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十三年目の約束

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reki-kita

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父が死んだ後すぐに、私は代々所有している森を売ろうとした。
不動産屋と共にどのように売るかを相談しながら下見をしていたその時に、私は恐ろしい目にあった。
どのようなものだったかは忘れた。
ただ、不動産屋がいなくなった事と、世にも恐ろしい生き物が私を囲んでシケイシケイと叫んでいたことと、 
四人の子供が言った言葉は覚えている。
「もし、この森を売ろうとしたら、シケイだからね。」


それから十三年、真面目に生きてきた私は大きな躓きをしてしまった。借金を作ってしまったのだ。
しかも悪徳業者から金を借りてしまったがために、私は全財産を失ってもまだ足りない程の負債を背負わねばならなくなった。
「すいません、もうないんです。」
「何を言ってるんです、あんた、故郷に土地があるんでしょう。」
顔に傷を負った社長は丁寧な言葉を投げてくる。その両隣には怖い顔をした男二人が私を睨んでいる。
「聞けば条件のよいところで、売れば高値になるんでしょう?
売れば借金がなくなるどころか、ハワイでのんびり暮らせますよ。」
ぎらぎらとした六つの目が私の心を齧りとっていく。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ。
「売らなかったどうです?貴方は一つの眼球と一つの腎臓、生皮はがれた背中で生きていかなければならないんですよ。
それと比べたら、土地を手放す方を選ぶでしょう、普通。」
「し、しかし、あそこは開発してはならない土地なんです。先祖代々そう伝えられて……。」
「んだとこら?!そういうお利口な事は金がある時にいうもんだぜ!」
角刈りの男の言葉のせいで、尻すぼみだった私の声は更に霞んだ。
「こら、押さえなさい。確かに先祖代々の土地を手放すのは心苦しいでしょう。
けれどもね、狭い日本にあっては、使っていない土地なんてあってはならないんです。
人口は増える。娯楽も畑も住宅も増やさなければならない。
そういう状況で土地を進呈するのは、あなた、功徳というものですよ。
ご先祖様だって許してくれますよ。」
本当にそうだろうか。その後も、様々な宥めすかし、誘惑、説得が私の心を揺さぶった。
次第にそれらの言葉は荒々しく、脅迫めいていったけれど。
もうこの状況がどれだけ続いただろう。憶えていた十三年前の出来事は疲労のせいですっかり消えていた。
膨れ上がった欲望を心に私は結局、森を売ることにした。

私は社長に言われたとおりに、土地の権利書を持って、森を訪れていた。
何年も足を踏み入れた事の無い森は、あの頃と変わらずに静かだった。
「ふむ、確かにいいところですね。こういう土地が今まで使われなかったことが不思議でなりません。」
上機嫌の社長の声は私の心を軽くする。例え彼の隣りに殺気立っている男がいることがいなければ、更に軽くなっただろうに。
「日本は迷信が多すぎる。やれ妖怪がでる、やれ神社の神様がいるなどと言って、土地を手放しません。
あなたみたいに進歩的な人間がもっと増えてくれれば助かるんですがねぇ。」
「ははは、全くです。私も、一体何を恐れていたんでしょうねぇ。」
きい、と鳥の鳴く声がした。曇ってきたのか、辺りはだんだんと暗くなる。
「おや、雨でも降るんでしょうかね。曇ってきましたよ。」
「そうですね、早いとこ見回りましょう。こちらの方は……。」
吾亦紅の咲く茂みを指差した時、また鳥が、今度は大きな声で鳴き出した。
「五月蝿い鳥だな、あっちいけ!」
足元にあった石を木に向かって投げる。羽音が激しくした後、私は鼻息を荒く出した。
「あんた、鳥になんてことしてんのよ!」
叫び声と共に、リボンをつけたおかっぱの少女が飛び出してきた。
「おかしいな、ここは私有地で人間は入っちゃいけないはずだが。」
「わかりました、こいつは浮浪者です、不良ですよ。こら、ここは私有地だからさっさと出て行きなさい!」
しっし、と手を払っても子供は逃げようとしなかった。むしろ牙をむいてこちらを睨んでいる。
「な、こんな女の子を浮浪者って、不良って、失礼ね!」
「これはいけませんね、こら、カズ、このお嬢さんを黙らせなさい。」
社長が言うが早いか、殺気だったカズという男は懐からピストルを取り出し、少女の心臓に狙いを定める。
「な、なによ、物騒なものなんか出しちゃってさ!」
「お嬢さん、悪いですがこれからこの人とお話をしなければならないんです。
さあ、早くお家に帰りなさい。」
「お話って、まさか、あんた、十三年前の約束を忘れちゃったの?!」
彼女が私の方を向いた瞬間、乾いた爆発音が数回響いた。

