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 みなが考え込んでいる中、とつぜん蟹が動いた。
 つかつかと牡牛に歩み寄り、彼の目隠しを奪い取る。そして牡牛のあごを支えて、目をじっと覗き込んだ。
 蟹は怒っているらしい。しかし続いて聞こえてきた蟹の声は、おだやかだった。
 低く、淡々と、ゆっくりとした調子で、蟹は牡牛に語りかける。
「嘘だ。おまえは嘘を言っている」
 同じく低く、淡々と、ゆっくりとした調子で牡牛は答える。
「嘘は言っていない」
「それも嘘だ。……なぜ分かるんだ、だと? これが俺の能力だからだ」
 牡牛が動揺していた。
「……よせ」
「俺には分かる。おまえは悲しんでいる。なぜだ」
「……っ」
「なるほど。父は死んだし、母ももうおそらく、死んでいる」
「……」
「人にものを依頼しておいて、見張りをつけない筈が無いからだ。失敗した時点で駄目なんだ。……なるほど」
 やめてくれと牡牛は言った。叫ぶのではなく、やっぱり低く、淡々と、ゆっくりとしたかすれ声で。
 蟹はしかし、残酷だった。いつもの優しさも、怒ったときの感情的なかんじも、他人に対する繊細な心配りも、まったく感じられない、ゆっくりとした、丁寧な調子で蟹は語り続けた。
「今さら乙女を殺しても無駄だと、おまえは思っている。……おまえは今、自分を責めている。……おまえに能力があるから、こんなことが起こったのだと考えている。
……殺されたほうがマシだと考えている」
「ああ、考えている。しかし」
「なにをどう考えたところで、事実は変わらない」
「俺のこの、鈍い頭でもそれはわかる」
「おまえのそばで、二人の人間が死に、おまえは二人を殺しかけ」
「俺だけが生きている」
「おまえは途方にくれている」