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[[作品紹介ページ]]>>[[設定紹介暇人]]>>[[暇人 メフィスト03]] ----  どうか誰もがみんなずっとずっと笑顔でいられますように  「ねえ、コウ君も行こ」  初めてだった。  優しさも。  微笑みも。  親愛も。  彼女は小さな手で僕の手を取った。  温かかった。  凍えた僕の手には温かすぎた。  彼女は笑顔だった。  暗闇に慣れてしまった目にはその笑顔は眩し過ぎた。  僕は俯いたまま手を引かれて走った。  初めての気持ちだった。  もどかしいような痒いような不思議な気持ちだった。  その時僕は生まれて初めて幸せだった。  それを失うことは死ぬことよりも――  暗闇の中目を開ける。  何か夢を見ていた。  良く覚えていないが懐かしかった気がする。  頬を涙が伝い落ちていたから。  白い壁白い床白い天井。  白いベッドに寝ているのは奏だ。  彼女の寝顔は穏やかだ。  でも彼女は目を覚まさない。  僕がそうしたから。  あの後町は大騒ぎだった。  白昼堂々起きた怪事件。  人間の仕業とも思えないような数々の痕跡はニュースでも大々的に報道されている。  大量の死者に滅茶苦茶な市街。  不思議なことに目撃者いなかった。  いや目撃者は全て死んだと言ったほうが正しいのか。  僕はずっと傍にいたのに誰にも気付かれなかった。  きっとそういうものなんだろう。  悪魔を喰らった僕は既にこの世界の存在ではない。  ならば認知されるものじゃない。  事件のあと奏は病院に搬送された。  鼓動も呼吸もあるのに起きないらしい。  きっと学校で襲ってきた彼も同じ症状なのだろう。  生きているのに悪い所は無いのに目覚めない、そんな症状だ。  奏の青白い顔が月明かりに照らされる。  「……謝らないよ」  呟いた。  彼女の顔に影が差す。  月明かりがさえぎられたせいだ。  それも一瞬のこと。  すぐに月光が彼女の顔を照らしあげる。  「じゃあちょっと行ってくるよ。さよなら」  コンクリートを透過して屋上に出る。  足元を影が走りぬける。  まるで僕を誘うかのように繁華街の方へ滑ってゆく。  跳躍する。  雲一つ無い空を。  たどり着いたのは町で一番高いビルの屋上だ。  ツインタワーの片割れに着地する。  「どう思う?」  おもむろに隆司が口を開いた。  「どうって?」  主語がなければわからない。  「いろいろだよ」  「いろいろってなんだよ」  「わかるだろ」  そう言って軽く首をかしげる。  うん、わかってる。  「現状維持……じゃだめなのかな?」  「そりゃ駄目だろ」  隆司は夜空を見上げた。  「それじゃ千華にも奏ちゃんにも不誠実だろ」  「かもしれないなぁ」  僕も釣られて空を見る。  名前も知らないような星が輝いていた。  視界には何百と星があって見えないだけで何億もある筈なのに。  どれも同じような星の中で自分を主張していた。  群の中に埋没することを良しとせず、他の星をかき消してまで存在を誇示する。  強いな。  どれほど近くに見えても星は一人で輝いている。  ここから見たら隣り合っているように見える星も果てしない距離がある。  一人ぼっちでも輝いている。  「人はさ……」  「ん?」  「人は生まれた時から死ぬ時まで一人だよ。  どんなに近くにいる人でもそれは他人だ。  目には見えないけどお互いには絶対の溝がある。  どんなに思いが通じ合っていると思ってもそれは勘違いに過ぎない。  独りよがりな思い込みで他人を求めるんだよ」  隆司が顔をこちらに向けた気配がする。  「人を好きになるってことは一種の精神病だね。  一人じゃ心細いから誰かを求める。  寄り添ったところで結局は一人なのに求め続ける。  相手の気持ちなんて理解できるわけも無いのに自分を好いてくれるはずだって思い込んでる。  永遠に変わることのない誠実だの愛だのってはただの嘘つき遊びでさ、全ては移ろい往くものだよ。  千華も奏もいつかは気付くはずだよ。  あれは恋じゃなかったって」  「お前は相変わらず嘘つきで卑怯だな。  自分に向けられる感情は否定しておきながら他人に向ける思いは絶対なんだろ?  はっ、自分は愛される価値の無い人間で他人のために生きますってか?  僕に愛される価値はないので愛さないでください、でも僕は全霊を尽くしてあなたを愛しますってか?  口先では否定して拒否しておきながら向けられた好意を後生大事に抱きしめるんだろ。  