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■走者 ID:B6WUyQ0w0(数を持たない奇数頁)■ストーリー草案情報統制によって隔離された農耕区画「ファーム」そこに住む青年ライル=ガリアンは、日々の退屈を自覚していた。このファームは、彼ら住民によって「楽園」と呼称される国家の管理下に置かれ安定した高い生活水準と、恒久的な平和を約束された場所だ。だが、生まれながらに血の気の多いライルにとって、この管理主義的なファームは少し窮屈なようで彼は外を行き来する船にほんの少し憧れを抱いていたのだった。誰が言ったのだろうか……世界の格差に疑問を持った者たちの間に皮肉にも蔓延した文句があった。「ディバイド・システムは世界の在り方を規定するいかなる生命も、この格差により生かされるだろう」ある夜、イルヴラータと名乗る女性が、彼に知られざる世界を紹介する。彼女は「学院」からこのファームへと密入国した人物であり、不思議な縁で知り合う事となる。彼女の目的は、現在このファームで「楽園」によって保護されている「王国」の人物、アローノ氏との接触だ。実際に会って何を行うのかまでは教えてはくれなかったが、自分と行動を共にするうちに知る事になるだろうと彼女は言う。話は飛び、世界各地で今、「ヒタイダル・ワーラー」と呼ばれる魔力の暴走が頻発していた。不思議な事に、本来魔力とは限定的な地域でのみ発生し循環する物であるにもかかわらずこの「ヒタイダル・ワーラー」による被害は、かなり広い範囲で報告されている。原因は未だ解明できておらず、それが人為的な物なのか、それとも自然に生じたものなのか人々の間で熱い議論が交わされている。その中でも、「ヒタイダル・ワーラー」を自然障害として扱う説が、今注目されている。彼らによれば、「ヒタイダル・ワーラー」を引き起こす原因として魔法国家による魔力の大量枯渇が挙げられるとの事だ。「ヒタイダル・ワーラー」によって甚大な被害を被った武力国家はこの説を根拠に魔法国家を非難、かつ大量の魔力を消費するとされるGシリーズの停止を要求した。だが、魔法国家はこの説を「魔力の知識を持たない者によるでたらめな憶測であり、説の説得力・信憑性は無い」と釈明すると同時に、重要な自衛手段であるGシリーズの停止を拒否。 だが、明確な原因が解明されない事には問題は解決されずそれに対し互いに協力的ではない両国間には、以前よりいっそう緊迫した空気が漂うようになった。第一篇は、いつか訪れる大規模な「ヒタイダル・ワーラー」を阻止する事を目的とする。目的が見事達成されるか否かは、今はまだ神のみぞ知る。
■走者 クロ■連鎖する物語 1-1 「something」本編「やーい!」突き刺さるような日差しの中、老いた農夫の大声が野山に響いた。農夫は仕事の合間なのであろう。右手には農具がしっかりと握られ、その少しの錆も無い農具は彼の性格をそのまま表していた。老いた農夫は時々額の汗を拭いながら心配そうに山を見つめている。何か、あるいは誰かを探しているのだろう。しばらくしてからボサボサ髪の青年が生い茂る草木をかきわけ顔を出した。「んー?どーかしたか?爺さん?」その青年は汗をだらだらと流しながらもとても楽しげな表情を浮かべている。「ライル!まーたお前は!遊んでねーでちゃっちゃと山神様をお連れせんか!毎年この時期になったら山神様をお連れしてご馳走と祭でもてなすのが風習じゃろが!毎年欠かさずそうしてきたから収穫に恵まれてこんな生活ができとるんじゃ!それをお前は畑仕事は嫌だの何だのでやんちゃばかりしおって!そもそもお前は……」 老いた農夫はここぞとばかりにライルに言葉をぶつけるが、既にライルが逃走したことに気が付き、あきれた表情を浮かべながらも優しく微笑んだ。「まったく……わしの若い頃にそっくりじゃわい」老いた農夫の長ったらしい説教が始まるなりそそくさと逃げたライルは再び木々生い茂る山に挑んでいた。「危ない危ない。爺さん説教長いからなぁ。さーて、決着をつけようか!山神!」今まで鍛えてきたのであろう。ライルは荒れた山道をものともせず物凄い速さで「ある音」のするほうに駆けた。鈴の音だ。鈴の音がするたびに木々が揺れ鳥が散る。周囲の全ての生命が息を潜め、山の空気が鋭く変わった。「来たか……山神!!」一筋の汗がライルの頬をつたった。すぐさま身構えるライル。臨戦態勢をとった刹那、鈴の音の主は堂々かつ悠々と正面から歩み寄ってきた。黒い巨体の影がライルをたちまち覆い尽くす。どこまでも黒い体毛、不気味なほどに鋭い牙と爪、その姿は漆黒の熊そのものだった。しばらくして、黒い巨体が口を開いた。 「小僧、お前逃げ帰ったのではなかったのか?」その言葉にムキになったライルはすぐさま反論する。「な、なんで俺がお前みたいなでっかいだけの熊から逃げなきゃいけないんだよ!あれは爺さんに呼ばれたからちょっと顔出しに行ってきただけだ!」山神は鼻で笑った。「言い訳が好きな生き物だな人間は。そして我は熊ではない。我の名はクマ……稀代の山神である!!」「やっぱり熊だろお前」しかし山神は動じない。「青いな小僧、目に見えるものだけが全てではない。目に見えるものだけに囚われていてはいずれ世界に裏切られるだろう。暗黒を覗き込む気概が無ければ真実など永遠に得られんのだよ」 ライルはその説教臭さから老いた農夫を連想してげんなりした。「もういいだろ!さっさと始めようぜ!俺はお前をとっ捕まえて爺さんを驚かせるんだよ!!」ライルは素早く踏み込み、みぞおちに渾身の力で拳撃を叩き込む。しかし山神は微動だにしない。漆黒の毛皮に覆われた屈強な肉体は人のそれとは比べ物にならなかった。「土下座して謝れば山を下りてやるというのに……」「うっせー!」ライルは力強く大地を蹴り、山神に向かって突進していく。「ふむ、遊びはここまでにするか。お前は後悔することになるだろう。我に暗黒魔法クマダークマターを使わせたことを!!」山神の眼が黒く煌めいた。「ははっ!魔法なんておとぎ話じゃあるまいし。とうとう暑さで頭が参っちまったようだなぁ山神!!」今が好機とみたライルはさらに加速していく。農耕で培った足腰は大地を抉るほどの脚力を与えていた。瞬時に懐に踏み込まれた山神はただならぬ気迫を感じ取り防御体勢をとる。しかし、それこそがライルの狙いだった。ライルは跳び上がろうというのか。思いっきり大地を踏み蹴った。否、大地だけではない。その大地の上には山神の右足があった。これにはさすがの山神も苦痛の表情を浮かべる。その一瞬の隙をライルは見逃さない。防御の構えが緩み無様に晒された山神の下顎に渾身の飛び膝蹴りが炸裂した。 会心の一撃である。「『ライルキック』!お前を倒すためのスペシャル技だ!!」ライルは山神の巨体が傾いていく様を見ながら歓喜した。乱れた呼吸を整え、おびただしく流れる汗を拭いながら喜びに震えていた。顎に渾身の一撃を与えたのだから山神の脳は激しく揺さぶられ意識は千切れ飛ぶ。当然ライルはそう判断していた。自分は勝利したのだと。あとはこの巨体をどう運んでいこうか考えをめぐらせていた。 しかし、腹の底に響くような鈍い音が地響きとなって山を駆け巡る。ライルの表情は一変した。危機を察知したライルはその音を発した黒い巨体に更なる一撃を加えるため飛びかかる。「くっそおおおおおおおお!!何なんだお前はああああああ!!」「我の名はクマ……稀代の山神、そして…………」静かに放たれた剛なる一撃にライルの意識は途絶えた。