samotorake @ ウィキ
http://w.atwiki.jp/samotorake/
samotorake @ ウィキja2009-02-08T22:14:49+09:001234098889P6
https://w.atwiki.jp/samotorake/pages/17.html
**[統計数値]
-[[雇用統計 >http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/index.htm]]
雇用統計 就業者6400万人(雇用者5500万人) 失業者250万人 失業率3.9%
-[[欧米主要国失業率 >http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3080.html]]
アメリカ・フランス・イタリア・ドイツ:7%
イギリス:6%
日本:4%(3.9%)
-[[2007年世界自動車販売台数 >http://4ki4.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/2007_9250.html]]
(940)&bold(){GM} 940万台/&bold(){トヨタ} 940万台
(650)&bold(){フォード} 655万台/&bold(){ポルシェ、VW} 650万台/&bold(){日産、ルノー} 620万台
(350~400)&bold(){現代} 400万台/&bold(){ホンダ} 380万台/&bold(){仏PSA} 340万台
(250)&bold(){クライスラー} 270万台/&bold(){スズキ} 240万台
(150)&bold(){BMW} 150万台(MINI、R・R込み)/&bold(){Benz} 130万台
レクサスの販売台数 年間5~6万台目標に対し、2.5万台程度(ベンツの1/50程度)
日本自動車販売台数(軽を除く) 1位フィット17.5万台、2位カローラ、3位ヴィッツ、4位クラウン、5位プリウス
売上高営業利益率(販管費の使い方を評価。数値が高いほど、少ない販管費で多くの商品を売っている)
トヨタ9.3%
日産7・4%
売上高経常利益率(企業の通常の経営活動による収益力)
トヨタ9.9%
7.3%
売上高経常利益率が高いと、財テクがうまく行っている。
2009-02-08T22:14:49+09:001234098889右メニュー
https://w.atwiki.jp/samotorake/pages/3.html
**更新履歴
#recent(20)
&link_editmenu2(text=ここを編集)
2009-02-08T22:13:12+09:001234098792メニュー
https://w.atwiki.jp/samotorake/pages/19.html
&link_pagelist()
**メニュー
-[[P1(Daily check, 新聞, ECO92, Barbala Bush, ガジェット, LINK, その他)>http://www42.atwiki.jp/samotorake/pages/12.html]]
-[[P2(S.JOBS, 2009年間予定, 2008重大ニュース)>http://www42.atwiki.jp/samotorake/pages/13.html]]
-[[P3(松下幸之助)>http://www42.atwiki.jp/samotorake/pages/14.html]]
-[[P4(Bill Gates)>http://www42.atwiki.jp/samotorake/pages/15.html]]
-[[P5(文春)>http://www42.atwiki.jp/samotorake/pages/16.html]]
-[[P6(統計)>http://www42.atwiki.jp/samotorake/pages/17.html]]
-[[P7(memo)>http://www42.atwiki.jp/samotorake/editx/18.html]]
-[[プラグイン紹介>プラグイン]]
-[[まとめサイト作成支援ツール]]
-[[メニュー]]
**リンク
-[[アルク>http://www.alc.co.jp/]]
#calendar
**他のサービス
-[[@wiki>>http://atwiki.jp]]
-[[@wikiご利用ガイド>>http://atwiki.jp/guide/]]
-[[無料ホームページ作成>>http://atpages.jp]]
-[[無料ブログ作成>>http://atword.jp]]
-[[2ch型掲示板レンタル>>http://atchs.jp]]
-[[無料掲示板レンタル>>http://atbbs.jp]]
-[[お絵かきレンタル>>http://atpaint.jp/]]
-[[無料ソーシャルプロフ>>http://sns.atfb.jp/]]
// リンクを張るには "[" 2つで文字列を括ります。
// ">" の左側に文字、右側にURLを記述するとリンクになります
//**更新履歴
//#recent(20)
&link_editmenu(text=ここを編集)
2009-01-14T08:39:43+09:001231889983トップページ
https://w.atwiki.jp/samotorake/pages/1.html
**@wikiへようこそ
-ウィキはみんなで気軽にホームページ編集できるツールです。
-このページは自由に編集することができます。
-メールで送られてきたパスワードを用いてログインすることで、各種変更(サイト名、トップページ、メンバー管理、サイドページ、デザイン、ページ管理、等)することができます
**まずはこちらをご覧ください。
-[[@wikiの基本操作>http://atwiki.jp/guide/category2.html]]
-[[用途別のオススメ機能紹介>http://atwiki.jp/guide/category22.html]]
-[[@wikiの設定/管理>http://atwiki.jp/guide/category6.html]]
**分からないことは?
-[[@wiki ご利用ガイド>http://atwiki.jp/guide/]]
-[[よくある質問>http://atwiki.jp/guide/category1.html]]
-[[無料で会員登録できるSNS内の@wiki助け合いコミュニティ>http://sns.atfb.jp/view_community2.php?no=112]]
-[[@wiki更新情報>http://www1.atwiki.jp/guide/pages/264.html]]
-[[@wikiへのお問合せフォーム>http://atwiki.jp/helpdesk]]
等をご活用ください
**@wiki助け合いコミュニティの掲示板スレッド一覧
#atfb_bbs_list(112)
**その他お勧めサービスについて
-[[大容量1G、PHP/CGI、MySQL、FTPが使える無料ホームページは@PAGES>>http://atpages.jp/]]
-[[無料ブログ作成は@WORDをご利用ください>>http://atword.jp/]]
-[[2ch型の無料掲示板は@chsをご利用ください>>http://atchs.jp/]]
-[[フォーラム型の無料掲示板は@bbをご利用ください>>http://atbb.jp/]]
-[[お絵かき掲示板は@paintをご利用ください>>http://atpaint.jp/]]
-[[その他の無料掲示板は@bbsをご利用ください>>http://atbbs.jp/]]
-[[無料ソーシャルプロフィールサービス @flabo(アットフラボ)>>http://sns.atfb.jp]]
**おすすめ機能
-[[気になるニュースをチェック>http://atwiki.jp/guide/17_174_ja.html]]
-[[関連するブログ一覧を表示>http://atwiki.jp/guide/17_161_ja.html]]
**その他にもいろいろな機能満載!!
-[[@wikiプラグイン>http://atwiki.jp/guide/category17.html]]
-[[@wiki便利ツール>http://atwiki.jp/guide/category32.html]]
-[[@wiki構文>http://atwiki.jp/guide/category16.html]]
-[[@wikiプラグイン一覧>http://www1.atwiki.jp/guide/pages/264.html]]
-[[まとめサイト作成支援ツール>http://atwiki.jp/matome/]]
**バグ・不具合を見つけたら? 要望がある場合は?
お手数ですが、メールでお問い合わせください。
2009-01-14T08:25:37+09:001231889137P7
https://w.atwiki.jp/samotorake/pages/18.html
**[memo]
白老おば 母より14歳年上(33→19→90)
葛西雄大(福島・保険業)→郡山に引越し
阿部せいめい(奄美大島、いわきガス会社)
村上はるいち
坂本こう(暴れる)
笹沢かのん(吉田さんの友人)
吉田しゅう(夫婦で教師、トルコ転勤経験あり)
東(姉妹、パン屋に赤い自動車)
吉田(吉田さんの友人)→4号棟1F。夫がAPCで二交代勤務。いとこが吉田(洋)さん
聖子アリゾナ
ナオ 牛久→ボストンへ再留学→06年9月加mixi妊娠
Michel SanDiego
ナオ(横浜)
トモミ(名古屋)→出産後に離婚
カヨ(愛媛)→京都行政書士と結婚、結婚式出席
ALICIA→スペイン
石丸さん→4ヶ月MN滞在
三瓶さん友人 オランダ在住
札幌 ミユキ、フクシマミホ
鈴木じゅん、せいや、あせい
2009-01-14T08:07:49+09:001231888069P5
https://w.atwiki.jp/samotorake/pages/16.html
**[文春]
2009-01-14T08:06:48+09:001231888008P4
https://w.atwiki.jp/samotorake/pages/15.html
**Bill Gates
#region
Remarks of Bill Gates
Harvard Commencement
(Text as prepared for delivery)
President Bok, former President Rudenstine, incoming President Faust, members of the Harvard Corporation and the Board of Overseers, members of the faculty, parents, and especially, the graduates: I’ve been waiting more than 30 years to say this: “Dad, I always told you I’d come back and get my degree.”
Bok学部長、Rudenstine前学部長、Faust次期学部長、the Harvard Corporation の皆さん、民生委員の皆さん、監督職員の皆さん、教職員の皆さん、親御さん、そして何より、卒業生の皆さん。私は、三十年以上、こう言えるのを待ちつづけていました。「父さん、いつも言ってたでしょ『僕はハーバードに戻って学位を取るつもりだよ』って」
I want to thank Harvard for this timely honor. I’ll be changing my job next year … and it will be nice to finally have a college degree on my resume. I applaud the graduates today for taking a much more direct route to your degrees. For my part, I’m just happy that the Crimson has called me “Harvard’s most successful dropout.” I guess that makes me valedictorian of my own special class … I did the best of everyone who failed.
私はタイミングよく、この栄誉学位を下さったハーバード大学に対し感謝したい。私は来年には職を変えているつもりです。ついに私の履歴書に大学の学位を加えれたことは多分素晴らしいことなんでしょう。私は、本日、卒業生の皆さんを賞賛します。皆さんは学位のためにずっと直線的な道を取ったのですからなおさらです。私の学位に関して言えば、私はまさに幸福そのものなんです。ハーバードは私を「ハーバードでもっとも成功した中退者」なんて呼んでいたのですから。ハーバード大学が私に自分の特別な同期生の卒業生総代(注・卒業式で別れの言葉を述べる卒業生)をさせる理由は・・・・私が落ちこぼれ組み全員の中で、最高の仕事をしたからだと思います。
But I also want to be recognized as the guy who got Steve Ballmer to drop out of business school. I’m a bad influence. That’s why I was invited to speak at your graduation. If I had spoken at your orientation, fewer of you might be here today.
しかし、私は又、スティーブン・バルマーをビジネススクールから中退させた男としても表彰されたい所です。私は悪い影響そのものですからね。私が貴方達の卒業式でスピーチするために招待されたのはそれが理由です。もし私が貴方達の入学式でスピーチしていたら、貴方達の何人かは本日ここにいなかったかもしれません。
Harvard was just a phenomenal experience for me. Academic life was fascinating. I used to sit in on lots of classes I hadn’t even signed up for. And dorm life was terrific. I lived up at Radcliffe, in Currier House. There were always lots of people in my dorm room late at night discussing things, because everyone knew I didn’t worry about getting up in the morning. That’s how I came to be the leader of the anti-social group. We clung to each other as a way of validating our rejection of all those social people.
ハーバードは、私にとって、まさに驚くべき経験そのものでした。大学生活は魅力的でした。私は、よく、履修してもいなかった沢山の授業に出ていたものです。そして寮生活は、こたえられないものでした。私は、ラドクリフで生活していました。いつも夜遅くまで寮の部屋には色んなことを議論しあえる仲間が沢山いました。なぜなら、みんな、私が朝起きることについて心配していない事を知ってたからです。それが私が反社会グループのリーダーになった方法です。我々は、すべての社会的な人々に対する我々の拒否反応を正当化する一つの手段としてお互いにくっつきあってました。
Radcliffe was a great place to live. There were more women up there, and most of the guys were science-math types. That combination offered me the best odds, if you know what I mean. This is where I learned the sad lesson that improving your odds doesn’t guarantee success.
ラドクリフは、生活するには素晴らしい場所です。あそこにはずっと沢山の女の子がいて、そしてほとんどの男の子は理数系タイプでした。何て言ったらいいか、その組み合わせは、私に最高の勝算を提示しました。ここは、私が悲しい教訓を学んだ場所です。それは貴方達が勝算を改善しても成功は保証されないということです。
One of my biggest memories of Harvard came in January 1975, when I made a call from Currier House to a company in Albuquerque that had begun making the world’s first personal computers. I offered to sell them software.
ハーヴァードにおける私の最大の思い出の一つは1975年1月で、私がCurrier Houseからアルバカーキにある世界で初めてパーソナルコンピューターを作り始めた会社に電話をした時のことです。私は、彼らにソフトウェアを売ろうと申しでたんです。
I worried that they would realize I was just a student in a dorm and hang up on me. Instead they said: “We’re not quite ready, come see us in a month,” which was a good thing, because we hadn’t written the software yet. From that moment, I worked day and night on this little extra credit project that marked the end of my college education and the beginning of a remarkable journey with Microsoft.
私が心配だったのは、彼らが寮の学生に過ぎずないことに気づき、受話器を置いてしまうだろうってことでした。そうしないで彼らは言ったんです。「我々はすぐに準備できないんで、一ヶ月もしたら会いにきてくれ」それは、よい事でした。なぜって、私達は、まだソフトウェアを書いていなかったからです。その瞬間から、私は昼も夜も、この些細なextra credit向けの課題にに没頭したんです。それは、私の教育の終わりと、そして、マイクロソフトとの素晴らしい旅の始まりを運命づけるものでした。
What I remember above all about Harvard was being in the midst of so much energy and intelligence. It could be exhilarating, intimidating, sometimes even discouraging, but always challenging. It was an amazing privilege – and though I left early, I was transformed by my years at Harvard, the friendships I made, and the ideas I worked on.
But taking a serious look back … I do have one big regret.
私が、ハーヴァード大学について、何よりも思い出すものは、あまりに多くのエネルギーとインテリジェンスの真ん中にいたんだという事です。うきうきするような、おびえさせるような、時には落胆さえさせるような事もあったけれど、常にやりがいがあったものです。それは、驚くべき特権でした。そして、早期に退学はしたけれども、私はハーバードでの数年間や、作った友情、そして取り組んだ数々のアイデアのおかげで、一変していました。
しかし、真面目に振り返ってみると・・・・私は、一つの大きな後悔をしています。
I left Harvard with no real awareness of the awful inequities in the world – the appalling disparities of health, and wealth, and opportunity that condemn millions of people to lives of despair.
私は、世界のひどい不平等に何ら現実的な意識を持たず、ハーバードを去ったんです。つまり、何百万の人々に絶望の生涯を強いる健康の格差や、富の格差、そして機会の恐るべき格差にです。
I learned a lot here at Harvard about new ideas in economics and politics. I got great exposure to the advances being made in the sciences.
