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「蟹、もうちょいでメシ準備できるからさ、先に顔洗ってこいよ」
 牡羊の声で、意識が今に引き戻される。
「うん、洗面所借りるよ」
 俺は洗面所へのろのろと歩いていくと、のんびりと歯を磨き、顔を洗って身支度を整える。
頭の中はまだ、7歳になったあの日のことを思い出している。
紙袋を押し付けた牡羊の小さな手、プレゼントのソフビ人形、水色のメッセージカード。
寝起きのはっきりしない頭に蘇る記憶は、胸がいっぱいになるほど甘酸っぱい香りがした。
 俺にとって、あの日ははじまりの日。
あの日芽生えた幼い想いは、その後の苦悩や葛藤を知る由もなかった。
同じベッドで朝を迎えられる最高の幸せと、男性同士であることを未だ割りきれない切なさは、
俺の胸を苦しいほどに締めつける。

 洗面所から出て、リビングも寝室も兼ねている牡羊の部屋につながるドアを開けると、
おいしそうな香りが鼻をくすぐった。
「すごい。おいしそう」
 白いご飯にわかめの味噌汁、ちょっと焦げ目のキツイ焼き魚ときんぴらごぼうを見た俺は、
素直に感想を口にした。
「だろ?俺だってやればできるんだって」
 牡羊は満足そうに笑みを浮かべながら、卵焼きと皮を剥いたりんごを持ってくる。
俺はいつもの場所に腰を下ろしながら、
「牡羊にしては上出来だな」
と冗談っぽく言おうとして、焼き魚の隣、箸と一緒に並べられた薄い水色の物に目を奪われた。
それを見つめること数秒。
ボールペンで書かれた文字は、滲んで見えなくなった。