「さて、腹も減ったことだ……山を下りてもてなしを受けようか……」山神は倒れたライルを肩に担ぎ悠々と山を下りていった。「……イル!……ラ…ル!!ライルったら!!」「う……む……?」ライルは自分を呼ぶ少女を寝ぼけ眼で見た。複雑に編みこまれ季節の花々で飾られた黒髪が夏の爽やかな風で優しく揺れている。純白の衣装に身を包み、薄っすらと紅を差したその少女の顔はライルの見慣れた顔だった。「ん?レミン……?お前なんだその格好」ライルは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。「ふふん!私、祭の祈り手に選ばれたんだよ!どうどう?」レミンは衣装をなびかせ回ってみせた。初めての化粧で興奮しているのだろう。「祭ぐらいではしゃいでんじゃねーよ……俺は山神の野郎を今度こそ……」「ライルったら山神様にボッコボコにされたばかりじゃない」「……そうだった……ぐおおおおおお……」ライルは頭を抱えて唸りだした。「ほらほら、唸ってないで魚獲ってきてよ。今日は年に一度のお祭なんだからね!私のお爺ちゃんに叱られるよ!」レミンは人差し指を立ててライルの鼻に押し当てた。「ぐっ……あー!もう!獲ってくる!」ライルは傍に転がっていたかごを掴み勢い良く海へ駆け出した。ライルが海に辿り着くと、そこには既に一人の青年が上半身裸で魚と格闘していた。ライルの気配に気が付くとその青年は振り返り、頭を掻きながらだらだらと歩み寄ってきた。「ライルおせーよ……あー面倒臭い……」「へへ、悪いなロックス。さーて、さっさと魚獲って何かしようぜ!」早速二人は魚を獲り始めた。ロックスは相変わらずだらだらと海に浸かっているだけで魚は一匹も獲れていない。一方ライルは慣れた手つきで次々と魚をかごの中に放り込んでいった。やがて魚を十分すぎるほど獲った二人は浜辺に座り込む。そして海に沈んでいく夕日をボーっと眺めるロックスにライルは問いかけた。「この大海の向こうに……何があると思う?」ロックスは表情を変えず視線をそのままに答えた。「さーな。考えたことも無いよ」ライルはため息をついてから海の向こうを見つめた。「俺は何かがあると思うんだよ。ここには無い何か、素晴らしいものがあるんじゃないかってな」そう語るライルの眼差しは夕日を映しているからなのか、燃えるような輝きを放っていた。そしてそれを見たロックスはため息をついてから静かに語りだした。「何かって何だよ……俺はそんなもんはどーでもいーや。仕事はそりゃ面倒臭いが嫌いじゃないし飯は美味い。確かにこれといって刺激の無い退屈とも言える毎日だが、平穏で何の不安も無いこの生活は俺にとっては十分過ぎる。そして何より……この夕日が俺は好きだ」 「よくわからないけど何かが足りないんだよ。その何かが俺の胸を爆発炎上させるんだ!」ライルはすっと立ち上がり拳を震わせて力説した。「へー、爆発炎上とは大変なこった。そんなことより暗くなってきたからそろそろ祭が始まるんじゃねーの?もう戻ろうぜ」ロックスは面倒臭そうに立ち上がると海に背を向け歩き出した。「おい待てって!俺の話はまだまだまだまだまだまだ終わっちゃいないぜ!」「うぜー……」「いいか!男にはだな……」語り合う二人の青年の背に強烈な潮風が吹いた。その潮風から逃れるように二人は海を背に走り出し、やがて見えなくなった。潮風が二人を逃がそうとしたのか偶然なのかはわからない。しかし一隻の小船が波に逆らいながら少しずつ浜辺に近づいていた。そしてその小船に乗るたった一人の脅威はぼそりと呟いた。「『ファーム』……『楽園』のための世界……」そして黒きローブを纏いしその脅威は『ファーム』の地に降り立ち、静かに微笑する。既に日は沈み、海の向こうには暗雲が広がりつつあった。
■走者 暇人 ◆NEET//wwWk■連鎖する物語 1-2 「something」本編夜の村の広場では大きな火が焚かれその周りで村人たちが踊っている。主賓の山神はライルの日を挟んで向かい側に数々のご馳走が並んでいた。ライルはその火を見透かすように漆黒の巨体を睨んでいる。見つめられている大熊の顔の毛の下では大粒の汗が垂れている。「小僧が見てる……超見てる……」「あの……どうかなされたんですか?」効果音がつきそうなほど睨みつけられている山神に純白の衣装で着飾った少女がおずおずと声を掛ける。「あっ……もしかしておもてなしが不満なのですか?今すぐ料理を作りなおさせますね」勝手に勘違いしてしまった少女に熊が制止をかける。「いやいや待ちなさい。今年の祈り手……名はなんと言ったかな?」「レ、レミン。レミンです」「ああレミンよ。別に不満はないのだ。ただ……あの小僧は何かね?」レミンが熊の視線を辿るとそこにはライルがいる。「えっとライルのことですか?」「あの小僧はライルと言う名か。してあの小僧はどうして我を執拗に狙うのだ」「ああ!申し訳ございませんライルがいつも山神様に失礼なことをして。いますぐぼこぼこにして謝罪させますからどうかお許しを」「だから待ちなさい。理由だけでいいのだ。あの小僧の襲撃など日常のちょっとした刺激に過ぎん」立ち上がった少女い声をかける。山神は思う少女は気が利いて器量もいいがせっかちなところが玉に瑕だな、と。「理由……ですか?きっとライルは自分のお父さんに憧れているからだと思います。ライルのお父さんはすごい人だったから。山神様に勝てばちょっとでもお父さんに近づけるんじゃないかって、そう思ってるんじゃないでしょうか」「父親だと?名はなんと言う?」山神は悪い予感を感じる。しかしその予感に好奇心が勝るのも事実だ。「え?名前ですか。フリーダム=ガリ……え?」名前を聞いた瞬間山神の体が一回り膨れ上がる。体中に信号がいきわたり元々硬かった筋肉はそれこそ岩のように。刃物のような歯をむき出し猫科特有の爪がせり出す。「や、山神様どうかなされたんですか」踊っていた村人達も声無き殺気に体が固まる。遠く離れていたところで踊りを見ていた子供達が突然泣き出す。ただライルのみがその様子を見て生き生きとした顔をして立ち上がった。その山神の様子は臨戦態勢になった獣にも似ていたし全く逆のあるものにも似ていた。ちょうど猫に追い詰められた鼠のように虎に目をつけられた小鹿のように精一杯の力を体に満たし虚勢を張っているようにも見えた。目には闘志の炎とも恐怖の影とも取れる色に染まっている。「あ、あの山神様……?」レミンは恐怖の中で精一杯気を張りながら慎重に問いかける。「……なんでもない……宴の邪魔をしたな。すまない」声をかけられた山神から先ほどまでの殺気は消え去り冷静に声を返す。しかしこわばった体から力は抜けない。「本当に大丈夫ですか?ライフのお父さんの名が何か?」「本当になんでもないのだ」その山神の前に視界を塞ぐようにライルが立ちふさがる。「なんだやんねーのか。つまんね」それだけ告げると少年は踵を返し祭りの輪から遠ざかっていく。「あ!ちょっとライル!?す、すみません山神様またライルが失礼なことをして」「よい、別に気にしとらん。それよりも行ってやるがいい」「じ、じゃあお言葉に甘えまして。失礼します」そう言うや否や少女は少年の後を追って駆け出していく。一人残された山の神は呟く。「まさかヤツに子供がおったとは……確かにあの目の輝き。似ておる」日が沈みきった海岸をライルが一人歩く。つま先で砂を蹴りながら歩く姿は拗ねた子供のようにしか見えない。「つまんねえ……つまんねえ!クソつまんねえよ!!」かかとを埋めるようにターンをすると海を指差す。いや海の向こう側を堂々と胸を張りながら指差す。「俺は絶対ここから出て行く!!絶対だ!!