【Sugar Cat】

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saraswati

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雨。
暗い空。
降り止まない雨。
見えない青空。
灰色の町並み。
雲は全てに影を落とし。
花咲かせる椿の木すらも無機質な灰色の中に沈んでいた。
僕は出会った。
彼女に。
降り止まない雨。
その中で彼女は傘もささずに座っていた。
その目は突き放す様でいて悲しげ。
雨の中彼女は冷え切った体を震わせていた。
震えながらも凛として誰かに頼ろうともしていなかった。
色を失った世界に唯一色を持った彼女。
そんな捨て猫に僕は出会った。

黙りこくった彼女にホットミルクを差し出す。
僕の手元にもマグカップに入ったホットミルクがある。
桃色の舌が白い水面を撫ぜる。
少し淫靡な光景に視線をずらす。
触れた瞬間彼女の肩が大きく跳ね上がる。
「猫舌なの……?」
こちらを向いた彼女は猫のように大きな瞳をしていた。
何も言わず無言のまま小首をかしげる。
「君名前は?」
彼女は何も言わない。
「えっと教えてくれないのかな」
彼女はこちらを伺うようにしながら恐る恐るホットミルクに口をつける。
彼女は僕の質問に何一つ答えようとしないまま僕の用意した毛布に包まっていた。
僕もマグカップを持ち上げてホットミルクを飲む
僕と彼女の奇妙な同居生活が始まった。

彼女の朝は早い。
何も言わずに僕を起こす。
驚いたときやちょっとした時に言葉ともいえない声を出すことはある。
しかし彼女と喋ったことは無い。
全てがアイコンタクトやジェスチャーで済まされている。
警戒されているのだろうか?
しかし僕は結構童顔でそれがコンプレックスだったりもする。
彼女が僕を起こすのは大体お腹が空いたときだ。
彼女は決して自分で食事を作ろうとはしない。
食事を取ったあと彼女は僕の家を後にする。
僕を起こすのは食事のためだけじゃないのかもしれない。
彼女が出て行った後は鍵が開きっぱなしだ。
彼女も気を使っているのかもしれない。
しかし何度言っても合鍵を持つことはしない。
ただ僕を起こすだけだ。
それが毎朝の習慣。
彼女が昼間どこに言っているのかは知らない。
聞いたことも無いし答えてもくれないだろう。
僕が仕事から帰ってくる頃には扉の前に座り込んで僕の事を待っている。
俗に言う家出少女なのかもしれない。
でも僕は彼女に体を要求したことも無いし彼女も金銭を要求してきりはしない。
信頼と言うには淡い絆。
だけれど張り詰めてもいない。
会話を交わすことは無いけれど。
お互いのことを必要以上に知ろうとしない心地いい距離。
それが彼女と僕との奇妙な関係だ。

彼女はいつもそっけない。
それはこの奇妙な同居生活が一ヶ月続いた今でもそうだ。
目を合わせることは稀だ。
いつも斜に構えてこちらの視線を受けている。
話しかけるときも相槌すら打たないから反応に困る。
それでも彼女の後姿を見てるとちゃん聞いてる気がしてくるから不思議だ。
かといって一度目を合わせると彼女はまじまじと僕の事を見つめてくる。
こちらが目を逸らすまで彼女は瞬きすらしない。
からかわれているのだろうか。
彼女は意外とこういうことにも慣れてるのだろうか。
僕なんかはどぎまぎしてしまうのに。
彼女と親しかった男か。
どんな奴なんだろうか。
ん?僕は嫉妬しているのだろうか。

車を走らせる。
今日は珍しく仕事が長引いた。
彼女は扉の前に座り込んでいるのだろうか。
心細そうに俯きながら。
僕の事を待っているのだろうか。
そんなことを思いながら車を走らせる。
信号で車を止める。
通る車は無いのに律儀に待ってしまう。
ハンドルを指で叩いく。
ふと見慣れた姿を見た気がした。
見間違いだと思った。
しかしあれは彼女だ。
走っていた。
いや追われていた。
若い男だ。
その男が彼女を追いかけていた。
危ないと思った。
もしも彼女がその男に追いつかれたら二度と会えないんじゃないかと。
そんなことが心を過った。
気が付いたらドアを開けていた。
「乗れ!」
柄にもなく叫んでみる。
気付いた彼女がこちらに向けて走り出す。
信号が緑に変わる。
彼女が車に乗り込むと同時にアクセルを床まで踏み込む。
ドアを閉めるのは後だ。
バックミラーを見ると男は歩道に立ったままだった。
どんどんと小さくなっていく。
ドアを閉める。
彼女は助手席に座っていた。
「あいつは……誰?」
彼女は怯えていた。
助手席で丸くなる。
「君の知り合い?」
沈黙。
「まあいいや。家に着いたら教えてくれ」
静かな車内を街灯が規則的に照らしていた。

