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面接前の隊員のどたばただよ!

  • 一人称の練習したら中二病編、ともいう!

 銅鑼の音が端末から響き、オレは携帯ゲームをセーブして、ベンチから腰を上げた。
 銅鑼の音は"ゆっく"からのもので、内容を見ずともそこに何が記されているかはわかっている。その時が来た、という合図だ。

「さぁて……どうなるかな」
 ゆっくりと首を回してから歩き出す。
 天気は良好。
 この快晴の中、ヘリで海上を飛ぶのは気持ちいいだろうと思った。
 人工電脳島、なんて呼ばれているこの土地は、その言葉から思い浮かべる印象とは違って、多くの緑に囲まれている。決して"自然"では無い緑。プラスティックで作られた造花などとは違うけれど、これは本物の緑というだけであって、自然ではない。

 これからの面談場所にも竹林が作られている。
 適度に間引きされ、管理された竹林は美しい。
 それを見て「自然はいいわね」なんて寝惚けたことを口走る人もいるけど、管理されていない竹林なんて惨憺たるものだ。根はびっしりと地表を覆い、光が屆か無くなった竹は無惨に枯れて赤茶けた汚ならしい姿でぐにゃりと折れ曲る。筍が出る度抜いてやらなくては、いつしか人間の住む場所なんて無くなるんじゃないかという勢いで増えていく。

 そんなものが本当にいいものなのか。
 遠くで見てる分にはいいのかもしれない。だから神様なんてのは、遠いところから面白そうに見てるだけなんじゃないか………。

 なんてことまで考えを飛していたら、聞き慣れないメロディが端末から流れ出した。ご丁寧にバイブレーション機能もオン。
 ボンテージパンツのポケットから引っ張り出して液晶を見てみると"しずる"の文字。
 全くいつの間に弄ったんだ、人の端末。

「オイガ」
 受話するなり飛び込んできたのは、しずるの声。
 ウキウキというか、してやったりというか……満面の笑みが想像できる声色で、スペイン語の「もしもし」だ。

「ディガ」
「あっはは、流石しゃんどぅ、わかってるー!」
 テンションが異様に高く感じるが、普段の調子もこんなものなので、特別上機嫌というわけでも無い。

「着信音。いつの間に?」
「この間、部室で寝てる間に。ゆっくにやりかた教えてもらってねー! しずるのメインテーマって感じじゃね?」
 どんな感じだ、と思ったが適当に頷いておく。

「それで?」
「ヤマダさんから『お嬢様が楽しそうに歓談なさってるので、もう少しお時間をいただけませんか』だって」
 ヤマダというのは、この島のトップのところの使用人で今時珍しいと思う執事スタイルの"爺や"だ。

 で、お嬢様というのが、現在のこの島のトップにして校長の月水とも。おっとりしたいかにも"お嬢様"な雰囲気で、話していると気が緩むけど、ああいうタイプが実は一番恐いんじゃないか、とオレは思っている。

「歓談って、『鳳うる』と?」
「そうそう、うる先生と」
 これから会う面接者の履歴書を思い浮べながら、近くにあったコンビニの中を覗く。
 オレは時計を持たないので、普段は端末を見ているけど、何分後という場合はデジタルよりもアナログのほうが断然楽だ。結果、こういった場所の時計を利用している。

「何分ぐらい遅らせればいい?」
「んー、ゆっくに訊いてみる、待ってて」
 待っててとは言われたものの、保留にするわけでも無いので、大声で話しているのが筒抜けだ。

「30分ぐらい、だって」
「了解。あ、ゆっくに代って」
「あいあいさー」
 通話を切ろうとしたところで、確認したいことを思い出した。

「何か用アルか。着信音は悪いしずるね、ボク悪く無い」
「や、別にそれはどうでもいいんだが……」
 もうちょっと過剰に反応すれば良かったかな、と自らのリアクションを振り替える。
 オレにとって、学園支給のスペシャル端末は悪用さえされなければ、割とどうでもいい部類のものだから。

 生活していくには「割とどうでもいいもの」どころの話ではなく、買い物するのにも、部屋の鍵を開けるにも、講義を受けるにも、公共交通手段を利用するにも、こうして情報のやりとりをするにも……この島で生活するには必需品なのには違いないし、これが無ければ生活できないと言っても過言では無い。

