「肉体労働とか言ってたけど」
「肉体労働だろ。美術モデルなんて大変らしいぞ。ずーっとずーっと同じ姿勢を保ち
続けるんだ」
「ええと、空気椅子っぽいかんじで大変なのか」
「そ。空気椅子っぽいかんじで大変なんだけど、あいつの能力は、自分の体重を無意
味化できるからな。壁抜けするときに、やつに質量なんて無ぇだろうし」
「無限に空気椅子ができるんだな」
「そうそう。そういうわけで、天秤の能力はモデルに向いてる。けど暗殺にも向いて
る。それが天秤の悲劇だったってわけだ」
 それから双子は少しだけ、天秤の過去を語ってくれた。
 天秤は、望むものを、なんでも手に入れることが出来た。知りたいことを、なんで
も知ることが出来た。
 戦ったら完ぺきに自分の身を守ることができて、相手がどこに逃げようが、完ぺき
に追い詰めることが出来た。
 そういう能力を持っていたので、グループでも重宝されていた。
 そして天秤のほうも、グループの成長に尽くしていた。資金を手に入れ、邪魔者を
殺し、能力者の居場所を探し出して。
 そのころの天秤は、冷たくて、残酷で、ちょっと近寄りがたい雰囲気のやつだった
のだという。
 双子はむかしの天秤について、こう結論づけた。
「なんでもできる天秤だった。だから天秤は空っぽだった」
「そんなやつには見えねえけど」
「今の天秤はな。空っぽどころか、すげー幸せそうだろ? 俺も今の天秤は好きだよ

 水瓶がまた、なにかを納得したように頷いていた。
 俺は水瓶に尋ねた。
「それでさ。今日、俺のことで、天秤はなにを決断したんだ」
「それは……言えない」
「なんでだよ! 気になるだろ!」
「未来は不確定なものなんだ。それを言ったら変わってしまうし、僕はなるべく歴史
に干渉したくない」

最終更新:2008年08月23日 19:55