス」
「メリー・クリスマス。アンゼの家ってパロン教徒じゃなかったの?」
「家としては一応パロン教徒なんですけどね。父はブライト運動の推進者でしたし、母も参加者だったらしいですから、あまり、ね」
「ふーん。とりあえず、クリスマスプレゼント。開けてみて」
「はいはい。カッターナイフは…と」
「私がお開けします」
しゅたっ、という音とともに一閃。
「マスター。ハッピー・ホリデーズ」
「えと…ハッピー・ホリデーズ。急に出てきて刃物っていうのはちょっと怖いですね、ミリティー」
「失礼しました、マスター。…私もクリスマスプレゼントを用意してまいりますので、一旦これで」
しゅたっ、という音とともにその場から消えるミリティー。
「…何がしたかったんでしょうね」
「さあ?でも、あっさり開いちゃって、ちょっと面白みがないわ。まあ、これがプレゼント」
「何ですか?これ」
「聞いたことない?昇陽の暖房器具らしいわ。確か名前はKOTATSUだったかしら」
「ふーん。どうやって使うんです?」
「えーと、はいマニュアル」
「どれどれ、まず足を組み立てて、こっちのKOTATSU-FUTONを…と」

「結構暖かいですね、これ」
「そうでしょう?昇陽ではこれに入って正月を過ごすのが定番だと聞いたわ」
「なるほど」
「マスター。今年のクリスマスプレゼントはこれで如何でしょう」
三度目のしゅたっ、という音とともに再び現れるミリティー。何やら段ボール箱を抱えている。
「何です?それは」
「蜜柑です。昇陽流寝正月の必需品です」
「なるほど」
アンゼロットがどこからともなく笛をだし、吹く。
「マスター?」
「必需品というなら、これもでしょう」
そしてどこからともなく現れる猫。
「「「なんていうか…結局、全員よくわかっていた、というわけですね」」」
そして全員が小さく笑う。
「全く、そろそろ山羊の世話にいこうかと思っていたこのタイミングでこたつ持ってくるっていうのがそもそも…」
立ち上がり、部屋を出て行こうとするアンゼロット。出ていく直前に振り返り、予想通りこたつに入ってリラックスしている二人をみてつぶやく。
「まあ、たまにならいいんですけどね、こういうのも。まったく…」