light novel > 異伝記録 > やど箱

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神の恩寵によるアーカルソン=リペルニア王、ソレイアードおよびマールリンゲン公、アトリオンの諸小公国の盟主、セレントス島領主、云々かんぬん…とさまざまな称号を背負う今代の合同立憲王政の女王陛下も、その内実はうら若き乙女にすぎない。
帝国諸侯と交渉の末いろいろと妥協して、中世以来久方ぶりに大陸ヤーディシアにおける合同立憲王政の所領を認めさせ、アトリオンの紳士諸君に仕事場を与えてやったことで、貴族どももブルジョワどもも女王陛下万歳を叫んで大人しくするようになったが、アーカルソン王戴冠の時にその正統性について古典語で書かれた重厚な書物を持ち出して曲解しケチを付けてきた小うるさい連中のことは、未だに忘れてはいない。
ちなみにその後、特にうるさかった連中に対しては優秀な言語学者の力を借りて彼らの家の年代記の矛盾を逐一指摘して差し上げることで少し静かになってもらった。

さて。
人払いを済ませて、今は私室に一人きり。
特殊な鈴を手に取り、目を閉じてそれを鳴らす。
目を開くと、こうだ。
「わざわざ私が呼ばなくても、何の問題も起きていないと思うのですが」
自分を拠り代にするという、この悪魔。優秀な人材ではある。学識も魔力も、アトリオンに並ぶものはいないだろう。後者についてはそもそも彼女以外に持っている者を知らないが。
「単に退屈しているだけよ。お茶会にでも付き合いなさい」
「それだけの理由で呼んだと?魔力をあまり浪費しないで欲しいのですが」
「安心して使えるような人材は北方とかマールリンゲンのほうにかかりきりだからね。今のスタックバラはいつもよりろくでなし率がサービス期間中よ。気が滅入るったらない」
「その気分はよくわかりますが、それでもほどほどにしてほしいんですけれどね。あなたに与えた魔力は護身用のものですから」
「拠り代の死亡と同時に、あんたはこの世界からはさようなら、か。別にあんたにとっては死ぬわけじゃないんだからいいんじゃないの?」
「私もこの世界は世界法則が不安定なのであまり長居したくはないのですが、ここでやらなければいけないことがまだ終わっていないので」
「…ま、いいわ。お茶会にしましょ。どっかの菓子屋が献上してきた茶菓子があるから。御用達商人に格上げしてほしいらしいわ、味を見てやりましょ」
「…まあ、私も紅茶を飲めるのなら文句はないのですが」
アンゼロットが指を弾くと、その従者(アン5世の認識ではそういうことになっている)が現れる。彼女も優秀だ。さっき言った優秀な言語学者とは彼女のこと。実際アーカルソン王への戴冠も彼女の古典語解読手腕に頼るところが大きい。それだけでなく、彼女が淹れる紅茶は実に美味しい。
「…お茶ですか」
「はい。ミリティーの淹れた紅茶の味が一番ですからね」
「わかりました」

「統治は順調にいっているようですね。諸国民の権利の擁護者…ちゃんとこなしてくれているようでよいことです」
「何が自由主義よ、と思うようなことはよくあるわね。面倒で煩瑣ったらありゃしない。私が直接やればすぐに片が付くようなことをごちゃごちゃとやってるし。あんたがやればもっとすぐに解決できるだろうけど」
「今の合同立憲王政は大きすぎますからね。どの道一人では無理ですよ、私であっても。何でも自分でやろうとしないことです。あらゆる分野をこなせるようになれるようにできている人間はいませんからね」
「あんたならできそうだけど」
「…ま、状況によっては。けれど、私には私の目的があるので」
「ふうん。まあそこには立ち入らないって約束だし、いいけどね。…それにしてもこの政府、無能とかクズがちょっと多すぎるんじゃない?」
「そこは啓蒙していくのがあなたたちの仕事なんでしょう」
「それでも…」
「じゃあ、こうしましょう。ダメな人材が多いというなら、ダメな人材同士潰し合わせればいいんですよ。そうすればあなたが直に手を下すのと違い、あなたが恨まれなくて済みます」
「そーゆー発想は嫌いじゃないわ」