変わることの無い自分の存在の証として」  「別にそんなことは無いさ」  「なら何故闘うんだ?  見ず知らずの他人を虐げて。  奏ちゃんを傷つけて。  それでも戦うのは何でだ?」  「僕は僕が僕の生きたい様に生きれる様に闘う。  そのために立ちふさがるのなら隆司、お前も容赦はしない」  「どうしてもか?」  「どうしてもだよ」  やれやれとため息をついて隆司は立ち上がる。  「ズリぃな。  どうしても言い分を通そうと思って一つ事だけ言っていれば絶対に否定されないもんな」  「ならどうする?」  「ぶん殴ってでも千華の前に連れてくしか無いだろ」  「お前もたいがい損な性格だよな。恋敵面倒まで見て」  「知るかよ」  瞬時に隔離空間を形成する。  絶対に出ることの出来ない壁。  二人のうちどちらかが生きている限りは破壊されない檻だ。  「行けよ赤獅子!!」  黄金の光沢を持った巨大な獅子が高層ビルを駆け降りる。  跳ねるような重力を無視した足取りは、しかし音の速度をはるかに凌駕する。  金色の疾風が駆け抜けたあとにもたらされる物は破壊だ。  硝子張りのビルが液体のように波紋を広げる。  ビルの一面が波打って爆散する。  一メートルを超えるような巨大な強化硝子の破片群れをなして降ってくる。  剣をかかげる。  鋭利な刃に手を伸ばす。  ちくりとした痛みと共に緋色が生まれる。  朱の珠が地に落ちる。  広がるの古の言葉。  空を飛び月を貫く呪いの言葉。  「穿てぇ!」  魔方陣より飛翔するのは黒き槍。  鋭い切っ先が獅子を迎え撃つ。  獅子が急制動をかけ槍をかわす。  急な回避行動にビルが耐え切れず崩壊する。  構造材の破片が空に舞う。  一瞬足場を失い宙に浮いた獅子を槍が追う。  三又に分かれた切っ先がそれぞれ違う方向から襲い掛かる。  向かい来る一本を踏み台にし体を捻って切っ先を避け喉を貫こうとした槍を噛み砕く。  全て防がれた。  しかし――全て囮だ。  文字通り槍の影から飛び出す。  大剣を振り上げる。  狙いは眼前に見える筋肉で盛り上がった獅子の首だ。  金属の表皮は歪んだ僕の姿を写す。  そしてその後ろも。  銀色の影が見える。  剣を盾にする。  閃光が視界を埋め尽くした。  眩しかった。  融けてしまいそうだった。  隆司も奏も、そして千華も。  僕とは違って。  宝石のようにきらきらしていた。  僕とは違うものだった。  それは例えるならショウウィンド。  壊せない硝子の向こうの触れない幸福。  くすんだ世界に光りを見せてくれた。  彼らのその一片の蛍火は僕にとっては太陽だった。  彼らは気付いてないことかも知れないけど僕は救われた。  灰色の世界はそれだけで変わった。  その光はいつまでも照らしてくれないかもしれないけど大丈夫。  思い出があるから。  もしかしたら僕も向こう側にいられた世界があったかもしれない。  僕はその可能性だけで十分だから。  そこは巨大な縦穴の底だった。  深く抉れた底は硬い岩盤にまで達していた。  戦闘の余波熱で液体と化した土砂が壁面を伝う。  それが底に達する前に更なる高熱で蒸発させられていく。  ほのかに明るく動いているはずなのによどみないがゆえに止まっている。  神聖さを持ちながらもその実いかなる生物の生存をも許さない灼熱地獄だ。  そしてその異様な光景の中で一番の異様さを持つのは一本の剣だ。  縦穴の底さらにその中心。  この縦穴を掘ったのは自分だと言わんばかりに一本の大剣が地面に刺さっていた。  灼熱の空気をものともせず。  そして一つのものを縫い付けている。  それは超気圧、超高温の中いまだに鼓動し続ける心臓だ。  ふと燐光が剣の柄に絡みつく。  密度を上げた光りが作り出すのは骨だ。  さらに集まった光は筋肉、内臓、神経、血管といった人間の生存には欠かすことの出来ない、しかし彼には全く意味のない組織を律儀にも再生していく。  そして黒騎士を構成し終わった時剣の先にもまた一人の白銀の騎士が縫い付けられていた。  荒い息をつく。  それも人間のときの習慣で実際意味は無い。  戦闘の最中もしていたかどうか定かではない。   それほどまでに熾烈な闘争だった。  「へへ、かなわねえなあ」  足元、大の字に横たわった隆司が気楽な声を出す。  「お前はいっつもそうだ。  俺が全力で走って、千切れそうなくらい手を伸ばして、それでも……それでも届かないものを平気な顔して息も切らさず掻っ攫ってく」  「いまさら恨み言か?」  