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ほのぼの短編

  • いつも短編じゃないか、とかの突っ込みは無用だ。
  • しゃんどぅが役得気味なのはいつものことだ。
  • いつものようにまだ途中だ。



 "街"の外れに新しく店が出来たと、食べ物屋には敏感なしずるが報告するのを、ちあいは本から目を離さずに聞いていたが、いつもと違って食いつきが悪いことを怪訝に思って顔を揚げた。
「まだ行ってないの?」
「うーん、行ってみたには行ってみたんだけどさ」
 高いの一言に尽きるのだ、という。
「何屋さんなの?」
「お菓子屋さん」
「ああ……」
 しずるの食べ物の興味は"腹を満せること"が重要なポイントの節がある。
 大食い大会の常連という経歴を持つ彼女は、日頃から鍛錬なのか、それとも単なる食欲の旺盛さからなのか、とにかく食べる。
 小食のちあいからしてみれば、少しばかり羨ましくもあるが、時には見ているだけで胸焼けしそうになることもある。
 高価な菓子では舌の満足度に対して胃の満足度を得られないというのが、いつもよりも引き気味の反応になっているのだろう。
「そんなに高いの?」
「一個800円から。満足するまで食べたら破産しちゃう!」
 一個で十分なちあいからしてみれば、ちょっと贅沢しようと思って手を出せる額だけれど、しずるの場合は一個では満足出来ないから高くつく、と言いたいのだ。
「美味しかったら尚更、いっぱい食べたくなるじゃーんー」
 残念だと机に張りつくしずるとは逆に、ちあいはその店への感心がぐっと高まった。


「しゃんちゃん、新しく出来たお店のこと、知ってる?」
 いつもの恒例行事である、ゆっくがしずるを追い掛けて部屋を出て行った後。
 ポータブルゲームを無表情でやっているしゃんどぅに声をかける。
「新しく? 何系統?」
「食べ物だって」
「それならしずるのほうが知ってんじゃね?」
「しずるちゃんから教えてもらったの」
「…………」
 チラッと視線を投げてきたのは、会話の意図を探るためだろう。
 ちあいは、顔を赤くして本に目を落す。
 内向的な性格はすぐには変らず、どうしても誘い方が上手く出来なくてまどろっこしい言い方になってしまう。
「新しくって、何屋?」
「お菓子屋さんって、言ってた。高いんだって。街外れの……」
 そこでしゃんどぅが奇妙な顔をしたので、本気で怯えそうになってぐっと踏み留まる。
「……まさかなぁ……」
 言いながら、指を動かしてからゲーム機の電源を落とした。
「じゃ、デートと行きますか」
 冗談めかして言うしゃんどぅに、ちあいはもじもじしながら、こっくりと頷いた。


 島の様々な情報は携帯端末を使えばすぐに取得できる。
 新しく出来た店の座標をマップで確認すると、しゃんどぅは再び奇妙な顔をする。
 それは苦笑と呆れと驚きと疑惑が綯い交ぜになったような、そしてそれを堪えるようなもので、なんとも形容しがたい表情だ。
「ちあいが食べ物に興味を示すなんて珍しいな」
 高等部の敷地を出るためのゲートに端末を翳しながら、しゃんどぅが言った。
「すごく高いっていうから、気になって」
「すごく、ってどれぐらい?」
「一個800円からって」
「それはそれは……」
 そこでまた奇妙な表情をする。
 何か思うところがあるのだろうけれど、それが何とは言わないのは、確定していないからだろうか。


 歩くうちに街を抜け、妙に寂しい雰囲気になってきたことに、ちあいは若干の不安を覚えたが、隣を歩くしゃんどぅは全く気にしていないようだった。
 この島でいう"街外れ"というのは、街から緑化地域になる辺りを指す。
 緑化地域を抜けたところにあるのは、屋敷と呼ぶに相応しい外観の校長邸宅だけだ。
 つまり、雰囲気は良いが人通りは極端に少い。
 日が伸びたとはいえ、夕暮れを迎えようという時間帯である。
 心細さと間違えたのではないかという不安を口にしようとしゃんどぅを見上げると、視線を真っ直ぐ先に見据えたまま、はっきりと苦笑と分る笑みに唇を歪めていた。
「まったく」
 一人で何やら納得しているしゃんどぅにつられて、そちらを見れば、和洋折衷の落ち着いた外観の建物がひっそりと佇んでいる。
「あそこみたいだぞ」
 歩き出したしゃんどぅを追いかけながら、ちあいは「お菓子屋さん……?」と呟いた。


