SS > shando > 小六の春


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

番外編:小六の春

  • とりあえず、前半
  • 11歳だよ。小学生だよ。


 タカタカタ……
 夕方の市民図書館で、キーボードを叩いていた。
 パソコンの使い方も、検索の仕方も、授業で習っているから問題無い。
 道具があるなら、それを使いこなせるかどうかは、自分にかかっている。
【藤堂 彰】【藤堂 幸恵】
 思いつくままの言葉を検索にかける。
 両親の名前。
【群咲 彰】
 これは父親の旧姓。
 この三日間、同じものを検索している。
 検索結果は代わり映えせず、今までの結果から得られた両親に関すると思われる内容だけを抜粋したものを脳内で再確認する。
【藤堂 幸一】【藤堂 和子】
 次にタイプしたのは祖父母の名前。
 これらも全て調べ尽したもので、新しいものは何もない。
 青い文字が全て紫になったページを暫し眺め、ウェブメィルのページを開いた。

 >TO:Long
 >メールアドレス取得したよ。
 >教えてくれてありがとう。
 >これ、ちゃんと屆くのかな。
 >From:

 そこで暫し指を止める。
 少しの逡巡の後、こうタイプした。

 >From:しゃんどぅ

 それだけ書いて、渡された名刺に記されたメィルアドレスをタイプする。
 そうしてから、初めて自分の意志で作ったアドレスを、名前の下に打ち込んで送信ボタンを押した。



 違和感は随分と前からあった。
 いつからとは断言できないけれど、はっきりと意識したのは授業参観の時だった。
 大人からの妙な視線。
 その視線が何を示すのかはわからないが、決して気持ちの良いものではなかった。

 違和感が確信になったのは三日前。
 祖父の会社のパーティでのことだった。
 祖父の誕生会と称して行なわれたパーティには、沢山の大人たちが集まっていた。
 初めて参加した盛大なパーティは、緊張と不安、そして退屈さと憂鬱さをこれでもかと味わわせてきた。
 面白くもない大人たちの会話。
 退屈な時間。
 母に抱かれた弟の姿。
 それを囲む人々の笑顔。
 切り取られた景色のように、そこは自分の居る場所とは違って見えた。
 それだけでも居心地は最悪だというのに、祖父の会社の人間ーーそれは両親が勤める会社でもあったがーーの観察するような視線。
 そして、子供だからわからないと思っているのか、それとも聞かせるためなのか、潜めているようで此方の耳に屆くぐらいの声で囁き合う。
「ああ、あれが例の……」
「会長ももの好きな」
「成功すればその功績はかなりのものですからな」
「でも、気味が悪く無いのかしら」
「今まではどうか知らないが、これからどうするのか」
「ああ、待望のご子息が誕生されたのだからな」
 考えなくてもわかる。
 自分はあの両親の子供では無いのだということ。
 あまり好意を持たれる存在では無いが、何らかのメリットがある存在なんだろうということ。
 そして……。
 弟の誕生により、これまでの生活とは違ったこれからが待っているであろうということ。


 トイレに行くという理由をつけて、会場から抜け出た。
 重い扉から出ると、胸の重みは少しだけ減った。
 太陽が沈みきった後の、薄青に星が透けるかのような空に誘われてテラスに出た。
 ほんの少し肌寒い。
 春になったとはいえ、まだ、こういう寒さの残る日が幾日かはあった。
 手摺りに寄りかかり、空を見上げる。
 庭を広くとった造りのため、いつも見上げる空よりも広く感じ、得もいわれぬ開放感を覚えて大きく息を吸い込んだ。
 肺の奥がチリッと痛み、そのせいか、どうしようもなく泣きたくなった。
「なっさけね……」
 腕に両の瞼をぎゅっと押しつける。
 油断したら、本当に泣いてしまいそうだった。
 目出度い席なのに、泣いていたなんて知られたら、どういう顔をされるかわからない。
「どこか痛いか?」
 突然間近でした声に驚き、反射的にそちらを見る。
 声の主は、自分よりも背の低い子供から発っせられたものと知り、少しだけ安心した。
「痛いか?」
「いや、大丈夫、眠かっただけ」
「大丈夫? 痛くない?」
「なんともない」
 心配そうに訊いてくる相手は、焼売や肉饅のキャラクターのような服装をしている。
「えっと……」
「ボク、日本人違うよ。でも日本語少しわかるネ」
 こちらの戸惑いを感じとったのか、相手はニコッと微笑んだ。
「何人?」
「ナニジン違う。劉九龍ネ。Longでよろしい」
 一口に言われ、よく聞き取れなかったが、ロンと呼べということなのだろうと理解し、聞きとれなかったところは名前かな、と想像する。
「オレは藤堂紫安、シアン・トウドウ」
 先日学校で教えられたように、外国人に対しての名乗りをしてみる。
「シャントゥドウ?」
 聞き取れなかったのか、発音しにくいのか、微妙な発音で確認してきたのに、曖昧に頷く。
 否定して何度もやりとりをするのは面倒だったし、何より自分の名前が違った響きを持つのが面白く感じた。
「日本には旅行?」
「違うね、ケンキューあるね」
 ケンキューとは研究のことだろうか?
「親は?」
「オヤ?」
「お父さんとか、お母さんとか。一緒じゃないの?」
「一緒ないね。国にいる。ボクが日本よ」
「へぇ」
 凄いなという以上に羨しいな、と思う。
 一般的には、この年で親元を離れて海外に行かねばならないなんていうのは、偉いのであり、可哀想であり、大変なことであり、感心するところなのだろうが、今の自分にとっては、とても羨ましかった。
「日本いれば安全。ダイジョブね」
「?」
 言っている意味がわからず首を傾げるも、相手は気にしていないようだった。
「シャン……ドゥ? お父さんお母さんどうした」
 名前のあたりにちょっとした間と疑問符がついているのは、きっとなんだかわからなくなったからだろう。
 それを指摘する気もなければ、する必要も無いと思った。
「……親か……」
 あの両親が、本当の両親では無いとなれば、誰が両親なのだろうか。
「……いないんじゃないかな……」
「じゃかな?」
「……いないよ、育ててくれた人はいるけど」
 捨てられる前に捨ててしまうほうが、きっと苦しくはない。
「いないよ」
 繰替えすのを、ロンは複雑な顔で見ていた。


