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SS第05話「バレンタインでチョコっと大騒ぎ」


 2月になるとハートマークが街にあふれ出すのはお馴染みの光景。光が丘も商店街は、ピンクのハートで埋め尽くされている。
「バレンタインが近いねー」 放課後、駅前の商店街まで足を伸ばしたまひるたちは、うきうきとした空気を楽しんでいた。
「お母さんも、バレンタイン向けの仕事で帰りが遅いんだ」 クライアントに説明する資料を抱えて走り回っているお母さんの姿をまひるは思い出す。
「それにしても日本のバレンタインって面白いんだなー。好きな男の子にチョコを送るんだって?」 雑誌に目を通しながら、かぐやがぼそっとつぶやく。
「月宮さんのいた所はそうじゃないの? 何か本場って感じがするけど」と美香が聞くと「そーそー」と則子も同意する。
「私のところは、カップルが何か品物を贈り合ったりが……えーっと、テイボン?」「「テイポン?」」 美香と則子が聞き返す。「定番っていいたいの?」と雪菜が言うとかぐやがうなずく。
「そう、定番。チョコとかって決まった品物じゃなかったわ」「へー」 ちょっと雑学知識が身についた。
「日本じゃ、好きな男の子に告白する特別な日なのよ」 美香がウインクする。
「男の子にチョコ渡して告白するって憧れるシチュだよね」 則子の言葉に、かぐや以外の全員が無言でうなずく。
「でも、うちの学校じゃそういうの禁止だし、男子部へ行くなんて所詮無理なんだよね」 まひるの言葉に、かぐや以外の全員が血の涙を流す。
「でも、チョコ作りたい! 食べたいよ!」 則子が叫ぶ。「自分が食べたいんじゃない?」 美香の突っ込みに全員が笑う。
「で、まひるは天城先輩にチョコ渡さないの?」 笑い声の中、雪菜が不意にまひるに聞く。笑いが顔から消えるまひる。
「え? い…いや、いや。そんなの無いから、無いから」 あせって否定するが、却って怪しい。
「まひるー、素直になりなよー」 則子がまひるの肩を叩く。「まひるはさー、私たちの希望の星なんだからさー」 美香が反対側の肩を叩く。
「あー、そうだ。今度、家でみんなでチョコ作りしない? 材料持ち寄ってさ……」 肩の手を振りほどきながら、まひるが取り繕うようにみんなに提案する。
「えー、渡す相手もいないのにー」「そーだ、そーだ!」 たちまち抗議の声が上がる。
「ほ、ほら。別に好きな人とかじゃなくっても、義理とか友チョコとかいろいろとあるじゃない」「どうかなー?」「私、お兄ちゃんに手作りであげよっかなー」「おじいさまにあげてもいいかも」「まー、送ってみたいところもあるけどね」
 いろいろと思い浮かぶ相手がそれぞれ見つかって、バレンタインの前日にまひるの家に集まることになった。

   *   *   *

「おはよう、朝日奈さん」
 翌日、学校に到着したまひるは校門の少し手前で声を掛けられて振り返った。見れば天城先輩がそこに立っているではないか。
「お、おはようございます」 どぎまぎしながら挨拶を返す。天城先輩は笑顔で、鞄から小さな紙切れの束が差し出す。
「これ、よかったら使ってくれるかな」 まひるが言われるままに受け取るとカフェ・アルジェントのチケットだ。『バレンタイン・フェア』と書いてある。
「バレンタイン関係でチョコを使った新作ケーキをやるんだ。良かったら、来てくれないかな?」 さわやかに言う天城先輩の姿に赤くなるまひる。心臓の鼓動を嫌でも意識してしまう。
「あ、ありがとうござ、ございます」 意識しないようにすればするほど言葉遣いがおかしくなってしまう。
「いいんだ、いっつも朝日奈さんには助けてもらってるし」「で、で、で、でも……枚数が多すぎません?」 まひるは緊張しながらチケットの枚数が1枚でないことに気づいてる自分が内心嫌になる。先輩が変に思わなければいいけどと祈る。
「ああ、朝日奈さんの友達も連れて来てくれれば嬉しいな。月宮さんにはもう声を掛けてあるんだけどね」「え?」 まひるは思わず天城先輩を見る。その時のまひるの表情に何かを感じたのか、天城先輩はあわてて手を振った。
「いや、特に深い意味はないよ。彼女は生徒会長だし、うちの店のお得意さんだからね」「何でも、ないですよ。ありがとうございます。今日、当番なんで、失礼します」 まひるは一礼すると、思わず駆け出した。天城先輩に妙に気を使わせてしまったことを思って自分を責める。同時に胸の奥がチクチク痛むのを感じていた。