私は、ハーヴァードで、経済や政治に関する新しいアイデアの数々については沢山学びました。私は科学の中で作られた進歩にすごくさらされました。
But humanity’s greatest advances are not in its discoveries – but in how those discoveries are applied to reduce inequity. Whether through democracy, strong public education, quality health care, or broad economic opportunity – reducing inequity is the highest human achievement.
しかし、人類のもっとも偉大な進歩は、その様々な発見の中にはありません。それらの発見が不平等を減らす為にいかに応用されたかという点にあるのです。民主主義、強力な公教育、平等な医療介護、もしくは広範な経済的な機会を通じてであろうとなかろうと。不平等を減らした事こそが、最も偉大なる人類の進歩なのです。
I left campus knowing little about the millions of young people cheated out of educational opportunities here in this country. And I knew nothing about the millions of people living in unspeakable poverty and disease in developing countries. It took me decades to find out.
私はこの国で教育を受ける機会に見放されて逸脱した何百万人もの若者たちについてほとんど知らず、そして、言葉にできないような貧困と疫病の中で生きていく事を強いられている何百万人もの発展途上国の人々については全く知らなかったのです。私がそれを知るには何十年もかかりました。
You graduates came to Harvard at a different time. You know more about the world’s inequities than the classes that came before. In your years here, I hope you’ve had a chance to think about how – in this age of accelerating technology – we can finally take on these inequities, and we can solve them.
あなた方、卒業生の皆さんは、別の時代にハーヴァードに来ました。あなた方は、以前やってきた同期生達より、世界の不平等について多くの事を知っています。ここでの数年間で、貴方達が――加速するテクノロジーの時代の中で―――最終的にどのように、我々が、これらの不平等に対し、どのように取り組むことができるのか、又、どのようにそれらを解決可能なのかについて考える機会を得ていたのであればよいのですが。
Imagine, just for the sake of discussion, that you had a few hours a week and a few dollars a month to donate to a cause – and you wanted to spend that time and money where it would have the greatest impact in saving and improving lives. Where would you spend it?
今、討論のために、貴方達が一つの大儀に寄付をするために一週間に数時間を費やしたり、一月に幾ばくかのお金を費やしたと想像してみてください。貴方達は、人々の生活を救ったり、改善したりするのに最も影響力のある場所に時間とお金を費やしたいとしましょう。貴方達はそれをどこに費やしたいでしょうか?
For Melinda and for me, the challenge is the same: how can we do the most good for the greatest number with the resources we have.
メリンダと私にとって、その目標は同じものです。どのようにすれば、我々が持っているリソースを最も大多数の人々に対して、最も良い形で費やすことができるか、なのです。
During our discussions on this question, Melinda and I read an article about the millions of children who were dying every year in poor countries from diseases that we had long ago made harmless in this country. Measles, malaria, pneumonia, hepatitis B, yellow fever. One disease I had never even heard of, rotavirus, was killing half a million kids each year – none of them in the United States.
この問題における我々の討論の間、メリンダと私は、一つの記事を読みました。貧しい国々では何百人もの子供達が、様々な病気によって毎年死につづけている、というものでした。はしか、マラリア、肺炎、B型肝炎、黄熱病のような、ずっと以前に、この国では害がまったくなくなった病気で、です。我々が聞いたことさえないような一つの病気、ロタウィルス、が毎年50万人の子供を殺しつづけていました――アメリカでは、その病気で死ぬ子供は一人もいません。
We were shocked. We had just assumed that if millions of children were dying and they could be saved, the world would make it a priority to discover and deliver the medicines to save them. But it did not. For under a dollar, there were interventions that could save lives that just weren’t being delivered.
私達はショックでした。私達は、もし何百万人の子供達が死につつあるならば、彼らは助けれるはずだと仮定していました。世界は、彼らを救う薬を調達し、配達することを最優先事項にするだろうと思っていました。しかし、そうではありませんでした。一ドル以内で、命を救える様々な診療手段があったんです。ただ、それらは配送されていませんでした。
If you believe that every life has equal value, it’s revolting to learn that some lives are seen as worth saving and others are not. We said to ourselves: “This can’t be true. But if it is true, it deserves to be the priority of our giving.” So we began our work in the same way anyone here would begin it. We asked: “How could the world let these children die?”
もし、貴方達が、すべての命は平等であると信じるなら、ある生命は救う価値があると見なされ、他方の生命はそうではないという事実を知るのは極めて不快なことです。我々は自問しました。「これが真実であるはずがない。しかし、もし真実であるならば、それは我々の援助の最優先順位に値する、と。」
そして、ここにいる誰もがそれを始めるのと同様に私達は仕事に取り掛かりました。我々は「世界はどのようにして子供達を死に至らしめているのか?」と問いました。
The answer is simple, and harsh. The market did not reward saving the lives of these children, and governments did not subsidize it. So the children died because their mothers and their fathers had no power in the market and no voice in the system. But you and I have both.
その答えはシンプルで、手厳しいものです。マーケットはそれらの子供達の生命を救うことに報酬を与えなかった。そして政府は助成金を出さなかった。そして、子供達は、彼らの父母がマーケットで何の力も、システムの中で何の発言権も持っていなかったという理由で死にました。
しかし、貴方達と私は、両方をもっています。
We can make market forces work better for the poor if we can develop a more creative capitalism – if we can stretch the reach of market forces so that more people can make a profit, or at least make a living, serving people who are suffering from the worst inequities. We also can press governments around the world to spend taxpayer money in ways that better reflect the values of the people who pay the taxes.
もし、我々が、もっと創造的な資本主義を発達させることができれば、我々はマーケットに貧困層に対して、もっと良くするよう圧力をかけることができます――もし、我々がもっと沢山の人々が利益を生めるようにできるように、少なくとも生活費を稼ぐことが出きるようにするならば、です。もっとも酷い不平等に苦しんでいる人々に食事を供給できるようにするならば、です。我々は、又、世界中の政府に対して、もっと上手に、税を支払う人々の価値を反映するようなやり方で納税者のお金を使うよう圧力をかけることもできます。
If we can find approaches that meet the needs of the poor in ways that generate profits for business and votes for politicians, we will have found a sustainable way to reduce inequity in the world. This task is open-ended. It can never be finished. But a conscious effort to answer this challenge will change the world.
もし、我々が、ビジネスで利益を生み、政治家に票を投じれるようなやり方で、貧困層のニーズを満たす方法を発見できるならば、我々は、世界の不平等を減らすための継続可能な方法を発見していたでしょう。この任務は、期限がないのです。それは決して終わりのないものなのです。しかし、この難題を解決するための意識的な努力は、世界を変えていくでしょう。
I am optimistic that we can do this, but I talk to skeptics who claim there is no hope. They say: “Inequity has been with us since the beginning, and will be with us till the end – because people just … don’t … care.” I completely disagree. I believe we have more caring than we know what to do with.
私は我々がこれが出来ると楽観的です。しかし、私は何の希望もないと主張する疑い深い人達に話しかけます。彼らは言います。「不平等は始まりの日から我々と共にあり続けてきた。そして終末の日まで我々と共にありつづけるだろう――なぜならば人々は・・・まったく気にかけもしない」私は全面的に異議を唱えます。私は我々が我々が思っているよりも、ずっと多くの思いやりをもてると信じています。
All of us here in this Yard, at one time or another, have seen human tragedies that broke our hearts, and yet we did nothing – not because we didn’t care, but because we didn’t know what to do. If we had known how to help, we would have acted. The barrier to change is not too little caring; it is too much complexity.
この庭にいる私達のすべてが、一度や二度は、心を引き裂くような悲劇を見たことがあります。しかし、我々は何もしなかった――我々が気にしなかったからでなく、我々がするべき事を知らなかったという理由で。我々がもしも、どのように援助すべきか知っていたらならば、我々は行動していたでしょう。
変化への障害は、あまりに少なすぎる思いやりではないのです。もっと複雑なものなのです。
To turn caring into action, we need to see a problem, see a solution, and see the impact. But complexity blocks all three steps.
思いやりを行動に移すためには、我々は問題を理解する必要があり、解決方法を理解する必要があり、その影響を理解する必要があります。しかし、複雑さが、全三つのステップを妨害します。
Even with the advent of the Internet and 24-hour news, it is still a complex enterprise to get people to truly see the problems. When an airplane crashes, officials immediately call a press conference. They promise to investigate, determine the cause, and prevent similar crashes in the future.
インターネット、24時間ニュースの出現をもってしても、人々に本当に数々の問題を見てもらうのは複雑な仕事なのです。飛行機が墜落する時、当局は、すぐさま、記者会見を開きます。彼らは、調査と原因究明、将来における同様の事故を防ぐことを約束します。
But if the officials were brutally honest, they would say: “Of all the people in the world who died today from preventable causes, one half of one percent of them were on this plane. We’re determined to do everything possible to solve the problem that took the lives of the one half of one percent.” The bigger problem is not the plane crash, but the millions of preventable deaths.
しかし、もし、当局が残酷なほどに正直であったなら、彼らはこう言うでしょう。「回避可能な原因により本日死んだ世界のあらゆる人々の中で、飛行機に乗っていたのは0.5%です。我々は0.5%の人々の命を奪った問題を解決するために、可能な限りあらゆることをすると決心しています」
ずっと大きな問題点は飛行機事故ではなく、何百万の回避可能な死なんです。
We don’t read much about these deaths. The media covers what’s new – and millions of people dying is nothing new. So it stays in the background, where it’s easier to ignore. But even when we do see it or read about it, it’s difficult to keep our eyes on the problem. It’s hard to look at suffering if the situation is so complex that we don’t know how to help. And so we look away.
我々は、それらの死について、さほど知りません。メディアは新しいものを取材します――そして死にかけている何百万の人々は何も新しくない。だから、目立たないままにしておかれてしまう。無視するのがたやすい場所です。しかし、我々がそれを見、それについて読む時でさえ、問題を見つめつづけるのは難しいでしょう。そのシチュエーションがあまりに複雑すぎ、我々が助ける方法を知らない場合、苦難に目を向ける事は難しいのです。だから、我々は目を背けてしまう。
If we can really see a problem, which is the first step, we come to the second step: cutting through the complexity to find a solution.
もし、我々が本当に問題に目を向けることができるなら、それが最初のステップになり、我々は次のステップに至ります。複雑さを通り抜け解決策を見つけるために。
Finding solutions is essential if we want to make the most of our caring. If we have clear and proven answers anytime an organization or individual asks “How can I help?,” then we can get action – and we can make sure that none of the caring in the world is wasted. But complexity makes it hard to mark a path of action for everyone who cares — and that makes it hard for their caring to matter.
もし、我々がこの上ない福祉活動を作り出したいならば、解決策を見つけることは、必要不可欠です。もし、組織もしくは個々人が「どのように援助すればよいのか?」と問い掛けた時に、我々がいつでも明白で証明済みの答えをもっているならば、それなら我々は行動を起こす事が出来ます。――そして我々は、世界のいかなる福祉活動もただの浪費に終わったりはしないと確信をもつことが出来るのです。しかし、複雑さが、福祉を行うすべての人々に対し、行動の小道にたつことを難しくさせるのです。――そして、それが、重要な福祉活動を難しくさせるのです。
Cutting through complexity to find a solution runs through four predictable stages: determine a goal, find the highest-leverage approach, discover the ideal technology for that approach, and in the meantime, make the smartest application of the technology that you already have — whether it’s something sophisticated, like a drug, or something simpler, like a bednet.
複雑さを通り抜け、解決策を発見することは四つの予測可能なステージを通ります。つまり、目標を決めよ、最も影響力の高いアプローチを見つけよ、そのアプローチのための理想的なテクノロジーを発見せよ、そして、一方で、貴方達がすでに持っているテクノロジーの中で最もスマートなアプリケーションを作れ――それが薬剤のようなものであろうと、bednetのような単純なものであろうと、洗練されたものであろうとなかろうと。
The AIDS epidemic offers an example. The broad goal, of course, is to end the disease. The highest-leverage approach is prevention. The ideal technology would be a vaccine that gives lifetime immunity with a single dose. So governments, drug companies, and foundations fund vaccine research. But their work is likely to take more than a decade, so in the meantime, we have to work with what we have in hand – and the best prevention approach we have now is getting people to avoid risky behavior.
エイズの蔓延は、一つの例を提供してくれます。もちろん、大雑把な目標は病気を終わらせることです。最も効果の高いアプローチは、予防です。理想的なテクノロジーは、一度の投薬で生涯にわたる免疫力を与えることができるワクチンです。そして、政府、製薬会社、基金はワクチン開発に資金を提供する。しかし、それらの仕事は10年以上の歳月がかかるでしょう。そしてその間にも、我々は、手持ちのもので、働き続けねばなりません。――そして、我々が現在もっているベストな防止方法は人々に危険な振る舞いを回避させ続けることです。
Pursuing that goal starts the four-step cycle again. This is the pattern. The crucial thing is to never stop thinking and working – and never do what we did with malaria and tuberculosis in the 20th century – which is to surrender to complexity and quit.
その目標を追求することが、再び、その四つのステップサイクルを動かします。これがパターンです。重要なことは、決して考えるのを止めないこと、働きつづけることです。――決して、我々が20世紀においてマラリアや結核にしたことをしてはなりません――それは複雑さに降伏し、中止してしまうということだからです。
The final step – after seeing the problem and finding an approach – is to measure the impact of your work and share your successes and failures so that others learn from your efforts.
最後のステップは――問題をみつめ、そしてアプローチを発見した後なのですが――貴方達の仕事の影響力を測り、貴方の失敗と成功を共有することです。他の人々が、貴方の努力から学ぶことができるように。
You have to have the statistics, of course. You have to be able to show that a program is vaccinating millions more children. You have to be able to show a decline in the number of children dying from these diseases. This is essential not just to improve the program, but also to help draw more investment from business and government.
もちろん、貴方達は、統計を取らねばなりません。貴方達は、プログラムが何百万人の子供達に予防接種していることを証明できねばなりません。貴方達は、病気で死につつある子供達の数が減少していることを証明できねばなりません。これは、プログラムを改善するためだけでなく、企業や政府から投資をもっと引き出すためにも必要不可欠なのです。
But if you want to inspire people to participate, you have to show more than numbers; you have to convey the human impact of the work – so people can feel what saving a life means to the families affected.
