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*SS第09話「早春の風景」  春の兆しがようやく感じられる季節。三年生はもう学校へ出て来る必要はないのだが、図書館の隅の座席に桜園幾代が座っていた。手許に本が開かれてはいるが、視線は外のグラウンドの方へ向けられている。その視線の先には、まひるたちチアリーディング部が基礎練習に励んでいる。 「あれ、幾代。学校来てたんだ?」  馴染みの深い声が聞こえ、ぼんやりとその声の方へ目をやる。彼女の視線の先には、親友の鶴野亜弓が立っていた。 「んー? 亜弓ちゃんかー」  気のない返事。別に深い意味がある訳ではない。チア部で踊っている時の幾代は、何かが乗り移ってるんじゃないかと噂される程テンションが高いが、ふだんはこんな風にぼんやりとしているのが普通なのだ。 「あ、やっぱり気になるのね。後輩たちが」  彼女がさっきまで見ていたであろう視線の先を見て亜弓が微笑む。彼女も暇にまかせて弓道場をのぞいて来たばかりなのだ。後輩たちは久しぶりの訪問を歓迎して喜んでくれたのだが、練習風景を見ているうちに自分が胴着でないことやいつも見慣れていた位置に自分の名札がないことなどが少しずつ違和感になって、用があると言って道場から結局逃げ出してしまった。  三年生も終盤になって引き継ぎをしてバトンを後輩に手渡した。その後は、高等部への進級試験とかバタバタして感じることは無かった。特に亜弓は成績がギリギリだったということもあってかなり苦労していた。何とか無事に高等部へ進学が決まりホッとしてみると、今度はクラブ活動が懐かしくなる。その思い出に浸りたくて学校に来てみたものの逆に自分の居場所の無さを痛感するに終わってしまった。 「幾代は、後輩に声とか掛けてあげた?」 「んーん」  幾代がゆっくりと首を振る。 「そっか」  亜弓が幾代の隣に座る。そうしてしばらく黙ったままチア部の練習を二人で眺めていた。試験の心配がない幾代は、かなりギリギリまで部活動していただけあって、却ってチア部から離れ難かったろうと亜弓には想像できた。 「もうすっかりあの子たちの部活動なのよね。私の居場所はないし…全部教えられることは教えたし」  不意に幾代が口を開く。やっぱり自分と同じことを考えていたのか、と亜弓は思いちょっと嬉しく感じる。幾代は部活でスイッチが切り替わるタイプだから、なおのこと部活動に参加できないという事実が辛いのだろう。だから、こうして眺めているだけなのだ。 「高等部でもチアやるの? 高等部のチアは、全国行けるくらいのレベルって聞くけど」  亜弓の質問に首を傾げる幾代。しばらく考えた後で口を開く。 「たぶん……一応入部するように先輩に誘われたし」 「凄いじゃない。そっか続けるんだ」 「亜弓も弓道続けるんでしょ?」 「うん。やっぱり誘われた」  躊躇なく返事をする。部活動をしていない今でも毎日の基礎練習は欠かさないで続けている。 「結構、スポーツ系の部活って持ち上がりでやってるよね」  ポツリと漏らした亜弓の言葉に、何故か笑いが込み上げてきて、二人で笑う。司書の先生にせき払いされ、あわてて口を押さえる。が、笑いは続いていて口を押さえたままクスクスと笑っている。 「三年間、私たち頑張ったよね」  幾代の言葉に亜弓が同意する。 「うん、私たち頑張った。先輩のしごきにも耐えたし、後輩も一生懸命指導したし」  二人とも三年間の部活動を思い出していた。入ったばかりで部活動に付いていくのが精一杯だった一年生の時代。大会にも参加できるようになり、中堅として一年生の指導も行なうようになった二年生の時代。そして部長になり、部全体を引っ張ることに一生懸命だった三年生の時代。合宿をしたり、大会で賞を取ったりと、それぞれ思い返すと感慨深い。 「でも、また一年生になってしごかれるのね」  亜弓がちょっとうんざりした顔になる。 「それは仕方ないよ。亜弓ちゃん、集中力ないし」  幾代が顔に笑みを浮かべている。また先輩たちに「集中力がない!」と怒鳴られるのを想像している顔だ。亜弓は、まずい記憶を思い出させたなと苦笑する。『集中力が無くたってちゃんと的に当るんだから、いいじゃないよねえ?』と何度幾代を相手に愚痴ったか数えきれない程だ。 「あんただって、勢いが良過ぎて顔面から落ちてたとか忘れて無いよ」  亜弓がちょっとジャブをかます。