 それから、他愛の無いことを話した。
 国のこと、研究のこと、ロンのこと。
 同じ年だというのに、ロンのやっている研究のことはさっぱりわからなかった。
 語彙が足りないというのもあるんだろうけれど、きっとペラペラ話せる語学力があっても、なんのことやら全然わからなかっただろう。
 わかったのは、インターネットとかに関連すること、ぐらいなもので、ぼんやりと授業内容を思い出すことぐらいでしかイメージできなかった。
「わかんねーけど、凄いのな」
「凄い違う。好き。好きから凄く無いね」
 好きでやっていることだから凄くは無いというとだろうか。
 好きだとはいえ、11歳で単身日本で研究をしている、というのだから、普通なことでは無いと思うけれど、
(普通じゃなくたって、別にな……)
 なんてことは無いし、どうしようも無い。
「シャンドゥは好きあるか?」
 いつの間にかしゃんどうになってしまった名前にも、気付けば馴れた。
「好きか……まだ、無いなぁ」
 何かが特別に好き、というのが全く無くて。
 嫌いならいくらでも出てくるけれど、好きというのは何も浮かんでこない。
 成績にも優劣があるわけではなく、全て同じ評価を受けている。
 熱中することも、夢中になることも、無心で何かをすることも、無い。
 冷めた子供、というのが、周囲の大人が抱く感想で、自分でも認めるところだった。
「そろそろ、戻るわ」
 誰かが探しに来ないうちに戻ったほうがいいだろうと、腰を上げる。
 言葉はわからなくても、その動きで察したのだろう、ロンはポケットをゴソゴソとまさぐって、薄い銀色のケースをとり出した。
「これ、ボクの名刺ね。メィル下さい」
「わかった」
「11歳と話す、あんまり無いね。今日は楽しい」
 大人に囲まれている環境を想像して、胸に重いものが溜って行くのを感じる。
 大人というのは、想像通りに行かない子供に対しては、とても嫌な態度を平気でとるものなんだということを、知っている。
「わかった。必ず、送るよ」
 折れてぐしゃぐしゃにしてしまわないように、着なれないブレザーの胸ポケットに仕舞う。
 手を振ると、少し寂しそうに笑って、手を振り返してくれた。
Thumbnail

 日に日に高まる家の中に高まる緊迫感から逃れるように、今日も図書館へと向う。
 家にもパソコンはあったし、自由に使っても構わなかったけれど、遠慮なのか警戒なのか、複雑な心の動きがそれを使うのを拒んだ。
 図書館のパソコンに向ってメールを読む時だけが、"藤堂紫安"という枠から開放される時間だった。
 自分と相手の二人しか知らない関係というのは、それまでの人生では無いことだった。
 両親も先生もクラスメイトも誰も知らない相手。
 メールの中での自分は"しゃんどぅ"であって、"藤堂紫安"という、複雑で面倒臭い檻から開放された存在だった。
 特別なことは無い、短かい言葉のやりとり。
 土日や休館になっている月曜日には、メールの確認が出来ないのが辛かった。

「藤堂は、受験すんの?」
 夏休みが近付いてきたある日、クラスメイトの一人が何気なく聞いてきた。
「受験?」
「中学受験。親がさ、言うんだ」
 不満そうな横顔は、不本意ながらやるしか無いよな、と物語っていた。
「横井もやるみたいだし、菅野は絶対だろうし」
 横井は自ら、菅野は使命として、というのが抱いた印象だった。
 菅野は小学受験で失敗して、毎日塾に通って、友達らしい友達を作ることもできないでいるようなヤツだった。
 小学生である自分たちは、親の方針に逆らうなんて許されるわけもなく、日々を平穏無事に過すには、スタイルだけでも従っているしかない。
「大変だな……」
「藤堂は受けんだと思ってたけど、決めてないんだ」
 そのセリフに曖昧に笑う。
 公立高校には不自然な家の子供である、というのは、自分も周囲もとっくの昔に気付いていた。
 教師たちの扱いや、親の話を聞けば、そんなことわかってしまうのだろう。
(それでも公立に入れたというのは……)
 それが核となった好奇の目。
 両親にそのことを確認したことは無かったけれど、毎日日記を渡さなくてはならない、というあたりに、なんらかの理由があるんだろうとは思っている。
 祖父の誕生会の時に聞いた言葉が脳裏に巡る。
 自分は、なんなんだろう。
 その問いを向けられる相手など、どこにも存在しなかった。



 >中学受験?
 >受験しない、でも
 >日本の中学校に通うよ。

 受験の話が出たその日に、ロンは受験をするのかと問いかけたメールへの返信に書かれた文字を、驚きながら何度も何度も読み直した。
 どうして日本の中学校に通うことに?
 受験はしないというのは公立なんだろうか?
 グルグルと巡る疑問よりも、嬉しい気持ちのほうが大きかった。
 また会えるかもしれない。
 中学校を卒業するまでの三年間のいずれかに、会えるのかもしれない。

 >どこの中学校に行くの?

 答えて貰えないかもしれない。
 そう思い、その一文を何度も書いたり消したりしていたが、結局、それを付け加えて送信した。



添付ファイル