しかし、貴方達が人々を参加に駆り立てたいならば、貴方達は、数字以上のものを見せねばなりません。つまり、貴方達は、その仕事における人間的な影響力を伝えねばならないのです。――そうすれば、人々は一つ命を救うことは病気の家族を救うということなんだと感じることができる。
I remember going to Davos some years back and sitting on a global health panel that was discussing ways to save millions of lives. Millions! Think of the thrill of saving just one person’s life – then multiply that by millions. … Yet this was the most boring panel I’ve ever been on – ever. So boring even I couldn’t bear it.
私は、数年前、ダボスに行き、global health委員会に出席したのを覚えています。委員会は、何百万人もの人たちを救う方法を議論していました。何百万人!!たった一人の命を救うことのスリルを考えてみてください――次に、何百万人を倍に増やして・・・・しかし、これは私が今まで出席したなかでも最も退屈な委員会でした。――そう、耐え切れないほどに。
What made that experience especially striking was that I had just come from an event where we were introducing version 13 of some piece of software, and we had people jumping and shouting with excitement. I love getting people excited about software – but why can’t we generate even more excitement for saving lives?
その経験を特に際立ったものにさせたものは、私が、あるソフトウェアのversion 13を紹介していたイベントからやって来たのが原因でした。我々は、人々を飛び回らせたり、興奮で叫び声を上げさせたりしていました。私は、人々をソフトウェアで興奮させるのが好きです。――しかし、何故、我々は、命を救う事に、もっと大きな興奮を生み出すことができないのでしょうか?
You can’t get people excited unless you can help them see and feel the impact. And how you do that – is a complex question.
人々にインパクトを見せたり感じさせたりすることが出来ない限り、我々は人々を興奮させることはできないのです。そして、どうすれば、そういうことができるか――は複雑な問題です。
Still, I’m optimistic. Yes, inequity has been with us forever, but the new tools we have to cut through complexity have not been with us forever. They are new – they can help us make the most of our caring – and that’s why the future can be different from the past.
それでも、私は楽観的です。Yes、不平等は、永遠に我々と共にあり続けてきました。しかし、我々が複雑さを切り抜く必要がある新しいツールは、我々と永遠に共にあり続けたわけではありません。それらは新しいものです――それらは、多くの福祉活動を助けることができます。――そして、それが未来は過去とは違ったものになることができる理由なのです。
The defining and ongoing innovations of this age – biotechnology, the computer, the Internet – give us a chance we’ve never had before to end extreme poverty and end death from preventable disease.
この時代の特徴的な、そして進行中のイノベーション――バイオテクノロジー、コンピューター、インターネット――は私達にチャンスを与えてくれます。我々が決して以前はもつことができなかったようなチャンスをです。極度の貧困を終わらせ、防止可能な病気から来る死を終わらせるためのチャンスを、です。
Sixty years ago, George Marshall came to this commencement and announced a plan to assist the nations of post-war Europe. He said: “I think one difficulty is that the problem is one of such enormous complexity that the very mass of facts presented to the public by press and radio make it exceedingly difficult for the man in the street to reach a clear appraisement of the situation. It is virtually impossible at this distance to grasp at all the real significance of the situation.”
60年前、George Marshallは、この卒業式にやってきました。そして、彼は大戦後のヨーロッパを復興する計画を発表しました。彼は言いました。「私は一つの困難があると考えている。問題は、あまりに巨大な複雑さの一つだ。つまり、新聞と取材陣によって国民に公開された多すぎる事実が、一般人は一つの明白な評価に手を伸ばす故に、複雑さを一層難解なものにしているという事なのだ。実質的には、今となっては、その状況の本当の意義すべてをつかむことは不可能なのにである。」
Thirty years after Marshall made his address, as my class graduated without me, technology was emerging that would make the world smaller, more open, more visible, less distant.
マーシャルが演説をした30年後、私抜きで同期生が卒業をした年ですが、世界をもっと小さく、もっとオープンに、もっと可視的に、距離を小さくするテクノロジーが出現しつつありました。
The emergence of low-cost personal computers gave rise to a powerful network that has transformed opportunities for learning and communicating. The magical thing about this network is not just that it collapses distance and makes everyone your neighbor. It also dramatically increases the number of brilliant minds we can have working together on the same problem – and that scales up the rate of innovation to a staggering degree.
低コストのパーソナルコンピューターの出現は、学習とコミュニケーションの機会を一変させる強力なネットワークを発生させました。このネットワークに関する素晴らしい点は、距離を崩壊させるということでなく、すべての人を貴方の隣人にするということです。
それは、同じ問題に一緒に取り組み続ることが出来る素晴らしい頭脳の数を劇的に増加させています。――それは、イノベーションの速度を信じられない割合にスケールアップさせています。
At the same time, for every person in the world who has access to this technology, five people don’t. That means many creative minds are left out of this discussion -- smart people with practical intelligence and relevant experience who don’t have the technology to hone their talents or contribute their ideas to the world.
このテクノロジーには世界のあらゆる人々がアクセスしているのと同時に、していない人もいます。それは多くのクリエイティブな頭脳がこのディスカッションからは取り残されているということを意味しています――実用的な知識や関連した経験をもつスマートな人たちなのですが、彼らには能力を磨き、世界に彼らのアイデアを提供するためのテクノロジーがないんです。
We need as many people as possible to have access to this technology, because these advances are triggering a revolution in what human beings can do for one another. They are making it possible not just for national governments, but for universities, corporations, smaller organizations, and even individuals to see problems, see approaches, and measure the impact of their efforts to address the hunger, poverty, and desperation George Marshall spoke of 60 years ago.
我々は、可能な限り、沢山の人々にテクノロジーにアクセスしてもらう必要があります。なぜならば、人類がお互いに貢献しあう中で、それらの進歩が革命を引き起こしているからです。
テクノロジーの進歩は中央政府だけでなく、大学や企業、もっと小さな組織、そして問題を調査するような個々人が、問題を理解し、アプローチを理解することを可能にししつあります。それは飢えや貧困、George Marshall が60年前に語った絶望を解決するための努力のインパクトを測定することを可能にしつつあるのです。
Members of the Harvard Family: Here in the Yard is one of the great collections of intellectual talent in the world.
What for?
ハーバードファミリーのメンバーの皆さん、つまり、この庭にいる皆さんは世界で、もっとも偉大な知的能力のコレクションの一つです。
何のために?
There is no question that the faculty, the alumni, the students, and the benefactors of Harvard have used their power to improve the lives of people here and around the world. But can we do more? Can Harvard dedicate its intellect to improving the lives of people who will never even hear its name?
教職員、卒業生達、生徒達、そしてハーヴァードの後援者たちが、彼らの力を世界中の人々の生活を向上させるために使ってきたのに疑いの余地はありません。しかし、我々は、もっと出来るのではないでしょうか?ハーヴァード大学は、名前さえ聞いたことがないような人々の生活を向上させるためにその知性をささげる事ができるでしょうか?
Let me make a request of the deans and the professors – the intellectual leaders here at Harvard: As you hire new faculty, award tenure, review curriculum, and determine degree requirements, please ask yourselves:
学部長の皆さんと教授のみなさんに一つ、お願いをさせてください。――つまり、ここハーヴァード大学にいる知識人のリーダーの皆さんに。貴方達が新しい教職員を雇うとき、終身地位保証を与えるとき、カリキュラムを見直すとき、そして、学位の必要条件を決定する時、自問自答してください。
Should our best minds be dedicated to solving our biggest problems?
我々の最高の頭脳は、もっとも大きな問題を解決するために捧げられるべきだろうか?
Should Harvard encourage its faculty to take on the world’s worst inequities? Should Harvard students learn about the depth of global poverty … the prevalence of world hunger … the scarcity of clean water …the girls kept out of school … the children who die from diseases we can cure?
Should the world’s most privileged people learn about the lives of the world’s least privileged?
These are not rhetorical questions – you will answer with your policies.
ハーバード大学は、その教職員に、世界で最悪の不公平に取り組むことを奨励するべきだろうか?ハーヴァード大学生は、世界の貧困の深さ・・・・世界的な飢餓の流行、綺麗な水の不足・・・・学校から締め出されたままの少女達・・・我々が治療可能な病気で死んでいく子供達について学ぶべきだろうか?と。世界でもっとも恩恵を受けた人々は、世界で最も恩恵を受けてない人々の生活について学ぶべきではないでしょうか?
修辞的な質問ではありません――貴方達は、貴方達のやり方で返事をするでしょうから。
My mother, who was filled with pride the day I was admitted here – never stopped pressing me to do more for others. A few days before my wedding, she hosted a bridal event, at which she read aloud a letter about marriage that she had written to Melinda. My mother was very ill with cancer at the time, but she saw one more opportunity to deliver her message, and at the close of the letter she said: “From those to whom much is given, much is expected.”
私の母は、私がハーバードに入学した日、誇りではちきれんばかりでしたが、私にもっと他の人たちに貢献することを強く求めるのも決して止めませんでした。私の結婚式前の数日、彼女は結婚式のイベントを司会しました。そこで、彼女はメリンダ相手に書いていた、結婚についての手紙を大声で読みました。私の母は、当時、ガンで酷い具合でしたが、彼女はメッセージを伝えるための、もう一つの機会に出会いました。そして、その手紙の最後で彼女は言いました。「みんなから多くを与えられ、多くを期待された貴方へ」
When you consider what those of us here in this Yard have been given – in talent, privilege, and opportunity – there is almost no limit to what the world has a right to expect from us.
この庭にいる皆さんが、与えられてきたものを考えた時――才能、特権、そして機会――世界は際限なく私達に期待をかける当然の権利を持っているということです。
In line with the promise of this age, I want to exhort each of the graduates here to take on an issue – a complex problem, a deep inequity, and become a specialist on it. If you make it the focus of your career, that would be phenomenal. But you don’t have to do that to make an impact. For a few hours every week, you can use the growing power of the Internet to get informed, find others with the same interests, see the barriers, and find ways to cut through them.
この時代の約束に従って、私は、ここにいる卒業生のそれぞれに一つの問題に取り組むことを薦めたいのです。――ひとつの複雑な問題、一つの深刻な不平等、そしてそれに関してのスペシャリストになってください――もし、貴方達がそれを貴方のキャリアの焦点にするならば、それは、驚異的なものになるでしょう。しかし、貴方達は、影響をあたえようとそれを行う必要はありません。毎週数時間、貴方達はインターネットの増加する力を利用することができます。それは、同じ興味を持っている他の人達を教えてくれます。障害を発見してくれます。そして、それらを通過するための方法を見つけてくれます。
Don’t let complexity stop you. Be activists. Take on the big inequities. It will be one of the great experiences of your lives.
複雑さに貴方を止めさせないでください。活動家であってください。大きな不平等に取り込んでください。それは、貴方の生活で最も偉大な経験の一つになるでしょう。
You graduates are coming of age in an amazing time. As you leave Harvard, you have technology that members of my class never had. You have awareness of global inequity, which we did not have. And with that awareness, you likely also have an informed conscience that will torment you if you abandon these people whose lives you could change with very little effort. You have more than we had; you must start sooner, and carry on longer.
貴方達、卒業生は、驚くべき時代に成人しつつあります。貴方達はハーバードを去りますが、私の同期生達が決して持っていなかったようなテクノロジーをもっています。貴方達は世界の不平等に気づいています。それは、我々が持っていなかったものです。そして、その認識と共に、貴方達は見識の広い良心も持っています。もし、貴方達が、ほんのちょっとの努力で助けてあげれる人々を見捨てたならば、良心が貴方達を苦しめるでしょう。貴方達は、我々がそうであったよりも、ずっと多くのものをもっています。つまり、貴方達はもっとずっと早くスタートしないといけない。そして、ずっと長く続けないといけない。
Knowing what you know, how could you not?
貴方達が自らが知っている事を知っているのですから、できるでしょう?
And I hope you will come back here to Harvard 30 years from now and reflect on what you have done with your talent and your energy. I hope you will judge yourselves not on your professional accomplishments alone, but also on how well you have addressed the world’s deepest inequities … on how well you treated people a world away who have nothing in common with you but their humanity.
そして、私は、貴方達が、今から30年後、ハーヴァードに戻ってきて、貴方達の能力とエネルギーで成し遂げたことを回顧する、ということを望んでいます。私は、皆さんが仕事の成果のみならず、世界で最も深刻な不平等を解決するためにどう努力してきたかについて、自分自身で判断するような日がくることを望んでいます。人類である以外には貴方達と何の共通点もない地球の裏側の人たちをどう扱ったかについて自分自身で判断するような時がくることを望んでいます。
Good luck.
