58 :超能力SS4:2008/07/22(火) 22:55:03 ID:aBll4PuQ0

 乙女は俺に聞いた。
「いいんだな?」
 俺は頷いた。
 それで結論が出たので、俺は乙女と一緒に、俺の暮らしていた施設に戻ったのだった。
 乙女は眼鏡をかけた、頭の良さそうな、神経質そうな、なんかとっつきにくい感じのやつだった。
 その乙女がつくったストーリーはこうだ。乙女は寮母のおばちゃんにこう言った。
「電話で申し上げたとおり、橋への落雷の衝撃で、牡羊くんは川に落ちたようです。
幸いすぐに、私どもの仲間が彼を発見しました。それで病院に連れ帰り、手当てをしておりました」
 これが、俺が今まで帰ってこなかった理由。嘘だけど。
 そして次が、俺がもう、二度とここに帰ってこない理由だ。乙女のつくった物語の続き。
「病院での検査の結果、牡羊くんの脳には特殊な障害があることが判明しました。このままでは普通の生活もままならなくなります。入院をお勧めします。幸い、うちはこの症例の専門病院です」
 この「障害」を「能力」と言いかえれば。「病院」を「能力者たちの家」と言い換えれば。あながち嘘ではない。だけど本当のことでもない。
 蟹がまえに言ってた「家族になるかもしれない」ってのは、こういうことだったんだ。
 俺は部屋に戻って、自分の荷物をまとめた。カバン一個にまとまった。友達にさよならを言った。
 寂しかった。
 学校には通えるから、住む家が変わるだけなんだが、それでも寂しかった。
 この、施設を去ろうとする俺の目の前で、青くなっているおばちゃんは、俺の母さんだったわけだし。
 厳しい顔をしつつ乙女に頭を下げている寮夫のおっちゃんは、俺の父さんだったわけだし。
 本当の理由を言えないことがつらい。嘘はきらいだ。

最終更新:2009年01月13日 00:32