そんでもって海の向こう側にある楽しいこと隅から隅まで全部容赦なく完膚なきまでに徹底的に楽しみつくしてやる!!」「……」その大きな声に反応したのか背後の岩場で微かに誰かが身じろぎした音がする。「だ、誰だ!ひ、人の夢ただ聞きしてんじゃねーぞ。出て来い」大きな声で恥ずかしいことを言った自覚はあるのか赤面しながら気配を探る。「出てこないのか?よっし、じゃあ俺がそっち行ってやるよ」ばつわるさをかき消すよう大声を上げながら背後の岩場に近寄っていく。視線の先には一抱えもあるような岩がごろごろとある岩場だ。ところどころ海藻が張り付いていたりする岩場は非常に不安定だ。ライルは暗い中一歩一歩足場を確かめながら進んでいく。「本当に誰もいないのか?俺の勘違い……おぁっ」気が付いた瞬間にはもう遅い。足を滑らしたライルは浮遊感と共に岩と岩の間に滑り落ちる。「いてててて……誰だ!?」屋根のように岩が突き出した陰に一つの塊がある。黒いそれはただの布の塊のようにも見えるがかすかに呼吸で上下していることがそれが生き物であることをものがたっていた。「お、おいあんた誰だ?」しかしうずくまっている彼あるいは彼女は答えない。「なあおい、あんた村の奴か?……もしかして怪我してるのか」時折荒い息を吐くそれにライルは一人近寄っていく。少年の気がつかないところで歴史が動きだそうとしていた。■走者 Kの人 ◆1XlmralcSc■連鎖する物語 1-3 「something」本編「おい、大丈夫か? というか……生きてる?」目の前に見える布の塊に問いかけるものの当然の如く返事は返ってこない。もしかして本当に布の塊じゃないのか?ライルはそう思いつつももしも人だったらいけないので意を決して布に手を掛けた。「…………………」生唾を飲み込む。そして――バサァと布を剥ぎ取った。そしてすぐに元に戻した。この間瞬き一回程度の短い時間。「いや待て、これは不可抗力な事故だ。決してアレなわけじゃないんだぞ。」自分で自分を説得する。布の下には確かに人がいた。ただ自分が剥ぎ取った布はその人の着衣だったわけで。当然布の下には一糸纏わぬ生まれたままの姿の人がいたわけだ。……問題は、その人が女だったことで。そりゃガキん頃はレミンや他の同年代の奴と一緒に水浴びしたりしてたから多少は大丈夫だがそんな、あんなの反則だろちくしょう。不意討ちもいいところだ。落ち着こうとすれば落ち着こうとするほど……心臓の鼓動が速くなる。「いやとにかく落ち着け俺。こんな時は素数を数えるんだ……素数ってなんだ?」馬鹿やっている内にまだ大丈夫とは言えないが大分落ち着いてきた。一瞬しか確認してなかったから見間違いかもしれない。ライルはそんな淡い思いを胸に再び布を剥ぎ取る。……結果は同じだった。でも今回は不意討ちで無い為だいぶ気持ちに余裕が出てくる。出来る限り身体を見ないようにしつつ顔を確認した。「……見慣れない顔…………だよな。」もしかしたら漂流者か? もしくは自然発生?いや、自然発生は無いだろう常識的に考えて。自分の考えに突っ込みを入れつつ様々な可能性を模索する。しかしそんなに考える前に身体が動いてしまったわけで。気づいた時にはその人を背負って岩場から軽い足取りで抜け出して村のほうへと走っていった。村では村で祭りの真っ只中だった。人々は炎を囲んで輪になり踊っている。そこから少し離れた地点にライルは女を背負ったまま立っていた。ライルが考えるには(このままほぼ全裸の女を背負ったまま飛び出したら変態扱いだろうな。だったら誰かが気づくまでここで待っていよう。らしい。そんなことをする暇があれば置いてから誰かを呼べば済む話なのに。「よっライル、急に海のほうへ走っていってどうしたんだ?」数分後、一番話をし易いロックスが輪から離れているライルに気づいて近づいてきた。しめた。ここぞと言わんばかりにライルは話を切り出す。「ロックス……落ち着いて聞いてくれ。」自分の精一杯の真剣な眼差しでロックスを見る。「ど、どうしたんだよ一体?」一方彼はというとその視線が笑いのツボにはまったのか笑いを堪えるような顔でライルを見ている。畜生、真剣な顔をした俺が馬鹿だった。後悔しつつも背負った女を地面に下ろした。「海辺の岩場でこれを拾った。」一応布で全身を覆った女を指差してそういった。「また面白い漂着物か?」ロックスはと言うと笑いを含んだ顔で布の塊を見る。「……女を……拾ったんだよ。」「……はい?」彼は呆気にとられた表情でそう言った。「かくかくしかじかで」「把握した。きっと漂流してきたんだろうな、この間嵐が来たし。」ここでライルは一つ気づく。もしかしてこの人は他国から来た人なんじゃないか?もしそうだったら色んなことを教えてもらおう。そして出来ることなら一緒に他国に連れて行ってもらおう。ライルの中に、そんな考えが浮かんだ。■走者 ド兄サン ◆kCddW1pw9Q■連鎖する物語 1-4 「something」本編「…でよぉ、どうするのさ…えーっと、その女」ロックスの言う通りだ。布で全身を覆った女をおぶっているのだ、見つかればタダじゃ済むまい。刺激の少ない平和な村では些細な事件でも尾ヒレ背ビレが付いて爆発的に広まってしまう。(ライルが女を拾ったんだってさ!) (ヒューッ! ライルも隅に置けないな!)(小僧…個人的な趣味にどうこう言うつもりは無いがあまり関心せんぞ)(ライルぅ……お 幸 せ に ね ♪)…マジ震えてきやがった…怖いです…。人に見つかると言う最悪な事態だけは避けるべきか…よし。「とりあえず村の外をグルッと回って俺の家に運ぼう、ロックスは見張りをしてくれ」「あいよ…ったく、面倒臭ぇ事になっちまった…」祭りが行われている中央広場を避ける。そうすれば人に出くわす確率が低い、限り無くだ。村総出で行う祭りだけあって、祭りの輪から外れてる者は限りなく少ない。無用な心配だったかなとも思っている内にライルの家に到着した。ライルは女をいつも自分が使っているベッドに寝かせると、ライルの普段着をタンスから出してロックスに放り渡した。「服を着せといてくれ、裸じゃ不味いだろ 色々と。俺はとりあえず食べる物作るからさ。」「俺かよ…面倒臭ぇ…」ライルが豆のスープを作っている間、チラチラとロックスを見るライルの服のサイズが合わないのか、一部が引っかかってしまっているのか服を着せるのに四苦八苦している様子だが、ライルは気にしなかった。「ロックス、服を着せたか?」「んっ・・・なんとかな。」ライルの手には出来たて豆スープが盛られた皿があり、ほかほか湯気が沸き立っている。傍に居るロックスの隣に座り、女を頬を平手で軽く叩いてみても反応は無い。何が足りないのだろうか。思案を巡らせるライルにロックスがこんこんと語り始めた。「なぁライル…」「なんだよロックス 何か問題でもあったか?」「俺さ…初めて女の人のおっぱい触っちまった」「…は?」何を言い出すんだコイツ。だがロックスの瞳は…無駄に輝いている。だめだこいつ…早く、なんとかしないと…。その刹那だった、ライル家のドアが開き何者かが入ってきたのだ。「ライル ロックス! こんな所にいた!山神様がお帰りになるからお見送りしなきゃダメよ!」「ちょ…待て、レミン! 今それ所じゃ…!」レミンがライルを腕を思い切り引っ張った瞬間だった。ベッドで寝かされている見知らぬ女 それを囲んでいたライルとロックス。せっかちなレミンの頭で導き出された答えは―――「ライルゥ~、ロックスもぉ~…アンタ達二人揃って不潔よぉッ!!」「待て! 落ち着けレm…痛ぇ!」…女を浚ってアレコレ ビクビクッな展開を予想したのであろう。