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 「うぉー!スゲーっす!
 本当に町が空に浮いてるっす!」

 その声は蒸気機関車の前方の車両から聞こえる。
 そこに乗っているのは赤い髪の少年エドだ。
 蒸気機関車が白い煙をまき散らしながら線路を南に辿るのはレムリア首都キングスシェムの直下に広がる湖の湖畔だ。
 汽車は今のどかな午後の日差しを浴びながら特に急ぐようでもなく首都直下の湖畔を首都連結橋の方向に向かっている。
 汽車がすぐそばを走る湖は直径十数キロにも及び水は透明でなめらかだ。
 澄んだ水は深い青色をたたえている。
 湖とは反対側に目を向ければ浮遊都市の繁栄に伴って形成されたベッドタウンが広がっている。
 エドが乗っているのは先頭から二番目の車両の湖に面した側の四人用のコンパートメントだ。
 大声を出しながら喜々として窓の外に頭を突き出しているエド視線の先には首都キングスシェムが湖の上に堂々と浮遊していた。
 「話には聞いてたけど本当に浮いてるっす。
 さすが首都は一味違うっす!」
 エドは目を皿のように見開きながら初めて見るものに歓喜していた。
 「ああ君少し静かにできないかね」
 エドの向かい側の席には神経質そうな老人が本を片手に座っている。
 彼はエドの醜態に顔をしかめていたがエドはどこ吹く風と言うように全く気付いていない。
 先ほどのような呼びかけもひとつ前の駅を出てから十分で五回を超えている。
 「ふぅ」
 しばらくして男性もようやく無駄だと気付いたのか読みかけの本に栞を挟みサイドボードに置くと窓際に肘をついて窓の外に目をやる。
 被っていた帽子のつばを少し上げれば見えるのは湖の上に浮く都市だ。
 窓の外に広がる湖の水面は太陽の光を跳ね返しているが中央の浮遊島が大きな影を落としているのでドーナッツ状に光っている。
 浮遊島はより広く張り出すように零れ落ちるように建物が立ち並び元の形から大きくかけ離れている。
 中央には中央省庁や中央公園に存在する王城の高い影、周りには中央より幾分か低いの影や高架橋の影が見える。
 島の周囲や上空には商船や警備船が小さな蠅のように飛び交っている。
 島は数百年前の天変地異で空中に浮き上がったという説が有力だが詳しい調査はまだ進んでいない。
 原因不明の現象だけに何が引き金になるかわからない。
 首都として機能し始めた以上なにか手を加えて落下するような可能性のあることは出来ないのだ。
 島を眺めていた彼が車内に目を戻してもエドは騒ぎ続けていたがいつの間にか老人の中から苛立ちは消えていた。
 始めは苛付いていた男性も昔のことを思い出している。
 うちの子どもにもこんな無邪気時期があったな、と。
 エド決して子どもだからと許されるような年齢では無いのだが男性にはどうでもいいことのようだ。
 座席に膝立ちしながら窓の外を見ているエドの背後にはさらに大きな旅行カバンと身の丈ほどもある大きな布の包みが置かれている。
 包みの長さは一メートル近くある細長く棒状のものだ。
 布は緩く多く巻かれているので中の棒の形を正確に知ることはできないが先端は膨らんでいるようだ。
 「おー!橋っす!でっけーっす!」
 ちょうど機関車が連結橋に差し掛かった時またもやエドが大声を上げる。
 今度は老人もエドと一緒にまだの外を見る。
 連結橋の全容は金属製で幅は三百メートル長さは二キロにも及ぶ湖の岸と首都とをつなぐ長い長い坂道だ。
 線路の横には歩行者も車も一緒に通れるように道が作られている。
 ゆるい傾斜のある橋は岸から首都の玄関である一番地区へと続いている。
 湖の中心まで続く坂道を機関車が煙を上げながら登っていく。
 途中車や人を追い越して行きながら機関車は首都へ向かっていく。
 エドの目的地を目指していく。


 ●


 エドが停車場に止まった汽車から降りるとプラットホームは大量の人でごった返していた。
 エドのいる場所はちょうど人の流れの激しい場所赤い髪の毛だけが人ごみの外からでも見て取ることができる。
 「うぉー!さすが首都っす!」
 エドは半ば人の動きに流されるようにしながら感動していた。
 人が多すぎて思うように動けず他人の後ろについていく形だ。
 列から外れれば知らないところまで流されてしまう
 人の群れの種類は多種多様でタキシードとドレスの優雅な集団もいれば出稼ぎにきた着の身着のままな人間もいる。
 エドのいでたちはというと丈夫そうな革のジャケットにジーンズだ。
 若干田舎くさいが特別浮いているわけでもない。
 それほどまでに雑多な人種がいる。
 駅内は天井がアーチで覆われているせいで人々の熱気が籠って蒸し暑い。
 エドは押しつ押されつしながらも何とか改札口にたどり着く。
 荷物が自動改札に引っかかったが何度か試行錯誤しているうちに無事に出ることができた。
 人ごみにもまれてエドはげっそりとしていたが自分の後ろに並んでいた人たちに頭を下げるとカバンと包みを背負いなおし歩き始める。
 彼は周りの人間を見渡しながら何かを探すように歩いていく。
 ここで旧友と待ち合わせをしているからだ。
 予定では改札から出てきたエドを出迎えてくれるはずだ。
 しかし人を探そうにも人が多すぎて視界も遮られ声も聞こえずとても一人を探す事はできそうにない。
 「人が多すぎてわかんねーっす。姉さん都会は恐ろしいっす」
 エドが左右を見回しながらつぶやく。
 だがその声すらも人も群れが作り出す音に飲み込まれていく。
 エドが人の多さに途方にくれ軽く頭痛を覚えてきた頃突然人垣の向こうから。
 「おーい!エド!」
 叫んでる人物は人ごみの向こうで確認はできなくしかも他の音にかき消されそうな大きさだったがその声は確かにエドの耳に届いた。
 エドは彼を呼ぶ声の聞こえてきた方向に向かって人込みをかき分け進み始める。
 人にぶつかりぶつかられ足を踏み踏まれながら何とか人込みを進んでいく。
 人が密集しているところを抜けるとそこはもう駅の外で大きな広場に面していた。
 広場の中央には女性が抱えた瓶から水が噴き出す噴水があり周りには幾つもの木製ベンチが並んでいる。
 ベンチの中でも一番近いものを金髪の男が軽く腕を組みゆったりしながら占領していた。
 「よ。久し振りだな。」
 男は馴れ馴れしげにエドに向かって片手を上げる。
 「アレックス!ひどいっす!なんで外にいるんすか!」
 エドがベンチに座っている男アレックスに抗議をする。
 アレックスはエドより頭一つ高い長身で軽く癖のかかった金髪を耳にかかる程度に切りそろえている。
 服装はカーゴパンツに濃い紺色のTシャツ、コンバットブーツという一目で軍人と分かるような格好をしていた。
 しかし動作には軍人特有の几帳面さは感じられず整った顔と相まって軽薄な印象すら受ける。
 「いやー駅に入ろうかと思ったんだけど人が多くてな。
 疲れるじゃん?それにお前ならここでも気付くだろ」
 上げていた手をひらひらと振りながらアレックスはエドに弁明する。
 「職務怠慢っす」
 責められているアレックスは髪をかき上げながら、
 「あ~はいはい。俺が悪かった悪かった。ちゃんと迎えに行けばよかったな。
 そいやブリジットの奴は元気か?」
 「姉さんすか?変りなく元気っすよ」
 話題を素早く切り替えるアレックスとそれにすぐ流され不満を忘れてしまうエド。
 「そうか。うん、それは良かった。
 それじゃ立ち話もなんだし詰め所に行くか」
 そう言ってその場しのぎの話を打ち切るとアレックスは勢いをつけてベンチから立ち上がり歩き出す。
 その数歩後ろをエドが大きな荷物を背負い直しながらついていく。


 ●


 エドが詰め所に持った第一印象はきたないだった。
 詰め所が立っているのは浮遊島を円形に見立てられる。
 一番南にある連結橋のある区画から左回りに第一区画、第二区画と続き第八区画まである。
 また中央には政府の主要施設が集まった中央区角もある。
 詰め所があるのは第一区画から右周りに二つ第七区画だ。
 広場から環状の路面電車で十分分さらに歩いて五分ほどの距離だ。
 場所はごちゃごちゃとした商店街の片隅に位置する。
 詰め所は隣の背の高い建物に日光を遮られ日陰の中にこじんまりと建っていた。
 左右の建物の間は人が横になって入れるかどうか。
 体格のいい人間なら詰まってしまう。
 外壁は長年の風雨にさらされペンキが剥げているような部分もある。
 扉の上には石でもぶつけられたのか少しへこんだ看板がここは第四十二小隊の詰め所であるということを示していた。
 正規軍の花形首都警備軍の詰め所とは思えないような装いだ。
 「なんともすごいっすね…」
 「ああすごいだろ。ここが俺らの職場だ」
 アレックスはエドの皮肉にも気付かず能天気に笑いながら答える。
 「さ、見とれてないで入った入った」
 彼はエドを置いて歩き出すと遣り戸をあける。
 その遣り戸の窓も曇って中が見えなかった。
 「うぃーす、ただいまー。新人連れてきたぞー」
 入って右には仮眠室へと続くと思われる扉がある。
 部屋の面積の大半を占めているのはいくつかの机の群れだ。
 一番奥のおそらく隊長が座るであろう机は空席だ。
 そこには唯一パソコンが置かれていたる。
 空席の中唯一左奥の机には新聞を読んでいる男がいた。
 行儀悪く組んだ足を机の上に載せ顔は新聞で隠れるており確認できない。
 「ん?お帰りなさい」
 男はアレックスとエドに気付くと新聞をポケットに入れて立ち上がった。
 男の身長はエドと少し変わらない程度で軍人にも関わらずスーツを身にまとっている。
 年齢は二十代の半ばで灰色の髪をオールバックにしている。
 地味だが温和そうな顔つきでメタルフレームのメガネをかけており面倒見の良く仕事もできる人と言った印象だ。
 「君が新人さんですか?ノーマン、ノーマン・クロフト大尉です。よろしく」
 そう言うとノーマンはエドに向かって右手を差し出す。
 「自分はエドワード・ターナー少尉であります。本日付で第四十二小隊に配属されてまいりました」
 エドは右手を握り返しながら自己紹介をする。
 「そう硬くならないでください。ここでは階級に意味なんてほとんどありませんから。気軽にノーマンと読んでください」
 「は、はぁそうですか。ノーマンさんよろしくお願いしますっす」
 エドは幾分か気の抜けた様子で手を放す。
 自己紹介が一通り終わったところでアレックスが割り込んでくる。
 「で、いまいるのはノーマンだけか。他のは外回りか?大将は?」
 「はいサラさんとソラノさんは例の件の調査。大将は確か第七ドッグに駆り出されてますよ」
 アレックスがそれを聞いて軽くのけぞってみせる。
 「ほ~。そう言えば今日一日ずっと手伝うっていてたっけな。ご苦労なこった」
 「しょうがないですよあそこトーマスさんと大将は古い友人らしいですしうちのも整備してもらってますし」
 ノーマンが眉を八の字にして返す。
 とそこでエドが疑問を投げかける。
 「あのー大将さんて誰っすか?」
 「ああうちの隊の隊長さんですよ。」
 「大将隊長ですか。なんてお名前なんすか?」
 「本名は不明です。あと隊長はいらないですね。首都ならたいていどこでも大将で通じますよ」
 「階級は何すか?」
 「えっと…不明ですね」
 アレックスも補足するように答える。
 「誰もしらねぇんだよ」
 「年齢は?何才なんすか?」
 「それも分からないですね」
 「調べても載ってないんだよ」
 「怪しくないっすか?」
 「はい怪しいですね」
 「ま、怪しいわな」
 「大丈夫なんすか?この隊」
 「今のところは」
 眉を八の字に浅く歪め苦笑いをしながらノーマンが応える。
 「ま、一度挨拶に行っといた方がいいな。地図書いてやるよ」
 アレックスが自分の机に座るとメモ用紙に地図を描き始める。
 「ありがとうっす」
 待っている間にノーマンが話しかけてくる。
 「首都に来るのは初めてなんですか?」
 「二度目っす。でもびっくりしたっす」
 「そうでしょうね。
 首都が空に浮かんでる理由はこの国の科学者が今まで研究してきても解っていない怪現象ですからね。
 もし穴でも掘って島が落ちてしまえば経済も政治も大変なことになりますから迂闊に調査も出来ませんし」
 雑談をしながら髪を撫で付ける。
 「そう言えばエド君とアレックス君は知り合いなんでしたっけ?」
 エドは言葉を選んでいる間につづけて問いかけられた。
 「なんでも同じ士官学校の出身だそうですね」
 「そうっすね。俺が入学したときはもう卒業した後だったっすけど昔からつるんでた仲っす」
 「そうですか。――いいものですね親友とは」
 「はいっす」
 とそこで地図を書き終わったアレックスがメモ帳の切れ端をエドに差し出す。
 「早いとこ行ってこいよ」
 「おっす」
 エドは荷物を置くと勢い良く詰め所を飛び出していった。