 それでも割とどうでもいい、と思うのは、利用した痕跡は全てこの島を作った「誰か」に送られデータとして蓄積され利用されるのが想像できるからだ。

 この島が何らかの国家プロジェクトで作られた、なんていう壮大なスケールのストーリィがあるようだけれど、国家プロジェクトまで行かなくても、どこかの誰かの思惑によって作られてることには違い無い。

「なんだ、怒てる違うか。何アルね」
 クーロンから日本に、というより、こんな僻地の隔離空間にやってきたゆっくは、安堵の息を漏らして言った。

「鳳うるがここに来てからのデータは?」
「動画と音声はとれてるアル」
「前の情報との誤差はどれぐらい?」
「そうあるねぇ……それほど偽装は無さそうアルよ。履歴書の写真はちょと弄ってあると思います」
「……了解。じゃ、30分後ぐらいに」
 通話をオフにして、オレは盛大に息を吐き出した。

 言葉の壁が大変なのはわかっているつもりだけど、やっぱり突然出てくる敬語には笑いが込み上
げてくる。
 深呼吸することで笑いの波を飛す作業をしながら、一番近くの施設である図書館へ足を向けた。


  • 追加あるね!


 この島には、それぞれの学舎に専門的な図書が集められた「図書室」があり、「図書館」と呼ばれているのは、街部分に造られているものを指す。

 学舎に併設されている図書室よりは専門性が薄れるが、蔵書量が多く、娯楽性も高い。市立図書館を想像してもらえればそれほど差は無いと思うけれど、この島に暮す人口のほとんどが学生ということもあって、高齢者向けの図書や、ビジネス書といった類はほとんど無い。

 図書館のゲートを端末のパスで通ると、うっすらと冷房がついているのがわかった。入口から暫くは硝子張りの温室状態の憩いの場になっているせいだろう。

 春休みということもあって、学生の数は少いようにも思えたが、それに反して本土からの"お客"が多いようだ。

「しゃんどぅ君、どうしたの?」
 後方やや斜め下からの声に振り返ると"ちあい"が、大量の図書を載せたワゴンの隣りに立ってこちらを見上げていた。

「"面接"の時間じゃなかった?」
「30分ほどズレてな。雑誌でも見ようかと思って」
「なるほろなるほろ」
「ちあいは仕事中?」
「これを本棚に返却したら今日は終りっ!」
 これ、というのはワゴンに積まれた大量の書籍のことだろう。

 前にオートメーション化すればいいのに、といった発言をした時に
「機械だとどうしても本が痛むから人の手でやるのが一番なんだよ、わかってないなー」
と言われたことを思い出した。が、この広さでこの量を扱うのはやはりオートメーション化したほうが楽だろうと思う。が、書籍が好きというよりは、我が子のように思っている節のあるちあいには、そんなことは言えない。

 あまり運動が得意では無い方なのに、図書に関することでは箍が外れるというか、書籍の重さは感じ無いようなところがある。

「それじゃ、ばばっと終らせて、しずるちゃん達と合流するー」
「頑張れな」
 ぐいぐいと体重をかけて押し歩いていくのを少しだけ見送って、図書館の中でも人口密度の高い雑誌コーナーに向う。

 コンビニにも雑誌はあるが、こちらのほうが気兼ね無く読める。図書館だから買う必要も無い、というのもあるし、こちらは学生が働いている分気が楽だ、というのもある。

 コンビニの従業員も学生ではあるけれど、大手チェーン店の人工電脳島支店というやつで、店長だとかマネージャーだとか、そういう立場の大人が管理している部分が違ってくる。

 本土と同じ娯楽やサービスを扱うところは、必然的にそういった企業の手が入る。それを好きだと感じるか、嫌いだと感じるかはそれぞれだろうけれど、オレはあまり好きでは無い。

 まあ、それでもファーストフードを食べたいなーと思うことはあるけれど。

「よお、群咲!」
 雑誌コーナーで物色していたら、学年上の寮長に声をかけられた。

「あれ、寮長帰省組じゃなかった?」
「してたんだけどさー、最初の一週間ぐらいは良かったけど、だんだん居心地悪くなって……ああ、ここはもう俺の居場所じゃないんだなー、って寂しくなって帰ってきちゃった」
 オーバーアクション気味にクネクネしながら言う寮長に苦笑する。