レミンはライルとロックスがナメた事をしでかした事によってレミンの怒りが有頂天になったこの怒りは暫く収まる事を知らない。そう、ライルとロックスをボコボコにするまでは…。「ごめんっ! 本っ当にごめんなさい!」「ぁ~痛かったなぁ~ 人助けして殴られるなんて初めてだなぁ~」全身傷だらけ…もとい名誉の負傷をしたロックスはさきほどのレミンの行動をグチグチネチネチと繰り返す。ライルはレミンの性格を良く理解しているからこそ、さほど咎めはしなかったが フライパンをぶつけられた時に出来たタンコブが痛み出すとやっぱり少し咎めておこうかとも思う。と、次の瞬間だった。女が一瞬眉をしかめ、毛布を握った刹那、勢い良く飛び起きたのだ。「っ! て、敵襲か!? …って…?こ、ここは一体…?」「ぁ~…とりあえず…ここに敵なんかいねーから安心してくれ…」ロックスはやる気の無い声で謎の女を嗜めたが女は周りを気にしてソワソワしている、これじゃあ安心しようにも安心出来ない。そもそも起きた所が見知らぬ場所、そこで安心しろと言われても到底無理な話であって。…とりあえず情報収集と行こうか、ライルはそう思った。「自己紹介させて貰おう、俺はライル=ガリアン しがない村民だ こっちはレミン あっちのやる気ねーのはロックス。んでもってここは農業国、皆は『ファーム』って呼んでるけどな」「っ…!ファーム…だと………そうか……私はメディア=ツァカリクサ…魔法国家…『学院』と呼ばれる所に属している」女は一瞬驚いたようだがすぐに落ち着きを取り戻した。なるほど、その敵がいる国だと思ってたから落ち着かなかったわけか…納得した。しかし不可解な点がある、何故この国に漂流したのか 何故この女は裸で倒れていたのか疑問が尽きない。失礼かも知れないが、1つ1つ問い正してみる他無いだろう。「えーっとまず…メディアさんはどうしてあそこで意識を失ってたのか…思い出せる範囲でも良いので教えてはくれませんか?」「ふむっ…『学院』へ向かう船中で服を脱いで調節槽の中に入ったのは覚えているんだが…何故あそこで意識を失っていたかは覚えていない…すまないな」「なるほど…ところでその調節槽ってのは…?」「『学院』では良くある事だ、私達は魔法を使える 魔法を使うと身体の中に…いわば魔力のカスが溜まる。それが溜まると魔法を唱える事が出来なくなってしまうから、調節槽でそれを綺麗さっぱり洗い流すんだ。」大体疑問は晴れた。つまりメディアさんは…良く分からなかったが風呂に入っている途中で敵に襲われたって事か。…想像すると結構マヌケ(勿論調節槽を詳しく知らないので一番近い表現で表わしたのだが)だ。聞いておきたい事はとりあえず終わり 意識を失ってた者をこれ以上無理させるわけにもいかないだろう。「分かりました、ありがとうございます。一晩此処に泊まってから今後の事を考える方が良いと思いますが……」「分かった、お言葉に甘えさせて貰おう」その刹那、ロックスがそれなんてエロゲと発言しようとした瞬間レミンに殴られたのはまた別の話である――■走者 クロ■連鎖する物語 1-5 「something」本編静寂と虫の音が交差する。祭も終わりひっそりと静まり返った「ファーム」を月が静かに照らしていた。「学院」出身の漂流者メディアをレミンに任せたライルとロックスは家の外で話し合っていた。「なあロックス、あの女、魔法がどうとか言ってたけど……『学院』の奴らってマジで魔法なんてもの使えるのか?」「落ち着けよ面倒臭い……手品とかそういう類だろどーせ。どちらにせよ知らないものは無いものと同じだろ」ロックスは眠たそうな表情で月を仰ぎ見た。「お前も冷めた奴だな。俺も信じてないけど気になるだろーよ」ライルは足元に転がっていた小石をロックスに向かって放り投げた。その小石はロックスの眉間に当たりロックスは呆れたように目を閉じて言った。「お前は煩い奴だな。魔法なんて無いんだよ。どっかの夢見る乙女が抱いた妄想だろどーせ。それに俺ら『ファーム』の人間にとっては関係の無いことさ」ロックスがそう言い放ち立ち上がろうとしたその時、突然の背後の気配に二人は振り返った。「そうかしら?」振り返るとそこには黒いローブで全身を覆った女がいつの間にか立っていた。そしてその女は笑みを浮かべながら語りだした。 アンティークマジック ノクターン オブ ルナ「麗しき月に抱かれて、偽りの幸福に堕ちなさい……古代魔法『月耀の夜想曲』」女は語りだしたのではなかった。魔法の詠唱である。ライルが違和感に気付いたとき、ロックスの身体は全身の力を失い、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。「なん……だ……これ?」ライルは突然の出来事に身動きが取れないでいた。驚きのあまり表情は強張る。しかし驚きの表情を浮かべたのはライルだけではなかった。「あら?効いてない?」女は不思議そうな顔でライルの顔をのぞきこむ。やがて女は妖しく笑った。「素敵な目をしているのね。世界を貫く目。きっと君は世界の敵になるわ……フフフ」ライルの額に冷や汗が滲んだ。数秒してライルは落ち着きを取り戻し、女の肩を掴もうとしたが女は蜃気楼のように消えうせた。「誰!?」ライルはレミンの大声にハッとした。靄がかかった意識を必死で振り払い、慌てて家のドアを開けレミンのもとに駆け寄った。「ラ、ライル!!」レミンは声を震わせながら叫び、人差し指でメディアの眠るベッドの向こうを指した。ライルは絶句した。まるで夢でも見ているかのようなその光景に言葉を考えることも声を出すこともできなかった。さっきまで家の外にいたはずの女がベッドで静かに寝息をたてるメディアを覗き込んでいたのだ。「違う……この者ではない……」女はそう呟くと震えるレミンと固まっているライルを一瞥もせずドアを開け夜の闇に進んでいった。レミンが脅威が去ったのを理解し、ホッと息を漏らした刹那、ライルは女を追って走り出す。恐れも怒りも押しのけて、ライルの身体を突き動かしているのは純粋な好奇心だった。 「あいつ……俺の知らない世界を知っている……!!」興奮のあまりライルの脳は危機感をかき消していた。「駄目……駄目だよライル!!行っちゃ駄目!!きっと戻って来れなくなっちゃう!!あれは……『魔女』なんだっ!!」しかしレミンの叫びはライルに届かない。レミンの必死の叫びはライルを追うように夜の闇の狭間に消えていった。この夜、全ての村人が、震える月を見たという。■走者 ID:B6WUyQ0w0(数を持たない奇数頁)■連鎖する物語 1-6 「something」本編「なんで……行っちゃうんだよ……」レミンは呆然とした声で、そう呟いた。叫んだ時には既にライルの姿は消えていて、呆気に取られたまましばらく立ち尽くしてしまった。けれども、思考の麻痺が解けていくうちに、ああライルはそういう奴だったと納得がいった。すると途端に、レミンの目に涙が溢れ始れた。あんなライルだからこそ、余計に危なっかしくて心配なのだろう。「もう、帰ってこないのかな、ライル、きっと魔女に殺されちゃうよそれだけ怖い事なのに、なんで平気で行っちゃうかなぁ」と泣きじゃくる。それがライルだと分かっていても、分かっていながらも……本当に信じられない、とレミンは思った。「気になるの? あの子のことが」ベッドから起きあがるメディアが言った。自分の泣いている所が見られるのを嫌うレミンは、メディアに気づいて涙を拭う。「ライルったらあいつ、ほんとバカなんです小さい頃から、いつも無茶な事ばっかりして……」こんな事を言いながら、レミンは自分の顔が熱くなってくるのを感じた。