Remarks of Bill Gates
#endregion
2009-01-14T08:06:09+09:001231887969P3
https://w.atwiki.jp/samotorake/pages/14.html
**松下幸之助 一日一言
#region
----------------
1月12日
人生を設計する
毎日、なにがなしに仕事をしている、ということでは困ると思います。何でもいい、何か一つの目的を持つ。そういうものを
日々持ってそして同時に、一ヵ月先、あるいは一年なら一年の間には、こういうことをやってみるのだ、という一つの自己設計
とでもいうものを持つことが大切だと思います。そして、それはうまくいく場合もありますし、うまくいかない場合もあります。
しかし、これはもう仕方がありません。仕方がないけれども、そういうものを持っているということ、次つぎに生んでいくと
いうこと、それが、私は生きがいというものにつながっていくと言ってもいいと思うのです。
----------------
1月17日
決意を持ち続ける
指導者にとって大事なことの一つは、志を持つということである。何らかの志、決意というものがあってはじめて、
事は成るのである。だから志を立て決意をするということが必要なわけだが、それは一度志を立て、決心すればそれで
いいというものではない。むしろ大事なのは、そうした志なり決意を持ち続けることであろう。そのためには、やはり、
たえずみずからを刺激し、思いを新たにするようにしなくてはならない。
一度志を立て、決意することによって、非常に偉大なことを成し遂げられるのも人間であるが、その志、決心をなかなか
貫き通せない弱さをあわせて持つのも、これまた人間である。
----------------
1月26日
短所四分、長所六分
人間というものは、誰でも長所と短所を持っている。だから、大勢の人を擁して仕事をしているのであれば、それぞれに
多種多様な長所と短所が見られる。その場合、部下の短所ばかりを見たのでは、なかなか思い切って使えないし、部下に
しても面白くない。その点、長所を見ると、その長所に従って生かし方が考えられ、ある程度大胆に使える。部下も自分の
長所が認めてもらえれば嬉しいし、知らず識らず一生懸命に働く。しかし、もちろん長所ばかりを見て、短所を全く見ない
ということではいけない。私は短所四分、長所六分ぐらいに見るのがよいのではないかと思うのである。
----------------
1月30日
自分を飾らず
私は、毎日の生活を営んでゆく上において、自分をよく見せようとお上手を言ってみたり、言動にいろいろと粉飾することは
大いに慎みたいと思います。これは一見、簡単なことのようですが、口で言うほどたやすいことではありません。ことに
出世欲にかられる人は、自分を他人以上に見せようとする傾向が強いようです。しかし、人はおのおのその素質が
違うのですから、いくら智恵をしぼって自分を粉飾してみたところで、自分の生地はごまかすことはできず、
必ずはげてきます。そして、そうすれば、そのときには一ぺんに信用を落とすことになってしまうのです。私は、正直に
することが処世の一番安全な道だと思います。
----------------
1月31日
千の悩みも
経営者には、一度にいくつもの問題に直面して、あれこれ思い悩むという場合が少なくありません。しかし私はいままでの
経験で、人間というものはそういくつもの悩みを同時に悩めるものではないということに気づきました。結局、一番大きな
悩みに取り組むことによって、他の悩みは第二、第三のものになってしまうのです。だから、百の悩み、千の悩みがあっても、
結局は一つだけ悩めばよい。一つだけはどうしても払うことができないが、それと取り組んでいくところに、人生の生きがいが
あるのではないか。そう考えて勇気を持って取り組めば、そこに生きる道が洋々と開けてくると思うのです。
----------------
2月1日
天は一物を与える
この世に百パーセントの不幸というものはない。五十パーセントの不幸はあるけれども、半面そこに五十パーセントの幸せが
あるわけだ。人間はそれに気がつかなければいけない。とかく人間の感情というものは、うまくいけば有頂天になるが、
悪くなったら悲観する。これは人間の一つの弱い面だが、それをなるべく少なくして、いつの場合でもたんたんとやる。
信念を持っていつも希望を失わないでやることだ。「天は二物を与えず」と言うが、逆に「なるほど、天は二物を与えないが、
しかし一物は与えてくれる」ということが言えると思う。その与えられた一つのものを、大事にして育て上げることである。
----------------
2月2日
まず好きになる
「好きこそものの上手なれ」という言葉がありますが、これは商売についてもあてはまります。商売を繁栄させたいと思えば、
まず商売にみずから興味を持ち、好きになることです。好きになれば努力することが苦にならない。むしろ楽しくなる。
そしてただお義理や飯のタネにするために事を運ぶというのではなく、誠心誠意それに打ち込む。そこにこそ繁栄への一つの
道があると思います。適材適所ということが言われますが、私は、適材適所とはそうした商売の好きな人が商売に当たる
ということであって、そうなれば千人が千人とも望みを達することも決して難事ではないと思うのです。
----------------
2月7日
平穏無事な日の体験
体験というものは、失敗なり成功なり何か事があったときだけに得られる、というものでしょうか。決してそうではないと
思います。平穏無事の一日が終わったとき、自分がきょう一日やったことは、果たして成功だったか失敗だったかを心して
考えてみると、あれはちょっと失敗だったな、もっといい方法があったのではないか、というようなことが必ずあると思います。
それについて思いをめぐらせば、これはもう立派な体験と言えるのではないでしょうか。形の上での体験だけでなく、日々
お互いがくりかえしている目にみえないささいなことも、みずからの体験として刻々に積み重ねていく姿勢が大切だと
思うのです。
----------------
2月9日
一歩一歩の尊さ
仕事はいくらでもある。あれも作りたい、これもこしらえたい、こんなものがあれば便利だ、あんなものもできるだろう、
と次から次へと考える。そのためには人が欲しい、資金が欲しいと願うことには際限がないが、一歩一歩進むよりほかに
到達する道があろうか。それは絶対にない。やはり、一歩一歩のつながり以外に道はない。坦々たる大道を一歩一歩歩んで
ゆけばそれでよい。策略も政略も何もいらない。一を二とし、二を三として一歩一歩進んでゆけばついには彼岸に到達する
だろう。欲しいと願う人も一人増え、また一人増えてついには万と数えられよう。一歩一歩の尊さをしみじみ味わわねばならぬ。
----------------
2月12日
部下の提案を喜ぶ
従業員の人びとが喜んで仕事をする姿をつくるには、上司なり先輩が、部下なり後輩の提案を喜んで受け入れるということが
大切だと思います。それがいますぐには実際に用いることができないような提案であったとしても、その行為なり熱意なりは
十分に受け入れる。つまり、発案をすればするほど上司が喜ぶという雰囲気が非常に大事だと思うのです。部下の提案に対して
「いや君だめだ」と言う。また来る。「ああ君、これもだめだ」と言うようなことでは、「提案してもムダだ、やめておこう」
ということになり、決まった仕事しかしなくなってしまうでしょう。それでは、進歩も向上も生まれてこないのです。
----------------
2月13日
一人の力が伸びずして……
自分は一年にどれだけ伸びているか、技術の上に、あるいは社会に対する物の考え方の上に、どれだけの成長があったか、
その成長の度合をはかる機械があれば、これは簡単にわかります。しかし、一人ひとりの活動能力というか、知恵才覚というか
そういう総合の力が伸びているかどうかをはかる機械はありません。けれども、私は五%なり十%、あるいは十五%伸びた、
と自分で言えるようでないといけないと思います。やはり一人ひとりが、自分の力でどれだけのことをしているかということを
反省してみることが大切です。一人ひとりの力が伸びずに社会全体の力が伸びるということはないと思うのです。
----------------
2月15日
自己観照
自省の強い人は、自分というものをよく知っている。つまり、自分で自分をよく見つめているのである。私はこれを“自己観照”
と呼んでいるけれども、自分の心を一ペん自分の身体から取り出して、外からもう一度自分というものを見直してみる。
これができる人には、自分というものが素直に私心なく理解できるわけである。こういう人には、あやまちが非常に少ない。
自分にどれほどの力があるか、自分はどれほどのことができるか、自分の適性は何か、自分の欠点はどうしたところにあるのか、
というようなことが、ごく自然に、何ものにもとらわれることなく見出されてくると思うからである。
----------------
2月19日
最善の上にも最善がある
会社としては、常に何事も最善と思ってやっているし、みなさんもそれに基づいて最大の努力を払っていると思います。
しかし、立場をかえて、お客様の側からいうと、まだまだこう考えてほしい、こうあってほしいという希望が出るのも、
また当然だと思います。
そういうことを考えてみると、ものには最善の上にさらに最善がある、限りなく上には上がある。それを一段一段、そういう
訴えを聞くたびに素直にそれを聞いて、検討するということが永遠に必要ではないかと思うのです。そういう意見をよく
汲み上げて、改める点があれば改める、というようにすることが必要だと思います。
----------------
2月21日
人事を尽して天命を待つ
「人事を尽して天命を待つ」ということわざがある。これは全く至言で、私はいまも自分に時どきその言葉を言い聞かせている。
日常いろいろめんどうな問題が起きる。だから迷いも起きるし、悲観もする、仕事にも力が入らないことがある。これは人間で
ある以上避けられない。しかしそのとき私は、自分は是と信じてやっているのだから、あとは天命を待とう、成果は人に決めて
もらおう……こういう考え方でやっている。小さな人間の知恵でいくら考えてみても、どうにもならぬ問題がたくさんあり
すぎる。だから迷うのは当たり前である。そこに私は一つの諦観が必要だと思うのである。
----------------
2月22日
努力を評価しあう
販売に当たる人が、一つの商品について技術、製造の人の開発の苦心を思い、逆に技術、製造にたずさわる人は、販売する人の
努力に感謝し、心をこめて製品をつくりあげる。また経理の人は一円のお金にも、それが利益となって生まれてくるまでの技術、
購買、製造、販売、その他すべての部門の人の汗の結晶というものを考え、それを最大限に生かしてゆく。というように、
お互いの一つ一つの懸命な努力を、いわば目頭を熱くするような思いで理解し、それを生かしあってゆく。そして、そこに
生まれた成果をお互いに喜びあっていく。そういうものがあってはじめて全体の発展も生まれてくるのではないだろうか。
----------------
2月23日
道徳は「水」と同じ
戦後のわが国では「道徳教育」というと何か片寄ったふうに思われることが多いが、私は道徳教育は、いわば「水」と同じ
ではないかと思う。人間は生きるためにどうしても「水」が必要である。ところがこの水に何か不純物が混じっていて、
それを飲んだ人が病気になった。だからといって水を飲むことを一切否定してしまったらどうなるか。大切なことは「水」
そのものの価値、効用を否定してしまうことではない。水の中の不純物を取り除くことである。かつての道徳教育の中に
誤ったところがあったからといって、道徳教育そのものを否定してしまうことは、それこそ真実を知らぬことではないか。
----------------
2月24日
大阪城築造の秘訣-信賞必罰
豊臣秀否は、あの豪壮華麗な大阪城を、わずか一年半で築造したというが、どうしてそんなことができたのか今日なお不思議に
思われる。しかしその大きなな原因の一つは、築造に当たって彼は「功ある者には莫大な恩賞を与えるぞ」と約束した。
そのかわり「過怠ある者は牢に入れるだけでなく、容赦なく首を斬ってしまうぞ」と宣言した。首を斬られてはかなわんから、
みんな必死になって働くが、その上に莫大な恩賞が約束されているから、より一層はげみがつく。そこにあの大阪城築造の
秘訣があったとも言えよう。“信賞必罰”は、昔も今も、人間の存在する限り必要なものであり、永遠の真理を喝破した貴重な
教えではなかろうか。
----------------
2月25日
七十点以上の人間に
完全無欠な人間などあり得ないと思う。だから、お互い人間として、一つのことに成功することもあろうし、ときには
あやまちもあるだろう。それは人間としてやむを得ないというか、いわば当たり前の姿だと思う。しかしあやまちと正しいこと
とを通算して、正しいことのほうが多くなるような働きなり生活を持たなければ、やはり人間として、望ましい姿とは
言えないのではなかろうか。かりに自分を点数で表わすとどうなるだろう。三十点のマイナス面はあるが、少なくとも
プラスの面が七十点ある、というようなところまでには到達するようお互いに努力したいものである。
----------------
2月28日
感謝の心は幸福の安全弁
感謝の念ということは、これは人間にとって非常に大切なものです。見方によれば、すべての人間の幸福なり喜びを生み出す
根源とも言えるのが、感謝の心とも言えるでしょう。したがって、感謝の心のないところからは、決して幸福は生まれてこない
だろうし、結局は、人間、不幸になると思います。感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく。
つまり、幸福の安全弁とも言えるものが感謝の心とも言えるわけです。その安全弁を失ってしまったら、幸福の姿は、
瞬時のうちにこわれ去ってしまうと言ってもいいほど、人間にとって感謝の心は大切なものだと思うのです。
----------------
3月2日
魂のこもった朝礼
朝、仕事をはじめる前に朝礼をする会社や商店が多いようであるが、この朝礼をただ惰性で行なってはいないだろうか。
会社や商店が順調にのび、世間の評判もよくなる。銀行も金を貸してくれるし、事業もたやすくできる。そうなってくると、
最初全員が真剣であった朝礼も何となく気がゆるみ、形だけに終わってしまいがちである。社長も従業員も一番注意せねば
ならないのはこうした時期ではないかと私は思っている。 だから、朝礼をするならば魂のこもった朝礼というものを常に
心がけねばならない。そうでなければ朝礼を行なう価値がない。形だけなら何にもならないと思うのである。
----------------
3月7日
大西郷の遺訓
西郷隆盛が次のような遺訓を残している。
「国に功労がある人には禄を与えよ。功労あるからといって地位を与えてはならない。地位を与えるには、おのずと地位を
与えるにふさわしい見識がなければならない。功労があるからといって、見織のないものに地位を与えるということは国家
崩壊のもととなる」と。これは国のことであるが、事業経営についても同じことが言える。あの人は会社に大きな功労がある、
だから重役にしようとなりがちであるが、この点は充分に注意しなければいけない。あくまでも、功労ある人には賞をもって
報い、その見織ある人に地位を与えることが大事だと思う。
----------------
3月9日
三日の手伝い
「三日の手伝い」という言葉があります。たとえ三日間の手伝い仕事であっても、その仕事に一生の仕事のような心構えで
真剣に立ち向うならば、そこから必ず大きなものを得ることができる、ということです。そうしてこそあらゆる場合に直面
しても動じない精神が身につくということでしょう。そう言うと「本業についたらもちろん一生懸命に努力する」と言う人が
いるかもしれません。しかし、私のこれまでの体験から言うと、現在与えられた、いまの仕事に打ち込めないような心構えでは
どこの職場に変わっても、決していい仕事はできない。これははっきり申しあげることができると思うのです。
----------------
3月20日
まず自分から
反省を求める者には反省を求める、また自分たちにおいて反省すべき点があれば、大いに反省して協力体制をとってゆく。
そういうことを誰かが言い出し、誰かがやらねばならないのに、誰もが非常な安易感に浸ってしまって、成りゆきまかせ、
他人まかせになってしまっている。それが日本の現状でしょう。これでは物事は好転していきません。きょう一日が過ぎれば、
あすはあすの風が吹くだろうというような、事なかれ主義はいつか行き詰まります。お互いに全体として考え直そうという
行き方を“誰か”ではなく、まず自分が生み出さなくてはならないことを深く自覚すべきだと思うのです。
----------------
3月23日
即断即行
昔から「兵は神速を貴ぶ」という言葉がある。一瞬の勝機を的確につかむかどうかに勝敗の帰趨がかかっている場合がある。
そういうときにいたずらに躊躇逡巡していたのでは機会は永遠に去ってしまう。だから大将たる者は、即断、即行ということが
きわめて大事である。これは何も戦にかぎらず、一国の運営、会社でも同じである。情勢は刻々にうつり変わっていく。
だから一日の遅れが一年の遅れを生むというような場合も少なくない。もちろんきわめて慎重に時間をかけて事を運ぶことが
必要な場合もある。しかし大事にあたって即断、即行できる見識と機敏な実行力は指導者に不可欠の要件だと言えよう。
----------------
3月25日
権限の委譲
一人の人間の力というものはどうしても限りがある。その限りある力以上のことをしたり、させたりすれば往々にして失敗する。
力にあった適正な範囲で事を行なうのが一番よいのであって、その事が力に余るようであれば、それを分割して何人かの力に
よって行なわせることが望ましい。 指導者としては、仕事を適切な大きさに分け、その分野については責任と権限を委譲して、
各人の力に応じた仕事を徹底してしてもらうことを考えなくてはならないと思う。それぞれの責任範囲をはっきりさせることに
よって、仕事にムダがなくなり、能率もあがるようになるのである。
----------------
3月28日
身を捨てる度胸
人生というものには、いろいろな問題があります。しかし、それらのことも過ぎ去ってみると、あのときに迷わないでやってほんとうによかったな、と
いうような場合が多いのです。そこが大事なところだと思います。ある場合には迷うこともあるでしょう。しかし、しょせん迷ってもお互い自分の知恵裁量と
いうものは、ほんとうは小さいものです。だから、「これはもう仕方がない。ここまできたのだからこれ以上進んで結果がうまくいかなくても、それは運命だ」と
度胸を決めてしまう。そうした場合には、案外、困難だと思っていたことがスムーズにいって、むしろ非常によい結果を生む、ということにもなるのではないかと
思うのです。
----------------
4月2日
人間はダイヤモンドの原石
私は、お互い人間はダイヤモンドの原石のごときものだと考えている。ダイヤモンドの原石は磨くことによって光を放つ。しかもそれは、磨き方いかん、
カットの仕方いかんで、さまざまに異なる、さん然とした輝きを放つのである。同様に人間は誰もが、磨けばそれぞれに光る、さまざまなすばらしい素質を
持っている。だから、人を育て、活かすにあたっても、まずそういう人間の本質というものをよく認識し、それぞれの人が持っているすぐれた素質が活きるような
配慮をしていく、それがやはり基本ではないか。もしそういう認識がなければ、いくらよき人材があっても、その人を活かすことはむずかしいと思う。
----------------
----------------
----------------
----------------
----------------