 ●


 電車に乗って五分ほどでエドは第七区画外周部に建設されたドックについた。
 第七ドックの外観は大きな倉庫のように見えた。
 高さが四十メートルを超えるような巨大な倉庫が幅五メートルほどの道路に面して五百メートル近く並んでいる。
 倉庫の正面には幅五メートルを超えるような金属の扉がいくつも付いており開け放たれていた。
 さらに手前の空き地には貨物であるコンテナが山のように積み上げられている。
 幾つもの巨外クレーンが積み上げられたコンテナの移動を担っている。
 道路には多くのトラックやフォークリフト、キャタピラ型重機が大小さまざまなコンテナを運んでいる。
 それらは開け放たれた扉を通りひっきりなしに倉庫とコンテナ置き場を行き来している。
 エドは邪魔にならないように道の端を通りながら倉庫に近づいていく。
 近づいていくにつれて倉庫の大きさがより実感できるようになる。
 「おら、邪魔だ。どいたどいた」
 倉庫を見上げていると作業服姿の屈強な男たちがエドを押しのけて倉庫に入っていく。
 その男たちの後について中にはいれば怒号が飛び交っていた。
 これはどこだとかそれはあっちだとか男たちの野太い声が混ざり合ってよく聞こえない。
 戦争のような忙しさだ。
 外からでは奥行きはわからなかったが内部から見れば二百メートル近くある。
 そして向こう側の壁は無くそのまま空に開け放たれている。
 床はコンクリートで一部は溝状に二十メートルほど掘り下げられていた。
 掘り下げられた部分には幾つもの航空艦艇が停泊している。
 大きさは百メートルを超すようなものもあれば三十メートルを下回るようなものもありまちまちだ。
 種類も民間の商業船や軍用の戦艦が停泊していた。
 どの商船からもガイデリックが荷物の積み下ろしをしていた。
 デリックには「バンジー禁止」と張り紙が貼ってある。
 ――そんなことする人がいるんすか……
 エドは大将を探すため手近にいたクリップボードを持った主任らしき男に声をかける。
 「あのー!たいしょーって人はどこにいるっすか!」
 「あー?きこえねーよ!」
 周りの大声や駆動音にかき消されないように声を張り上げるが届かなかったようだ。
 「たいしょーっす!第四十二小隊の隊長っす!」
 「あー大将な!あっちだあっち!」
 「本当に大将で通じるんすか!?」
 男の指が指し示す方向にはひと際大きな商船が止まっていた。
 「ありがとうございますっす!」
 「おう!」
 エドは手を振っている男に礼を言うとそちらに向かって歩き出した。
 船体の形は丸みを帯びた大きな濃い青色の長方形。
 船体後部下部が角を切り取るように傾斜していることや主翼が横から補助翼が後部から突き出している姿がクジラのようにも見える。
 近づいていくと船体の横腹に書かれている文字が明確に見えるようになる。
 船体には「Kaf class 25 Glasyalabulas」と白いペンキで書かれている。
 航空艦艇には排気量順にアレフ級 ユッド級 カフ級 ラメッド級 メム級 ヌン級とある。
 グラシャラボラスはカフ級ということで全体の平均以上、民間の中では最大級に位置する艦だ。
 全長は二百メートル幅百メートル高さも五十メートル近くありこのドックで扱えるものとしては最大級だろう。
 船の横腹は開放されており中からフォークリフトで積み荷が降ろされている。
 コンテナ外部に書かれている文字はエドには判別できないような外国の文字だ。
 角ばった文字もあればミミズののたくった様な曲線もある。
 それだけこの船が多くの国や地方を巡って来たということだ。
 すぐ近くにコンテナの山ができているが艦内部にはまだ半分以上の積み荷が残っているのが見えた。
 「おらー!さっさと運びだせ」
 拡声器を持って指揮をしている男がいた。
 胸の名札にはトーマス・モアと書かれている。
 その男にエドは手でメガホンを作り問いかける。
 「あの!たいしょーってどの人っすか?」
 今度は一度で聞こえたらしくすぐに拡声器を使って取り次いでくれた。
 「おーいたいしょーお客さんだー!」
 男が船に向かって呼びかけると船体から一台の多脚重機が前腕でコンテナを抱えながら出てくる。
 色はアイボリーで高さは脚を曲げている状態でエドの伸長をゆうに超す蜘蛛のような外観だ。
 胴体の大きさは横四メートル高さ三メートル奥行き六メートル程度で外部カメラが八個ありそれも蜘蛛という印象を強くさせる。
 ところどころにへこみや傷を補修した跡が見えるが歩いてくる姿も駆動音も滑らかだ。
 唯一の違和感は背部には倉庫には似つかわしくない砲塔から長砲とガトリング砲が伸びていることだ。
 おそらく先の大戦つまり四十年以上前のものなのだろう。
 しかし武装の手入れは行き届いておりまだまだ実践で使えるものだ。
 多脚重機はエドの眼の前まで来るとコンテナを脇に置き胴体を低く下げて腹にあるコックピットハッチを開けた。
 そこから出てくるのはつなぎを身にまとった老人だ。
 胸の所に縫い付けてある名札は空白。
 彼は地面に降り立つと安全靴を鳴らしながら近寄ってくる。
 「大将っすか?」
 「おうよ」
 身長はエドより少し低いががっしりとした体躯だ。
 口髭を蓄えておりおおらかそうな顔をしている。
 帽子をかぶり首に機械油で黒く汚れたタオルを巻いている。
 「ところで誰だてめぇ」
 「本日より配属のエドワード・ターナーっす」
 「おいチコ」
 彼のすぐ後ろからはチコと呼ばれた自律思考型の小型メカが降りてくる。
 「ホイヨ」
 チコは馴れ馴れしい言葉とともに円柱状になっている体の蓋をあけ中から幾枚かの書類を取り出す。
 つなぎのポケットから曲がったタバコとマッチを取り出すとなれた調子で片手で火をつける。
 「ほぅ。新人ねぇ」
 大将は片手で書類を持ちもう片方の手でタオルを弄んでいる。
 書類には大将が前々から気になっていた点があった。
 [氏名エドワード・ターナー]
 [年齢18才]
 [性別男]
 上から順に項目を見ていくと経歴の欄にもいたって普通のことが書かれている。
 義務教育終了後住居をサウスベスタに移転サウスベスタ士官学校入学、と書かれている。
 ――そして同校主席にて卒と。確かこれはアレックスの野郎も同じか。だがなぁ…
 目の前では書類と長い間にらめっこしている大将を不審に思ってエドが小首をかしげている。
 「まあいいか」
 一つうなずき疑問をすべて押しやると大将は書類を後ろに行きよいよく放り投げる。
 止めてあったクリップが外れ書類がバラバラに宙を舞うが大将は気にも留めない。
 「おい!トーマス、俺は新人が来たんで抜けるぞ!いいか!」
 大将が声を張り上げるとトーマスが腕で大きく丸を作る。
 「よしエド乗りな!」
 大将は満面の笑みで親指を立てて大型重機を指す。
 大将の後ろでチコが哀愁漂う動作で四散した書類を寂しく拾っていた。
 「の、乗るってどこっすか!?」
 エドの疑問は尤もなことだった。
 一人乗りである多脚重機に二人は無理をしても乗れない。
 「上だよ上」
 エドが上、脚を曲げて屈んでいる多脚重機の背面を背伸びして覗くと何箇所か取っ手のような部分がある。
 確かにそこにつかまれば何人かは乗れそうだ。
 「ここっすか…?」
 大将は白い歯を見せるように笑いながら
 「男は根性だ」
 なんてことをのたまった。
 「チコ!さっさとしやがれ行くぞ」
 「マッテヨ」
 大将は自分がばらまいた書類を一生懸命拾っているチコを急かすと多脚重機に乗りこむ。
 戸惑っているエドに外部スピーカーから声が飛ぶ。
 「ほれおめえも早く乗れ。置いてくぞ」
 「わわ!乗るっす」
 背中にエドを張り付けたまま多脚重機はドックを出ていく。