 島での暮しが長くなればなるほど、地元への憧れは薄れて行き、ここが一番だと思うようになってくる。この島の大人たちも、大体はここの出身者で希望してここに赴任してくるという。教師なんかはほぼ九割は卒業生だ。

 寮長も同じコースになるんだろうな、と思い、自分はどうなんだろうか、とチラと考えたとき、
「あっ。なあ、群咲。この"噂"知ってるか」
 声を潜め、辺りを憚るように視線を飛し、肩を抱くようにして寮長が口にした言葉に、オレは無意識に目を細めていた。

「噂?」
「そうそう。俺もさっき帰ってきて知ったんだけど。寮にさ……出るっていうんだよ」
「出るって……」
「子猫の霊」
 そう言って、キョロキョロと首を伸ばして辺りを伺う寮長を見ながら、最近耳にした噂で近しいものが無かったかと記憶を探る。

 キーワードは"寮"と"猫"。

 寮については、子どもの声がする、という噂が。猫についてはこれといって記憶に無い。

「知らねーけど……どこの棟で?」
「中等部。てぇか、中等部の寮長やってる北島ってのから相談っぽく言われてさ」
「……中等部の寮長とどんな関係だよ」
「あ、なに、なにその目付き。怪しんでる? 怪しんじゃってる? 誤解誤解、超誤解だから! 北島男だし」
「何だその、男じゃなかったらOKみたいな口振りは」
「あ、引かないで、引かないで、いや、本当に弟のダチなだけだって」
 弟なんかいたんだ、と思いつつ、脳内のデータに書き込む。

 そういえば、SDFのメンバーの家族構成もロクに知りやしない。ちあいやゆっくに聞けばすぐにでもデータは集るのだろうが、これといって興味が無いことには、どうにも関心が向か無いのが、俺の"良く無い傾向"と言われるところなんだろう。

「で、北島は何だって?」
「春休みにさー、帰省組出てくじゃん。そうすっと、寮内静かになるじゃん」
 確かに、長期休暇になり帰省組が出て行くと、この島の至るところが静かになり、妙に広く感じられるようになる。

 高等部になると、帰省組も少し減ってくるので、寮内も大分賑やかなままだが、中等部の頃は殆どが帰省するために、残った側には"夜の学校"を思わせる、嫌な感じがするのは確かだ。

「北島が言うには、静かになったから声が聞こえただけなんじゃないか、ってんだけど。声だけじゃなくて、白い影が横切ったとか言うヤツもいるらしくてさ」
 恐い恐いと思ってるから見る幻視なんじゃねーかなーとも思うんだけど、ちょっと気になってさ。と、寮長が言うのに「それもあるかもな」と同意しつつも、脳内では今の話しに"調査"のラベルをペタりと貼りつける。

「オレのほうでもちょっと訊いてみるけど、幽霊見たり枯尾花ってやつじゃねーかな」
「俺もそう思うんだけど、頼むわ」
 そろそろ約束の時間になるため、話を切り上げて、少し足早に通りを抜ける。
 人の流れが切れたあたりで、端末を操作しゆっくへと繋ぐ。

「面接前に少し気になる話し拾ったから調べておいてくれ。場所は中等部の……」
 アスファルトが土に変わる。

 この島自体が造られたものであるから、この土だってどこかから運ばれてきたもので、最初からここにあったものなど、海と空だけしかない。

 どこまでも管理されたこの島から出たところで、元来ある土の上で生活したところで、管理されて生きていくことにはきっと違いは無いし、ここよりももっと、今の自分には自由にならないことが多いのだろうと思う。

 だから、ここに来たんじゃなかったのか。
 快諾の返事を聞いて、通話を切る。
 管理されているから美しさを保っていられるこの緑のように、管理されているから好きにやっていられるのだろうかと、矛盾したような、それも正しいような、そんなことを考える。

「……めんどくせぇな」
 口癖のようになっている言葉を自嘲気味に呟いて、頭を振った。
 考えても仕方無いことは考えるだけ無駄なのだから、なるようにしかならねぇよ。と自分に語りかける。

「やらなくちゃなんねーことを、やるとしますかね」
 竹林を風が抜ける音に耳を傾け、息を深くゆっくりと吐き出す。
 待ち合わせの東屋はもう少しだ。

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最終更新:2009年04月13日 17:12