----------------
----------------
----------------
----------------
----------------
12月1日
自分の最善を尽す
太閤秀吉という人は、ぞうり取りになれば日本一のぞうり取りになったし、炭番になれば最高の能率を上げる炭番になった。そして馬回り役になったら、
自分の月給をさいてニンジンを買い、馬にやったという。このため嫁さんが逃げてしまったということだが、そこに秀吉の偉大さがある。馬番になったが
「オレはこんな仕事はいやだ」などと言わずに、日本一の馬番になろうと努力した。
つまり、いかなる環境にあっても、自分の最善を尽し、一日一日を充実させ、それを積み重ねていく。それが役に立つ人間であり、そのようなことが
人を成功に導いていく道だと思ったのである。
----------------
12月8日
上位者に訴える
自分が最善を尽してもなお、これがいい方策だという確信が生まれない場合は、ただちに上位者に訴える必要があります。
もちろん、それぞれの人が会社の基本方針にのっとりつつ、責任をもって自主的に仕事を進めていくという姿はきわめて好ましいと思います。けれども
うまくいかない非常に困難な場合、自分だけで悩み、上位者に訴えない。上位者はうまくいっていると思って安心している。どうしてもいけなくなって、
訴えたときにはすでに手遅れだということが往々にしてあります。
具合の悪いときは瞬時も早く上位者に報告して指示を仰ぐ、それがほんとうの責任経営だと思うのです。
----------------
12月16日
大義名分
古来名将と言われるような人は、合戦に当たっては必ず「この戦いは決して私的な意欲のためにやるのではない。世のため人のため、こういう大きな
目的でやるのだ」というような大義名分を明らかにしたと言われる。いかに大軍を擁しても、正義なき戦いは人びとの支持を得られず、長きにわたる
成果は得られないからであろう。これは決して戦の場合だけでない。事業の経営にしても、政治におけるもろもろの施策にしても、何をめざし、何の
ためにやるのかということをみずからはっきり持って、それを人びとに明らかにしていかなくてはならない。それが指導者としての大切な勤めだと思う。
----------------
12月18日
利害を一にしよう
おとなと青年、あるいは子供との間に断絶があるとすれば、それはわれわれの言う商売的な利害を共にしていない、さらにもっと高い意味の利害を
一にしていないからだと思います。
親は子のために、子は親のために、ほんとうに何を考え、何をなすべきかということに徹しているかどうか、また先生は生徒のためをほんとうに
考えているかどうか、生徒は先生に対してどういう考え方を持っているのか。そういう意識がきわめて薄いために、そこに溝ができ、それが断絶となり、
大いなる紛争になってくるのではないでしようか。時代が時代だから断絶があるのが当然だと考えるところに根本の錯覚、過ちがあると思うのです。
----------------
12月22日
小事を大切に
ふつう大きな失敗は厳しく叱り、小さな失敗は軽く注意する。しかし、考えてみると、大きな失敗というものはたいがい本人も十分に考え、
一生懸命やった上でするものである。だからそういう場合には、むしろ「君、そんなことで心配したらあかん」と、一面励ましつつ、失敗の
原因をともども研究し、今後に生かしていくことが大事ではないかと思う。一方、小さな失敗や過ちは、おおむね本人の不注意や気のゆるみから
起こり、本人もそれに気がつかない場合が多い。小事にとらわれるあまり大事を忘れてはならないが、小事を大切にし、小さな失敗に対して
厳しく叱るということも一面必要ではないか。
----------------
12月25日
<経営者次第>
昔の日本の言葉に「頭がまわらなければ尾もまわらない」というのがあるが、私は、経営者が百人なら百人の人を緊張させて、
大いに成果を上げようと思えば、その人の活動が、端の人がみて「気の毒な」と思うくらいにならないといけないと思う。
「うちのおやじ、もう一生懸命にやっとる。気の毒や」という感じが起これば、全部が一致団結して働くだろう。けれども
そうでない限りは、経営者の活動の程度に応じてみな働くだろうと思う。人間というのはそんなものである。決してぼろい
ことはない。自分はタバコをくわえて遊んでいながら「働け」と言っても、それは働かない。私はそういうふうに考えて
やってきた。
----------------
#endregion 2009-01-14T08:05:06+09:001231887906P2
https://w.atwiki.jp/samotorake/pages/13.html
**Steve Jobs
#region
Stanford Report, June 14, 2005
'You've got to find what you love,' Jobs says
I am honored to be with you today at your commencement from one of the finest universities in the world. Truth be told, I never graduated from college. And this is the closest I've ever gotten to a college graduation. Today I want to tell you three stories from my life. That's it. No big deal. Just three stories.
本日は、世界有数の大学の1つを卒業される皆さんとここに同席することができ、たいへん光栄に思います。実のところ、私は大学を出ていません。ですから私にとって、これが今までで大学卒業に最も近い経験になります(笑)。今日私がお話したいのは、私が自分の人生から学んだ3つの話です。それだけです。たいしたものではありません。たった3つです。
The first story is about connecting the dots.
最初は、「点と点をつなぐ」という話です。
I dropped out of Reed College after the first 6 months, but then stayed around as a drop-in for another 18 months or so before I really quit. So why did I drop out?
私はリード大学を半年でドロップアウトしましたが、実際に退学するまでの間18ヶ月間ほどは大学に居残っていました。なぜドロップアウトしてしまったのでしょうか?
It started before I was born. My biological mother was a young, unwed college graduate student, and she decided to put me up for adoption. She felt very strongly that I should be adopted by college graduates, so everything was all set for me to be adopted at birth by a lawyer and his wife. Except that when I popped out they decided at the last minute that they really wanted a girl. So my parents, who were on a waiting list, got a call in the middle of the night asking: "We’ve got an unexpected baby boy; do you want him?" They said: "Of course." My biological mother found out later that my mother had never graduated from college and that my father had never graduated from high school. She refused to sign the final adoption papers. She only relented a few months later when my parents promised that I would go to college. This was the start of my life.
話は私が生まれる前に遡ります。私の生みの母親は若い未婚の大学院生だったため、私を養子に出すことにしました。彼女は、私が大卒者の家庭で育てられるべきだと強く考え、弁護士の夫婦と養子縁組の手配を整えていました。しかし実際に私が生まれた最後の土壇場で、彼らは女の子が欲しいということになってしまったのです。そこで夜遅くに、養子縁組待ちのリストにあった両親のところに電話が行きました。「予定外の男の赤ちゃんが生まれました。養子縁組を希望しますか?」両親は答えました。「もちろん」と。その後、母が大卒ではなく、父は高卒ですらないということを知って、生みの母親は養子縁組の最終書類への署名を拒否しました。彼女が折れたのは数ヶ月後です。両親が、私を大学に行かせると約束したからでした。これが、私の人生の始まりです。
And 17 years later I did go to college. But I naively chose a college that was almost as expensive as Stanford, and all of my working-class parents' savings were being spent on my college tuition. After six months, I couldn't see the value in it. I had no idea what I wanted to do with my life and no idea how college was going to help me figure it out. And here I was spending all of the money my parents had saved their entire life. So I decided to drop out and trust that it would all work out OK. It was pretty scary at the time, but looking back it was one of the best decisions I ever made. The minute I dropped out I could stop taking the required classes that didn't interest me, and begin dropping in on the ones that looked far more interesting.
17年後、私は確かに大学に入学しました。しかし私は、さしたる考えもなしに、スタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまいました。労働者階級だった両親の貯蓄はすべて大学の学費に消えていってしまいます。6ヶ月後、私はそこに価値を見出せなくなっていました。私は、自分が人生において何をしたいのか、それを見つけるために大学が何の役に立つのか、まったく分かりませんでした。にもかかわらず自分がここにいることで、両親は生涯かけて貯めた金を残らず使い果たそうとしています。だから私は退学すると決めました。これですべてうまくいくと信じていました。もちろん、そのときはたいへん恐ろしい思いをしました。しかしふり返ってみると、あれは私の人生で最良の決断の1つだったといえます(笑)。ドロップアウトしたそのときから、私は興味を持てない必修科目はやめて、それよりはるかに面白そうな科目に出ることができたからです。
It wasn't all romantic. I didn't have a dorm room, so I slept on the floor in friends' rooms, I returned coke bottles for the 5¢ deposits to buy food with, and I would walk the 7 miles across town every Sunday night to get one good meal a week at the Hare Krishna temple. I loved it. And much of what I stumbled into by following my curiosity and intuition turned out to be priceless later on. Let me give you one example:
もちろん、すべてがいい話というわけではありません。寮の部屋もありませんでしたから、夜は友人の部屋の床で寝て、コークの瓶を店に返すともらえる5セントを集めて食べ物を買ったりしました。毎週日曜の夜は、7マイル歩いて街を抜け、ハーレ・クリシュナ寺院に行っておいしいご飯にありつきました。あれは大好きでしたね。そんなふうに、自分の興味と直感に従って動き回っているうちに出会ったものの多くが、後からみればこの上なく価値のあるものだったのです。例をひとつ挙げてみましょう。
Reed College at that time offered perhaps the best calligraphy instruction in the country. Throughout the campus every poster, every label on every drawer, was beautifully hand calligraphed. Because I had dropped out and didn't have to take the normal classes, I decided to take a calligraphy class to learn how to do this. I learned about serif and san serif typefaces, about varying the amount of space between different letter combinations, about what makes great typography great. It was beautiful, historical, artistically subtle in a way that science can't capture, and I found it fascinating.
リード大学は、カリグラフィ教育において、おそらく当時国内最高水準でした。キャンパス中どこでも、ポスターやら戸棚のひとつひとつに貼るラベルなど、すべてが美しい手書きのカリグラフィで飾られていました。私はもうドロップアウトしていて普通の授業には出なくていいわけですから、カリグラフィのクラスに出て、そのやり方を学んでみようと思ったのです。セリフとサンセリフの書体、さまざまな字の組み合わせに応じて文字間隔を調整する手法や、美しい字体は何が美しいのかなどを学びました。それは美しく、歴史があり、科学ではとらえられない繊細な芸術性をもった世界です。私は夢中になりました。
None of this had even a hope of any practical application in my life. But ten years later, when we were designing the first Macintosh computer, it all came back to me. And we designed it all into the Mac. It was the first computer with beautiful typography. If I had never dropped in on that single course in college, the Mac would have never had multiple typefaces or proportionally spaced fonts. And since Windows just copied the Mac, it’s likely that no personal computer would have them. If I had never dropped out, I would have never dropped in on this calligraphy class, and personal computers might not have the wonderful typography that they do. Of course it was impossible to connect the dots looking forward when I was in college. But it was very, very clear looking backwards ten years later.
もちろんそのとき、これらが人生の上で実際に役に立つ可能性があるなどとは思ってもみませんでした。しかし10年後、最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計していたとき、その時のことがよみがえってきたのです。そこで私たちは、それらをすべてマックに組み込みました。美しいフォントを持った初めてのコンピュータです。もし私が、大学であの授業にもぐりこんでいなかったとしたら、マックには複数フォントも字間調整フォントも入っていなかったでしょう。ウィンドウズは単にマックをコピーしたものなので(笑)、パソコンがそれらを持つことはなかっただろうと思います(拍手)。もし私がドロップアウトしていなかったら、あのカリグラフィのクラスにもぐりこむこともなく、パソコンが現在のようなすばらしいフォントを備えることもなかったでしょう。もちろん、大学にいた当時、そんな先々のことまで考えて点と点をつなげてみるようなことはできませんでした。しかし10年後からふり返ってみると、非常にはっきりと見えるわけです。
Again, you can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. Because believing the dots will connect down the road, it gives you confidence to follow your heart; even it leads you off the well-worn path. And that will make all the difference.
繰り返しますが、先を読んで点と点をつなぐことはできません。後からふり返って初めてできるわけです。したがってあなた方は、点と点が将来どこかでつながると信じなければなりません。自分の勇気、運命、人生、カルマ、何でもいいから、信じなくてはなりません。点がやがてつながると信じることで、たとえそれが皆の通る道からはずれても、自分の心に従う自信が生まれます。これが大きなちがいをもたらしてくれるのです。
My second story is about love and loss.