 ●


 エドと大将が詰め所についたころにはあたりは闇に包まれていた。
 詰め所の電気は外から見えるところは全部消えていた。
 外から見てもわかる不在だ。
 大将は裏のガレージに多脚重機「ウブ」を停めてくるのでエドは今一人で詰所の前に立っている。
 明かりの消えた詰め所は古さと相まって不気味だ。
 「誰もいないなんて何かあったんすかね?」
 扉にはまっている曇った窓からはかけらも明かりが漏れてこない。
 エドは不審に思いながらも扉に手をかける。
 とそこでエドは何かに気付いたように手を止める。
 数秒間何かを考え込んでから
「ふ~」
 一息つくと明かりのついていない詰所の扉を開ける。
 詰所の中に広がるのは見通すことのできない暗闇。
 入ってすぐ左の壁に手を這わせ電気をつけようとする。
 手探りで探し指がおうとつをとらえ明かりをつける。
 目が明りに慣れるよりも前に火薬による乾いた破裂音が両側から二つ鳴り響く。
 彼はそれに反応することができなかった。


 ●


 大将はウブから降りたところでその乾いた音を聞いた。
 密集する建物の間に木霊する音は火薬が破裂する音だ。
 乾いた破裂音に大将は一瞬あっけにとられる。
 聞いた音を即座に分析すると大将は毒づいて走り出す。
 「畜生!間に合えよ!」
 大将が全力で走る合間にも音は散発的に響いていく。
 何度も何度も執拗に。
 そして五回か六回ほどなった頃に突然今までとは違う音が響く。
 その音は今までの破裂音とは比べ物にならない大きな音だ。
 音は大量の火薬が一度に爆発する大口径のものだ。
 ここにいたって破裂音を聞いた近所の住民が窓やドアから外を覗き出す。
 大将が詰め所の正面に回った頃にはあたりに何度か響いていた音は消えていた。
 数瞬の後夜をつんざく女性の高い声が響き渡る。
 大将が軽く息を乱しながら明かりの洩れる扉を開ける。
 「遅かったか…」
 中を覗き込んだ大将はその惨状に立ち尽くすしかなかった。


 ●


 エドが中に入り明かりをつけると突然破裂音が響いた。
 その音とともに飛んでくるものがある。
 色とりどりの紙テープだ。
 「うわぁ」
 「「ようこそ第四十二小隊へ!!」」
 エドが手を上げて顔をかばうと初めて聞く女性の声が聞こえた。
 紙テープで視界が埋まっている間にも何度もクラッカーの音が鳴り響く。
 「わわわ、なんすか!?」
 顔にかかる紙テープを除けるたびに次の紙テープが飛んできて視界を塞ぐ。
 エドが必死で紙テープを毟り取ったころにはクラッカーの音は止んでいた。
 しかし目の前鼻の先からちょうど十センチくらいのところに直径40センチに迫ろうかというピンク色の円がある。
 巨大クラッカーだ。
 その円で前が見えないエドの耳にアレックスとノーマンの声が響く。
 「やっぱお祝いは派手でなくっちゃな」
 「ですね」
 エドにはそこから後はなぜかスローモーションに感じられた。
 目の前の巨大な円が歪む。
 そして歪んだことによって中心から飛び出してくるものがある。
 今までとは比べ物にならないような大量の紙テープだ。
 先ほどの小型クラッカーから飛んだ量の十倍以上が飛んでくる。
 紙テープとともに飛んでくる音は破裂音どころか爆音と呼んでもいいものだ。
 先にエドに届いた爆音が一瞬耳を麻痺させる。
 そして飛んでくるテープは視界を塞ぐどころではない。
 子供はもちろん大人でさえも直撃すればよろけてしまう量だ。
 そのテープに三半規管が麻痺しているエドはバランスを失い豪快に尻餅をつく。
 と自分が倒れたと認識したころに突然のしかかられた。
 同時に回復した耳に聞こえるのは女性の高い声だ。
 「きゃーー!可愛い可愛いですわ!
 びっくりして目がばつですわ!」


 ●


 大将が扉を開けると部屋の中には火薬の臭いが籠っていた。
 目の前には紙の固まりに覆いかぶさって嬌声を上げる金髪の女性がいる。
 大将は人のような形に見える紙の塊に覆い被さる彼女に声をかける。
 「おいソラノ俺をのけ者にするたぁどういうことだ」
 と覆いかぶさっていた女性、ソラノが顔を上げてそれに答える。
 「だって大将遅いんですもの。
 エドにばれると計画失敗だから始めちゃったんですの。
 遅れる大将が悪いんじゃなくて」
 大将はその言い分に苦笑いをしながら白髪頭をかいている。
 その時頬を膨らませて答えるソラノの下の紙の塊が突然もぞもぞと動き出した。
 「ぷはぁ」
 紙テープの塊から顔を出して必死で息をするのは赤い髪の少年エドだ。
 テープに埋もれて息かできなかったのだろうかエドは今息を乱している。
 混乱したエドが誰ともなく問いかける。
 「な、なんすか。これはなんすか」
 最後のほうには声は若干上ずっていた。
 傍らに近づいてくる女性がいる。
 「ほらソラノは退きなさい。エド手を出して」
 上に乗っていたソラノが退くとエドは手を出すまもなく手首をつかまれ立たされる。
 「エド大丈夫?」
 わけもわからないうちにエドは黒髪の女性に服についたテープやほこりを払われる。
 「え、えっとお、お蔭様で大丈夫っす」
 エドの目の前にいるのは長い黒髪の女性だ。
 ノーマン、アレックスはどこから出したのかちりとりを持ってクラッカーの残骸やテープを片付けている。
 大将が全員を見回しながら
 「お前らちゃんと自己紹介はしたか」
 「僕たちは済みましたけどサラさん達はまだですね」
 箒で床を掃きながらノーマンが答える。
 サラと呼ばれた先ほどをエドを立ちあがらせた女性が
 「私はサラ・ネイル。四十二隊の通信士だからよろしくね、エド」
 サラの格好はホットパンツに黒のタンクトップという露出の多い姿だ。
 長く美しい黒髪をそのまま後ろに流している。
 顔は東洋系で美しいといっていい部類だろう。
 「わたくしもよろしくですの」
 そう言って割り込むのは背中の中ほどにまで届きそうなやわらかいウェーブのかかった髪を大きなリボンで結んでいる女性だ。
 「ソラノ・ミスティですわ」
 彼女は宝石のようにきらきらとした青い大きな目でエドを見上げてくる。
 ふわふわの髪に動きにくそうふりふりの服をきているので美しい顔もあいまってアンティークドールーのような印象だ。
 「エドワード・ターナーっす。お二人ともよろしくっす」
 エドが軽く頭を下げるとソラノが急に大声を上げる。
 「きゃー!可愛い」
 彼女はエドの胸の当たりに抱きつくと顔を押し付けてくる。
 「まふまふ」
 顔を押し付けてしまっているので何を言っているのか聞こえない。
 慌てているエドのことなどかまわずに顔を押し付けてくる。
 そのまま引き倒されそうになるエドを駆け寄ってきたアレックスが支える。
 「ソラノ、また悪い癖が出てるよ」
 サラが容赦なくソラノの長い髪をつかんで引き剥がす。
 ずいぶんと粘っていたソラノだがさらには勝てずに引き剥がされた。
 引き剥がされてなお飛び掛ろうとするソラノだが突然我に返ると頭を下げて謝り始める。
 「わわ!わたくしったらつい飛び掛ってしまって……」
 猛獣に襲われたエドは狐につままれたような顔をしながらも
 「い、いえ大丈夫っす」
 そこに後ろからアレックスがそっと耳打ちする。
 「あいつには気をつけろよ。猫被ってるのも最初だけだ。
 その内本性出すぞ。きれるとと誰も手をつけられいほど凶暴――」
 アレックスが言い終わらないうちに軽い音が響きエドの髪が軽くゆれる。
 そして肩に乗っていたアレックスの腕の重みが無くなる。
 「え?」
 エドが頭を抑えると赤い髪の毛が数束落ちてくる。
 音の向かった方向、後ろを振り向くと額に深々とメスが刺さったアレックスが声も上げずに倒れている。
 急いで助け起こそうとするエドの後ろからソラノの猫なで声が怪しく響く
 「わたくし軍医もやっておりますの。怪我したら見せにいらしてねエド」
 錆付いた様なのろのろとした動きでエドが顔を向けると笑顔のソラノが腕を振り下ろした体勢で止まっていた。
 なぜか前髪が陰になって目が見えない。
 そして目が薄く光っている。
 静止しきれなかったサラが顔に手をあてている。
 「悪いお口は治療が必要ですわよね?」
 脂汗を滝のように流すエドに続けて
 「ね?」
 と影のある笑顔で同意を求めてくる。
 彼女の背後には鬼が見えていた。
 「姉さん都会はやっぱり恐ろしいっす」
 その呟きに気付くものは誰もいない。
 額からどくどくと血を流すアレックスを気にも留めず大将が
 「よっし、自己紹介も済んだところで今日はエド、てめぇの歓迎会だ。騒ぐぞ」
 「よしゃあ!そうこなくっちゃ」
 血だまりから平気で起き上がったアレックスがそれに賛同する。
 「ではお酒を出してきましょうか。ケーキもありますよ」


 ●


 食堂を舞台とした歓迎会は始めは和気あいあいと始まったものの数時間たつ頃には地獄絵図の様を呈していた。
 エドは少し引いたところでその惨状を見ているが惨憺たるものだ。
 原因はフローリングの部屋の中央に折り重なっている酔っ払い三人。
 悲劇の始まりはこうだ。