それでも涙を流すまいと、目を引きつらせ我慢する。なんとも健気な娘だ。「何も泣く事は無いのに」と、「きっと彼なら大丈夫だ」と、メディアはレミンを慰めたくなって彼女の元へと歩み寄っては、優しく微笑んでわしゃわしゃと頭を撫で回すのだった。ライルの興奮は、走ることによってよりいっそう増幅を極めた。彼の呼吸は、高揚した気分を少しずつ、それも漏れ出した分だけ排出していく。今、この体の中で膨らんで、熱を帯びた鼓動に乗って、笑いの止まらないほどに愉快な感情が体を走り抜けている。「あいつは、俺の知らない世界を知っているんだ」走っている最中に考えていたのは、目の前にある視界の明るさだった。「あれ」は思いがけない程に眩しく夜を照らしていて、木陰に落ちた隙間でさえも、「通るべき道」を示しているのだと、そうライルには思えてならなかった。(震える月は運命を照らすか)今、頭の中を巡ったどんな言葉も、ライルの心を更に酔わせた。戻る必要なんて無い、帰る事ができなくたって……。だがやがて、思い浮かぶ言葉の中に、次第に覚悟が付着しはじめる。逆に言えばそれは、葛藤の始まりでもあった。ライルは一度、呼吸のリズムを変則させる。足で弾く地面の感触は止まらない、だが本当に自分は走っているのだろうか?「今、自分の力によって、走りを止める事が出来ない気がする」そんな奇妙な感覚が湧いた。そう、ライル=ガリアンはこの時、己の意味を見失っていた。何故、見失ってしまったのか?それは、今追いかけている女の姿による物だった。魔女は、もはや走ってなどいない。腕を振りかざし風の音を聞いているだけ。ライルなどには目もくれず、その場に静止している様だ。しかし、何故か追いつけない!ライル=ガリアンは永遠に彼女に追いつけないような気すら覚えた。焦りに足ががくがくと震えて、今にも力なく挫けてしまいそうだった。彼はこのもどかしさを、非常によく知っている。遠くに佇む女の姿が、古く見覚えのある顔と重なって見えた。「小僧、どうやらお前はあの女を追っているようだな」ふと声が聞こえて意識を戻す。風を飛ばす轟音と、鈴の音を持つ黒い巨体が、ライルの横を並走している。「山神」だった。「だが、お前はあの女の元へは簡単には辿り着く事が出来ないだろう。どれだけ我らが早く走れた所で、向こうに見える世界へは到達しない」山神はニヤリと牙を剥いて笑う。ライルには悔しいが、それが真理のようにも思える。だが、それでも認めたくない。「なんで向こうに届かないんだ?」その主旨を出来うる限り乱暴な言葉で表して、山神へと吐き捨てた。同時に地面を蹴り上げる、風をより強くある速度へと持ち込んで、景色の更に先を求める。ライルは、それ以降の言葉を聞きたくなかった。そのための行動だった。「分からないのか? この若造が」だが山神は置き去りにされない。更には、それを凌ぐ加速によって容易く追い着かれてしまう。ライルの額に冷や汗が走る。見せ付けるように余裕の笑みを浮かべる山神。「なんのつもりだ、てめえ」そう虚勢を張るライルの言葉は、今となってはあまりにも脆い。山神にすらも越せない恐怖を、ライルは錯覚し始めた。この時ライルは確信していた、山神の口から、「お前には無理だ」と言われる事を。しかし、その時だった。「青いな小僧、目に見えるものだけが全てではない。目に見えるものだけに囚われていてはいずれ世界に裏切られるだろう。暗黒を覗き込む気概が無ければ真実など永遠に得られんのだよ」ライルの頭をふと、その言葉が過ぎった。いいや、過ぎっただけじゃない、同時に耳からも同じような言葉が流れ込み、頭の中で共鳴した。疑う余地も無く、それは今、口を開いた山神の言葉でもあった。自分のいる場所を見据える。同じ木々に囲まれた大地の上、先よりも強く奇妙な震えを持つ光。音を飛ばす風の緩やかな停止、少しずつ取り戻す虫の声。「あ、分かった」ライルの足は自然と止まり、立ち尽くす。「俺今、世界に裏切られてんだ」永遠に父親にたどり着けないような気がした夜があった。ライルがそれに焦りを感じたのは、父親の名声に憧れたのではない。フリーダムが持っている専用の船が、ただ単純に羨ましかったからだ。そもそもライルにとって船とは、異邦の人々の象徴だった。彼らの風変わりな身なりを眺めて、自分達とは違う呼吸をしてきたのだと考えると途端にライルは彼らを不思議がり、興味を示すようになったものだ。しかし、「自分も外の世界にいきたい」とライルが父親に強請った所で、父親はいつも何も言わずにライルの小さい頭を撫でた。既に無言である事の多くなってきた父親は、ライルに「着いて来るな」と言っているようだった。「実の父親が持っているのだから、いつかは自分も持つ事が出来るのだろう」そんな甘い考えを持っていたライルだったが、次第に遠く感じるようになった父親の存在に、不安を覚えるようになる。ある日、そんな弱音を絶つために、ライルはある楽園の施設へと忍び込む事となる。それは、永遠に父親にたどり着けないような気がした夜だった。ファームに生きる人々は、小さな頃から外の国の事を「知ってはならない場所」だと言われて育つ。ライルはその時、人生でただ一度だけ「楽園」を怖いと思った。自分を警戒した厳重な警備、すぐ近く目の前を通り過ぎる人々の姿が、それだけで自分を受け入れまいとしている事を、ライルは鋭く感じ取ったのだった。(でも、よく考えたらそんなもの、これっぽっちも怖くはねぇな)他人の意思なんて関係ねぇ、自分のやりたい事をする。それでも、自分の正義は着いて来る……ライルがあの出来事から学んだ事だ。ライルは、はなから死ぬ事を恐れちゃいない、それは昔も今も変わっちゃいない。そして、ついに。ふき過ぎた涙でくしゃくしゃになった顔を出してライルはファームへと帰ってきた。その時、小さな手によって握られていた物を覚えてるだろうか思えばそれは、後の人生を変える程に重く、大きい物だったろう。「山神、返してくれよ。俺の『ディグブレイド』を」ライルは、自分の利き手を差し出す。山神はそれに応えて、立ち上がる。「ああ、最初からそのつもりだ、ライルよ。だが、もう二度とその剣を我に向けてくれるな今のお前が武器を持ったとなれば、さすがの我とて敵わんからな」山神は笑った。一体誰から聞いたんだろうなぁ?名前も知らないはずの子供の思い出を、忘れずにとっていたアンタは確かにただの熊じゃあ無さそうだ。「本当は渡したくないのだが」なんて顔が、余計にそう思わせてるぜ。さあ、魔女の姿はもう見えない。だがライルには、その居場所を感じ取れる。気がする。ライルの味わった剣柄の感触も、やはり変わらず重かった。片手でらくらく、って訳にはいかなそうだ。とライルは思って強く握り締める。「魔女だからなんだってんだ、今行かなきゃ逃げられちまう」「心を糸に繋いでいたんだ、それがようやく奪われたんだ」「もう隠そうったってそんなの無駄だ、”世界まるごと釣り上げてやる”!」そう呟いて、ライルは空間を転移した……。■走者 バナナな人 ◆Ap8aQWhlek■連鎖する物語 1-7 「something」本編虫の音が聞こえ、草木がざわめく。村から離れたその丘の上に魔女はいた。空の上には、星も月も太陽もない。浮かぶ雲により辺りは薄暗い。「やはり、ここにもおらぬのか……」黒いローブは風によってなびく。魔女の声は空間に放たれ、落ち、そして解ける。ふと、魔女の背後からガサリという音が聞こえた。風か、それとも獣だろうか。しかし魔女はそのどれでもない、と思った。「どうも。 またあったな魔女さんよぉ?」そこに少年は現れた。