2/8

立憲王政アーカルソン=リペルニアの中興の祖、アン5世。
そのパトロンである悪魔アンゼロットは、しかしこの日、合同立憲王政の所領ではないとある場所にいた。
「ルーンラントに帰属が戻ってよかったですね」
アンゼロットの従者である(とミリティー本人は認識している)ミリティーは、押し黙るアンゼロットを心配して話しかける。アンゼロットはそれを聞き、ふむ、というように答える。
「そうですね。ブランデーではアーカルソン国籍のパスポートは通用しませんから」
レンスベルク。わずかな期間に三度所属を変えた街。戦乱の中で砲撃と化学兵器とによって荒廃させられた都。
この世界の住民には、ちょうど我々にとってのパッシェンデールのようなものとして記憶されることになるだろう。
〈ザザ…ザザザ……わたくし、アン5世は、諸勢力の均衡ならびに諸国民の権利および正統性の擁護者として、四重帝国が潰えたヤーディシア大陸の情勢について…〉
ちょうど正午。昼のニュース放送が始まる。アンゼロットの懐にあるラジオはアーカルソン=リペルニア女王アン5世の演説を流しはじめた。
演説の内容は今後の大陸の国際秩序に関するもの。フォロノワ帝国が瓦解し、ただ一人戦争に関与せずに平和を保った合同立憲王政は、戦うことなくしてこの大戦の勝者となった。ゆえに、それを語る責務がある。
そして、この後もアン5世が玉座にある数十年の間、合同立憲王政は海の支配者、覇権国家として栄華を極め、大陸は彼女の巧妙な勢力均衡政策により仮初めの平和を保つのだ。
しかし彼女が崩御して後、アトリオン側の王国とヤーディシア大陸側の所領は王位継承法の違いによって分裂し、それによって合同立憲王政は大陸を調停する力を失い、そして四重帝国の瓦礫の中から生まれた新しい国々が再び戦乱へと走っていくことになる。
そういったこの後の合同立憲王政そしてこの世界の運命というものは、アンゼロットにとってはもう知っていることで、この世界の住民にとっては、もちろんまだ分からないことだ。
この世界の住民は、大戦が終わり、ついに真の平和が訪れたと祝福していることだろう。
それはさておき(この世界の住民にとってはさておかれては困ることだろうが)、レンスベルク近郊の完全なる荒原を二人は歩く。
「マスター、これ、ですかね」
そこにはもとは戦車だったものが転がっている。その中の一つに、アンゼロットとミリティーは注目した。
「ああ、これですね」
「…彼女は、ここで何を思ったでしょうか」
「さて、私には分かりません。もし分かったとしたら、私は彼女にとって必要のない存在だったでしょう」
「…そういう言い回しはマスターらしいですね」
「月光花」
アンゼロットはそのまま古式ゆかしき魔法を発動する。もしそこに第三者がいれば、真昼にも関わらず、一瞬月が輝いたかのような錯覚を受けただろう。その月の輝きは結実して、一輪の花が現れる。
「…紫露草」
「平安あれ。我らに永遠の安息あれ、そして永遠の光あれ」
「「Requiem æternam dona eis, domine, et lux perpetua luceat eis.」」
「…さ、戻りましょうか」
「はい、マスター」
二人が戻る先は、スタックバラの王宮、ではない。
このゲームは終わった。
彼女たちは、またいつものように次の世界へ向かって旅立つのだ。

なんぞ

レンスベルク。リーゼンバウムとの最前線にある都市は、当然ルーンラントとリーゼンバウムの間の全面核戦争にあって、短距離核ミサイルによって焦土となるのが定めだ。その定めに従い、核攻撃によって都市は灰燼と帰した。
その荒地に、一人の女性と一人の老人が立っていると、そこに偶然ルーンラント陸軍の部隊が通りかかる。
「ん?生存者か…身分証はあるか?リーゼンバウム人じゃないだろうな」
「アーカルソン人の考古学者です。パスポートはこちらに」
「わしもじゃ。パスポートは…ほれ」
「二人ともアトリングか。…一応、敵国ではない、な。しかし、避難便は既に全部出たはずだが…」
「乗り遅れてしまってな。まだ何か帰る手段はあるかね?」
「…マールリンゲン公国まで行くしかないだろう。リーゼンバウムに逃げるのも手かもしれんが、命の保障はないな…」