 第四十二小隊では空き部屋を有効利用しようということで空き部屋を食堂として使っている
 食堂にはテーブルと数脚の椅子があり今は宴会をしている。
 部屋ではサラとソラノが今日の調査結果を揚揚と語っていた。
 「調べていた例の件、証拠がとれましたわ」
 傍らで嬉しそうにしかし静かにケーキを食べていたサラがそれを補足する。
 「うん。近いうちに令状とれそうだよ」
 ソラノとサラはエドの見る限り一緒にいることが多い気がする。
 二人は仲がいいのだろうかこの捜査も二人でやっていたようだ。
 先ほどの様子を見ているとアクセルとブレーキでバランスが取れているように見える。
 若干アクセルが強すぎるのが問題だがいいコンビだなと思う。
 「それはいい知らせですね」
 少し引いたところでワインを飲んでいるノーマン。
 彼はこの隊の副隊長で参謀でもある。
 人の機嫌を損ねずに受け流す技を持っている。
 どこかの酔っ払いとは違いできた大人の対応だ。
 一方エドは隊内唯一の未成年で酒は飲めない。
 食堂にあるテーブルの俗に言うお誕生日席について一人で子供っぽくジュースを飲んでいる。
 目の前に置かれている五分の四ほど残ったケーキもそれを引き立てる。
 アレックスとノーマン、大将はケーキを食べないのでこれがエドの処理するべき量だ。
 女性陣に不公平だと訴えたところソラノいわく
 「女の子は大変なんですわ」
 エドは何が大変なのか食べると何が変わるのか聞いてみたかったが鬼が見え隠れしていたので問いかけることはできなかった。
 ノーマンがケーキを食べない理由は
 「すみませんエド君。私は生クリームが駄目なんですよ」
 ノーマンは本当にすまなそうに謝罪をしていた。
 エドには彼を責めるつもりはない。
 苦手なものは誰にでもあるものだ誤ってくれた分だけでもまだましだ。
 問題は大将とアレックスにある。
 大将はエドの前に鎮座している特大ケーキを買ってきたくせに食べようともせずに今は部屋の隅でアレックスと一緒にへべれけになっている。
 隊内恒例一発芸大会の時に「ワク☆ワクッ一気飲み」とやらをやっていたからだ。
 大きな器に手当たり次第に酒を流しこみ一気飲みするだけの単純な芸。
 確かに一気にあれだけの量を飲むのは驚嘆に値するが奴らはただ酒が好きなだけだ。
 ちなみにワク☆ワクッしてたのは酒がたくさん飲めることが嬉しい本人たちだけだった。
 今彼らの周りにはビールやワインなどのさまざまなアルコール類の空き瓶やつまみのピーナッツが散らばっている。
 歓迎会が始まって早々酔いつぶれた彼らは部屋の隅にいびきをかきながら寝転がっていた。
 話し相手もいないエドには若干馴染み空気が漂っている。
 「情報屋なんて色仕掛けで一発ですわ。
 スカートを一センチも釣りあげたら教えてくれたんですの」
 そう言ってソラノはふわふわとフリルのついたスカートを摘んでみせる。
 「ん~そう言うのはあまり感心しませんね」
 苦笑しながらサラがフォローする。
 「いや、色仕掛けっていうか脅迫じゃなかった?
 スカートを触った瞬間メスとか血糊のついた糸鋸とか零れ落ちてきたじゃない。
 情報屋の人完全にビビってたよ」
 「なるほどね」
 ノーマンも釣られたように苦笑する。
 「ボウリョクオンナボウリョクオンn」
 「ふん!」
 チコが調子に乗って前足を上げてはやし立てるとソラノがそれを殴り飛ばす。
 チコはかろうじて保っていたバランスを崩すと激しい音を立てて壁に激突する。
 ソラノは殴打して赤くなった手を軽く振りながら
 「そ、れ、は、と、も、か、く。マフィアの検挙も近いですわ」
 「麻薬売買でしたか?若者が安易にそういうものを手に入れられるのも危ないですからね」
 グラスを片手に若干酔っ払っているソラノの相手をするノーマン。
 傍らにはサラもいて嬉しそうにケーキを食べている。
 甘いものが好きなのだろうか彼女は食べる速度は決して速くないが味わいながら自分のケーキを食べている。
 エドはそのまま自分の前にある大量のケーキも食べてくれないかと心の中に儚い夢を思い描いてみる。
 皆が自分のいやすい場所に収まっていた。
 とその時突然酔いつぶれていたはずのアレックスが起き上がってソラノに近寄っていった。
 彼はソラノのそばまで来るとテーブルにおいてあったビールの口を指で塞ぐとシェイク
 「そら~よかったじゃね~か」
 ソラノに瓶の口を向けて指をずらす。
 ビールは栓となっていた指を除かれ勢いよく飛び出す。
 ビールのシャワーはすぐ下にあるソラノの頭にぶちまけられる。
 残っていたビールは半分ほどだがこの距離ではすべてソラノにかかってしまう。
 不穏な空気を感じ取ったサラは既にケーキの乗った皿を持ってノーマンの近くに避難していた。
 「こここ……こんの~!!」
 ビールをかけられ逆上したソラノは今までの口調と打って変わって低い声を出す。
 「ん?」
 彼女は電光石火の素早さでエドの前においてあった皿を掴むと上に乗っていたケーキごとアレックスに向けてぶん投げる。
 「何してくれてんのよ!!」
 だが流石は酔っ払いコントロールも大したものだったアレックスに向けて投げたケーキは見当違いの方向にすっぽ抜ける。
 ケーキの向かう先そこには先ほどのソラノの大声で目覚め顔を上げた大将がいた。
 「「「あ!」」」
 エド、ノーマン、サラの酔っ払っていない三人の声が重なる。
 酔っ払ってよけることのできない大将の真っ赤な顔に顔にケーキは直撃。
 「ささ非難しましょう」
 ノーマンはいち早く立ち上がるとチコを抱えエドの背中を押して部屋を出る。
 その後ろでサラが
 「よくあることなの。こういうのも」
 食堂のドアを閉める。
 閉まる直前に大将が何か怒鳴っていたが途中で何か怒鳴っていたが良く聞こえなかった。
 閉まったドアの向こう側、食堂から漏れ聞こえてくるのは乱闘の音だ。
 打撃音やガラスの割れる音果ては破裂音まで聞こえてくる。
 エドは音を聞きながら慌てた様子で
 「い今の音はクラッカーっすよね!?」
 逃げ出すときに持ってきたケーキを食べながらサラは答える。
 「わかんないよモグモグもしかしたらもしかするかもね」
 「ガン?ガン?」
 能天気にはやし立てるチコ。
 「しゃれにならないっすよ」
 エドは平然とした二人にまくし立てる。
 「ま、ここには医者もいるし大丈夫ですよ」
 部屋に戻ろうとするエドを手を上げて静止する。
 「その医者があん中にいるんすよ!?」
 中のことを心配するエドの目の前で二人と一体はシンクロしたようにコップを手に持つと廊下の壁に耳をつけてしゃがみだす。
 ちなみにチコはてっぺんの隙間から聴診器らしきものを出している。
 「スタンバイ」
 「OK」
 「オーケー」
 無駄な統一感が見てとれる。
 突然のことにあっけにとられているエドは当然の疑問を口にする。
 「何してるんすか?」
 振り向いたノーマンが問いへの答えを返す。
 「これはですね盗聴してるんですよ。もう一つありますからエド君も使いますか?」
 ノーマンはエドにコップを差し出す。
 「いやそれよりも先にすることがあるでしょ」
 「あ!」
 突然サラが何かに気づいたように声を上げる。
 「今テーブルが飛んでったね。多分アレックス直撃」
 それを聞くとエドは急に居住まいを正してノーマンに声をかける。
 「ノーマンさん」
 「なんです?」
 「コップ貸してほしいっす」
 「どうぞどうぞ」
 エドはコップを受けとると同じようにしゃがんで隣の喧嘩を盗聴する。
 「あ~今派手に誰かが壁にぶつかったすね。転んだんすかね?」
 「聞き取りが甘いね。あれはソラノの得意技ジャイアントスイング。かけられたのはたぶん大将」
 ノーマンも軽く頷く。
 「多分そうでしょうね。今日のソラノさんは切れが違いますね」
 「そんなのわかるんすか」
 コップから耳を離し問いかける、
 「毎度のことだからね。経験だよ」
 「そ、そんなに経験したくないっす」
 「その内嫌でも慣れますよ」
 その後も彼らは耳を済ませている。
 突然壁に並んでコップで盗聴する三人の歓声が重なる。
 「「「――お?」」」
 些細な音も聞き逃さない観客が何かを捉える。
「「「――おぉ!?」」」
 さらに盛り上がる。
「「「やった!!」」」
 廊下に歓声が響き渡る。
 観客は先ほどの技を語り合うことに夢中だ。
 新参者のエドも率先して会話に加わっている。
 「いや~、今のは綺麗にいったっすね」
 身振り手振りで興奮を伝えようとするエド。
 「うん、今のは見事だね」
 サラも普段の静かな様子とは違い声に現れる興奮を隠すことができない。
 「イイネイイネ」
 「いやはや白熱してきましたねモグモグ」
 「あ、ノーマンさんピーナッツもらてもいいすっか?」
 「どうぞどうぞ。サラさんもいかがです?」
 サラにもピーナッツの入った小鉢を差し出す。
 「私はケーキがあるから」
 サラがケーキの乗った皿を持ち上げて答える。
 「ピーナッツ美味しいっす」
 「しっ。静かに。今大将が反撃した」
 「見事ですね。昔取った杵柄というやつですか」
 「大将って何かやってたんすか?」
 「詳しいことはわからないけどすごいらしいの」
 「ええすごいらしいです」
 観客の話題がややそれ気味になってきた。
 その間にも怒号や物音が絶えることはない。
 「な、何がっすか?」
 「大将の多脚重機見ましたか」
 「はい」
 ノーマンの問いに頷くエド。
 「あれはウブって言うんですけどね。古臭い見かけからわかるとおり今配備されている多脚重機の三世代前のものなんですよ。
 今からえーっと四十三年前ですか?その時起きたアルティオ革命で配備されていた当時の最新型なんですよ」
 「めちゃくちゃ古いっすね」
 「そう」
 サラが説明を引き継ぐ。
 「しかも当時の多脚重機の機甲兵った言ったら超がつくエリート。
 しかも官軍の能力者。これも珍しい。
 だからめちゃくちゃ活躍したんじゃないかと思うの」
 「あれ?」
 ここでエドが気付いたことを口に出す。
 「ならなんで小隊なんて指揮してるんすか?
 本当ならもっと上の方にいる人じゃ」
 「「うんうん」」
 もっともらしくうなずく二人
 「それが大将が謎の人物たる所以なんだよ」
 「何処調べても分からないですしね。英雄といえども能力者は風当たりが強いのかもしれませんしただの機械いじりが好きなだけの老人かもしれませんし。
 経歴もわからないことだらけですよ。
 裏切りの英雄なのか役立たずの骨董品を押し付けられてるだけなのか知っているのは本人とチコのみと」
 ノーマンは会話に加わらずに壁に聴診器をあてているチコを見下ろす。
 「シラネ」
 「いつもの対応ですね」
 その時ひと際大きい音が壁を揺らし皆の関心はそちらに向く。
 「おっと!これはソラノさんとアレックス君のタッグですね」
 「アレックスが大将を羽交い絞めにした!?」
 「あうっち!金的いったっす。あれは悶絶門もんっすね」
 「ソラノの金的は幾多の男達を不能にしてきた必殺技。決まった!?」
 「恐ろしいですね」
 「恐そろしいっす」
 声をハモらせた男二人が壁にコップをつけたまま内股になる。
 それから一時間近くも選手の解説を交えた親父臭い観戦は続いた。