2つめは、「愛」と「敗北」についての話です。
I was lucky — I found what I loved to do early in life. Woz and I started Apple in my parents’ garage when I was 20. We worked hard, and in 10 years Apple had grown from just the two of us in a garage into a $2 billion company with over 4000 employees. We had just released our finest creation — the Macintosh — a year earlier, and I had just turned 30. And then I got fired. How can you get fired from a company you started? Well, as Apple grew we hired someone who I thought was very talented to run the company with me, and for the first year or so things went well. But then our visions of the future began to diverge and eventually we had a falling out. When we did, our Board of Directors sided with him. So at 30 I was out. And very publicly out. What had been the focus of my entire adult life was gone, and it was devastating.
私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができたからです。実家のガレージでウォズとアップル社を始めたのは、私が20歳の時でした。私たちは一生懸命働きました。そして10年後、アップル社は、たった2人のガレージ企業からスタートして、従業員4千人以上を抱える20億ドル企業になっていました。しかし、私たちの最高の作品、マッキントッシュを発表して1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に、私は会社をクビになってしまいました。なぜ自分が始めた会社をクビになるのでしょうか?(笑)アップルが大きくなっていったため、私たちは、非常に有能と考えた人物を、私の右腕として会社を経営してもらうために雇いました。最初の1年前後はうまく行きました。しかしやがて、互いの将来ビジョンは離れていき、最後は決定的な亀裂を生じてしまいました。そのとき取締役会が支持したのは彼のほうだったのです。こうして私は、30歳にして会社を追い出されました。それはもう公然と追い出されたわけです。自分が大人になって以来全てをかけて打ち込んできたものが消えたのですから、私はもうぼろぼろでした。
I really didn't know what to do for a few months. I felt that I had let the previous generation of entrepreneurs down - that I had dropped the baton as it was being passed to me. I met with David Packard and Bob Noyce and tried to apologize for screwing up so badly. I was a very public failure, and I even thought about running away from the valley. But something slowly began to dawn on me — I still loved what I did. The turn of events at Apple had not changed that one bit. I had been rejected, but I was still in love. And so I decided to start over.
数ヶ月の間、私はどうしたらいいのか本当に分かりませんでした。自分は前の世代の起業家たちの名誉を汚してしまった、渡されたバトンを落としてしまったのだ、と感じました。デビッド・パッカードとボブ・ノイスに会って、全てを台無しにしてしまったことを詫びたりもしました。知らぬ者のない失敗者です。シリコンバレーから逃げ出すことすら考えました。 しかし、やがて私の中で何かが見え始めました。私はまだ自分の仕事を愛していました。アップルでのできごとがあっても、その気持ちはいささかも変わらなかったのです。私はふられてしまったわけですが、まだ好きでした。だからもう一度やり直してみようと決めました。
I didn't see it then, but it turned out that getting fired from Apple was the best thing that could have ever happened to me. The heaviness of being successful was replaced by the lightness of being a beginner again, less sure about everything. It freed me to enter one of the most creative periods of my life.
その時は分かりませんでしたが、後からみると、アップルを追い出されたことは、人生で最良のできごとでした。成功者であることの重みが、もう一度初心者であることの身軽さに代わったのです。ものごとに対して前ほど自信も持てなくなりましたが、同時に私は自由の身となり、人生で最もクリエイティブな時期にもう一度入ることができました。
During the next five years, I started a company named NeXT, another company named Pixar, and fell in love with an amazing woman who would become my wife. Pixar went on to create the world's first computer animated feature film, Toy Story, and is now the most successful animation studio in the world. In a remarkable turn of events, Apple bought NeXT, I returned to Apple, and the technology we developed at NeXT is at the heart of Apple's current renaissance. And Laurene and I have a wonderful family together.
その後5年の間に、私はNeXTという会社を立ち上げ、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、その女性と結婚しました。ピクサーはやがて世界初のコンピュータ・アニメーション映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオとなりました。思いがけないことからアップルがNeXTを買収し、私はアップルに復帰しました。NeXTが開発した技術は、最近のアップルの復活において中核的役割を果たしています。ローレンと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。
I'm pretty sure none of this would have happened if I hadn't been fired from Apple. It was awful-tasting medicine, but I guess the patient needed it. Sometimes life hits you in the head with a brick. Don't lose faith. I'm convinced that the only thing that kept me going was that I loved what I did. You've got to find what you love. And that is as true for your work as it is for your lovers. Your work is going to fill a large part of your life, and the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work. And the only way to do great work is to love what you do. If you haven't found it yet, keep looking, and don't settle. As with all matters of the heart, you'll know when you find it. And, like any great relationship, it just gets better and better as the years roll on. So keep looking. Don't settle.
私は断言できます。もし私がアップルを追い出されていなかったら、これらのことはひとつとして起こらなかっただろうと。もちろんそれは苦い薬でした。しかし患者には、それが必要だったのでしょう。時として人生には、レンガで頭を殴られるようなひどいことも起きます。しかし信念を投げ出してはいけません。私が続けられた理由はただ1つ、自分のやっている仕事が好きだったということです。そしてこれは皆さんの仕事や恋愛においても同じです。皆さんも、仕事が人生の大きな部分を占めていくでしょうが、真に満足するために必要なのはただ1つ、皆さんが素晴しいと信じる仕事に取り組むことです。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら、皆さんがやっている仕事を愛さなければなりません。もしまだそれを見つけていないのであれば、探し続けてください。ひとつの場所に固まっていてはいけません。心というのはよくしたもので、見つければそれとわかるものです。そして素晴らしい恋愛と同様に、年を重ねるごとによくなっていきます。ですから、探し続けてください。ひとつの場所に固まっていてはいけません(拍手)。
My third story is about death.
3つめは、死に関するお話です。
When I was 17, I read a quote that went something like: "If you live each day as if it was your last, someday you'll most certainly be right." It made an impression on me, and since then, for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: "If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?" And whenever the answer has been "No" for too many days in a row, I know I need to change something.
私は17の時、こんな言葉をどこかで読みました。「毎日、これが人生最後の日と思って生きなさい。やがて必ず、その通りになる日がくるから」(笑)。それは私にとって印象的でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分に問い掛けてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを私は本当にやりたいだろうか?」と。その答えが「ノー」である日が続くと、そろそろ何かを変える必要があるとわかります。
Remembering that all will be dead soon is the most important tool I've ever encountered to help me make the big choices in life. Because almost everything — all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure - these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important. Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart.
自分がそう遠くないうちに死ぬと意識しておくことは、私がこれまで重大な選択をする際の最も重要なツールでした。ほとんどのものごと、外部からの期待、自分のプライド、屈辱や挫折に対する恐怖、こういったもののすべては死に臨んでは消えてなくなり、真に重要なことだけが残るからです。自分も死に向かっているという自覚は、私の知る限り、何かを失ってしまうかもしれないという思考の落とし穴を避けるための最善の策です。あなた方はすでに丸裸です。自分の心に従わない理由はありません。
About a year ago I was diagnosed with cancer. I had a scan at 7:30 in the morning, and it clearly showed a tumor on my pancreas. I didn't even know what a pancreas was. The doctors told me this was almost certainly a type of cancer that is incurable, and that I should expect to live no longer than three to six months. My doctor advised me to go home and get my affairs in order, which is doctor's code for prepare to die. It means to try and tell your kids everything you thought you'd have the next 10 years to tell them in just a few months. It means to make sure everything is buttoned up so that it will be as easy as possible for your family. It means to say your goodbyes.
今から1年ほど前、私はガンと診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にはっきりと腫瘍が映っていました。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかったのですが。医師たちは、これはまずまちがいなく治療不能なタイプのガンだと言いました。長くても3ヶ月から6ヶ月の命だろう、と。主治医は私に、家に帰って身辺を整理しなさい、とアドバイスしました。「死の準備をせよ」という場合の医師の言い方です。要するに、今後10年かけて子どもたちに伝えたいことがあるなら、この数ヶ月のうちに言っておきなさい、ということです。それはまた、家族が対処しやすいよう、何もかも準備しておけ、ということです。別れを告げろ、ということですね。
I lived with that diagnosis all day. Later that evening I had a biopsy, where they stuck an endoscope down my throat, through my stomach and into my intestines, put a needle into my pancreas and got a few cells from the tumor. I was sedated, but my wife, who was there, told me that when they viewed the cells under a microscope the doctors started crying because it turned out to be a very rare form of pancreatic cancer that is curable with surgery. I had the surgery and thankfully, I'm fine now.
私はその診断結果を抱えて丸1日過ごしました。そしてその日の夕方遅く生検を受けました。内視鏡を喉から入れ、それが胃を通って腸に達します。そこからすい臓に針を刺して腫瘍の細胞が幾つか採取されました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったのですが、立ち会った妻に後で聞いたら、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見たとき、叫び出したのだそうです。それはきわめて珍しいタイプのすい臓ガンで、手術で直せるものでした。私は手術を受け、そして今は、ありがたいことに元気です(拍手)。
This was the closest I've been to facing death, and I hope it’s the closest I get for a few more decades. Having lived through it, I can now say this to you with a bit more certainty than when death was a useful but purely intellectual concept:
これが私の人生の中で最も死に近づいた経験です。この先何十年かはこれ以上近くならないよう願いたいですが。この経験を経た今、私はあなた方に、死というものが有益ではあるが純粋に頭の中の概念でしかなかった以前と比べて、少しだけ確信をもっていうことができます。
No one wants to die. Even people who want to go to heaven don't want to die to get there. And yet death is the destination we all share. No one has ever escaped it. And that is as it should be, because death is very likely the single best invention of Life. It is Life's change agent. It clears out the old to make way for the new. Right now the new is you, but someday not too long from now, you will gradually become the old and be cleared away. Sorry to be so dramatic, but it is quite true.
誰でも死にたくありません。たとえ天国に行きたいと願う人でも、そこに行くために死にたいとは思いません(笑)。しかし死は、私たちすべてが共有する行き先です。かつてそこから逃れた者は1人としていません。そしてそれは、そうあるべきことなのです。死はおそらく、生物にとって最高の発明です。それは生命にとって、古いものを取り除き、新しいもののための道を開いてくれる変革の担い手です。今、「新しいもの」とはあなた方です。しかしそれほど遠からぬうちに、あなた方もしだいに「古いもの」となり、取り除かれる日が来ます。ドラマチックな表現で申し訳ありませんが、これが真実です。
Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma — which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.
あなた方の時間は限られています。他の誰かの人生を生きて無駄にしてはいけません。ドグマにとらわれてはいけません。それは他の人たちの思考の結果とともに生きることだからです。他人の意見の雑音によって自分の内なる声が掻き消されてしまわないようにしてください。そして最も重要なことですが、あなたの心や直感に従う勇気をもってください。心や直感は、あなたが本当は何になりたいのかすでに知っています。他のことは全て二の次です(拍手)。
When I was young, there was an amazing publication called The Whole Earth Catalog, which was one of the bibles of my generation. It was created by a fellow named Stewart Brand not far from here in Menlo Park, and he brought it to life with his poetic touch. This was in the late 1960's, before personal computers and desktop publishing, so it was all made with typewriters, scissors, and polaroid cameras. It was sort of like Google in paperback form, 35 years before Google came along: it was idealistic, and overflowing with neat tools and great notions.
私が若い頃、「ホール・アース・カタログ」という驚くべき本がありました。私の世代にとってはバイブルの1つです。それはここからそう遠くないメンローパークに住むスチュアート・ブランドという人物が作り出したものです。彼の詩的なタッチは、誌面に命を吹き込んでいました。1960年代終わりごろですから、パソコンやデスクトップ印刷はまだありません。全てはタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作られました。グーグルが生まれる35年も前の、ペーパーバック版グーグルとでも呼ぶべきものです。理想主義的で、いかしたツールやすばらしい考えに満ちあふれていました。
Stewart and his team put out several issues of The Whole Earth Catalog, and then when it had run its course, they put out a final issue. It was the mid-1970s, and I was your age. On the back cover of their final issue was a photograph of an early morning country road, the kind you might find yourself hitchhiking on if you were so adventurous. Beneath it were the words: "Stay Hungry. Stay Foolish." It was their farewell message as they signed off. Stay Hungry. Stay Foolish. And I have always wished that for myself. And now, as you graduate to begin anew, I wish that for you.
スチュアートと彼のチームは、この「ホール・アース・カタログ」の発行を何度か重ね、一通りのことをやり尽くしたところで最終号を出しました。1970年代半ばのことです。私はちょうど今のあなた方と同じ年頃でした。最終号の背表紙には、早朝の田舎道の写真がありました。あなたが冒険好きならヒッチハイクの途上で一度は出会いそうな光景です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「ハングリーであれ。愚か者であれ」。それが彼らからのお別れのメッセージでした。ハングリーであれ。愚か者であれ。私は常に、自分自身そうありたいと願い続けてきました。そして今、卒業して新たな人生に踏み出すあなた方に対しても、同じことを願っています。
Stay Hungry. Stay Foolish.
ハングリーであれ。愚か者であれ。
Thank you all very much.