自身の手によく馴染む剣を肩に担いで。それに魔女は応じることも振り返ることもなく。ただその場に立つのみ。「教えてもらう。 この世界について」少年の様子は穏やかではあったが、その声には興奮と荒々しさが含まれていた。そこで魔女は、初めて振り向く。顔はローブに覆われ口元ぐらいしか見えない。「あなたはさっき、会ったわね。 ここに来た理由はそれだけ?」ああ、と返事をした少年は担いでいる剣を握る。「俺は知りたい。 俺の知らない世界……未知の世界って奴を」一度、間を取ったのは恐れによるものではない。自身の望みが叶うかもしれない。そのことへの期待。興奮。それらが今の少年の心を満たしていた。突如、魔女の体が震えだす。肩が小刻みに動く。直後の、笑い。高らかな声は少年の耳に届き、脳に届き、怒り一色に染め上げる。「てめぇ……何がおかしいんだ!」ピタリと止む笑い声。代わりに吹くは突風。突然のことに驚いた少年は顔を腕で庇うが、「逃げられる」ととっさに考え視線を戻す。だが、少年の予想に反して魔女は逃げるどころか動きすらしていない。「今までただ能天気に暮らしていただけの癖に……笑わせないでッ!!」魔女の言葉で風が、木が、草が、震え上がらせる。しかしとて少年は怯むこともなく。握っていた拳はさらに力を加え、筋肉という筋肉を緊張させ。「あなたが思うほど、この世界は単純じゃない。 もしかしたら、絶望という名の釜の蓋を開けることになるかもしれないのよ?」少年は答える。「絶望だろうが希望だろうが平凡だろうが。 俺は知りてぇんだ。 "世界"をッ!!」殺那。常人では考えられないほどの力が足を伝わり、大地を伝わり。その反発により少年の体は一気に加速する。体が、体が、足が、手が、普段以上に動く。対する魔女は。一歩も動くこともない。ただただ、直立するのみ。 両者の距離は瞬く間に縮まる。少年の刃が魔女を切り刻めるほどに。(何で動かねぇ……だが)狙うは魔女の胴体より、下の部分。加速による力を腕に乗せて。剣を振るう。「うらぁぁぁぁぁぁぁッ!!」決まった。もしもこの場で誰かが見ていたのならきっとこう思っただろう。だが、その刃は魔女の体に触れる前に。弾かれる。それにより少年は後方へと吹き飛ばされる。それでも止まらぬ心は体を前へ動かす。「まだまだだぁぁぁぁぁぁッ!!」少年は考えていた。(さっきは殺さねぇようにしたがよ……)全力で殺しにかかれば?そう考えた少年はさきほどよりさらに駆ける。魔女の懐に入り込んだ少年は二撃目の場所を見定める。振り上げられた両腕はただ一点。魔女の脳天を叩くために。「無駄よ」放たれた斬撃は再び防がれ、魔女へと向けられた衝撃はまたも少年に牙を向く。為す術もなく後方に吹っ飛ばされた少年は地面を転がり、そのまま横たわる。ゼェハァと肩を上下に動かしできる限りの酸素を体内に取り込む。肺は新鮮な酸素を取り込もうと、喘ぎ苦しむ。心臓は全身の細胞に届けるため収縮と拡張を交互に繰り返す。「……ハァ……クソ……動け……ハァ……動きやがれッ……!」その声は、むなしく響くだけ。力を使い果たした肉体は己が主人の望みを叶えられない。少年は最後の力を振り絞り、叫んだ。敗北という二文字を、噛み締めながら。「クソァァァァァァァゥゥゥォォォォォォォォォォォッ!!」■走者 Kの人 ◆1XlmralcSc■連鎖する物語 1-8 「something」本編動け、動けよ!何度も何度もそう念じる。しかし体は動かぬどころか更に圧迫感を感じ始めていた。「クソ…………動け…………!!」奴が、奴が一歩一歩、確実に彼の元に歩み寄ってゆく。その度に、体にかかる圧迫感は増してくる。気迫ではない、まるで目に見えない重石が体に乗っかっているみたいだ。……ついに奴は彼の元に到達した。奴は冷酷な瞳で彼を見下している。「………………」無言だがそれでも何か、言葉に出来ないような物を感じる。それは圧迫感でも疲労でも悲しみでも怒りでもない。ただ……単純な憧れ。自分の知らない世界にはこんなに強い奴がいる。自分がまだ見ぬ世界にはこんな面白い奴がいる。自分の行ったことの無い場所にはこんなに不思議な奴がいる。そしてその自分の知らない世界のことを知っている奴が目の前にいる。しかし、彼の意に反して奴は。「所詮、貴方はその程度よ。」そう呟くと踵を返しその場から立ち去ろうとする。「待てよ……」彼は魔女をその場に呼び止める。だいぶ先程よりは楽になり何とか剣を杖代わりにして立ち上がる。そして――「――アンタは、何者なんだ?」ゴクリと生唾を飲む。その場にはライルのまだ荒い息と草々が微風に揺られる音しか響いていない。そんな静寂な世界、沈黙が続き時の流れがゆっくりになったかのような錯覚を覚えた時だった。奴は……ゆっくりと口を開いた。「……私は魔女、それ以上でも以下でもない。」静寂に混じるように、しかしライルにはっきりと聞こえる大きさの声で呟いた。「いや、それは知ってるって。なんでこんな所にいるんだ?」「答える義務は無かろう。」淡々と、呟いた。ただ、一つ変わっていたのは……頭上に巨大な光り輝く球状の何かを生成していることだった。それは凄い輝きを放ち夜中なのにまるで昼間のように辺りを照らし出す。「なんだよ……それ……」あからさまに不可解な現象に彼は思わず後ずさりをする。なんだあの球は……いや、いつどうやって出したんだ?思いつく限りのことを考えるが到底説明が付くような現象ではなかった。そもそも考えるより体が動いてしまうタイプの彼はついそれに近づいてしまった。後ずさりした時の驚きは無い、ただ好奇心が彼を動かしていた。Pop.「………爆ぜろ。」魔女がそう呟いた刹那、奴の頭上の光球は膨張し爆ぜる。凄まじい爆音と共にいまだかつて彼が体験したことの無い衝撃が彼の体を襲う。そのまま激しく後ろに飛ばされて樹に激突する……はずだった。ぽふっ……とまでは行かないが樹ではない柔らかい物に受け止められる。「山神……!?」それの正体は山神だった。■走者 クロ■連鎖する物語 1-9 「something」本編山神は立っていた。吹きすさぶ風の中で、その漆黒の体毛を激しく躍らせながらもどっしりと大地の上に立っていた。そして山神は傷だらけのライルに問いかける。「ただがむしゃらにもがいても辿りつけないものがある。何かわかるか?」ライルはうつむいたまま少し考えてから答えた。「……わからない……何だそれは?」山神は優しく言葉を叩きつけた。「答えは自分で考えろ。その『何か』から目を逸らすな。その『何か』を見逃すな。そして考えろ小僧、『ディグブレイド』とは何なのかを!!」その言葉には「何か」が宿っていたのだろうか。その言葉はライルの胸を貫き、全身を激しく揺さぶった。ライルは瞬きをするのも忘れ、その衝撃を噛みしめる。やがて「ディグブレイド」の確かな重みを感じ取ったライルは「ディグブレイド」を強く握り締めた。「そうか……そうだったのか……」導き出した答えの感触に魂が震え、ライルの瞳は輝きを取り戻していった。そしてその瞳は妖しく笑う魔女を捉えた。そしてライルは「ディグブレイド」を構え、力強く一歩一歩踏み出す。大地の後押しを受けるように加速していくライルを妨げるものは何も無かった。「わかったんだ!俺が憧れ、求めていたものが何なのか!!そして……この『ディグブレイド』は!!『真実』を掘り起こすためにある!!」ライル今までで最高の踏み込みから渾身の力を込めて「ディグブレイド」を振るった。かつてない威力を誇っていようその一撃に魔女はすかさず魔力を集中させる。「その目で私を見るな……!!」今までのように斬撃を弾こうとする魔女、しかし思わぬ誤算が生じた。