 数時間後の深夜雄たけびや音の止んだ食堂を覗けばこの有様だ。
 用意していたアルコール類は全部フローリングにぶちまけられている。
 ケーキや料理が壁に奇抜な化粧をほどこしていた。
 電球の傘ははずれ床に転がっている。
 床には食器が散乱し割れているものすら少なくない。
 極めつけは部屋の中央には奇怪なオブジェが立っている。
 まず長細い土台がある。
 一メートル八十センチ前後。
 ちょうど人の身長くらいだ。
 土台の上には一つの塔が立っている。
 塔は土台のちょうど真ん中、人の部分でいうなら腹部に少し傾きながら立ち根元にはアーチも持っている。
 いやアーチが塔を持っているというべきだろうか。
 これが前衛アートだと言われれば信じてしまいそうな奇怪な様だ。
 倒れそうでありながら絶妙のバランスを保っている。
 土台がアレックス、塔は逆さまになった大将、そしてアーチはのけ反ったソラノだ。
 ソラノは大将の腰を細い腕でがっちりホールド。
 つま先立ちもきれいに決まっている。
 美しいまでの弧だ。
 大将は地面に打ち付けるべき首をアレックスの腹部にめり込ませている。
 しかし酔っ払い各々の無理な体勢も気にせずいびきをかいている。
 硬直したままの体はマネキンのようですらある。
 三人の周りの汚れは特にひどく惨憺たるものだった。
 「た、立ったまま寝てるっす!?」
 「今回の勝者はソラノさんですか」
 ノーマンが腕を組んで傍らに立ちながら考察する。
 「この奇怪なポーズ決め手はジャーマン・スープレックスですかね?」
 「そう。この前本を読んで研究していた」
 「いや~ソラノさんの腕力でここまで綺麗に決まるとは驚きですね」
 「勝負は力だけじゃなく技もあるんだよ」
 惨状にあっけにとられているエドを置いてきぼりに話は進んでいく。
 「そこまで入念に下調べをしていたとは…」
 「ノーマン」
 「わかってますよ。今回の賭けはサラさんの勝ちです」
 ノーマンは右腕を一度振る。
 布をはたく乾いた音がする。
 すると一つの変化があった。
 そこにはひとつの物体が現れている。
 皮でできた落ち着いた色の財布だ。
 どこから取り出したのかノーマンの手には財布が握られている。
 先ほどまでは無かったのに突然出現した。
 目をこすっているエドの前で取り出されるのは数枚のお札。
 お札は持ち主の手からサラへと渡される。
 「ん」
 サラは上機嫌に微笑みながら頷くとソラノの腕を掴んでホールドを外す。
 固まっている手は容易にははずしにくい。
 「どっこいしょ」
 掛け声と共に反ったままのソラノを肩に担ぎあげる。
 「いやにおばんさんくさい掛け声ですね」
 「うるさいな」
 女性なのに人一人を持ち上げるサラは細身に見えながらもなかなか鍛えているようだ。
 支えられていた大将が倒れないうちにノーマンが滑りこみ抱え上げる。
 「じゃノルマは一人ずつね」
 「じゃあ私は大将を運びますからエド君はアレックス君をお願いします。住所はわかりますか?」
 「え?あ、はいっす。ルームシェアっすから事前に教えてもらってるっす」
 「それなら今日はこれで解散ということで」
 すわりが悪いのか大将の位置を少し調整すると食堂を出る。
 その後ろにサラも続き
 「鍵閉めるから閉じ込められちゃうよ?」
 エドは急いでアレックスを担ぎあげる。
 その腹部が不自然にへこんでいたが見て見ぬふりをした。
 「い、今行くっす」
 慌ててエドは食堂を後にする。

 「汚れた部屋はどうするんすか?」
 「きっと明日にでもその三人が掃除するでしょう」
 エドは鍵を閉めているノーマンに尋ねる。
 時刻は深夜であたりに人影はない。
 春といえども深夜になれば若干肌寒い。
 鍵を閉めている間大将は邪魔になるので路上に直置きだ。
 「そういうとこはちゃんとしてるからね。それじゃおやすみ」
 「ええおやすみなさい。エド君もおやすみなさい」
 「はい、おやすみっす」
 そう言うとサラとノーマンは飲んだくれた荷物を背負い直し別々の家路に着く。
 エドは彼らの姿が見えなくなるまで手を振っている。


 ●


 河が広がっている。
 幅は広くその上水深は深い。
 大河と呼べるような川だ。
 子どもたちがいるのはその河原から広がる森の影。
 見える影は四つある。
 座っているものと横になっているものが二人ずつだ。
 少年たちは皆疲労困憊だ。
 川から彼らのいる場所まで水で濡れている。
 彼らの衣服から滴り落ちた水だ。
 川から上がっていかほども時間がたってないのであろう川から続く濡れた後はまだ乾いていない。
 薄い服を着た少年たちは小さな体を寄せ合っている。
 気温は濡れたままで平気なほど高くはない。
 だが彼らは火を焚ける状況にはない。
 「大丈夫か?」
 座っているリーダー格の少年アルファが目を閉じている少女を気遣う。
 横になっている少女が薄眼を開ける
 「あんまりよくないわ。頭痛がひどい。能力を使いすぎたわ」
 するとアルファの隣に座っていた黒髪の少年が不平を洩らす。
 「アルファ、やっぱり能力の常時発動は体力の消耗が激しすぎるよ。
 やっぱり発見された時だけ使えばよかったんだ」
 「そうもいかないだろう」
 そう呟くとアルファは力なく横になっている少年を見る。
 「エコーはまだ小さい。大人からは逃げ切れないし誰かが抱えるのにも限界がある」
 すると黒髪の少年が不満を漏らす。
 「やっぱりそいつは置いてくれば良かったんだ。そいつはお荷物だよ。今からでも遅くない」
 「デルタ!」
 アルファが厳しい声で黒髪の少年の名前を呼ぶ。
 「俺たちは家族だ。俺たちは一心同体だ置いて行ったりなんかしない」
 声は出さないが少女も黒髪の少年デルタを見つめている。
 「エコーの様子は?」
 少女は先ほどから何も言わない少年の様子を尋ねる。
 アルファはエコーの額に手をあてながら
 「熱が下がらないな。このままだと危ないかもしれない。
 後どのくらいで能力が使えるようになる?」
 「待てよ。また姉さんに無理をさせる気かよ」
 デルタの抗議の途中で少女が手を上げて遮る。
 「デルタ」
 「ね、姉さん…」
 「エコーは家族よ置いてはいけないわ」
 彼女は横になった姿勢から上体を起こそうとする。
 しかし疲労した体ではそれもかなわないのかデルタがふらつく体を支える。
 「無理しちゃダメだよ姉さん」
 「大丈夫よ。もう大丈夫だから」
 そう言うと彼女はアルファを見つめる。
 「ここから移動しましょう。範囲は小さいけど遮れるわ」
 「いいんだな?ここから首都までは結構かかるぞ」
 「それでもここに隠れてるよりはいいわ。この子も暖かいところで休ませてあげないと」
 「よし。俺はエコーを運ぶデルタはそっちを」
 「ああわかったよ…」
 デルタは若干投げやりに返事をする。
 アルファはエコーを担ぎデルタは姉に肩を貸す。
 「あんまり離れないでね。広くは遮れないから」
 「ああ、近くの鉄道を目指すぞ。デルタ、ついてこい」
 アルファはエコーを担いだまましっかりとした足取りで森の奥を目指す。
 目的地は森の中を走る首都キングスシェムへの輸送列車だ。
 それに忍び込むことができれば首都まで安全に早く行くことができる。
 首都に行けば少女も休めるだろうしエコーのために薬を手に入れることもできるだろう。
 途中何度か休みながら森の中を歩いて半日ほど鉄道までたどり着く。
 鉄道が敷設されているのは森の中、木の上空飛び移れば十分忍びこめる場所だ。
 アルファはエコーを木の根元に座らせると地に伏す。
 耳を押し付けるのはレール。
 列車の接近を聞くためだ。
 「近づいてきてる。もうすぐ来るぞ。木から上に飛び移る準備しろ」
 「先に僕が昇るよ」
 デルタは姉から手を放すと身軽に木の上に上っていく。
 少し上にまで上ると彼は少女を引き上げるために手を伸ばす。
 「姉さん」
 「うん、ありがとう」
 デルタの手をしっかりと握り上りだす下でアルファは線路の向こうを見つめている。
 「どうかしたの?」
 「いやなんでもない。なんでもないよ」
 彼はエコーを抱え上げるために屈んで声をかける。
 「大丈夫か?」
 エコーは荒い息を吐くばかりで返事をしない。
 アルファもはじめから返事は期待していない一応声を掛けただけだ。
 「よいしょ」
 アルファは子ども一人を抱えながら難なく木を登っていく。
 木には太い枝が幾本あり四人が十分に登れる広さを持っている。
 大人が乗ってもびくともしないような枝が軋んでいる。
 木の上で待つこと数分空に上がる煙が見え始める。
 「来たぞ」
 少年たちの上っている木の生えている位置はゆるくカーブした線路の内側。
 木の枝や葉で車掌たちからは見えない場所だ。
 飛び移るのは牽引車以後の貨物車両。
 運良く食糧が積んであればそれを奪うこともできるだろう。
 今の彼らには食料が補給できることは何よりもありがたい。
 彼らの体は数週間飲まず食わずでも大丈夫な様にできているが多少空腹が堪え始めていたからだ。
 そろそろ列車が見え始める。
 最初に視界に入るのは牽引車。
 蒸気機関式の一般的なものだ。
 その牽引車の後ろについて引かれてくるの色取り取りのコンテナを積んだ貨物車両。
 最後尾が木の上から見えるようになったころ目の前を先頭車両が抜けていく。
 初めの数両はやり過ごし後部の車両に狙いを絞る。
 「あれに乗るぞ」
 アルファがあごで示すのは十秒ほど後に通過する赤いコンテナ。
 目の前を通ったときの距離は大体二メートル。
 高低差もあるので飛ぶ際の木の枝のしなりを考えても余裕だ。
 まずはアルファが
 「ふん」
 飛ぶ。
 背中に背負ったエコーを落とさぬようにコンテナの屋根に着地する。
 膝のクッションを十分に使い手を着いて着地をすれば背中のエコーに伝わる衝撃はほとんどない。
 そのすぐ横で間髪いれずに少女とデルタが飛ぶ。
 軽く手を着き衝撃を殺す二人に一足先に体勢を整えコンテナの中身を確認したアルファが声を飛ばす。
 「一つ前をこじ開けるぞ」
 言うや否やエコーを降ろしたアルファは連結部に飛び降りると腰の部分にはさんでいた拳銃を抜く。
 銃を南京錠に押し付けると引き金を引く。
 破裂音がなる中錠前が外れて線路に落ちて見えなくなる。
 続いてデルタも飛び降り二人でコンテナの扉を開ける。
 中に入っていたのはアルファたちの目当ての品、食料品だ。
 「ブラボー」
 中に入って積荷を確認している少年たちの後ろから荒い息をするエコーを背負った少女が降りてくる。
 「何があるの?」
 その問いかけにデルタが悪態をつく。
 「インスタント食品ばっかだよ」
 「文句を言うな。食べ物があるだけでもましだと思え」
 アルファが軽くたしなめる。
 「ん?」
 デルタが問いかけてきた少女のほうを見るとコンテナに背を預け静かに寝息を立てていた。
 「そっとしておいてやれ。能力を使いすぎたんだろう。
 さ、まずはエコーが食べられそうなもの探すぞ」
 途中森や丘を乗り越えて行きながら機関車は首都へ向かっていく。
 彼らの目的地を目指していく。