剣に体重を預けるようにして体の力を抜く。  「そうじゃねえよ。最後のいやがらせだ」  抜いた力を再び込めて剣をひねる。  「いてえええええええええええ!!」  地面をくりぬいて一回転させる。  「容赦ねえなサド野郎」  「この状況で大口叩くマゾ野郎にはちょうどいいと思ったんだけど?わかってるのか」  「ああ」  隆司が観念した様に目を瞑る。  「でも俺ももう抵抗する気も無いぜ。  もう心が認めちまってる。  最初からかなわなかったんだってな」  胸にあいた傷はふさがる兆しすら見せない。  「……隆司」  「気にせず行けよ。そろそろ終幕の時間だ」  右手を持ち上げ顔を隠す。  その様子を見て僕も背を隆司に背を向ける。  「後悔する選択だけはするなよ」  声が飛んでくる。  その声を背に受け僕は頷いた。  雲の切れ間から月が顔を出す。  大きな月だ。  今にも落ちてきそうな。  完全に雲が晴れるとその姿があらわになる。  月の光りの中心に一人の少女が浮かんでいる。  その少女の周りに飛来するものは幾つもの金属部品。  歯車発条螺旋。  部品が組みあがっていく。  それは無常の聖を受けざりしもの。  それは言葉に表しがたきもの。  それは無道にも刺し貫かれもの。  人の作りし、神の御姿。  人の作りし神、の御姿。  中心にすえられるのは十字架。  そこには意識の少女がいる。  影が降ってくる。  腕だ。  何千何万もの部品が怒涛のように押し寄せる。  急降下する。  自らの風切り音を抜き去る。  地面に激突する直前で直角に曲がると欠片が地面に突き刺さり激震する。  上を見ると少女は光りに飲み込まれた。  その光りも板金に覆われる。  幾重にも幾重にも。  拒絶の鎧だ。  「きっついなぁ。ま、待っててよ今から会いに行くから。  僕の気持ちを聞いて欲しいんだ」  視界の端を白いものが横切る。  雪が空から降ってきた。  それは雲を貫く巨神によって生み出された雪だけれども、それはどこか神聖で空から舞い降りた光の欠片のように見えた。  手の平に触れる間もなくそれは消えてしまう。  蝿を撃ち落すために閃光と共に砲塔が火を噴く。  闇夜を照らす光弾が飛来する。   その網目を掻くくぐり巨大な体に肉薄する。  大上段から剣を振り下ろし胴体に風穴を開ける。   僅かな光りに向かって歩き出した日々。  君に触れそうで。  触れたら抱きしめてしまいそうで。  抱きしめたらそのまま壊してしまいそうで。  幾条もの螺旋が穴から噴出す。  翼を貫かれ痛みが走る。  そのまま強引に羽ばたいて抜け出す。  引き裂さかれた黒翼から何かが抜けていく。  それでもかまわない。  ああ、僕がどうなろうとかまわないさ。  あと少し。  あと少しだけもってくれれば。  光りを目指して翼に力を入れる。  僕は怖かった。  いままでを壊すことも、君に触れることも。  でも僕はもう逃げない。  前方に影が見える。  いち、に、さん、し。  瞬く間に数が増えていく。  とっさに手をかざすと衝撃が来る。  肩がもげそうな衝撃が抜ける。  ぐちゃぐちゃになった手に握られているのは歯車だ。  と、確認した瞬間歯車は高速で回転し手指を巻き込みはじめる。  剣を振るって肘から先を切断する。  歯車の回転は衰えることもなく自身すら削り取る。  巻き込むものを全て巻き込んだ後には空白だけが残っていた。  大剣を捨て身を丸め面積を減らす。  音速を超えた歯車が身を削る。  腕の隙間から前を見る  見えた。  最後だけど、最後だから君に向き合いたい。  嘘だとか欺瞞だとか方便だとか抜きにして。  腕を伸ばす。  しかしそれを阻むものがある。  部品の波が押し押せる。  その中をもがき身を削られながら進む。  邪魔をするな。  もうちょっともうちょっとだけ。  あと少しで届くんだ。  傷つけて傷つけられて。  それでも真正面から君と向き合いたい。  必死に掻き分ける。  指先が外気に触れる。  抜けた。  顔を必死で出す。  十字架に磔にされ眠っている少女の顔が見える  羽ばたいた。  進まない。  遅すぎたかもしれない。  それでも諦めたくない。  足を動かす。   ただ沈み込む。  胸が痛い。  最後の我侭で世界を終わらせてしまうとしても。  腕を掻く。  少しだけ進んだ。  僕はその我侭を通したい。  もうすぐ指が触れる。  もうすぐ答えが……想いが届く……

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