赤い塔を仰ぎ見る者たちへ
人は、いつかは必ず死ぬということを思い知らなければ、生きているということを実感することもできない。
――ハイデッガー(1889~1976:哲学者)
小焼けの神社 -こやけのかむやしろ-
青春とは、奇妙なものだ。 外部は赤く輝いているが、内部ではなにも感じられないのだ。
――サルトル(1905~1980:哲学者)
高校一年の夏休み目前、僕の父は会社からの転勤命令を受けて帰宅した。
その転勤が期間不定であるが故に、口惜しく僕らは関東の地を離れ、中国地方の田舎町へ越すことになった。
高校一年生の場合、新しい高校への入学は編入ではなく、来年度新入と言う形でなければならなかったため、僕は来年までの暫くの間、隣町の塾にバスで通うことを両親と共に取り決めた。
ある日バスの中で寝過ごし、塾の停留所を三つほど過ぎた『陽御岳神社前』という朱雀代山の中腹まできてしまった僕は、ふと思い立ち、五七段の石段を登り、陽御岳神社の鳥居を潜る。
しかし、そこは酷く廃れた社や手水舎が黄土の上に構えているだけで、思ったよりも面白くなく、塾へ行くべく来た道を戻ろうとした。
すると突然、社の方から少女のような声の持ち主に呼びかけられた。
振り返ると、そこには一匹の黒猫が、賽銭箱の縁でじっとこちらを見つめていた。
ノアの惑星
孤独――訪ねるにはよい場所であるが、 滞在するのには寂しい場所である。
――ヘンリー=ショー(不明)
物理研究で何の役にも立てず苦悩する大学院生、三日月準は、己の無能さと、教授からの聞き苦しい叱責から自殺を決意した。
暗雲が空を覆う深夜、富士の樹海奥深くへと足を運び、屍の見えない一人だけの死地を求め進む彼であったが、暗闇で足元が見えず、勾配の大きな洞穴に滑落してしまう。
体の節々に痛みを感じながら迷宮のような洞窟を彷徨い、ついに見つけた出口を抜けると、そこは元の樹海とは空気がまるで違う、澄んだ星空の下にある蔓の茂る森であった。
戸惑いを胸に秘めつつ蔓を払い往く中、突然目の前に人の言葉を話す栗鼠が現れる。
栗鼠の導かれるまま土踏む先には、松明に照らされた、荘厳な神殿があった。
神殿は天井が大きく開かれ、幾億の星が覗き、その下には石でできたひとつの椅子。
それに凭れ掛るは、自分よりも少しばかりか背の高い、黒髪の碧眼美女。