 ●


 のどかな昼下がり。
 エドが第四十二小隊に来て三日目のことだ。
 詰め所の窓は全開でこの時期にしては少し温かい風が吹き込んでくる。
 今詰め所にいるのは大将以外の隊員勢ぞろいだ。
 ぼーっとしているものもいれば雑誌に視線を落としているものもおりけだるげな雰囲気が漂っている。
 エドが自分の新品のデスクに頬杖を突き見るともなしに眺めている視線の先には小型のテレビがある。
 部屋の角に置かれた古びたカラーテレビはとある式典を映していた。
 画面の中では一人の男が演説をしている。
 禿頭の大柄な初老の男だ。
 身に着けているのは軍服。
 字幕にはキール・クリフォード大将と書いてある。
 彼らの大将と違って本物の大将だ。
 声高に主張しているのは軍備増強やらなにやら。
 頭のねじが緩んだエドにはその辺りの小難しい話は全く頭に入ってこない。
 この番組をまじめに見ている人間も詰め所に一人しかいないだろう。
 「ぼ~」
 立派な演説も寝ぼけた頭にははげたおっさんが何か喋ってるっすね~という程度の感想しか抱かせない。
 外から吹いてくる風もこの季節らしく暖かくて眠気を誘う。
 吹き込んでくる風はエドの燃えるような赤い髪を揺ら真新しい制服の襟も揺らしていた。
 ちなみにこの隊でまともに制服を着ているのはエドだけだ。
 「暇っすね」
 本日何度目になるかわからないようなつぶやき。
 別段答えを期待したようなものでもなかったが返答が帰ってくる。
 「暇だね」
 「ああ暇だ」
 「することがありませんわ」
 「たまにはニュースを見るのも勉強になりますよ」
 暇だということは思い思いのことをしている皆の中でもほとんど共通の見解。
 各小隊の管轄が密集している首都ではこんな平和な日も珍しくはないようだ。
 そんな緩んだ空気の中湯飲みを片手に不平を漏らす男が一人。
 「つーかこんな番組見てないで他の見ようぜ。落語見ようぜ落語」
 「いや、私は見てるんですが…」
 「いつも思いますけどアレックスって年の割りに老人くさいですわね」
 その意見にサラも雑誌を置き笑いながら同調する。
 「そうそう。好きなものもお煎餅ってね」
 「うるせぇな。別に個人の趣味だろ」
 そう言いつつもアレックスは手元においてある煎餅を盛った皿を書類の陰に隠す。
 話題がない今の詰め所では一人が話題の的になると歯止めが利かない。
 「昔から変わらないっすね」
 「あ、それ興味ある。アレックスってエドといたときはどんな感じだったの?」
 「おいおいそんな話はいいだろ。それよりもチャンネル変えるぞ」
 「ですから私が見てると…」
 「変わんねーっすね。サウスベスタに居た時もこんな感じだったっす」
 「やっぱりですわね。老人ですわ老人」
 笑っているソラノを見てアレックスも頭にくる。
 「だからいい加減にしろよ」
 アレックスは勢いよく立ち上がると隣の机の上においてあるリモコンを取ろうとする。
 立ち上がった彼の腕からリモコンまでは1メートルもない。
 リモコンを取ろうとするその彼の腕を突然掴むものがいる。
 ノーマンだ。
 突然腕を掴んだ彼の目は鏡のように異様に反射する眼鏡で窺い知る事はできない。
 「オイ何やってんだテメェ」
 突如として空気が張り詰める。
 今この場に漂うのはまさに戦場のそれだ。
 俯き気味の彼の口から出た声はいつも明るいノーマンの声とは似ても似つかないものだった。
 その声を聞き黙りこくる一同。
 左腕を掴まれているアレックスが脂汗を垂れ流しながら説得を試みる。
 「いいかノーマン落ち着け。俺が悪かった。な?謝るから。チャンネルは変えないから。何時ぞやの様に機関銃は出すな」
 「なーんてね。ハハハビックリしましたか」
 説得をされていたノーマンが突然笑い声を上げると空気が弛緩する。
 「やだなー。私が火器なんて取り出すわけないじゃないですか。アレックス君もおかしな事言いますね」
 不自然に明るいノーマンはアレックスの手を離すとさりげなくリモコンを内ポケットに確保する。
 急いで腕を引き戻したアレックスの腕には青々とした痣が残っている。
 「痛ってぇ~」
 「機関銃っすか…」
 「たまにはニュース番組を見るのもいいものですよ。ね?」
 「え、ええ」
 「ああ…」
 「うん」
 「は、はいっす」
 ノーマンの問いかけに皆あわてて返事をする。
 その返事に気を良くしたのか突然立ち上がりテレビの前まで歩いていく。
 「いいですかこの人はですねクリフォード大将です。アルティオ革命の際に活躍した人ですね。
 見てもわかるように最近では軍備増強の主張ばかりしてますね。さてここで問題です」
 突然くるりと一回転ステップをして片手を腰に当てるとエドを指差す。
 「なぜこの人は軍備増強を進めたがるのでしょうか」
 「え、え?俺すっか!?」
 あわててエドも立ち上がる。
 「はい君です。制限時間は十秒です。
 ちなみに答えられなかったらみんな大好き罰ゲームです。スタート十、九――」
 エドが勢いよく周りに顔を向けるとみんな目線をそらす。
 「零!はい答えは?」
 「え、えっと自衛のため、っすか?」
 「チッ。は~い残念ながら正解です。賞品の飴ちゃんです」
 「あ、あれ!?今舌打ちしたっすよね!?」
 「はいはい飴ちゃんです」
 エドは強引に飴を押し付けられる。
 「ではなぜ自衛が必要なのか説明しましょう」
 釈然としない思いを抱きつつも飴を口に含むエド。
 「ふんぐっ!」
 突然口の中に広がるえもいえぬ味。
 思わず握りつぶしていた包みを開くとそこには『世界ゲテモノシリーズ≪フナムシ≫』と書かれている。
 しかも注意書きにはご丁寧に罰ゲーム用とも。
 「フナ…ムシ…」
 「この国は四十三年前のアルティオ紛争で王族、貴族などの特権階級からなる保守派と民衆からなる革命派に分かれて内戦状態になりました。
 革命は能力者を私兵として多く雇っていた保守派がすぐに鎮圧すると見られていました。
 ところが無能な貴族が仕切っていた保守派は数で勝る革命派に降伏しこの国は王政から民主政へと移行するとになりました」
 ここまでいいいですか、とノーマンは皆に念を押す。
 その目線の先ではアレックスが縮こまっている。
 「さてここからが重要です。我が国レムリアは多くの国々と国境を接しています。
 この国々の中にはですねアトラス王国を始めとする多くの王政国家があるんです。
 この王政国家はレムリアに影響されて大衆が発起することを恐れています。
 だからこう考えているわけです反乱の原因は早いうちにつぶして置こう、と
 今は各国がにらみ合って均衡状態を保っていますがいつこの均衡が崩れるかわかりません。
 ですから軍備増強が必要であるとこの人は言ってるわけです。エド君わかりましたか?」
 「は、はいっす」
 「ではつづいて――」
 ノーマンが説明を続けようとしたところで突如邪魔が入る。
 デスクの上においてある電話がけたたましい音を立て始めたのだ。
 副隊長であるノーマンは説明を中断して電話に出る。
 「はいこちら第四十二小隊詰め所です。ええ……はい」
 話が進むにつれてノーマンの調子が緊迫したものに変わっていく。
 「ええ、そうですか。わかりましたすぐに対応します」
 数十秒ほどで電話を置いたノーマンはサラに指示を出す。
 「大将に繋いでください。あとエド君とも接続を」
 エドは疑問をはさむ間もなくサラに手を握られる。
 「――コネクト」
 その言葉をサラがつぶやいた瞬間エドの頭の中にいろいろな音が響く。
 その中には彼の良く知る人間、大将の声もある。
 『おい、急にどうした。なんかあったか?』
 「ええ事件発生です。さきほどラウシア通りにある銀行にて強盗が発生したそうです。
 犯人達は十数人は今も人質を取って立てこもっています」
 『お前らだけで対応できっか?』
 「まあ何とか」
 『じゃそっちのことはおめぇに全部任せるわ。信頼してるぜ。俺もできるだけすぐに帰るようにする』
 ノーマンが言葉を発するとそれが遠く離れた大将にも届くようだ。
 「ではそのように」
 大将との会話が終わるとノーマンは作戦の概要を話しはじめる。


 ●


 ラウシア通りに繋がる小道を独りで走るのはエドだ。
 この小道はラウシア通りに合流すると件の銀行のすぐ前に出る。
 走る彼の手に握られている物が一つある。
 彼の愛用している武器『ASDIC』だ。
 ASDICは彼が仕官学校時代から好んで使っている戦鎚型の武器だ。
 長い柄の先には回転式弾倉を組み込んだヘッドが付いている。
 叩きこんだ瞬間圧力を感知して火薬が炸裂し威力を増大させるというものだ。
 今は安全装置がはたらいているが解除すればコンクリート壁をも粉砕することができる。
 小道は細く手に持つASDICの長い柄は邪魔になりやすい。
 「おっとごめんっす」
 その柄が叩くのはポリバケツ中から出てくるのは黒い猫だ。
 猫は一度だけ抗議の声を上げると密集する建物と建物との間に入り込んでいく 
 小道の終わりが見えてくる。
 外から見えないように壁から張り付き様子を窺う。
 口元を手で隠して呟くのは報告だ。
 「こちらエド配置に着いたっす。準備オッケーっす」
 『はーい、了解。後はアレックスだけだよ』
 『なんで俺だけ階段上るんだ畜生!』
 彼の口を付いて出るのは自分の状況に対する不満。
 『さっさと上るんですわ』
 『うるせえソラノ、お前は待機だけが仕事だろ。あんまり働かないと太るぞ』
 『おほほほ体長管理が完璧なわたくしには愚問ですわ。馬車馬のように働くのはあなただけで十分ですわ』
 『なにを!お前――
 軽いノイズの音がしてアレックスの通信が途切れる。
 『はいはい喧嘩終了ね』
 サラがアレックスの通信を切ったところでエドは疑問をぶつけてみる。
 「えっとサラさん一つ聞いてもいいっすか」
 『ん?なに?』
 「この通信がサラさんの能力っすか?」
 疑問への答えは通信のタイムラグもなく帰ってくる。
 『うん。これが私の能力コムニス。結構遠くまで届くの。だから私はこの隊の通信手』
 「便利っすね。改めてよろしくっす」
 『うん。あとそっちの心拍数とかバイタルサイン的なことも伝わるから』
 「バイタルサイン?」
 『うん……えっと、心拍数上がったりだとか呼吸荒くなったりだと興奮したりだとか……』
 頭の中に直接入ってくる声は少し上ずっている。
 『そのー、ね?』
 「……同意を求められても困るっす」
 『取り合えす私が知らないとこでね』
 『あーちょっといいかこっちも準備完了だ』
 エドとサラの会話に割り込んでくる者が一人。
 配置に着き終わったアレックスだ。
 『第四十二小隊捕物開始だ!』