モーリス老1

六庫。沈陽の領土の最南部に位置する炭鉱の町だ。しかし、最南部とはいいつつ、ここから他国との交流、などというものはない。
密林の植生は長らくの大寒波の中でかき乱され、すさまじい様相を呈している。そこを越えて、隣の国に向かうことなどできない。いや、そもそも隣に国があるかすらわからないのだ。
…だから、六庫の巡撫の下にそのノーマンズランドを越えてやってきた旅人が現れたという報告が上がった時、彼は仰天するほかなかった。
とはいえ、役人は規則に従うもの。絶対主義の下、女帝の気まぐれで左右される国制にあっても、女帝の関心を惹かないものは何も変化させられることはない。彼はこういう状況に対応するための古い規則を探し、授権の規則に従って現在割り当てられていない「入国管理官」なる職務を自らこなすこととした。

【ある料理人の旅行記 六庫編】

「お初に。アドリアン・モーリスと申しますぞ」
「…ああ。よく、あの荒原を越えてきたものだ。…どこから来たのだ?」
「出身はアトリオンのスタックバラですな。料理人として、食材探しをしておりましてな」
「いや、そうではなく…」
「ん、今回はリーフシッタから来ました、ということになりますかな。あっちの香辛料とカレーの文化もなかなかのものですが、やはりもっといろいろと探し求めたいものがありましてな」
「リーフシッタか…確かに伝承では向こう側にそういう国があったと伝わっているが…」
「地図も持ってきておりますぞ。ご覧になりますかな」
「ん、出してくれ」
モーリスはカバンの中から茶葉の入った缶やら香辛料の入った瓶やらアトリオン製と思われる得体の知れない機械やら、どう見てもカバンに入らなさそうな分量の様々な品物を取り出し、そのあとにさらにカバンに手を突っ込み、やっと地図を手に取った。
「地域の地図はともかく、広域地図はほとんど役に立ちませんでな。出すのも久しぶりで、もうダウランの港に着いたとき以来ですな…。さて、これですぞ」
「ほう…なかなかどうして面白い。ところで、地域の地図といったが、この辺の地図もあるのかね?」
「ああ、ありますぞ。何百年だか昔のものですから、地形以外は信用できませんがな」
言うが早いかモーリスが懐から取り出した地図は、巡撫の目にもおおむね正確な地形を写し取っているように見えた。
モーリスの指が地図の上を横切り、ピタエフスタン半島からこの六庫までの経路を指し示す。
「ふむ…これはなかなか…そういえば君は西ヤーディシアから来たんだったか。次の目的地は七星かね?」
「いや、しばらくはこの地の料理を学んでいくつもりですぞ。次にどこに行くか決めるのは、それからですな」
「そうか。…ともかく、大体の事情は分かった。入国許可手続きやらなにやらで少しかかるから、待っていてくれたまえ。ところで、怪獣の卵の話は聞いたかね?」
「ここに来る途中で噂は。料理人としても気になるところですな」
「試してみるかね?」
「ほう…よいのですかな?」
「配給の中には私の分もあってね。思ったより多くて片づけるのに難儀していたんだ。よかったら一つ、どうかね?」


食後。
「さすがの腕だな。卵料理だけでもこれだけのレパートリーがあるのか」
「手元にあるものでできるものだけですから、こんなところ。という感じですが」
「そうか…よかったらどれか、レシピを教えてもらえるかね?」
「ん、レシピですか。そうですな…この辺なら手軽で美味しく、量もさばけるでしょうな。渡しておきますぞ」
そこに扉をノックする音。巡撫は扉の外に顔を出し、何かを受け取り、また戻ってくる。
「…さて、君の扱いだが。規則通り、滞在は許可しよう。とはいえ完全な自由行動は認められん…我々の監視下で行動してもらわねばならない。…それと、宮廷のほうから招待状が来ている」
「ほう」
「料理人としての腕を試したいそうだ。いかがかね?」
「それは、実のところ選択肢はないのではありませんかな」
「まあ、そうだろうね。で、どうするね」
「参りましょう。少なくとも、料理の腕で失望させるつもりはありませんぞ」
「…そうか。ま、頑張りたまえ」



…大寒波の時代であっても、アーカルソン製の通信機をもってすれば、世界中のどこからでも衛星を介してアトリオン本土とやり取りをすることはたやすい。
だが…モーリスは、それとは違う、もっと不可思議な方法…端的に言えばテレパシーで、そもそもこの世界の中にはいない誰かとやりとりをする。
そのために、通信機はいらない。彼は寝床の上で、ほかの誰にも気づかれることなく、報告のための通信を行えるのだ。