ありがとうございました。
#endregion
**2009年年間予定
#region
1月
1月1日 - EU議長国がチェコに交代
スロバキアでユーロ導入。
ノルウェーで、同性結婚を合法とする法律が施行される。
1月2日 - 宏おじ命日
1月5日 - 通常国会召集
ゆうちょ銀行と全国の銀行間で相互振込みが可能に
上場企業の株券電子化実施
1月8日 - &color(blue){世界最大の家電見本市CESショー(ラスベガス~11日まで)}
1月11日 - &color(blue){北米国際自動車ショー(デトロイト~25日まで)}
1月13日 - アメリカ合衆国への入国手続きに電子渡航認証システム(ESTA)が必須となる。
1月15日 - 第140回芥川賞・直木賞発表
1月20日 - &color(blue){バラク・オバマが第44代アメリカ合衆国大統領に就任。 }
1月25日 - 手岡・早人b
1月26日 - インドネシアで金環食。その他東南アジア、インドでも日食観測。
1月28日 - 世界経済フォーラム年次総会(スイス・ダボス)
1月31日 - Microsoft Windows XP 販売終了。
2月
日付未定 - G7財務相・中央銀行総裁会議(イタリア)
08年10月-12月期GDP速報値(内閣府)
アメリカ大統領が予算案提出
(イ)欧州出張
猪狩さん父命日
2月1日 - スーパーボウル(フロリダ州)
2月3日 - 節分
2月5日 - 札幌雪祭り
兄b
2月10日 - イスラエル総選挙
2月12日 - ディスカバリー打ち上げ(若田宇宙飛行士、宇宙ステーションに3ヶ月滞在)
2月13日 - &color(blue){シカゴ・オートショー (22日まで)}
2月17日 &color(blue){-GM、クライスラーの再建計画提出期限 }
アメリカ合衆国でアナログテレビ放送が停波。デジタルテレビ放送へ移行。
2月18日-28日 - 冬季ユニバーシアードハルビン大会開催。
3月
日付未定 - 定額給付金支給目指す
&color(blue){パナソニックが三洋電機を子会社化}
中国の全国人民代表会議(国会)
現責会議
3月1日 - 虎太郎b
3月5日-3月23日 - 2009 ワールド・ベースボール・クラシック開催予定。
3月7日 - Jリーグ開幕
小集団活動本大会
3月9日 - バービー人形発売50周年。
3月12日 - 08年10月-12月期GDP改定値(内閣府)
3月17日 - 全社中計審議会
3月19日 - EU首脳会議(20日まで)
3月20日 - 春分の日(前後3日お彼岸)
4月
日付未定 - G7財務相・中央銀行総裁会議(ワシントン)
APN運動会(4/E)
4月1日 - 3月の日銀短観
4月2日 - G20首脳会議(第2回金融サミット ロンドン)
ソールモーターショー(12日まで)
4月3日 - NATO首脳会議(4日まで)
プロ野球開幕
4月5日 - アメリカ大リーグ開幕
4月11日 - 晴菜誕生日
4月22日 - &color(blue){上海国際自動車ショー(28日まで)}
4月30日 - FY08決算発表
5月
5月2日 - インドネシア大統領選挙。
5月3日 - 競馬天皇賞・春(京都競馬場)
5月21日 &color(blue){- 裁判員制度開始}
5月22日 - 第5回太平洋・島サミット(北海道占冠村、23日まで)
5月23日 - ドイツ大統領選
5月25日 - 父命日
5月31日 - 競馬ダービー(東京競馬場)
6月
日付未定 - G8サミット財務省会合(イタリア)
BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)首脳会議(ロシア)
欧州連合加盟各国において、発効していればリスボン条約の下で初となる欧州議会選挙が行われる。
6月3日 - マイクロソフト、Windows 7を発表。
6月4日 - 天安門事件から20年。
6月12日 - イラン大統領選挙。
6月14日 - サッカー・コンフェデレーションズカップ(南アフリカ)
6月15日 - パリ航空ショー(21日まで)
6月18日 - EU首脳会議(19日まで)
6月21日 - 夏至
6月25日 - APN株主総会
6月30日 - 義母命日
7月
日付未定 - ボーイング社の最新鋭機、B787型機が全日空に初納入予定。
JQA監査(7/M)
7月1日 - EU議長国がスウェーデンに交代
7月8日 - 主要国首脳会議(サミット イタリア 10日まで)
7月15日 - 第141回芥川賞・直木賞発表
7月16日 - 東京おもちゃショー2009(東京ビッグサイト 19日まで)
7月22日 中国や日本の種子島などで皆既日食
東京都議会議員の任期満了
7月22日 - 日本のトカラ列島、中国、インド、太平洋の島で皆既日食を観測。21世紀で最も継続時間の長い日食となる見込み。
7月31日 - APN夏祭り
8月
日付未定 - &color(blue){日産自動車本社移転(東京銀座→横浜みなとみらい)}
8月16日 - 黒澤一記b
8月17日 - トルコ大地震から10年。
8月18日 - 母誕生日
8月21日 - ハワイ州州制50周年。
9月
日付未定 - 高さ800m・162階建ての超高層ビル「ブルジュ・ドバイ」がアラブ首長国連邦に竣工。
JQA監査(9/M)
現責会議(9/M)
9月1日 - ドイツ軍のポーランド侵攻による第二次世界大戦開始から70年
9月10日 衆議院議員の任期満了
9月11日 - アメリカ同時多発テロから8年
9月15日 - フランクフルトモーターショー(27日まで)
9月21日 - 台湾大地震から10年。
9月23日 - 秋分の日(前後3日お彼岸)
9月24日 - 桃子b、典子さんb
10月
日付未定 - G7財務相・中央銀行総裁会議(ワシントン)
創立記念式典 42周年(10/E)
10月1日 2010年春卒業予定者採用内定解禁
10月1日 - 中華人民共和国建国60周年。
10月2日 - 国際オリンピック委員会総会で、2016年夏季オリンピック開催都市決定。 (東京、シカゴ、マドリード、リオデジャネイロ)
10月2日 - F1日本グランプリ(鈴鹿サーキット 4日まで)
10月3日 - ALPS WORLD
10月5日 - 由里子誕生日
10月23日 - 東京モーターショー(11月8日まで)
10月26日 - 安重根による伊藤博文暗殺から100年。
10月29日 - シンガポールで、APEC開催。
11月
11月1日 - 結婚記念日
競馬天皇賞・秋(東京競馬場)
バローゾ委員会の任期満了に伴い、発効していればリスボン条約の下で初となる新たな欧州委員会が発足。
11月9日 - ベルリンの壁崩壊から20年
11月15日 - 七五三
11月29日 - 競馬ジャパンカップ(東京競馬場)
12月
日付未定 - ロシア ソユーズ打ち上げ(野口宇宙飛行士、宇宙ステーションに半年滞在)
12月3日 - 修おじ命日
12月7日 - 義祖母命日
12月16日 - テリーb
12月18日 - 義父b
12月22日 - 冬至
12月27日 - 競馬有馬記念(中山競馬場)
12月31日 - ニューヨークのマンハッタン橋開通100周年。
#endregion
**2008年重大ニュース
#region
国内
・ノーベル賞日本人4人受賞(物理、化学)
・福田首相政権投げ出し
・景気後退入り
・秋葉原理由なき殺人
・中国冷凍餃子
・後期高齢者医療制度スタート
・ガソリン暫定税率で国会もめる
・非正規雇用が過去最高(非正規社員が1/3を占める)。派遣法による4万人の首切り(12/24現在)。
国際
・アメリカ発の金融危機で世界恐慌到来(100年に一度、強欲主義、バブル)
→2009年はもっと酷くなる。
・北京オリンピック
・黒人初のオバマ政権誕生
・原油、食料価格高騰
・四川の大地震
・サイクロン発生
・ロシアとグルジアの衝突
#endregion 2009-01-14T08:04:22+09:001231887862P1
https://w.atwiki.jp/samotorake/pages/12.html
**Daily check
-[[ヤフーニュース >http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/]]-[[ホットメール >http://login.live.com/login.srf?wa=wsignin1.0&rpsnv=10&ct=1226470555&rver=5.5.4177.0&wp=MBI&wreply=http:%2F%2Fmail.live.com%2Fdefault.aspx%3Fn%3D1172818385&id=64855]]-[[日経クルマニュース >http://car.nikkei.co.jp/news/business/]]-[[週間ST >http://www.japantimes.co.jp/shukan-st/]]-[[日経英語ニュース >http://www.nni.nikkei.co.jp/]]-[[ニュースゼロ村尾コラム >http://www1.ntv.co.jp/zero/caster-blog/cat18/]]-[[ニューヨークタイムズ >http://www.nytimes.com/]]-[[今日の動向 >http://www.yakudarts.com/]]-[[日テレ報道部 >http://www.dai2ntv.jp/news/]]-[[外国為替 >http://quote.yahoo.co.jp/m3?u]]-[[伊藤洋一 >http://arfaetha.jp/ycaster/diary/index.html]]-[[タイプ練習 >http://homepage3.nifty.com/asdf/menu.htm]]-[[Google >http://www.google.com/intl/ja/]]-[[Wikipediaメインページ >http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8]]-[[子供ニュース検索 >http://www.nhk.or.jp/kdns/arc.html]]-[[アルク >http://www.alc.co.jp/]]-[[数独 >http://www.sudoku.name/index-jp.php]]
**新聞
-[[北海道新聞 >http://www.hokkaido-np.co.jp/]]-[[室蘭民報 >http://www.muromin.mnw.jp/]] -[[河北新報 >http://www.muromin.mnw.jp/]]-[[デーリー東北 >http://www.daily-tohoku.co.jp/]]-[[福島民報 >http://www.minpo.jp/]]-[[福島民友新聞 >http://www.minyu-net.com/]]-[[産業経済新聞 >http://sankei.jp.msn.com/top.htm]]-[[日本経済新聞 >http://www.nikkei.co.jp/]]-[[日刊工業新聞 >http://www.nikkan.co.jp/]]-[[ジャパンタイムズ >http://www.japantimes.co.jp/]]-[[東京新聞 >http://www.tokyo-np.co.jp/]]-[[千葉日報 >http://www.chibanippo.co.jp/]]-[[神奈川新聞 >http://www.kanaloco.jp/top/index.html]]-[[中日新聞 >http://www.chunichi.co.jp/]]-[[中部経済新聞 >http://www.chukei-news.co.jp/]]-[[北日本新聞 >http://www.kitanippon.co.jp/]]-[[西日本新聞 >http://www.nishinippon.co.jp/]]-[[スポーツニッポン新聞東京 >http://www.sponichi.co.jp/]]-[[報知新聞 >http://hochi.yomiuri.co.jp/]]-[[47NEWS >http://www.47news.jp/]]
**ECO92 Sevan Suzuki
#region
Hello, I'm Severn Suzuki speaking for E.C.O. - The Environmental Children's organization.
We are a group of twelve and thirteen-year-olds trying to make a difference: Vanessa Suttie, Morgan Geisler, Michelle Quigg and me.
We raised all the money to come here ourselves to come five thousand miles to tell you adults you must change your ways.
Coming here today, I have no hidden agenda. I am fighting for my future.Losing my future is not like losing an election or a few points on the stock market. I am here to speak for all generations to come.I am here to speak on behalf of the starving children around the world whose cries go unheard. I am here to speak for the countless animals dying across this planet because they have nowhere left to go.
I am afraid to go out in the sun now because of the holes in the ozone. I am afraid to breathe the air because I don't know what chemicals are in it.I used to go fishing in Vancouver my home with my dad until just a few years ago we found the fish full of cancers. And now we hear about animals and plants going extinct every day - vanishing forever.
In my life, I have dreamt of seeing the great herds of wild animals, jungles and rainforests full of birds and butterflies, but now I wonder if they will even exist for my children to see.Did you have to worry about these things when you were my age? All this is happening before our eyes and yet we act as if we have all the time we want and all the solutions.I'm only a child and I don't have all the solutions, but I want you to realize, neither do you!
You don't know how to fix the holes in our ozone layer. You don't know how to bring salmon back up a dead stream. You don't know how to bring back an animal now extinct. And you can't bring back forests that once grew where there is now desert. If you don't know how to fix it, please stop breaking it!
Here, you may be delegates of your governments, business people, organizers, reporters or politicians - but really you are mothers and fathers, sisters and brothers, aunts and uncles - and all of you are somebody's child.
I'm only a child yet I know we are all part of a family, five billion strong, in fact, 30 million species strong - borders and governments will never change that.
I'm only a child yet I know we are all in this together and should act as one single world towards one single goal.
In my anger, I am not blind, and in my fear, I am not afraid to tell the world how I feel.
In my country, we make so much waste, we buy and throw away, buy and throw away, and yet northern countries will not share with the needy. Even when we have more than enough, we are afraid to share,we are afraid to let go some of our wealth.
In Canada, we live the privileged life, with plenty of food, water and shelter - we have watches, bicycles, computers and television sets.
Two days ago here in Brazil, we were shocked when we spent time with some children living on the streets. This is what one child told us: "I wish I was rich and if I were, I would give all the street children food, clothes, medicines, shelter and love and affection."
If a child on the street who has nothing, is willing to share, why are we who have everything still so greedy?I can't stop thinking that these children are my own age, that it makes a tremendous difference where you were born, that I could be one of those children living in the Favellas of Rio; I could be a child starving in Somalia; a victim of war in the Middle East or a beggar in India.
I'm only a child yet I know if all the money spent on war was spent on finding environmental answers,ending poverty,fiding treaties, what a wonderful place this earth would be!
At school, even in kindergarten, you teach us how to behave in the world. You teach us:
do not fight with others,
to work things out,
to respect others,
to clean up our mess,
not to hurt other creatures
to share - not be greedy
Then why do you go out and do the things you tell us not to do?
Do not forget why you're attending these conferences, who you're doing this for - we are your own children.
You are deciding what kind of world we will grow up in.
Parents should be able to comfort their children by saying "everything's going to be alright', "it's not the end of the world" and "we're doing the best we can".But I don't think you can say that to us anymore.
Are we even on your list of priorities?
My father always says "You are what you do, not what you say".Well, what you do makes me cry at night. you grown ups say you love us. But I challenge you, please make your actions reflect your words.
Thank you.
こんにちは、セヴァン・スズキです。エコを代表してお話しします。
エコというのは、エンヴァイロンメンタル・チルドレンズ・オーガナイゼーションの略です。
カナダの12歳から13歳の子どもたちの集まりで、今の世界を変えるためにがんばっています。
あなたがた大人たちにも、ぜひ生き方をかえていただくようお願いするために、
自分たちで費用をためて、
カナダからブラジルまで1万キロの旅をして来ました。
今日の私の話には、ウラもオモテもありません。
なぜって、私が環境運動をしているのは、私自身の未来のため。
自分の未来を失うことは、選挙で負けたり、
株で損したりするのとはわけがちがうんですから。
私がここに立って話をしているのは、未来に生きる子どもたちのためです。
世界中の飢えに苦しむ子どもたちのためです。
そして、もう行くところもなく、死に絶えようとしている無数の動物たちのためです。
太陽のもとにでるのが、私はこわい。オゾン層に穴があいたから。呼吸をすることさえこわい。
空気にどんな毒が入っているかもしれないから。父とよくバンクーバーで釣りをしたものです。
数年前に、体中ガンでおかされた魚に出会うまで。
そして今、動物や植物たちが毎日のように絶滅していくのを、私たちは耳にします。
それらは、もう永遠にもどってはこないんです。
私の世代には、夢があります。
いつか野生の動物たちの群れや、たくさんの鳥や蝶が舞うジャングルを見ることです。
でも、私の子どもたちの世代は、もうそんな夢をもつこともできなくなるのではないか?
