「……あの」
「なに? 獅子」
「いや。ほんとに、すまなかった」

 獅子と目が合う。自分の目は一日泣き腫らしたせいで赤らんでいるだろう。彼の指が涙を
拭おうと伸びてきて、途中で臆病に引き返し、足元に置かれていた笹竹を拾った。

「笹、もらったんだ」
「ああ。お前が好きそうな行事だなと思って」
「うん。短冊も作ってないけど飾ろうか。雨もあがったし」

 獅子は蟹の話を聞くと懐からおまけでついてきた短冊のセットを蟹に手渡した。本当は
二人だけでなくもっと大人数でやりたかったんだろうなと蟹は思ったが、知らん振りをして
家にあがる。笹竹は玄関を開けたままアパートの廊下に飾ることにした。獅子にボールペン
だけ手渡して自分は奥の部屋で短冊に願いを書き込み、戻ってきて笹竹にくくりつける。
 七色の短冊がひるがえる笹竹に、夜空の雲の切れ目から天の川が映えた。

「おっ、綺麗だ!」
「ようやく雨もあがったか。辛気臭くなくていいことだ」
「獅子はもう短冊飾った?」
「ん? ああ、もう飾った」

 夜になっても生暖かい風がそよいで、短冊をゆるやかに回す。蟹は獅子に許可もとらないで
短冊の一つ一つの文言を手にとって眺めた。『健康第一』とか『世界制服』とか四文字熟語の
並ぶ中に、長い文章の短冊がひとつ。

『今年も蟹と一緒にいられるように』

最終更新:2008年08月16日 20:35