〈…はい〉
〈そうですな。東の民も西の民と変わらず、でしょうな。一たび他国に蹉跌あれば、徹底的につけこむ。国際秩序に裁判官などおりませんからな〉
〈怪獣の卵ですか?美食としては…うーむ、そうですな…正直それほど、ですな。栄養価の面からは確かに優れておりますが。あとは、珍味としては悪くないとは思いますがな〉
〈…はい。とりあえず、西京に向かう…というより、連れていかれる予定ですな。西京でアレを見つけてしまえれば、すぐに帰れるのですがな〉
〈早く帰る気なんてないだろう、ですと?ははは…そうですな。何か一つ、この地の優れた料理技術を学ばずには。…帰れませんな〉
〈…はい。引き続き、捜索にあたりますぞ。ではまた、次の定時連絡のときに〉

モーリス老2

鴻。大陸戦争の北部戦線において、一時チチウイッカプイが奪い、そして鷹連邦軍が奪還した都市。
戦場となった都市にふさわしく、すべてが銃火と爆風に晒され、破壊されつくした街。
強制停戦により、今は戦雲に切れ間ができている。しかし、鷹もチチウイッカプイもこのまま和する気などないだろう。
数期後にはまた、ここは最前線になって、そして再び焦土と化すはずだ。
だから、住民は今も疎開したまま。ただ要塞の修築だけが進む。この街は、荒れ果てた都市のままだ。
見た目などどうでもよい。戦いに備えられてさえいれば、それでよいのだ。

【ある料理人の旅行記 第二話 都市3 鴻】

「初めてお目にかかる。私が鷹連邦軍参謀長、ヘルベールだ」
「わしはアドリアン・モーリスです。…まさか参謀長自らお見えになるとは」
「客人なのだろう?それも異世界から来た。ならば、こちらも礼を尽くさねばならない」
「…なるほど」
「さて、本日は何用か。我々のできる範囲であればよいのだが」
「ああ、わしは食材探しをしつつあるモノをも探しておりましてな、チチウイッカプイで活動がしたいのですな。
ところが、このままだとチチウイッカプイは滅びてしまうか、少なくともかなりの部分は焼け落ちるでしょうな。
まあそれでもよいのですが、そこに私の探し物があるかもしれませんで。その前に探しに行きたいのですが、鷹の軍の敵になるのは厄介でしてな」
「…なんだそんなことか。これを持っておくといい。これさえ持っておれば、あなたは鷹の友軍だ。
チチウイッカプイ人からか、チーシャの奴らからか知らんが、奴らの持っているものならなんでも好きなものを好きなだけ奪っていけばよい。
貴方は鷹の客将扱いになるのだから、チチウイッカプイにいる奴らのものを略奪するのは、一般命令を遵守していることになる。望ましい功績だ。むしろ、可能な限り奪い尽くせ」
「了解しましたぞ。では何か一つ、手土産を持ってまいりましょうかな」
「いや、それは必要ない。この程度、客人への最低限の礼儀を果たしているだけにすぎん。返礼は不要だ」
「なるほど。しかし、何か…」
「必要ない。私が欲するのは敵の首級。それも、自ら上げた手柄だけだ。何の意味もない」
「…そうですか。いずれにせよ、わかりましたぞ」

モーリス老あとがき

いつであるのかも、どこであるかも定かではない場所。
狭間の世界の一つ、アンゼロット記念大学。
その転送方陣の間。
一瞬光が瞬き、その光が人型を纏う。やがてその光が収束すると、その中から一人の老人が現れた。アドリアン・モーリスだ。
「戻りましたぞ」
「お疲れ様です、モーリス。どうでしたか」
そしてモーリスを出迎えるのはアンゼロット一人。
「基本的な要件については、遺漏なく。記念碑石についても、争乱の門の女帝についても、断片ごとの傾向についても。極端な例ですが、そう悪い例ではないでしょうな」
「…そうですか。よいことです」
「ただ…バークタイン殿については、残念ながら適切なワープアウトができておりませんでした。解析データは回収してありますので、これをもとに時空連続体補償系の誤差項の再検討が必要でしょうな」
「しかたありません。前回のうちに修復プログラムが完成していればよかったのですが、あまりにも時間がかかりすぎました」
「そうですね。…では、またしばらく待機を。今日の夕食は期待していますよ?」
「お任せください、我が主。東ヤーディシアの食材と調味料をたくさん仕入れておりますからな、これだけあれば数年は飽きさせませんぞ」