ライルの放った一撃は魔女に届かず、その手前の地面に炸裂したのである。砕かれた大地に巻き上がる砂塵、砂煙に包まれ視界を遮られた魔女は弾かれて落ちていく小石の音を聞きながらため息をついた。「やはりこの程度、砂塵を巻き上げその隙に身を隠し、不意の一撃に賭けようなんて。この一撃で何もかも吹き飛ばせることを忘れたらしい!」そう言うと先ほどと同じように光球を頭上に生み出し、魔女は無情にも光球を炸裂させた。無慈悲な衝撃が万物を吹き飛ばす。そして荒れ狂う風だけが残った。そこに立っている者は魔女ひとり。風が落ち着きを取り戻すと、雨がぽつりぽつりと降りだした。ふと見上げる魔女、そこには暗雲に包み込まれた空があった。■走者 桐 ◆NKdvTma27s■連鎖する物語 1-10 「something」本編白い世界だった。幻想的な、しかしそれ故非現実的な。ライルは、その純白の世界の中で一人、立っていた。周りには白い濃霧が立ちこめ、視界を遮っている。「ここは……」無力な少年の呟き声は、そのまま白い空間に消える。「確か俺は……あの魔女に……」思い出すのは光球と衝撃。身体中に染み渡るほどの衝撃がついさっきにあったはずなのだが、今は痛みも何も無い。呆然としていると、不意に目前の霧が形を持つ。それは人の形になった。輪郭は霧でぼやけて見えない。ただ見えるのは、ボサボサの黒い髪と、その高い背丈のみ。「ようやく、か」白の中の黒い影は、今にも消えそうな声で唱えた。「だ……誰だ?」「ライル……よくここまで来たな。ここへ来たと言うことは、お前は『真実』を掘り起こす『覚悟』を掴んだということだ」影はライルの疑問を無視し、言葉を続ける。ライルには彼の言っている意味が分からない。しかし、その奥にある『何か』――それを、ライルは理解した。既に理解していたのだ。「ああ」ライルは、自信を持って答えた。影は息を大きく吸い込み、叫ぶ。「ならば、お前は追い求められるはずだ。解き明かせるはずだ。その『真実』を掘り出し、公にすることができるはずだ!」「ああ!」大きな声で。ライルは首肯する。「……されば、行け! お前のいるべき場所は、もうここではない。お前の語るべき相手は、もう俺ではない!」「……アンタは……」ボサボサの黒い髪。高い背丈。記憶の中の何かが刺激された気がした。しかし深い霧で、その思考は閉ざされる。それと同時に、彼の意識は再び薄れた。声が聞こえた気がした。「また――逢おう」「フリーダム……なんだか、お前の気配がする。あのときの、気配が」山神は、その大きな巨体の隣に、倒れた少年を置いてひとりごちる。「我は――お前の望むとおりに、出来ただろうか」一際大きく述懐したその言葉の後、少年――ライルは魘される。「うぅ……」「……起きたか、小僧」ライルの目が開いた。その世界を貫く澄んだ瞳は、山神を真直ぐに射抜いて。「……! 魔女は!? あいつは……何処へ行った!?」「お前が気絶してから、既に朝になっているのだ。待っていてくれているはずがない」その残酷な言葉に、ライルは項垂れる。確かに、辺りは爽やかに晴れ渡っていた。朝日が照らしているのにも気づかず、ライルは魔女を追い求めようとしたのだ。「そうか……」『真実』を掘り出さなければいけないのだ。必ずや、自身の手で。諦めるわけにはいかない。「……なぁ、山神よ」「なんだ?」「俺、ここから出ようと思う。そのために、本気で行動する」追い求めるための手段。方法。世界を見るためのメソッド。それには、この閉ざされた区画(ファーム)から脱出するしかない。今までの好奇心ではなく、それは決意だった。ライルの言葉を聞き、山神は意外な反応をした。「やはりな。我はそれを止めぬ。止める権利などない。しかし――ひとつ、条件をつけさせてもらおう」「条件……?」一息のあと。「『独り』でここを出るな。必ず『誰か』と行くことだ」その言葉の真意。それは――ライルには、分からなかった。■走者 バナナな人 ◆Ap8aQWhlek■連鎖する物語 1-11 「something」本編「誰かと行け……か」村中の人々が眠り込んでいると思われる時間帯。暗闇が周囲を包み込む。安らぎの時間。ライルが村に帰ってきたときには日はすでに沈んでいた。そんな中、ライルは一人考えていた。「何で山神はこんなことを……ああクソッ。 考えても分かんねぇ!」ここに着くまでに様々な疑問が頭を駆け巡り、柄にもなく深く、深く考え込んだ結果。草が生い茂る大地に、ライルは倒れこみ、そのまま寝転がる。その思考は山神の発言のことではなく今現在問題である方に移っていた。「誰かっていっても……やっぱあいつらしか居ねぇし……けど……」そこでライルは二人の顔を思い浮かべる。しかしだ。仮に連れて行ったとしてどうなるか。どんな危険な目にあうかも分からない。場合によっては命を落としかねない。そんなところに連れて行くよりはここで安全に暮らしていたほうがいいのではないか。不意に、ガサリという音が背後から聞こえた。一瞬、山神でも来たのかとも思ったがそれならばこんな音ではないだろうと考え直し、警戒しながら後ろを振り向きつつ立ち上がった。「ラ~イ~ル~? こんなところで何をしてるのかなぁ~?」そこには先ほど思い浮かべていた中の一人、レミンが立っていた。ただし、その表情はライルが今まで見た中でもっとも恐ろしい形相であったが。「レ、レミン!? いや、何って今帰ってきたとこ……」その先の言葉は予想外のことがあったがゆえに言えなかった。目の前にいたはずの少女、レミンはライルに抱きつくと、その顔をうずめる。これには驚いたライルは慌てながらも反射的に言う。「おお、おい! 一体何考えて」「バカ……」突然の声に反応できなかったライルは間の抜けた声で「え?」と聞き返す。ときおり聞こえる鼻をすする音。そして明らかに普段とは違う声。「ライルのバカ……こ、この……大バカ野郎……わっ私がどれだけ……心配したか……」「レミン……お前……」そのとき、ライルは理解した。この少女がどれだけ自分のことを大切に思っていてくれたかを。ライルはその思いに答えるかのように優しくその腕で包み込む。「……大丈夫だ。 俺はちゃんとここにいる。 ここに、こうして生きている」「うっ……ひっく……うあああああぁぁぁっぁぁんんっ!!!」生きている。ただそれだけで、少女の心は安心できた。そしてライルは。ただ、その思いをひたすら受け止めていた。「うっ……グス……ありがと……もう平気」そういうとレミンは顔を手で拭いながらライルから離れる。その目は少し赤くはれていた。しばらくの間、二人は言葉を交わすことはなかったがそれでも気持ちは伝わっていると、そんな風に思えた。そこに、その場の空気を読んでか読まずか一人の人物がやってきた。「おー! ライルじゃないか! てっきり死んだのかと思ってたぞ?」けらけら笑いながら近づいていく彼こそ、ライルが思い浮かべたもう一人の顔。ロックスである。「死神には会えたか?」と冗談を言いつつも、その裏の真意は誰にも読み取ることができた。「ロックス。 お前の登場については突っ込まないでおこう」そんなことよりも、と付け加えるとさらに言葉をつなぐ。「何でお前等、夜なのに起きてるんだ? レミンはともかくお前まで……」「そりゃ、お前。 大の男が、仮にも女であるそいつを夜一人で歩かせるかよ? 俺、紳士だし」「何が紳士よ! このアホ! あと、"仮にも"は余計よ!」レミンの必殺パンチを食らったロックスは鼻から盛大に血を噴出しながら地面にひれ伏した。