 ●


 寂れた裏路地の影に滑り込んでくるスーツ姿の人間がいる。
 ノーマンだ。
 彼のいる場所は銀行の裏通りから伸びる路地一つ。
 裏に入った通りには人っ子一人いない。
 路地から顔を出す彼の視線の先には銀行の裏口がある。
 そして少し離れたところには目立たないようにスモークガラスのバンも止まっている。
 おそらく逃走用だろうフロントガラスから除ける内部には覆面の男が一人、手には無線を持っている。
 ノーマンは状況を見て瞬時に判断する。
 通信手段がある以上迂闊に手は出せませんか、と。
 定時連絡がなかった場合人質を危険に晒す事にもなりかねない。
 それは裏口からの進入も見張られているということだ。
 「こちらノーマン配置に付きました。裏口にバンが一台、銀行の中には入れませんね」
 『了解。エドとアレックスはまだだからちょっと待ってて』
 裏通りは周りの通りからの喧騒が響いてくる以外静かなものだ。
 彼はこの喧騒が遠くから聞こえる暗がりの空気が好きだった。
 「昔を思い出しますね」
 サラの能力は発した言葉を伝えるのではなく伝えたい言葉を伝える能力。
 そのことを意識していれば彼女にすべて筒抜けということではない。
 エドはまだ使い分けられないようだが何十回も経験したことのあるノーマンには無意識にもできることだ。
 伝えたいという意思を持たなかった彼のその呟きは通信に拾われる事もなく消えていく。
 彼の下に彼女がいたころ。
 彼が敬愛する男の下にいたころ。
 しかし過酷だったころ。
 「ふふふ、らしくもない感傷ですね。今は目の前の事に集中しましょう」
 今の彼には仲間がいる。
 通信を通して馬鹿なやり取りも聞こえてくる。
 今の彼は誰にも強制されず彼のやりたいことをやるだけだ。
 作戦開始の通信が聞こえてくる。
 『第四十二小隊捕物開始だ!』

 ●

 異様な緊張感を持った室内に男の怒鳴り声が響く。 
 「おらおら早くこのバックの中に金を詰めろ!」
 黒い覆面をした男が突き付ける銃口の先には神経質そうな禿かけた頭取がいる。
 「ひぃい。ま、待ってください。すぐに持ってきます。
 おい今すぐ金をありったけ持ってこい」
 すぐ後ろの若い銀行員に指示すると彼は正面を向いて愛想笑いをする。
 長いものには巻かれて媚びへつらう。それが彼の処世術だ。
 頭取に今銃を向けているのは一人だけでは無い。
 もう一人一挙手一投足見逃さないように銃を向けている男もいる。
 その後ろには人質を見張っているものも何人かいる。
 見張っている者の一人が声を上げた。
 「おいピーター人質殺しちまおうぜ。
 ひいひいうるせえからよ」
 「馬鹿!名前で呼ぶなって言っただろ」
 先ほど金を要求したリーダー格らしき男が名前を呼ばれたこと激怒する。
 今緊張しているのは人質だけなく犯人たちも同じ様だ。
 名前がばれるだけで捕まる確率は格段に上がる。
 そういうリスクとは背中合わせだ。
 「人質は大事な交渉材料だ。極力殺すな」
 「だってよ…ほれほれ」
 見張っていた男はたしなめられながらも人質に短機関銃の銃口を向けることをやめない。
 縛られて床に座らせられている十数人の人質達は銃口を向けられるたびに撃たれないとわかっていながらも怯える。
 銃を向けて優越感に浸っている男もいつ警察が踏み込んでくるのか不安になっている。
 銀行の待合室を支配するのはさまざまな形の不安だ。
 その不安を打ち破るように飛び込んでくるものがある。
 飛び込んでくる場所はガラス張りの正面口だ。
 「んあ!?」
 高速で飛来したそれはガラスを打ち破ると床で跳ねる。
 犯人達が引き金を引く間もなくそれから噴出すのは煙。
 それも目くらましだけではない催涙性の煙。
 飛び込んできたものは催涙弾だ。


 ●


 「はあはあ…堪らんな」
 荒い息を吐きながら危ない声を出すのは不審者……もといアレックスだ。
 彼が息を切らしている原因は今要る場所にある。
 アレックスが今居るのはビルの屋上だ。
 「何でこんな重いもん持って銀行の前からここまで走らされるんだよ」
 肩に担いでいた一メートルを超えるケースを地面に下ろす。
 階段を全速力で駆け上った彼には休む間もなく次の仕事が待っている。
 「こちらアレックス…準備完了」
 『うん。じゃ作戦開始の合図はそっちに任せるね』
 「おう」
 頷く彼がケースから取り出すのは特注のアンチマテリアルライフル『REX』。
 銃身を特殊カーボン素材で覆ったソレは銃としてではなく接近戦用の武器としても耐えうる強度を持っている。
 そして暴君の名前に恥じないその超大口径超重量の.79口径ライフルはマウントレールにより各種オプションパーツを付けることができる。
 マウントレールに付いているのはアンダーバレル式ランチャー。
 銃身の下部に装着することによりグレネードを始めとする擲弾を発射できるものだ。
 今装填されているのは催涙弾。
 犯人を迅速に無力化するためのチョイスだ。
 「湿度少々、風は微風。うんー狙撃日和だぜ」
 銃と言うよりは金棒のような頑丈なライフルを持ち上げるアレックス。
 スコープを覗けば立ち並んだ建物と建物の間に銀行の入り口が見える。
 カーボン素材で限界まで軽量化してあるとはいえ大人でも保持し続けることが難しい重量を支え正確な照準を付ける。
 「能力者対策とはいえノーマンもひどい注文するもんだ」
 『私はアレックス君の能力を買っているんですよ。
 君でなければそんなこと頼みません』
 「へいへい、聞こえはいいな」
 建物の隙間はごくわずか。
 その隙間を抜けるためにアレックスは集中する。
 周りの音が急速に遠のく。
 障害物は緑色に染まり風の流れは青くなる。
 彼が見ている光景は常人とは違う温度や湿度によって色分けされた光景だ。
 建物の向こう側にいる人質も犯人も赤く見分けることが出来る。
 色彩の世界を見つめる彼が狙いをつけるのは五十メートル先の青色の間僅か五センチの隙間だ。
 左右どちらかにぶれても建物の青色にぶつかり狙撃は出来ない。
 ゆらゆらと波にたゆたう様にゆれていた銃身が一点で止まる。
 「第四十二小隊捕物開始だ!」


 ●


 エドは正面口のガラスを石突で突き破りながら突入する。
 とっさのことに銀行強盗たちは全く反応できない。
 犯人達は目や鼻口を押さえて必死にガスを防ごうとしている。
 催涙ガスで視界が不明瞭な中ガスマスクをつけてくもぐったエドの声が響く。
 「アレックス!それはいつのセンスっすか!?」
 「きやがった!」
 ガスで先の見えない視界の中エドは音を頼りに敵の位置を察知する。
 「そこっす」
 エドは扉の左右にいる男の鳩尾にそれぞれASDICの頭と石突を叩き込む。
 二人が行動不能になったことを確認するとそのまま人質の近くに呆然と立ち尽くしている男と距離を詰める。
 引き金が引かれる前にASDICの柄を使って短機関銃を相手に押し付ける。
 「ひぃぃいいい」
 犯人は恐怖で悲鳴を上げながら引き金を引く。
 慌てて引き金を引かれた短機関銃が打ち抜くのは天井だ。
 床に怯えて伏せている人質たちに天井の構造材の欠片が降ってくる。
 「どりゃ」
 エドは男のわき腹に膝を叩き込む。
 走り込み密接した状態から片足を上げた勢いの乗った体勢だ。
 その勢いの乗った膝蹴りを叩き込まれた男はそのままの勢いで吹っ飛ぶ。
 「人質の皆さんは出来るだけガスを吸わないように伏せててほしいっす」
 金の入った鞄を掴み必死に逃げようとする犯人達。
 だが煙幕と目や鼻にくる刺激で満足に歩くこともままならない。
 後ろからエドが順番に殴り倒していく。
 「なんか気が引けるっすね」
 無抵抗な犯人達を殴り倒していくのはエドとしても躊躇があるようだ。
 「とぁ」
 エドが突然後ろにステップする。
 彼の目の前を掠めるのは一筋の線。
 それも金属光沢を持った線。
 斬撃と呼ばれるものだ。
 逃げていく犯人達の一人が振り向きざまにナイフで切りつけてきたのだ。
 「チッ!もう少し引き付けとくべきだったか」
 男はガスマスクもしていないのにガスの影響を受けることもなく構える。
 「な、なんで大丈夫なんすか!?」
 それは当然の疑問だ。
 アレックス打ち込んだ催涙弾は暴徒鎮圧用のもの。
 少しでも吸えば戦闘などままならない効き目だ。
 エドも慌てながら腰の高さにASDICを構える。
 男は自慢げに笑いながら。
 「いいか、切り札ってのは最後まで隠しとくもんだ。
 自分の突然変異能力が毒物の中和だなんて教える馬鹿やつがいると思うか」
 エドは同然としながら
 「もしかして頭がお気の毒なんすか?」
 それを聞いた男は青筋を浮かせながら
 「ち、ちげぇよ!わざとだよわざと!
 ガキ相手ならそれくらいのハンデがあってもいいだろ!」
 突然慌てふためきながら踏み込んでくる男。
 頭は残念だが腕は確かだ。
 男の手に握られているのは刃渡り三十センチにも達する大振りのコンバットナイフだ。
 すばやい踏み込みのままナイフを振るう。
 エドは勢いを殺さぬようにナイフの刃をヘッドで左に弾くとそのまま回転させて柄で側頭部を狙う。
 男は上体を逸らしスウェーのような動作でそれを避ける。
 顎のすぐ前を抜けていくASDICを見て感嘆の声を上げる。
 「ひゅー危ねえ。若いが腕は確かなようだな。
 だがこれはどうかな」
 男は右手に持っていたナイフを器用に逆手に持ち替えるとそのままエドの顔を狙う。
 「つ!」
 だがエドは慌てない。
 最も簡単な防御方法をすぐさま選択する。
 それは相手の攻撃と自分との間に障害物を挟むということだ。
 斬撃を受け止めるのに用いるのは腕。
 刃物は大降りのコンバットナイフ。
 速度も乗っている一撃。
 骨があるので切断とはいかないが筋肉を断ち骨を削るような斬撃だ。