あなたがたは、私ぐらいのとしの時に、そんなことを心配したことがありますか。
こんな大変なことが、ものすごいいきおいで起こっているのに、私たち人間ときたら、
まるでまだまだ余裕があるようなのんきな顔をしています。
まだ子どもの私には、この危機を救うのに何をしたらいいのかはっきりわかりません。
でも、あなたがた大人にも知ってほしいんです。あなたがたもよい解決法なんてもっていないっていうことを。
オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのか、あなたは知らないでしょう。
死んだ川にどうやってサケを呼びもどすのか、あなたは知らないでしょう。
絶滅した動物をどうやって生きかえらせるのか、あなたは知らないでしょう。
そして、今や砂漠となってしまった場所に
どうやって森をよみがえらせるのかあなたは知らないでしょう。
どうやって直すのかわからないものを、壊しつづけるのはもうやめてください。
ここでは、あなたがたは政府とか企業とか団体とかの代表でしょう。
あるいは、報道関係者か政治家かもしれない。
でもほんとうは、あなたがたもだれかの母親であり、父親であり、姉妹であり、兄弟であり、
おばであり、おじなんです。そしてあなたがたのだれもが、だれかの子どもなんです。
私はまだ子どもですが、ここにいる私たちみんなが同じ大きな家族の一員であることを知っています。
そうです50億以上の人間からなる大家族。いいえ、実は3千万種類の生物からなる大家族です。
国境や各国の政府がどんなに私たちを分けへだてようとしても、このことは変えようがありません。
私は子どもですが、みんながこの大家族の一員であり、
ひとつの目標に向けて心をひとつにして行動しなければならないことを知っています。
私は怒っています。でも、自分を見失ってはいません。
私は恐い。でも、自分の気持ちを世界中に伝えることを、私は恐れません。
私の国でのむだ使いはたいへんなものです。
買っては捨て、また買っては捨てています。
それでも物を浪費しつづける北の国々は、南の国々と富を分かちあおうとはしません。
物がありあまっているのに、私たちは自分の富を、そのほんの少しでも手ばなすのがこわいんです。
カナダの私たちは十分な食物と水と住まいを持つめぐまれた生活をしています。
時計、自転車、コンピューター、テレビ、私たちの持っているものを数えあげたら何日もかかることでしょう。
2日前ここブラジルで、家のないストリートチルドレンと出会い、
私たちはショックを受けました。ひとりの子どもが私たちにこう言いました。
「ぼくが金持ちだったらなぁ。もしそうなら、家のない子すべてに、
食べ物と、着る物と、薬と、住む場所と、やさしさと愛情をあげるのに。」
家もなにもないひとりの子どもが、分かちあうことを考えているというのに、
すべてを持っている私たちがこんなに欲が深いのは、いったいどうしてなんでしょう。
これらのめぐまれない子どもたちが、私と同じぐらいの年だということが、私の頭をはなれません。
どこに生れついたかによって、こんなにも人生がちがってしまう。
私がリオの貧民窟に住む子どものひとりだったかもしれないんです。ソマリアの飢えた子どもだったかも、
中東の戦争で犠牲になるか、インドでこじきをしてたかもしれないんです。
もし戦争のために使われているお金をぜんぶ、
貧しさと環境問題を解決するために使えばこの地球はすばらしい星になるでしょう。
私はまだ子どもだけどこのことを知っています。
学校で、いや、幼稚園でさえ、あなたがた大人は私たちに、世のなかでどうふるまうかを教えてくれます。
たとえば、
・争いをしないこと
・話しあいで解決すること
・他人を尊重すること
・ちらかしたら自分でかたずけること
・ほかの生き物をむやみに傷つけないこと
・分かちあうこと
・そして欲ばらないこと
ならばなぜ、あなたがたは、私たちにするなということをしているんですか。
なぜあなたがたがこうした会議に出席しているのか、どうか忘れないでください。
そしていったい誰のためにやっているのか。それはあなたがたの子ども、つまり私たちのためです。
あなたがたはこうした会議で、私たちがどんな世界に育ち生きていくのかを決めているんです。
親たちはよく「だいじょうぶ。すべてうまくいくよ」といって子供たちをなぐさめるものです。
あるいは、「できるだけのことはしてるから」とか、「この世の終わりじゃあるまいし」とか。
しかし大人たちはもうこんななぐさめの言葉さえ使うことができなくなっているようです。
おききしますが、私たち子どもの未来を真剣に考えたことがありますか。
父はいつも私に不言実行、つまり、なにをいうかではなく、
なにをするかでその人の値うちが決まる、といいます。
しかしあなたがた大人がやっていることのせいで、私たちは泣いています。
あなたがたはいつも私たちを愛しているといいます。しかし、私はいわせてもらいたい。
もしそのことばが本当なら、どうか、本当だということを行動でしめしてください。
最後まで私の話をきいてくださってありがとうございました。
#endregion
**Barbara Pierce Bush
#region
Commencement Address at Wellesley College
Thank you very, very much, President Keohane. Mrs. Gorbachev, Trustees, faculty, parents, and I should say, Julia Porter, class president, and certainly my new best friend, Christine Bicknell -- and, of course, the Class of 1990. I am really thrilled to be here today, and very excited, as I know all of you must be, that Mrs. Gorbachev could join us.
These -- These are exciting times. They're exciting in Washington, and I have really looked forward to coming to Wellesley. I thought it was going to be fun. I never dreamt it would be this much fun. So, thank you for that.
More than ten years ago, when I was invited here to talk about our experiences in the People's Republic of China, I was struck by both the natural beauty of your campus and the spirit of this place.
Wellesley, you see, is not just a place but an idea -- an experiment in excellence in which diversity is not just tolerated, but is embraced. The essence of this spirit was captured in a moving speech about tolerance given last year by a student body president of one of your sister colleges. She related the story by Robert Fulghum about a young pastor, finding himself in charge of some very energetic children, hits upon the game called "Giants, Wizards, and Dwarfs." "You have to decide now," the pastor instructed the children, "which you are -- a giant, a wizard, or a dwarf?" At that, a small girl tugging at his pants leg, asked, "But where do the mermaids stand?" And the pastor tells her there are no mermaids. And she says, "Oh yes there are -- they are. I am a mermaid."
Now this little girl knew what she was, and she was not about to give up on either her identity, or the game. She intended to take her place wherever mermaids fit into the scheme of things. "Where do the mermaids stand? All of those who are different, those who do not fit the boxes and the pigeonholes?" "Answer that question," wrote Fulghum, "And you can build a school, a nation, or a whole world." As that very wise young woman said, "Diversity, like anything worth having, requires effort -- effort to learn about and respect difference, to be compassionate with one another, to cherish our own identity, and to accept unconditionally the same in others.
You should all be very proud that this is the Wellesley spirit. Now I know your first choice today was Alice Walker -- guess how I know! -- known for The Color Purple. Instead you got me -- known for the color of my hair. Alice Walker's book has a special resonance here. At Wellesley, each class is known by a special color. For four years the Class of '90 has worn the color purple. Today you meet on Severance Green to say goodbye to all of that, to begin a new and a very personal journey, to search for your own true colors.
In the world that awaits you, beyond the shores of Waban -- Lake Waban, no one can say what your true colors will be. But this I do know: You have a first class education from a first class school. And so you need not, probably cannot, live a "paint-by-numbers" life. Decisions are not irrevocable. Choices do come back. And as you set off from Wellesley, I hope that many of you will consider making three very special choices.
The first is to believe in something larger than yourself, to get involved in some of the big ideas of our time. I chose literacy because I honestly believe that if more people could read, write, and comprehend, we would be that much closer to solving so many of the problems that plague our nation and our society.
And early on I made another choice, which I hope you'll make as well. Whether you are talking about education, career, or service, you're talking about life -- and life really must have joy. It's supposed to be fun.
One of the reasons I made the most important decision of my life, to marry George Bush, is because he made me laugh. It's true, sometimes we've laughed through our tears, but that shared laughter has been one of our strongest bonds. Find the joy in life, because as Ferris Bueller said on his day off, "Life moves pretty fast; and ya don't stop and look around once in a while, ya gonna miss it."
(I'm not going to tell George ya clapped more for Ferris than ya clapped for George.)
The third choice that must not be missed is to cherish your human connections: your relationships with family and friends. For several years, you've had impressed upon you the importance to your career of dedication and hard work. And, of course, that's true. But as important as your obligations as a doctor, a lawyer, a business leader will be, you are a human being first. And those human connections --- with spouses, with children, with friends -- are the most important investments you will ever make.
At the end of your life, you will never regret not having passed one more test, winning one more verdict, or not closing one more deal. You will regret time not spent with a husband, a child, a friend, or a parent.
We are in a transitional period right now -- We are in a transitional period right now, fascinating and exhilarating times, learning to adjust to changes and the choices we, men and women, are facing. As an example, I remember what a friend said, on hearing her husband complain to his buddies that he had to babysit. Quickly setting him straight, my friend told her husband that when it's your own kids, it's not called babysitting.
Now maybe we should adjust faster; maybe we should adjust slower. But whatever the era twenty -- whatever the era, whatever the times, one thing will never change: fathers and mothers, if you have children, they must come first. You must read to your children, and you must hug your children, and you must love your children. Your success as a family, our success as a society, depends not on what happens in the White House, but on what happens inside your house.
For over fifty years, it was said that the winner of Wellesley's annual hoop race would be the first to get married. Now they say, the winner will be the first to become a C.E.O. Both -- Both of those stereotypes show too little tolerance for those who want to know where the mermaids stand. So -- So I want to offer a new legend: the winner of the hoop race will be the first to realize her dream -- not society's dreams -- her own personal dream.
And who -- Who knows? Somewhere out in this audience may even be someone who will one day follow in my footsteps, and preside over the White House as the President's spouse -- and I wish him well.
Well, the controversy ends here. But our conversation is only beginning. And a worthwhile conversation it has been. So as you leave Wellesley today, take with you deep thanks for the courtesy and the honor you have shared with Mrs. Gorbachev and with me.
Thank you. God bless you. And may your future be worthy of your dreams.
#endregion
***ガジェット
#googlegadgets(){<script src="http://www.gmodules.com/ig/ifr?url=http://worris.sakura.ne.jp/worris/rate/rate.xml&up_USD=1&up_EUR=1&up_GBP=1&up_AUD=1&up_CHF=1&up_CAD=1&up_NZD=1&up_target=_top&synd=open&w=320&h=150&title=%E5%A4%96%E5%9B%BD%E7%82%BA%E6%9B%BF&border=%23ffffff%7C3px%2C1px+solid+%23999999&output=js"></script>}
#googlegadgets(){<script src="http://www.gmodules.com/ig/ifr?url=http://www.artbible.info/art/artoftheday.xml&up_mysize=1&up_mylang=English&up_modtitel=Art%20of%20the%20Day&synd=open&w=320&h=200&title=__UP_modtitel__&border=%23ffffff%7C3px%2C1px+solid+%23999999&output=js"></script>}
**LINK
-[[自動車世界販売台数 >http://4ki4.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/2007_9250.html]]-[[BMWカーライン >http://ja.wikipedia.org/wiki/BMW]]-[[Benzカーライン >http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%84]]-[[マクロ塾 >http://kabu-macro.com/kouza/macro/macro.html]]-[[エクセル関数 >http://www.eurus.dti.ne.jp/~yoneyama/Excel/kansu/itiran.html]]-[[世界の人口 >http://arkot.com/jinkou/index.htm]]-[[田中宇の国際ニュース解説 >http://www.tanakanews.com/]]
-[[Steve Jobs (Text) >http://sago.livedoor.biz/archives/50251043.html]]-[[( Youtube-1> http://www.youtube.com/watch?v=UCHo0ar_2mE]]-[[Youtube-2 ) > http://www.youtube.com/watch?v=ShoOOS2GrWU&feature=related]]
-[[Barbara Bush (Text & Sound) >http://www.americanrhetoric.com/speeches/barbarabushwellesleycommencement.htm]]
-[[Sevan Suzuki (Text) >http://www.sloth.gr.jp/relation/kaiin/severn_riospeach.html]]-[[( Youtube )>http://www.youtube.com/watch?v=C2g473JWAEg]]
**@wikiへようこそ
#region
-ウィキはみんなで気軽にホームページ編集できるツールです。
-このページは自由に編集することができます。
-メールで送られてきたパスワードを用いてログインすることで、各種変更(サイト名、トップページ、メンバー管理、サイドページ、デザイン、ページ管理、等)することができます
#endregion
**まずはこちらをご覧ください。
#region
-[[@wikiの基本操作>http://atwiki.jp/guide/category2.html]]
-[[用途別のオススメ機能紹介>http://atwiki.jp/guide/category22.html]]
-[[@wikiの設定/管理>http://atwiki.jp/guide/category6.html]]
#endregion
**分からないことは?
#region
-[[@wiki ご利用ガイド>http://atwiki.jp/guide/]]
-[[よくある質問>http://atwiki.jp/guide/category1.html]]
-[[無料で会員登録できるSNS内の@wiki助け合いコミュニティ>http://sns.atfb.jp/view_community2.php?no=112]]
-[[@wiki更新情報>http://www1.atwiki.jp/guide/pages/264.html]]
-[[@wikiへのお問合せフォーム>http://atwiki.jp/helpdesk]]
等をご活用ください
#endregion
**@wiki助け合いコミュニティの掲示板スレッド一覧
#region
#atfb_bbs_list(112)
#endregion
**その他お勧めサービスについて
#region
-[[お絵かき掲示板は@paintをご利用ください>>http://atpaint.jp/]]
#endregion
**おすすめ機能
#region
-[[気になるニュースをチェック>http://atwiki.jp/guide/17_174_ja.html]]
-[[関連するブログ一覧を表示>http://atwiki.jp/guide/17_161_ja.html]]
#endregion
**その他にもいろいろな機能満載!!
#region
-[[@wikiプラグイン>http://atwiki.jp/guide/category17.html]]
-[[@wiki便利ツール>http://atwiki.jp/guide/category32.html]]
-[[@wiki構文>http://atwiki.jp/guide/category16.html]]
-[[@wikiプラグイン一覧>http://www1.atwiki.jp/guide/pages/264.html]]
-[[まとめサイト作成支援ツール>http://atwiki.jp/matome/]]
#endregion
**バグ・不具合を見つけたら? 要望がある場合は?
お手数ですが、メールでお問い合わせください。
2009-01-14T08:03:29+09:001231887809