だから俺は、さっき魚が抱いてくれたときに復活した体力のうち、ほんの少しを、
ただ一箇所の一点に向けて、放ったのだった。
 カジキの胸に刺さっていた釘は、俺の念に従ってさらに突き刺さり、深く深く突き
刺さり、カジキの心臓を貫いて背中に抜けた。
 魚は攻撃のために傘を拾いあげていたのだが、俺のやった行為に気づくと、驚いて
俺を振り返った。
 俺は、ほっとしていた。この優しい男に、残酷なことをさせずにすんだことを。
 魚は倒れたカジキを見て、それから俺を見ると、ぼろっと涙をこぼした。
「なんでこんなことになってしまうのかな。ぼくもあなたも、こんなことは望んでい
ないはずです。なのに」
 口調が変わってるってことは、すこし年齢が下がってるのか。
 魚は俺を抱きしめて泣いた。泣きながら子供に戻っていった。同じ言葉をくり返し
ながら。
「大丈夫ですか。痛くないですか? ……痛くないの? ……いたくないの? ねえ、
いたくないの? ……おひつじ、いたいの、とんでった。……いたた、ないない……」
 ついには魚の言葉は意味不明の声の固まりになった。そうすると複雑な感情の流れ
も消えちまうらしく、魚はぼんやりした表情で俺の指を吸っていた。
 俺は魚を抱きしめてあやしながら、魚のかわりに泣いた。

 ※※※

 魚を背負って家に連れて帰った。大人のからだは重くて、赤ちゃんの心はむずかし
くて、たいへんだった。
 途中で大雨が降った。魚は怖がって泣いた。このときもたいへんだった。大人の体
でむずがられると、迫力が違った。
 俺は大声で歌を唄う。流行の歌も童謡も唄いつくす。魚に能力を使って体重を軽く
して、優しくゆすぶる。
 そうして家に着くと、玄関で倒れこんだ。
 皆が俺に群がる。俺は眠りたかったんだけど、魚のかわりにすべてを話さなきゃな
らなかった。

最終更新:2008年08月23日 19:45