72 :超能力SS5:2008/07/30(水) 02:29:30 ID:???0

 家が山奥にあるせいで、登校がものすごくめんどくせえ。
 帰るのも遅くなる。クラブがあるからだ。
 だけど頑張らないと、もうすぐ試合なんだと説明すると、射手は表情をくもらせた。
 この人の、こんな表情は珍しいから、不思議に思って尋ねた。
「腹でも痛ぇの?」
「いや。胸が痛い」
「ええっ! 麻痺か!?」
 たいへんだ。射手は、そういう危険があるから、気をつけなきゃならないんだ。
 しかし射手は首を横に振ると、ふつうの顔でこう言った。
「なんでクラブ辞めないんだ?」
 遅くなるのを心配されてるのかと思った。
 しかしそういうことじゃなかった。射手は俺にこう聞いてきた。
「野球、遊びでやってるならいいけど、牡羊は本気でやってるんだろ?」
「ああ。2年になったらレギュラーになりたい」
「ぜったいになれるよ。だから辞めたほうがいいだろ。おまえの性格じゃ」
 この家の連中と出会ってから、ショックを受けることには慣れたと思ってた。
 だけどこれはある意味、いちばんショックな出来事だったかもしれない。
 俺は、馬鹿だけど、運動には自信があって、だから今の高校も推薦で入れたんだ。
 投げるのも打つのも得意だった。速い球を、思ったところに投げて、思ったところ
に打って、思ったところで捕球できた。
 けど、そのための努力もした。毎日走って、素振りして、壁にボール投げて。
 その努力の結果だと思っていた俺のプレーは、実は、俺の自覚してない能力の結果
だったんだろうか。
 そしてこれからは……俺は卑怯なプレーなんて絶対にする気は無いけど、ついうっ
かり出しちまった能力の結果で勝っちまったりするんだろうか。
 そういうことを悩みながら、クラブやっていかなきゃならねーんだろうか。
 あー、射手が正しい。たぶんこんなこと、この家の連中は全員、気づいてたんだろ
うな。
 俺が自分で悟るのを待ってたんだ。
 だけど俺は馬鹿だから、言われなきゃぜったいにわかんなかったと思う。
 試合でずるいことしちまってから、がく然とするパターンだったと思うんだ。

最終更新:2008年08月23日 19:36