島にやってきた直後、かな。
なので恐らく12歳とかそんなとこ?
他人が何かを作り出すところを眺めているのが子供の頃から好きだった。
作り出される物は何でもいい。
誰かが書く文字でも良かったし、子供が作るシャボン玉でもいい。
工場で作られるような無機質なものであろうと、芸術家が作る魂が込められたものであろうと、関係ない。
ただ、人が何かを「作る」という行為そのものを見るのが好きだった。
自分が破壊する側の人間だから。
時間がゆるゆると流れる午後、まあとはいつものように校舎の屋上にいた。
本来は立ち入り禁止の場所なのをいいことにいつもここで絵を描いている。
絵を描くだけなら美術室に行けばいいのだが、絵を描いている時のまあとは「独り言」が多い。奇異の目で見られるのは苦痛だったし、何より「人」が周りにいるのは落ち着かない。
だから、極力一人きりになれる場所を選んで絵を描く。
「もうちょっと脚長い?そんなことないやろ。こんなもんや」
さらさらさらさら。
スケッチブックを走る鉛筆の音だけが続く。
時折、手を止めてスケッチブックを手にとって眺めては、また描き続ける。
「よし。こんなもんかな」
納得がいったのか、ぺりり、とスケッチブックから描いたばかりの一枚を剥がし取り、それを目の前に掲げた。
ゆっくりと空の蒼に溶けるように、紙が消えてゆく。
完全に消えてしまうと、まあとは少し不安げに「どう?」と尋ねるように呟いた。空気が揺れる。
「気に入ってくれたんやったら良かった」
そう言って安堵の笑みを浮かべた。
「誰と話してるの?」
背後から声を掛けられて自分でも驚くほどに身体が跳ねた。硬直する。
見られた。
ずっと隠してきたのに。
声の主を確かめることもできず、まあとはその場に立ち尽くしていた。
どうしよう。
その言葉だけが頭の中を回る。
この人工島に来るまで、何度異端の目で見られたことだろう。何度、心無い言葉を投げつけられたことだろう。
今度こそ、気をつけようと思っていたのに。
「ごめんね。見てない振りした方がいいのかなって思ったんだけど、それってズルイかなって思って」
申し訳なさそうな声音に、やっとまあとは身体ごと振り返った。
非常口の上の給水タンクの陰で、一人の生徒が腹這いに寝転がってこちらを見ていた。
赤いリボンのツインテール。申し訳なさそうにしてはいるが、目には力がある。多分、好奇心の強いタイプ。
口止めは無理やろな……。
まあとは小さく息を吐く。何をどう言えばいいだろう。それとも無言で立ち去ってしまおうか。
「誰にも言わないよ」
生徒が再び口を開いた。
「……ほんまに?」
半信半疑で尋ねるまあとに、生徒はにっこり笑って立ち上がると、今いた場所からひらりと飛び降りた。
猫を思わせるしなやかな身のこなしに呆然とするまあとの目の前に立つと「私、雫しずる」と名乗り、もう一度言った。
「誰にも言わない。約束する」
小指を差し出すしずるにつられるように、まあとも小指をそっと絡める。
「約束は死んでも守るから」
死、という言葉の強さに、まあとが顔を顰める。
人は死を簡単に語りすぎる。さっき、絵を「渡した」相手のことを思い浮かべた。
「……嫌や」
「え?」
「簡単に死んでも、とか言う子は嫌いや」
少し強い口調で続けるまあとに、しずるは目を見開くと絡めた小指に力を入れた。
「分かった。じゃあこれも約束する。もう言わない」
「何でもかんでもそんな簡単に約束なんかして、守れへんのと違うの」
戸惑いは意地悪へと姿を変える。咄嗟に出た言葉にさすがに怒ったかなと表情を窺うと、しずるは変わらず笑っていた。
「守れない約束はしないよ」
「そか」
「そや」
まあとの真似をして関西弁で答えるしずるに、やっとまあとが笑った。
「うち、当麻まあというねん」
「よろしくね。まあと」
しずるは絡めた小指を解いて今度は両手でまあとの手を握る。しずるの手はひんやりと冷たかった。
「ね、絵を描くとこ見たいって言ったら…駄目?」
今までのはきはきとした口調から一転、躊躇いがちに発せられた言葉に今度はまあとが笑う。
「アカン。見られとったら緊張して描かれへんもん」
「じゃあ、気づかれないように隠れて見る」
「忍者やあるまいし」
まあとの言葉にしずるはちょっと笑って手を離した。
「何かを作りだせる人って凄いなって思うんだ。私は……そういうのできないから」
そう呟くしずるが何故か哀しそうに見えて、まあとの心がちくりと痛む。
「ま、まあ、気づかんかったら見られてないのと一緒やし?」
その言葉にしずるの顔がぱあっと明るくなる。分かりやすい。
「ありがと!じゃあまたね、まあと!」
手を振りながら振り返るしずるに、手を振り返しながら、
「今度はあの子のこと、描いてみようかな」
一人ごちた。空気が揺れる。
生きとる人描くの、久しぶりやなあ。
そんなことを思いながら、まあとは屋上を後にした。
友達はたくさんいた。
一人ぼっちの自分の傍にいて、慰めてくれたりもしたし、励ましてくれたりもしたし、寂しくなんてなかった。
それは「普通の」友達と何ら変わることはなかった。大切な存在だった。
だから、絵を描く。請われるままに、彼らの絵を描いて渡す。
それは彼らとの大切な繋がり。
たとえ彼らが普通の人には見えない人ならざるものだとしても。
最終更新:2009年04月19日 01:56