私から数メートル先に、死体が転がっている。
赤いスカートは無残に捲れ上がり、リボンは血に浸って赤く染まっている。
震えて今にも失禁しそうな私と比べ、二人の落ち着いた様子はなんだろう。
社長はにこやかだが、毒を含んだ顔をこちらに向けた。
「さ、下見の続きをしましょうか。」
「し、し、死体。」
「死体、ああ、そうですね、この茂みに放り込んでおきましょう。カズ。」
線香の代わりになりそうな細い煙を上げるポケットにしまうと、男はまだ血の出る死体を茂みに放り込んだ。
細い枝と、吾亦紅がおかしな方向に曲がる音がする。
「おっと、逃げないでくださいね。土地を売ると仰った時点で私も貴方も同じなんですから。
この現場を見て、逃げ出そうとしたら、貴方もああなりますからね。」
少女の命を奪った銃口が今度は私に向けられる。
後戻りできない事をいまさら知った私は、更に奥へと足を進めた。
空は私の心のように一層暗くなっていく。茂った枝葉のせいでまるで夜のようだ。
迷わぬように、木に印をつけながら進んでいたが、次第にそれもあやふやになってしまった。
私達はどこにいるのだろう。
「貴方、どうしたんです?さっきから同じ道を行ったりきたりしているような気がするんですが。」
「は、はい。おかしいな……。」
土を踏みしめた途端、嫌な音を聞いた。粘着な水音に唾を飲み込み、勇気を出して下を見る。
雑草が生々しい赤色に染まっている。視線を上げると、そこには折れた吾亦紅が咲いていた。
「そ、そんな……。」
「おい、お前、わざとじゃないだろうな。」
ピストルを持った男の声を、この日初めて私は聞いた。
「そんなわけないですよ!真面目に歩いているんです!」
「なら、なんでさっき通った所に来ているんだ?」
背筋が冷たくなる。黒光りする鉄を向けられ、私は竦みあがった。
「俺達から逃げたいのか?それとも、殺されたいのか?」
(俺達から逃げたいのか?それとも、殺されたいのか?)
闇の中から声が聞こえた。

「お前、ふざけているのか?!」
男の声が更に鋭くなる。私は激しく首を横に振った。
(お前、ふざけているのか?!)
まだ声が聞こえる。鸚鵡返しは男の神経を苛立たせるのだろう、カチン、と硬質な音がした。
「落ち着けカズ。あいつを見てみろ。口を開けていない。」
(落ち着けカズ。あいつを見てみろ。口を開けていない。)
木霊する中、男は私を見る。怖くてガタガタ震えていた私の口は全く動かなかった。
「じゃあ、誰がこんな事を?!ここは山彦がする場所じゃないはずだ!」
(じゃあ、誰がこんな事を?!ここは山彦がする場所じゃないはずだ!)
「くそ、さっきの女の仲間か?!」
(そうだよ。)
今度は言葉を繰り返さなかった。男はピストルを四方に向けながら叫ぶ。
「どこにいる?!出て来い!」
(お前の後ろだよ)
「そこか!?」
また乾いた音がする。一瞬鎮まったかと思ったが。
(違うよ、こっちだよ。)
右側から声がした。ピストルの音はどんどんと続いていく。私はあまりのことに地に伏せて念仏を唱えた。
(ははは、はずれ。)
「この!あっちにいけ!」
銃声はまだ続いている。暗闇の、四方が見えない中で。
四つ目の音が聞こえた。しかしそれはさっきまでの音と違い、深く、何か柔らかいものにめり込むような音だった。
「……貴様……!!!」
恐る恐る目を開けると、社長が腹から血を流して立っていた。彼もまた、胸ポケットから拳銃を取り出す。
ガーン
ガーン……

二つの銃声と、うめき声が私の耳に届いた。

あれからどれほど経っただろう。恐怖で震える私はまだ目を開けられずにいた。
音は聞こえない。なんの音も。光もなく、ただ湿った土の匂いがするだけだった。
「久しぶりだね。」
子供の声がした。しかも、さっきまで忘れていた、十三年前に聞いた声だ。
意を決して目を開けると、あの時と同じように、子供が四人、立っていた。
「あれからもう、十三年経つね。」
左側を隠した髪、黒と黄色のちゃんちゃんこ、古い学童服を着て、下駄を履いた
「あんな奴らと一緒にいるようじゃ、どうやら悪い方向に進んだみたいだね。」
比較的幼い顔立ちをした子が、私を覗き込む。どこを向いているかわからない。目が空虚だ。
「真っ暗にして、方向を間違えさせて、呼子に山彦させただけなのに、あんな事になって。」
ゆっくりと、背の高い子が指差した方向を見る。社長と男が、死んでいる。あの女の子のように。
「ひどいことしてくれたじゃないか。目の前に出てきたネコ娘を撃ち殺そうとするなんて。」
じろりと睨む子供の隣りに、先ほど死んだはずの女の子が立っていた。ぐしゃぐしゃになったリボンを整え、私を見る。
「約束しましたよね、十三年前。」
最後の一人が、無表情で尋ねて来る。
私は、昔から伝わる鬼太郎兄弟と約束したんだ。
彼らの住む森に通じるこの場所を売ってはいけないと。
「でも貴方は約束を破った。」
あの時と同じように、私の周りを妖怪達が取り囲む。
あの時、私は指きりまでしたのに。
「だから、シケイです。」
無数の手が私を持ち上げる。お祭の神輿を持つように、楽しそうな声を出して。
その先にあったのは、輪を作ったロープ。
「やめろ、やめてくれ!」
「約束を破った罪は重いですよ。」
「そして人を殺して忘れた罪もね。」
首をそこに入れる。そして。

「……午前十時二十分、死亡確認しました。」
死亡宣告をした医師の足元に囚人服を着た死体が安置されている。
罪状は殺人罪。十三年前に、土地を売ることに反対した父親を殺し、
安い値段で買い取ろうとした不動産屋を殺害し、
借金を踏み倒すために金融会社社長とその側近、計四人を殺した男だった。
最後まで妖怪が二人を殺したと言い張り、反省の態度が見られず死刑を言い渡された。
「うわ……。」
黒布を外した職員は思わず声を上げた。その顔は寒気がするほど捻れ曲がっていた。
一人が、こんな言葉を呟いた。
「まるで……化け物に遭ったみたいな顔をしてるな……。」
と。

死刑囚の持っていた森は引き継ぐものもなく、今もひっそりとそこにある。

終わり



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