   *   *   *

「お姉ちゃん、テンパリングってどうやるんだっけ?」「ココアどこ? 私は誰?」「あー! かぐや、チョコ直火に掛けちゃ駄目ー!」「生チョコ食べたいよね」「え? 融かせばいいんじゃないの?」「ココアはココア……ごめん」「型に直接流していいんだよね?」
 バレンタインデーの前日、朝日奈家の台所はにぎやかな声であふれている。まひるたち五人組に加えてあさひとさくらも加わって大人数がひしめいている。ちゃんと作れる子、まあまあ何とかなりそうな子、てんで駄目な子とそれぞれに大騒ぎを繰り広げている。
「はー、やっと完成かー」「「「「「「やったー」」」」」」 冷やすために冷蔵庫に片付けた時には、朝日奈家の台所は空爆の跡かそれとも大地震の後のような有様だった。これを片付けるのかと思うと気が重い。
 全員で片付けながら、余ったチョコを試食する。「おっ、結構いけるんじゃないの?」「先生が良いですから」「これで来年は一人で手作りできるかな?」「私、絶対無理」 賑やかにおしゃべりしながら、洗い物や床にこぼれたものなどを片付けていく。
「そうだ、まひる?」 かぐやが思い出したようにまひるに聞く。
「何?」「天城先輩からチケット貰わなかった?」「チケット……」 すぐに思い出せなかったが、ちょっと考えて思い出す。同時に胸がチクリと痛んだ。
「もらったけど……かぐやも貰ったんじゃないの?」 自分よりも先にかぐやにチケットを渡した天城先輩。何かそこが引っかかる。
「んーん」 かぐやは首を振る。「私は、先輩から新作生チョコロールケーキを試食しないか? って誘われただけだよ。無料チケットはまひるに渡してあるからって」
「何々、アルジェントでタダチョコ食べれるの?」 まひるたちの会話を聞いて則子が食いついた。「う…うん」 チケットをくれたのが自分だけだったと聞いてちょっとぼんやりしている。「おーい、聞いてるかーい?」 則子の呼びかけに気づいて我に返る。
「うん、大丈夫。全員分もらってるから」「やたー、生チョコロールだー」 まひるが自分の部屋からチケットを持ってきて渡した。
「何で黙ってたのよ、月宮さんが言ってくれなかったら危なかったじゃない」と美香。
「ごめんね、忘れてたんだ」 本当はちょっと心にあった引っ掛かりを無視しようとしてチケットの事を言い出せなかった、とは言えるはずもなく苦笑するしかないまひる。
「では、早速!」 台所から逃走しようとする則子を全員がガッと捕まえる。「まだ、片付けとラッピングが終わってない」「そうでした……てへっ」
 再び賑やかに片づけが始まり、ようやく作業前の状態に戻る。まひる一人掛かりだったら軽く1日は掛かりそうな雰囲気だったが、何とかなった。冷蔵庫からチョコを取り出すと、その出来映えに感嘆の声があがる。
「いーじゃん、いーじゃん」 則子がはしゃぐ。他のみんなも出来に満足しているようだ。
「これ、私……初めて上手く出来たかも」 かぐやが感動している。テレビならここで感動的なBGMが流れそうな雰囲気だ。
 銘々が持ってきた箱に入れてリボンを巻く。「美香、それ簡単過ぎない?」 見れば、美香は持参した紙袋に入れただけの簡単なものである。「いーの、いーの。お父さんにあげるのと自分で食べるようだから」
「色気がないなー」と雪菜。彼女はハート型のかわいらしい小箱にトリュフチョコを詰めている。
「委員長こそ、お兄さんにあげるにしては、可愛い過ぎない?」 美香の逆襲が。その途端に雪菜の顔が赤くなる。
「いいいい、いいのよ。日頃の感謝の意味もあるし……いい歳した兄貴がチョコゼロだったら困るでしょ」「へいへい」 あわてた風の彼女をニヤニヤして眺める。
「さくらちゃん、友チョコだよー」「えへへ。私もー、あさひ」 さくらとあさひが自分の作ったチョコを交換している。が、中身はどちらも同じ物だ。
「そういえばのりぽは結構頑丈な箱なんだね?」 則子の詰めている作業を見ながら、まひるが尋ねる。「うん、私のはちょっと遠くの人に送るから」「え? のりぽって遠恋の相手とかいるの?」 思わずびっくりするまひる。「どーせ、特撮ヒーローとかでしょ?」と美香が切って捨てる。
「うぅ…いいの。遠くから見つめているだけの憧れの存在で……」 いつの間にかハンカチを取り出して、軽く噛んでいる則子。芸が細かい……。
「本当に完成したし、アルジェントへ出かけようか?」 まひるがテーブルから立ち上がる。全員でうなずいて出かけることになった。
「お姉ちゃん、一つ包みが多くない? お父さんだけでしょ?」 あさひが鞄に一つ包みを隠すのを見逃さなかった。「え、これは何でもないよ!」 いきなりばれたことにあわてるまひる。
「ほほう、何でも無いですかぁ……」 則子が意地悪そうな顔で笑う。「いいよねえ、バレンタインに渡す相手のいる人は」と美香。
「ちちちち、違うの。これは、今日のお礼にって。そう、お礼。あくまでもお礼よ」と全力で否定するまひるを全員がニヤニヤと眺める。
「あー、暑いねー」「ほんと、冬なのにここだけ春だわー」「だーかーらー、違うんだってばー」 左右コンビの嫌味っぽい冗談を真に受けるまひる。
「はいはい、そういうことにしておきましょうよ。まひるも困ってるし」 雪菜が止めて、ようやく家から出かけることができた。