俺は一糸纏わぬ彼女を片手で押さえつける。
長い爪で俺の事を引っかこうとする。
俺はあらかじめ買っておいたそれを取り出す。
首輪だ。
SMプレイで使うような首輪を抵抗する彼女に首を締めんばかりの強さで装着しようとする。
彼女は抵抗した。
指に鋭い痛みが走った。
指先に血がにじむ。
彼女の歯が当たったのだ。
彼女は泣きそうな顔をしていた。
心に鋭い痛みが走った。
愕然とした。
心の中に黒い魔物がいた。
僕は所有欲の塊だ。
知らない誰かに彼女が連れ去られるんじゃないかと。
心地いい距離を踏み越えてまで僕は彼女を所有しようとしていた。
自らの所有の証に首輪をつけようとした。
彼女は野良猫。
誰かのものにはならないのだ。
僕は醜い男だ。
「うわあああああああああああ」
靴も履かずに部屋から逃げ出した。
怖かった。
ただ純粋に怖かった。
彼女は僕の事を嫌わないだろう。
そればかりか優しく慰めてくれるだろう
それが怖かった。
許されることが怖かった。
彼女が醜い僕を肯定することが怖かった。
走った。
尖った石が足裏を切り裂く。
痛い。
痛い。
でも心はもっと痛い。
僕は彼女を襲った僕自身を軽蔑した。
だからかもしれない。
「――――」
声を聞いた。
魔が差したのかもしれない。
自暴自棄になって自ら飛び出していったのかもしれない。
ただ彼女の声を聞いたときには手遅れだった。
視界が白に埋まる。
車のライトだとどこか冷静な頭で理解した。
ゆっくりと近づいてくる車。
平時なら止まっているような速度なのに僕の体は反応できない。
ああこれが死の直前に世界がスローモーションになると言う奴か。
そして僕は死ぬのか。
縮まる僕と車の距離――そこに影が飛び込んだ。
おいおいなんでそんなとこにいるんだよ。
なんで僕なんか追いかけてきたんだよ。
家で待ってろよ。
なにもお前まで一緒に轢かれることは無いだろ。
衝突した。

体が冷たい。
熱が逃げてゆく。
彼女はどこだ。
爪がアスファルトを掻き毟る。
おそらく血が出ている。
爪もはがれているかもしれない。
でも痛みは感じない。
たぶん死ぬだろう。
死は怖くない。
このまま彼女と離れ離れになってしまうほうが怖い。
霞む視界の中彼女に腕を伸ばす。
体が引きつる。
大丈夫まだ動く。
あと少し。
もう少し。
……動けよ。
動けよポンコツ。
あと少しだ。
もう少しだ。
手が届く
ほんの少しで手が届くんだ。
最後くらい無茶したってばちは当たらないだろ。
動いてくれよ。
なあ。
一息で彼女に触れられるんだ。
休んでちゃいけないんだ。
彼女を彼女を……
腕が重い。
寒い。
冷気が這い寄る。
眠い。
彼女の温もりが恋しい。
小柄で。
でも抱きしめると温かくて。
そんな温もりが。
なあ一人っきりは寒いよ。
もう一度抱きしめたい。
「――」
僕の耳が声を拾った。
彼女の声だ。
ちょうど僕の正面から聞こえてきた。
彼女の声が僕に活力を与える。
動かなかった腕を伸ばす。
痛みはあるが動く。
伸ばした腕が彼女に触れる。
そのまま体を引きずって彼女の横まで運ぶ。
アスファルトに削られる痛みも感じない。
その程度のことじゃ阻めない。
彼女の体を抱きしめる。
力を込めて抱きしめる。
最後まで燃やし尽くして抱きしめる。
繋がったところから温もりが溢れ出す。
彼女の体も僕の体も冷たかったけれど僕らの心は不思議と温かかった。
僕らは幸せだった。

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