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番外編:まあと浮遊霊篇導入部
 ……というか、まあ日常編、みたいな?



「いかがわ島って知ってる?」
「は?いかがわ…?」

 唐突な雫しずるの言葉に、マグカップの紅茶の温度を測りかねて手を出しては引っ込めるという行為を繰り返していた群咲しゃんどぅが顔を上げた。

「そう。いかがわ島。最近、島外の人の一部でそう言われてんだって。この島」
「なんでまたそんな……って、ああ…なるほどね」
逡巡して思い当たったのか、眉間の皺が消える。

「うる先生もねぇ…赴任してきた時は初々しかったのにねぇ…」
しずるは小さく笑うと、同じく紅茶の入ったマグカップに口をつける。こちらは温度にはさほど頓着する様子はない。指を温めるようにカップを両手で包む。

 鳳うるが赴任してきた当初は、新任だったこともありごく普通の新米教師に思われた。もっともこの特殊な学園の教師として採用されたからにはそれなりの能力を認められたはずではある。それが何であるかは追々分かってくるであろうと皆気にも留めなかったが、慣れるにつれ発揮されるようになったのはそういう手合いのものではなかった。

 もっとも生徒の方も普通ではないわけで、それはそれで受け入れられつつあり、更には着々と同士を増やしつつあった。
 要は世間で言うところの腐女子である。既に一大勢力と言っても良かった。

「しゃんどぅも気をつけた方がいいよ」
「気をつけろって言われてもな」
忠告する言葉とは裏腹に、声音は揶揄を含んでいる。自分に降りかからない災難は面白いものと相場は決まっている。当然、しゃんどぅの方は微妙な反応にならざるを得ない。

「最近、実力行使に移ってきたらしいからね」
「それ、セクハラじゃねーの」
「教師だからパワハラとも言えるかも?」
「…ッ!」
待ちきれずカップに口をつけたが熱かったらしく、しゃんどぅは火傷した舌をぺろりと出して恨めしげにカップを見つめた。
猫舌ならアイスティーにすればいいのにとしずるは思うのだが、何度火傷してもしゃんどぅは熱い紅茶を飲みたがる。

「ご忠告はありがたく拝聴しておきます。ところで」
そう言って、しゃんどぅは一旦言葉を切った。
 常人のそれよりも遙かに小さな音を拾うしゃんどぅの耳がピクピクと動いている。

「しずるも気をつけた方がいいんじゃね?」
その言葉が終わらないうちに遠くからバタバタと足音が聞こえてくる。
 早くもしずるの腰が浮いたのを見て、しゃんどぅが苦笑を漏らす。

「懲りねーなあ」
「それは私のこと?あの子のこと?」
「どっちも」
いよいよ近づいてくる足音に、しずるはドアとは反対側、窓へと駆け出した。短いスカートを気にすることもなく、窓枠に片足を掛けて振り返るとにやりと笑う。

「私の座右の銘は『人の隙見て我が身を保て』なの」
なぜそういうことをここまで堂々と言い放てるのか、しずるは悪びれる様子もなくそう言ってツインテールをなびかせ軽やかに窓を乗り越えた。ここは2階なのだが、まあいつものことなので、驚くには値しない。
 しずるの姿が消えたと同時に、ドアが勢い良く開け放たれる。

「しゃんどぅサン!!しずるサン見なかたアルか!?」
息せき切って駆け込んできたゆっくを一瞥し、しゃんどぅは窓を指差す。

「逃げたよ。今度は何をやられたんだ?」
「アイヤー。また逃げられたアル。今日は冷蔵庫に入れてた煮卵アルよ。せっかく食べ頃になってたのに悔しい!」
この前はベーコンで、その前は……と指折り数えるゆっくは本当に悔しそうではあるが、半ば楽しんでいる風でもある。これも一種のコミュニケーションの形なのかもしれない。

「しずるサンの逃げ足と、お腹空く速さは人の3倍アルね」
「食べる量もな」
「あれで太らないのオカシイネ」
解せぬ、という表情でゆっくは眼鏡を押し上げる。

「しずるの中学時代のあだ名、『ブラックホール』だってさ」
「上手いこと言うネ。ピッタリヨ」
心底感心した、という顔でゆっくは目をしばたかせた。留学生であるゆっくは途中編入なため、他の皆ほどお互いのことを知っているわけではない。

 ゆっくという名も本名ではなく、日本語に不慣れなために事あるごとに「ゆっくり!ゆっくり!」とせがむのを面白がってつけられたあだ名だった。本人は気に入っているらしく、すんなり受け入れている。

 環境適応力の高さに関しては、この学園に在籍する者全てに共通する点と言ってもいいかもしれない。

「ごめーん。ちょっと開けてもらっていいー?」
外で声がして、ゆっくがドアを開けると本の山があった。山だと思ったら、落合ちあいが本の山を抱えているらしいが、生憎埋もれて顔が見えない。

「ちあいサン。危ないネ。ボク手伝うヨ」
「ああ平気平気」
そう言って、小柄な身体に似合わずふらつくこともなく本を机に降ろす。

「何、この本の山」
「図書室の廃棄処分になった本をもらってきたんだー」
「随分傷んでるアルヨ」
「まあでも補修すれば平気でしょ。この手の本て、古本でもなかなか見つからないから貴重なんだよね」
満足げににっこりと笑う。

「はい、二人とも手伝ってね!」
キャビネットの中から接着テープを取り出すと有無を言わせず二人に手渡す。

 二人は顔を見合わせたが、しゃんどぅは暇でしずる相手にお茶していただけだったし、ゆっくもしずるに逃げられたとあっては特にすることがあるわけでもない。

 まあいっかと安易に考えて手伝い始めたが、それが失敗であったことを二人はすぐに悟った。
 ちあいの本に対する情熱は半端ではなかったのだ。
 やれテープの貼り方がどうだの、やれ扱いが雑だのとそれはそれは口煩い。普段は大人しいだけに、そのギャップは相当なものがあった。

「ところでまあとちゃんは?」
ちあいの言葉に、しゃんどぅとゆっくは顔を見合わせる。
 そういえば今日は姿を見ていないような……?
 一瞬、沈黙が降りたが
「またどっかで寄り道してるのかな」
というちあいの言葉に一同が納得しかけた時。

「まあとが…!まあとが大変なの!」
先ほど出て行った窓から、再びしずるが飛び込んできた。
 何故窓から……とは皆思ったが、どうやらそれどころではないらしい。
 室内の空気が一変する。

「まあとがどうしたって?」
静かにしゃんどぅが問い質す。
 報告は簡潔、且つ正確に。
 それは常日頃叩き込まれていることだ。

「詳細は不明。屋上から転落して意識不明ということだけ。救急センターへ搬送されたらしいわ」
「行こう」
立ち上がったしゃんどぅの言葉にしずるが頷く。

「車の手配はしてあるわ。もう着いてると思う」
それくらいの機転が利かないようではここではやっていけない。
 先導するようにしずるが先頭を走る。
 悪い予感が外れることを祈りながら。



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  • コメント欄の設置と「まあと浮遊霊篇」へのリンク張った -- 七星 (2009-04-11 15:50:18)
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