 「な!?」
 しかし食い込んだ刃は滑らない。
 「へへ。警備軍の制服は防刃仕様っすよ。
 知らなかったっすか?」
 あっけに取られる男。
 そのまま足払いをかける。
 不意を突かれた男は無様に床に転がる。
 「こなくそ」
 男は転んだ勢いそのままに斬りつけてくる。
 狙いの定まらない悪あがきはエドに軽くいなされる。
 「終わりっす」
 柄を短く持ったASDICでコンパクトに顎を打ち抜く。
 人体の急所を強く揺さぶられた男は焦点も定まらぬままナイフを取り落とす。
 「はい、確保っす」
 腕に力の入らない男に手錠をかける。
 「何人かの逃したっすね」
 慌てて裏口から出て行こうとするエド。
 『もしもしエド君。裏口から出てきた人間はすべて確保しました』
 「すまないっす」
 『いえいえそれがこちらの仕事ですから』


 ●


 「よしアルフレッドが時間を稼いでくれてるうちにずらかるぞ」
 日陰となった裏通り。
 銀行の裏口から出てくるのは数人の覆面をした男達だ。
 「アルフレッド……お前の犠牲は無駄にはしないぜ……」
 人目を気にしない男達は尊い犠牲を出したことを大声で惜しむ。
 彼らは大事そうにバックを抱えて逃走用のバンのほうに歩いていく。
 「いやー残念ですね。せっかくの美談ですけど全員逮捕です」
 にこやかに笑いながらバンの影から歩みだすのはスーツ姿の男。
 ノーマンだ。
 「んだ、てめーは?てめーも警備軍か」
 先頭にいた男が懐から拳銃を取り出す。
 「ええそうですよ、っと」
 臨戦態勢に入ったノーマンの動きは迅速だ。
 相手が拳銃を取り出し構えるよりも先に額にゴム弾をぶち込む。
 「多分死なないとは思いますけど痛いですよ?
 それでも痛い思いをしたいならかかってきてください」
 どこから出したのか両手に構えるのは拳銃と短機関銃。
 返答を聞く間もなく短機関銃の引き金を引く。
 犯人達は抵抗する暇もなく撃たれていく。
 弾は波となって襲い掛かる。
 足や腕に当たったものはまだましだ。
 腹部に当たっては悶絶し顔に当たっては悲鳴を上げている。
 十秒ほど連射しただろうかノーマンは引き金を緩めると銃を手放す。
 「こんなものしょうか」
 あたりに漂うのは濃い硝煙の匂い。
 散らばっているのは薬莢と犯人たちだ。
 一息つくと両手の凶器をスーツのポケットにしまう。
 到底ポケットに入りきるような大きさでない短機関銃までもが吸い込まれていく。
 と、突然裏通りにスキール音が鳴り響く。
 「死に晒せー!!」
 「しぶといですね」
 ノーマン向けて一直線に黒いバンが突っ込んでくる。
 すでに運転手は仕留めておいたがノーマンの銃撃の傷が浅かったものが乗り込んだようだ。
 「くらえ!特性ツインターボ三百馬力!」
 「仕方ないですね穏便に行きたかったのですが」
 行動とはまったく別のことを言いながら無造作にポケットに手を突っ込む。
 そこから取り出されるのは金属の棒。
 それは携帯式対重機用ロケットランチャーだ。
 「おおい!そんなもん持ち出すなよ!!」
 車で特攻を仕掛ける男がロケットランチャーを取り出した男をたしなめるという異様な光景だ。
 その光景にノーマンも不満があるのか
 「やんちゃしてるのは君でしょう。えい」
 気の抜ける掛け声と共にロケットランチャーが発射される。
 飛んでいくのは金属と火薬の塊、紛れもない凶器だ。
 慌ててハンドルをきるバン。
 無茶な改造をされアンバランスな程に脆い足回りのバンはそのまま体勢を崩し横転する。
 「ぎゃぁぁああああ!!」
 無防備なバンの天井に弾頭が食い込み貫通ししかし爆発しない。
 「あれ?」
 「ああそういえば今週は火薬削減週間で火薬が抜いてありましたね。いや~うっかりです」
 「なら大丈夫じゃねぇか」
 慌てて地面に接していないドアを開けて顔を外に出す。
 「何が大丈夫なんですか?」
 男の鼻先にはノーマンが微笑みながら銃を突きつけている。
 「え?え!?」
 「残念ながら何を仰っているのか良くわかりませんね。
 うん、仕方ないです。犯人に投降の意思なしっと」
 静かに引き金を引く。
 それと共に鳴るのは軽い音。
 発砲音ではない。
 弾が入っていないことを知らせる空撃ちだ。
 「弾切れですか残念です。おや?」
 バンの中には気を失って崩れている男がいた。


 ●


 「ふぅー疲れたっす」
 エドが最後の一人に手錠をかけながらつぶやく。
 犯人は全員逮捕。
 人質に怪我人も出ていない。
 多少不調を訴える人間もいるがきっとストレスによるものだろう。
 住民を守る首都警備隊が人質にガスを吸わせることなどは無いと思いたい。
 「皆さんもう大丈夫っす。
 口に布とか当てて出来るだけ姿勢を低くして外に出て欲しいっす」
 大きく開いた正面口から人質達が出て行くと出迎えるように衛生科の隊員が保護する。
 隣接する区画の警備隊も応援として呼んであり救護車で野次馬と隔てられている。
 出て行く人質と入れ替わりに入ってくるのはソラノだ。
 「本っ当に疲れましたわ。まあ何はともあれエド、お疲れ様」
 「えっとソラノさん、その言葉は嬉しいっすけど何に疲れたんすか。
 一人だけ働いてなくないっすか?」
 窓を開けながらのエドの素朴な問いかけに空気が凍る。
 「ちょっとエドこっちにいらっしゃい」
 まじめな調子のソラノにエドが慌てて弁明する。
 「いや別に働かざるもの食うべからずっとかこのごく潰しっとかはぜんぜん思ってないっすよ!?
 ええ思ってないっすよ俺らばっかはたらかせんじゃねーとか!?」
 「あらあらエドは正直者ですわね?オホホホ、アレックスに似たのかしら?
 少し治療が必要かしらね?」
 薄く笑いながら早足で近寄ってきたソラノはエドの腕を掴む。
 「いっぅ」
 「やっぱり。ほら見せて御覧なさい」
 ソラノが袖をまくるとそこには紫色の痣が広がっていた。
 「ナイフを受け止めたときですわね?
 いくら防刃繊維とはいえ衝撃は伝わりますしちゃんとした剣で斬られれば怪我もしますのよ?
 過信しすぎると痛い目を見ますわよ」
 「あー耳が痛いっす」
 説教の後もソラノはエドの腕を放さず片手を天に掲げる。
 「我手に集いし七色の光よその聖なる力を持って彼の者を滅ぼしたまえ。必殺“アンガア・アイリス”!!」
 振り上げた手をいきよいよく振り下ろす。
 「――」
 反射的に目をつぶったエドの腕にもたらされるのは痛みではなく温かさ。
 痣が薄く淡く光を放ちながら薄れていく。
 「何かしら?私が怪我人を叩くと思ってらして?」
 「え?いやだって滅ぼせとか必殺とか言ってたじゃないっすか。
 と言うかソラノさんの性格なら……」
 驚きながらエドが本音を漏らす。
 「そんなもの全部適当ですわ。適当。
 ただ治すだけじゃありがたみが無いでしょう。
 それにどうせ治るなら痛めつけたくなるのが心情でしょう。」
 適当で物騒な言葉が出てくるのがソラノらしくもある。
 「一瞬で治すなんてまるで魔法使い見たいっす」
 エドの頭の中には鉤鼻の性格の悪そうな魔女が残酷な笑みを浮かべている。
 怪我をしているような人間に平気で追い討ちをかける性悪女だ。
 「何を考えているのかしら?」
 ソラノは半目でエドを見ながら続ける。
 「いいかしら?わたくしの能力はどこかの馬鹿見たく直接的な戦闘には適していませんの。
 だから後方や終わったあとから怪我人の治療する。これが適材適所というものですわ。
 アレックスやノーマンが必死で勝利してそこに颯爽と現れる女神。そういうものですの」
 エドは内心では女神ではないだろうと思いつつもおくびにも出さない。
 「そう言えばサラさんの突然変異能力もソラノさんの突然変異能力も今日始めて知ったっす」
 「まあ確認しておくとサラのは思念通話。
 登録した相手とならすぐに会話できる能力ですわ。
 で、わたくしのは治癒。全く戦闘には使えませんが便利な能力ですわね」
 「そうっすね。殴るそばから治してたんじゃマッチポンプもいいとこっす。
 そういえば隊内ではまだ大将の能力とノーマンさんの能力を知らないっすね」
 「あら?そうでしたの。ノーマンはその内機会があれば見れるでしょうね。大将は――期待するだけ無駄ですわね」
 「無駄?無駄ってどういうことっすか?」
 ソラノは腕を軽く組みながら説明する。
 「大将って単純に見せながらも心の奥見せない人でしょう?」
 「そう……っすね」
 昨日今日を思い返しながら返事をする。
 何かこちらの気づいていないことに気づいてそうでそのことを教えてくれない。
 知りたければ自分の手で掴み取れといわんばかりだ。
 良くも悪くも自己の中で完結してる人間。
 「ですからわたくしも見たことなくって。それに自分の能力を嫌ってるらしっくって全く使いませんし。
 ノーマンは知ってるらしいですけれど教えてくれませんわね。
 ところでアレックスの能力は知ってますわね?」
 「うーん多分自分の能力の次くらいには詳しいと思うっす。
 熱感知の能力だけで直接戦闘には適してないっすけど遮蔽物の向こうを見通したりだとか風の流れを見たりだとか狙撃には絶好の能力っすよね。
 サウスベスタでも狙撃の記録持ってたっす」
 「ああ、そういえば同郷の知り合いなんでしたわね、二人は。ところで――あら?」
 銀行の外に目を向けるとアレックスを発見した。
 「呼んでるっすね」
 手招きをしながらこっちを見ている。
 「まあいいですわ。この話は今度にしましょう」
 ソラノは話を打ち切るとエドを置いて去っていく。
 銀行の扉を開けながら
 「はいはい、何ですの?どんなに呼ばなくても今行きますわよ」
 憎まれ口を叩きながらもその後姿が嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

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