今でこそ確実に技をこなす幾代だが、一年生の頃は元気が良過ぎて頭から突っ込んだり、ポンポンを飛ばしすぎたりといろいろと失敗をしている。そうして先輩に怒られては、あとで亜弓の前で泣いたりしていたのだ。部活動の時は、気にしていないように元気に振る舞っている幾代だが、練習後はスイッチが切れたようにメソメソするので、亜弓は彼女を慰めるのが大変だった。 「うー、亜弓ちゃんのいぢわる」  幾代がわざと泣きそうな顔を作る。そのおでこを指でチョンと突く。 「そんな顔しないの。私たちはまた一年生になるけど、三年間の努力がなくなっちゃうんじゃないんだし」 「うん」  幾代が笑顔でうなずく。その後で二人とも顔を見合わせて笑いそうになってあわてて口を塞いだ。 「幾代は、まだ図書館にいるの?」 「ううん、もう帰ろうかなって」  幾代が開いていた本を閉じて、本棚に戻すために席を立つ。亜弓はちょっと伸びをすると鞄を二人分取り、一つを幾代に手渡す。そして、窓の外に目をやる。 「ねえ、後輩たちに会って行きなよ。高等部になっても会えるけど、やっぱりその時はちょっと違うと思うんだ」  亜弓の言葉に幾代はちょっと考えてからうなずく。確かに時分の居場所は無くなったかも知れないけれど、それが会わないでいる理由ではないと感じたからだ。  二人は図書館を出て、グラウンドへと向かう。到着した頃には、生理体操を行なってる最中だった。 「あ、桜園先輩だ」  まっ先にまひるが気付いて声を上げた。その声に美香や則子たちが一斉に振り返る。 「桜園先輩、お久しぶりです」 「今日はどうしたんですか? 学校に何か用だったですか?」  後輩たちに囲まれる幾代。そんな彼女の様子を嬉しそうに亜弓が見ている。最初は戸惑っていたようだが、何かスイッチが入ったようで急に元気になる。 「皆、ちゃんと練習やってる。温かくなってきたからって油断しないで、ちゃんと準備運動やるのよ」 「分かってますって」 「返事は、はいでしょ!」 「「「はい!」」」  2年生も1年生もちょっと前までの感覚が蘇っていきいきとしている。 「あなたたちが新1年生の手本にならなくっちゃならないんだからね。特にまひる、あなたはクラブ勧誘会で抜けた3年生の分は確実に集めるのよ」 「はい」  まひるが勢い良く返事して、周囲が笑う。 「あ、もうこれは引き継ぎの時に散々言ったわね」  思わず幾代が苦笑いする。ちょっと熱くなりすぎてしまったようだ。そう思ったとたんに心の中でスイッチがパチンと音を立ててオフになるのを感じる。 「じゃあ、私たち帰るね」  もっとこの場所に居たい……。思いは募るが、この場所は自分の居る場所では無い。そんな思いが交錯する。 「じゃあね、さようなら」  片手を上げてあいさつすると、くるりと背を向ける。そのまま幾代と亜弓が立ち去ろうとした時だった。 「「「フレー、フレー、桜園先輩」」」  まひるたちの声が突然響く。驚いて振り返ると、衣装こそジャージのままだが手にはポンポンを持って全員が定位置に付いている。 「先輩、卒業式の応援の最終確認お願いします」  まひるがまん中で大きな声を出して一礼した。それを合図に全員が一礼して、演技がはじまる。 「「「フレー、フレー、桜園先輩」」」  本来なら3年生に向ける台詞の部分を桜園先輩に置き換えて、まひるたちが演技する。そして、フィニッシュする。 「どうでした?」  再び一礼した後で、まひるが訪ねる。幾代は、頭上で大きな丸を作って見せる。それを見て、チア部の全員が抱き合うようにしてうれしがっている。 「「「フレー、フレー、鶴野先輩!」」」  別の方向から大きな声が聞こえた。全員がその方向へ目をやると胴着を着たままの弓道部員たちがグラウンドの向こうで、大きく叫んでる。彼らの指揮を取ってるのは、かぐやだ。全員が両手を高く上げて手を振っている。 「先輩、また遊びに来てくださいよー!」 「待ってますよー」  口々にいろんな事を叫んでいる。 「また来るわねー」  思わず手を振りながら、弓道部員たちに向かって叫んでいた。  そうして二人とも後輩との絆を胸に、家路についた。家に帰った後も夜電話で今日の出来事を話し合う二人だった。  卒業式まであとわずか……そんなある日のできごと。 終劇(ジャーンジャーン)

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