「くそ……やっぱりこいつ女じゃねえ……」「何か言ったかしら? もう一発食らいたいようね」「何でもありません……」いつもと変わりようのない風景。ほのぼのと和めるその様子を見ながらも。ライルは、あの話をすることに決めたのだった。一緒に行く、行かないにせよ、二人とは話をしなければいけないと思ったから。■走者 ド兄サン ◆kCddW1pw9Q■連鎖する物語 1-12 「something」本編ライルの家――人々が明日の為に照明を落とし、眠ろうとしていたがライルの家だけはランプの頼りない光が窓から漏れる。大事な話だし、明日に引き伸ばすわけにもいかないだろう。『学院』の商船から買った茶を二人に出すと、ゆっくり静かに話を切り出した。「レミン、ロックス…聞いて欲しい事があるんだ」ライルの問いかけに、二人は無言でいる事しか出来ぬ、ティーカップの音だけが薄暗い部屋に響き渡る心底、話して欲しくないと言う気持ちが二人にあるのだろう。しかしライルは構わず続ける。「俺さ…この国を出ようと思う、いつもみたいな半端な気持ちじゃない…本気でだ。世界を、色んな国を旅して…埋もれた『真実』を掘り起こす為に。」ライルには…場の空気がズンと重くなったのが分かったが、今更引き返すわけにもいかないだろう。カップに残った茶をグッと飲み干し、ロックスは立ち上がった。「ライル、お前は昔っからそうだったよな…自分で決めた事は納得出来るまでやりとおす…例え周りから危険だって言われても…お前は突っ走った…ま、そのお陰で俺もとばっちり喰らって一緒に怒られたっけな、ハハハハ」ロックスは語りながらライルの元に歩み寄り…そして襟首を掴んだ。口調はいつもとさして変わらないが、その手には…明らかな怒りを孕んでいる。ライルの表情が変わる事は無かったが、ここまで怒りを露にするロックスを見るのは、初めてだった。「だが今回ばっかしは違うじゃねぇかよ…下手すりゃ死ぬんだぞ…。残された人の事考えろよ、お前は…そこまでバカだったのかよ!」ロックスの言い分も最もだ。長年付き合って来たんだ、そんな親友をむざむざ死地へ赴かせるわけにもいくまい。その手には怒りを、そして目尻には涙が浮かんでいた。振り上げた拳を止めたのは…レミンであった。「いいのロックス…知ってるでしょ?ライルは一度やり始めた事は絶対に中途半端に終わらせないって事…いいよライル、行ってきてよ…」「レ…レミン…だけどよぉ…ライルは死ぬかも知れないんだぞ!? 俺は反対だ!」ロックスはパッと手を離し、レミンを見る自分で何を言っているのか…突然この話を切り出されて混乱しているのかと思ったからだ。だがレミンは正常だ その証拠に力強くハッキリと言い切った。「ロックスがライルの身を案じるのは分かるけど…ライルが決めた事だもの。私達にそれを止める権利なんて無いわ…けどね」ロックスは代わり、今度はレミンがライルの両肩を掴む。レミンは今まで以上に形相を、しかし美しくもある表情でライルを見据えて言い放った。「けどね…絶対に死んじゃダメよ 生きて、必ずここに帰ってくる事!もし破ったら…地獄まで追いかけてひっぱたいてやるんだからっ!」レミンの手により一層力がこもる。その手をライルは優しく解き、答えた。「分かった…絶対に死なない。生きて必ず帰ってくる…だからレミン、ロックス それまで待っててくれ」あぁ、やはりこの二人を危険な旅に同行させるわけにも行くまい。山神の言葉に反してしまうが一人で行くべきなのだろうか、レミンの頭を擦っているとふと、気付いた事があった。「レミン………」「な…何よ…?」「レミン、女の鼻水はみっともないぞ ちゃんと拭こう、な?」ライルの無神経な言葉にレミンの怒りが有頂天になった。この怒りはしばらく収まる事をしらない。「ラァ~イィ~ルゥ~っ!こんな時に…アンタって人はぁーっ! だからデリカシーが無いって言われるのよぉ!」さきほどまでの重い空気は吹っ飛び、いつもの会話が飛び交う事となった。夜も更け、皆が寝静まった頃 ライルは一人、山神が待つ所へ向かった。結局一人で来てしまった、山神はなんと言うのだろうか。ウジウジ考えても仕方ない、なんとか言ってみるしか無いだろう。「山神―――」「…その様子だと、誰かを連れてくる事は――」不意にガサリと音が聞こえた。ライルが振り向くと…そこには漂流者メディア=ツァカリクサの姿があった。「『誰か』と行くのが条件だったよね…? ならば私でも問題は無いんじゃあ無くて…?」「め、メディアさん…だけど無関係の貴方を巻き込むわけには…」「私が『ファーム』に流れ着き、貴方が魔女と出会った事…もう私も巻き込まれているのよ…貴方の、運命にね―――」■走者 Kの人 ◆1XlmralcSc■連鎖する物語 1-13 「something」本編見渡す限りの大海原。潮風が吹きとても心地よい。今、彼、ライルと彼女、メディアと大陸渡しの船団の愉快な面々と共に大海原に漕ぎ出している。海は普段から見慣れていたもののこんなに沖合い、それこそ四方が蒼一色の景色は殆ど見たことが無い。見たことの無い景色、体験したことの無い船の速度にライルは興奮気味だった。「いやぁ、助かったぜ。まさか大陸渡しの船団があんな田舎村の近くにきているなんてな。」大陸渡しの船団とは文字通り大陸間を移動する船団。ファームに訪れたのは農作物や魚介類の仕入れの為だとか。それにしても幸先がよい。本当なら海を渡るところから考えなくてはならないのにまさかこうも簡単に連れて行ってもらえるとは。これもメディアのおかげだ。彼女は学院の出身らしい。で、遭難したから連れて行ってくれと言ったら開口一発「おk」の返事で彼と彼女はホイホイと船に乗り込んだわけだ。そして現在に至る。 船はとても速くライルの村にあった船とは比べ物にならなかった。頬に当たる風が心地よく彼は出発して三時間たって尚甲板、船首の方で潮風を堪能していた。なんでも、この船は魔法の力で動いているとか動いていないとか。とにかくライルのいた村には無い技術で動いている。そのことにも彼は興味を懐いていた。しかし本来の目的は大陸の外、まだ見ぬ学園や王国、楽園といったファーム以外の物をもっと見聞きしたい。だから海でこんなに興奮していては身体がいくらあっても持たないだろう。自分にそう言い聞かせるものの性分故にそれも叶いそうも無い。だからと言って乗組員の人に迷惑をかけてはいけない。 「よし、寝よう! そう宣言した瞬間、ライルは甲板に寝転がって大きな鼾を上げながら眠りに着いた。昨日の夜からの騒動で殆ど眠れていないわけだ、無理も無い。気絶していた? 気絶は寝たうちには入りません。彼が起きた頃には既に日が傾き始めていた。なにやら周囲が騒々しいと思い彼は起き上がり周りを見渡す。「な、なんじゃこりゃあ!!?」一言で例えると未知の世界。赤レンガの巨大な、それこそ村長の家より大きな家があったりととにかく今まで自分が見ていたファームの景色とは一転してまさに学園と言う感じの町並みだった。……彼は学園を知っているわけではないがそんな印象を覚えた。とにかく、今まで自分が信じていた想像を根本的な場所から覆すような景色だったことは間違いない。飛び上がって船の上から街を見る。 「やった……ついに来たんだ…………!」感動と興奮のあまり少し涙が滲んできた。服の袖でそれを拭いて足早に船から下りる。土とは異なるコンクリートの感触、本当に何もかもが新鮮だった。「どう、学園の感想は?」メディアは彼に問う。「言葉じゃ言い表せねぇ!!」――ライルの冒険が、始まった瞬間だった。
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