 落ち着いた暗色の店内は、まるで高級ブランド店や宝石店かと思うような風情だった。
 控え目だが商品を輝かせて見せるライトに、ちあいは目を奪われた。
「きれい」
 まさに宝石を收めて置くに相応しいガラスの柱の中に、たっぷりの空間をもって据えられているのは、しっとりとした柔らかなラインが蠱惑的な雰囲気を醸す、菖蒲をイメージした煉切だった。
 別の柱を覗き込むと、そこにはたっぷりのブルーベリーを使ったタルトが。
 他の柱の中にも、美しさと美味しさが封じこめられている。
 そして、いずれも控え目に値段表示がされているが、それはとても控え目では無い。しずるが躊躇するのもわかる、というものだった。
「これはしずるには勿体無いな」
 同じことを考えていたのか、しゃんどぅが言う。
「で、でも味覚はあるもの」
 何故かフォローしなくてはと思い口に出してみたものの、あまりフォローにはなっていないような気がする。
「食べるのが勿体無いようだなー」
 と言いながらも、ブルーベリーのタルトを店員にオーダしている。
 そのお値段、ワンピース、1200円。
 覚悟はしていたものの、やはり高いと感じる。
「ちあいは?」
「わ、わたしは……」
 どうしようかと悩む。
 今日は見るだけでも良いかな……。
 それでも、あの梅を寒天で封じ込めたような和菓子は食べてみたい気がする。
 お値段は安めの600円。
「じゃ、じゃあ、わたしはコレ……」
 店員の目を見られず、語尾が小さくなっていく。
「すみません、さっきのにこれ、追加で」
 もごもごと口の中で転がしていた言葉の行き場が無くなる。
 爪先を見詰めてもじもじしている間に、しゃんどぅが会計を済ませ、ケーキボックスを持って近付いてくる。
「帰ろーぜ」
 こくこくと頷くことで同意し、身を小さくして外へ出た。


 土産があるわけでも無いからその辺で食って買えるか。というしゃんどぅの提案に頷いて、コーヒーショップでドリンクをテイクアウトし、公園のベンチに座った。
「高そうな箱だなぁ」
 ココア色に金の箔押しでショップロゴが刻まれたケーキボックスを開封しながら、しゃんどぅが言う。
「箱にも安いとか高いとかあるの?」
「そりゃね。紙袋だって結構な値段するし、レジ袋だって無料じゃない」
 言われてみれば当たり前のことだが、あまりに簡単に配られているので、それらの価格というものを今まで考えたことがなかった。
 意識せずに気づいていないことは案外多いようだと、ちあいは思う。
 本で得たものは全て脳の中にあるけれど、それと意識しなければ、そんなものは役に立たないのだ、ということを、SDFで活動して身に染みて感じることができたように。
「馬鹿高いのを手掴みってのも、粋の内だよな」
 零れそうなほどブルーベリーが乗ったピースを掴み出すと、箱ごとちあいに渡して、しゃんどぅはそれを頬張る。
「ん……」
 もしゃもしゃと咀嚼するしゃんどぅからは美味しいのか、美味しくないのか読み取れない。
 ちあいは手元の箱の中を覗きこみ、キラキラとした透明の和菓子の様子を愛でた。
 なんだか勿体無いように思うのは、高いからというよりは美しいからだ。
 このまま取っておけないとわかっていても、口をつけるのは惜しい気がする。
「流石にウメーわ」
 零れそうになったベリーを左手で摘んで満足そうに目を細める。
「やっぱ、只者じゃねぇな、ヤマダ」
「えっ」
 しゃんどぅの口から出た予想外の言葉に、ちあいは目を丸くした。


 話はこうだ。
 先日、校長先生宅の畳干しがあったのだという。
 参加したのは、校長先生宅の勝手知ったるしゃんどぅと、すっかり校長先生のお気に入りとなったうる、そして校長先生本人と執事のヤマダと他の使用人2人の計6人。
 しゃんどぅはハッキリ言わないが、校長先生はあまり邸宅内に詳しく無いようで、何かあるとしゃんどぅが呼び出されているようだった。
 大邸宅の客用蒲団や座布団、畳などを庭や縁側に並べて戻すという、簡単そうで重労働をこなした午後のティーパーティで、うる先生が漏らした「ちょっと高級なお菓子が食べたくなりますね」がきっかけだったそうだ。
「ほら、この島って学生がメインだから、手頃な値段の店ばっかりだろ」
 学生の胃袋を満足させるものはあっても、大人の舌を満足させるに足る高級店はそれほど多くはない。
 それを耳にし「そうね」と微笑むと、ヤマダに「高級菓子店を作りましょう」と断言した校長に、二つ返事で答えてこうなった、というのである。
「鶴の一声なのね」
「そうそう。んで、また……」
 ゆっくの料理の師匠なのではないか、と、噂されるヤマダである。
 高級菓子店から取り寄せるなんていう手を使うわけもなく(それだと鮮度も落ちるし、輸送費が高くつくだけになるという理由だそうだが)、自らのレシピを元に多少の手直しをして、これと目をつけたパティシエを呼びつけたのだそうだ。
「で。それがこれ、と」
 話しているうちに食べきったしゃんどぅが、手についたベリーのジャムを舐め取る。
「やることが半端ねぇよ、本当」
「だねぇ……」
 箱の中で煌めく菓子を見詰め、ちあいは感嘆2割、呆れ7割の溜息をついた。


「でも、なんでヤマダさんのお店だってわかったの?」
 ふと浮んだ疑問を口にすると、しゃんどぅがケーキ箱のロゴをトントンと軽く叩いた。
「ちあいなら、わかんだろ」
「……あっ」
 Montagne de la Lune
 流れるようなフォントで刻まれていた文字を読み、ちあいは思わず吹き出した。

END



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