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コメントを書くにあたり、非常に悩んだ。その結果長期にわたる更新遅延となってしまったことをまず反省しなければならない。また、この作品についてコメントを書いたということは、あえてコメントをきちんと書いていない「着ながし奉行」についても追加しておかなければならないということにもなる。こちらは近日中に何とか対応の予定である。

色々なサイトのコメントを読むと、「着ながし奉行の方が面白い」というものが結構見られるし、北海道の某ラジオ番組では「勝新太郎版(鉄火牡丹)が非常に痛快だ」とパーソナリティがコメントをしていた。実は私も映画としての出来という点からすると少なからずそう感じている一人である。ただこれらの評者はこの結果を即役所氏では力不足だったと結論づけている場合が多いが、このことに対しては役所氏ファンとしては疑問を感じずにはいられない。ことに前述した某ラジオ番組についてはその後に「Shall we ダンスから脱却できていない」という非常に的はずれな評価をしており、尚更である。
では何が問題だったのか・・を原作・過去の映像化と比較して考えてみると、愚見ではあるが脚本自体に問題があったのではないか・・という結論になってしまう。以下に私が「どら平太」脚本について疑問に感じた点を述べたいと思う。ただこのサイトは映画評論サイトではなく役所氏のファンサイトなのだから、本来はこういうことはしなくてよいのだが・・・

柾木 剛(健士隊リーダー)

私が「どら平太」で最も納得がいかなかったのがこの人物の扱い。そもそも括弧書きしないと一度しか観ていない方にはわからないかもしれない・・・というのが納得いかない。
柾木剛は原作では小平太の豪快な性格の対極に位置する人物として描かれている。この人物描写があってこそ、小平太の豪快さが鮮明となってくる。ただし彼は単に真面目一本な人物ではない。当初は小平太の放埓な行動を許せず命をつけねらうが、彼の目的も小平太同様「藩の政道を糺すこと」であり、途中で小平太と腹を割って話し合い、陰ながら協力するという姿勢に転ずる。このように懐の深い人物でなければ一団のリーダーにはなれないわけで、このことは小平太も理解しており、当初は鼻にもかけていなかったが中盤以降は一目置くことになる。
しかるに「どら平太」における柾木はどうかというと、話がかなり佳境に至るまで、ただ闇雲に小平太の命をつけねらい、徒士目付の安川に恫喝されてやっと小平太のやっていることを理解する全くの小物としてしか扱われていない。これではこのストーリーに登場する意味が全くないわけで、実際主要キャストに含まれてもいない。はたしてこれでよかったのか。
問題はまだある。ストーリーの途中で小平太が健士隊を名乗る3人組に襲われる場面がある。原作・過去の映像化ではこの時点で柾木と小平太との協定が成立しており、健士隊に襲われるはずがないから偽物だ、ということになるのだが、「どら平太」では小平太は「健士隊にしては年を食っているな」ということで偽物と判断している。確かにこう考えられなくもないが、一寸論理的ではない展開と思うのは私だけか。
さらに健士隊と小平太との関係を表す部分としてもう一点。原作では健士隊につけねらわれる小平太が、濠外に出入りすることを禁じられている彼らに対し「夜の処理」をからかう場面がある。これは過去の映像化でも必ず取り上げられている部分(「着ながし奉行」では役所氏がからかわれる役)であるにもかかわらず、「どら平太」では完全に除去されている。言うまでもなくこの場面は小平太の豪快な性格を示す非常に重要な場面で、印象に残る個所ではないだろうか。

こせい

柾木の部分を大幅にカットしたかわりにこせいの部分が増えている。原作でのこせいは最後に小平太のところに乗り込んできて啖呵を切るという役柄。豪快に全ての仕事をやり終えた小平太にも弱みがあった・・という展開だ。「どら平太」ではこの啖呵部分はかなり早い段階で挿入され、以後こせいは独自に壕外に潜入する。ただ私としては上記柾木の描写をそぎ落としてまでストーリーに絡ませないといけないキャラクターなのだろうか、と思う。実際DVD版の映像特典にある「カットシーン」ではこせい絡みが2場面あり、このことを裏付けている。枯野のシーンでの二人のやりとりはなかなか佳いとは思うが。

三親分の処分

呼び出しを受けた三親分に対する小平太の姿勢。原作・過去の映像化では初めこそ裃を着た町奉行として現れるが、登場後すぐに裃を脱ぎ親分たちと一杯交わす。そのなかで「義兄弟の契りを交わした間として自分の願いを聞き届けてほしい」と低姿勢で退去を依頼し、それを受けて「お上のご威光で来られたら自分たちも死にものぐるいになるが、そうこられては立つ瀬がない」と三親分が引き下がるという展開だ。一方「どら平太」では「従わない場合は切腹」と来て既にその用意までしてある。その後確かに裃は脱ぐものの、この姿勢はまさに「お上のご威光」であり、その後に上と同じセリフを親分に語らせるというのはどう考えても矛盾している。

重職を断罪

この部分も原作・過去の映像化には無いオリジナル。原作では重職がどうなったかは一切無い。それではドラマとしてそれこそわかりづらいので、過去の映像化では「小平太が去った後に重職は解任or退任となった・・・」とサラリと描かれている。「どら平太」では小平太が積極的に重職を断罪している。この部分は評価が分かれると思う。

以上かなり辛口に書いてみた。結論から言うとこの脚本が過去の作品と比較して面白くないと評価することと、過去に小平太を演じた俳優と比較して役所氏がミスキャストであるということはイコールにならないのだ。(柾木部分を筆頭に違う箇所があまりにも多すぎる)役所氏を初めとする出演者の多く(柾木役と健士隊役は逆じゃないかとも思うが)はそれぞれに魅力的であり、時代劇映画として今後につながるものだと思いたい。2002年には「盤嶽」のTV放送もようやく開始される。オールドファンならずとも、時代劇俳優としての役所氏をまだまだ観たいと思うのは私だけではないだろうから。
(初稿01/12/30)
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