 カフェ・アルジェントに到着すると、普段と変わりない感じだったが、窓に飾られたハート型のシールと看板に書かれた『バレンタインフェア』の文字がいつもとは違っている。
「「「こんにちわ!」」」 まひるたちが店内に入ると店内はカップルで一杯だ。「げっ!」「もしかして、私たちって場違い?」 同様する面々。
「いらっしゃい、良く来てくれたね」 天城先輩が笑顔で出迎えてくれる。「今日は、奥の貸切用も開放してるから、そっちに座って」「はい」 まひるは返事をしながら、少し赤くなってうつむいた。
 奥の大きなテーブル席に座ると、間も無くして天城先輩がホットチョコレートと生チョコロールケーキを持って現れた。「はい、これがフェア用の新作。月宮さん、後で感想聞かせてね」「うわ、月宮さんご指名?」 左右コンビが騒ぐ中、テーブルの上にケーキとココアを置いて戻っていく天城先輩。
「美味しい~!」「本当、ホットチョコレートも甘すぎなくっていい感じ」 評判は上々のようだ。そんな彼女らをみて先輩が笑ってる。
 しばらくロールケーキとバレンタインを肴にしておしゃべりをしていたが、店内の時計が鳴ったのを合図に家に帰ることにした。
「「「「ごちそうさまでした」」」 全員で天城先輩にお礼を言って店を出る。先輩が店の外に出て見送ってくれた。
「まひる、先輩に渡すものがあったんじゃなかったの?」 かぐやがまひるの肩を叩いて止める。他のみんなも立ち止まって、まひるの方を振り返る。
「ほら、先輩が手を振ってるうちに」「そーそー、お礼だって言ってたじゃん」「お姉ちゃん、ファイト!」「やれやれ、まひるの意気地なしにも困ったものですね」「まひる、ガンバ!」
 ドンッと背中を全員で押され前につんのめりそうになるまひる。「ちょっと!」 少し怒り気味で後ろを振り返ると、もう全員が走り去っている。
「どうしたの、朝日奈さん?」「あ、あのー……」 もじもじしながらも意を決したように鞄から包みを取り出すまひる。
「今日はありがとうございました。これお礼の気持ちです。受け取ってください」 両手で差し出すまひる。赤いハート型のケースにピンクのリボンが巻かれている。
「ありがとう、うれしいな」 天城先輩がにっこり笑って受け取ってくれた。「こんな風に貰ったの初めてだよ。次はお礼でないと嬉しいな」「え?」 まひるが耳を疑った瞬間、先輩が店内から呼ばれる。
「ごめんね、呼ばれちゃった。また、今度学校でね」 先輩が店内に入りドアを閉める。残されたまひるはドキドキが止まらなかった。
 そして、その姿を壁の脇からのぞくいくつもの目にも気づくどころではなかった……。