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「お、おやめください! 私は、そんな…」
蟹は蠍の肩をつかみ、夢中で自分から引き離そうとした。
目が合った。愕然とした。
いつもうつろな無表情だった蠍が、婉然と微笑んでいる。淫らな気配が熱気に変わって、蠍から自分へと吹き付けてくるようだ。
いつか漏れ聞いた、侯爵と川田の密談が記憶に甦った。体に成分が蓄積されたせいで、近頃は投薬しなくても不定期に発作を起こすようだと、言っていた。今、それが起きたらしい。
「若様、いけませ…ううっ!」
再び唇が重なった。侵入してきた舌に口の中を探られた瞬間、蟹の体から力が抜けた。蠍の指が素早く動いて、蟹の襟元をくつろげ、帯を解いている。
(いけない…こんな、こんなことは…)
蠍をはねのけ、殴ってでもやめさせなければならない。このままでは自分は、あの川田という男と同じになってしまう。
そう思うのに、唇が離れても蟹は動けなかった。しっとり潤んだ蠍の瞳に見つめられるだけで、意識が霞む。露わになった胸肌を、舌が這い回っている。いつのまにか蟹は仰向けにされて、のしかかられていた。
「…っ!」
蟹の体が大きく震えた。あたたかく濡れた口腔が、自分を包み込んでいる。甘美な感覚に抵抗できない。自分の体が意志を裏切って反応する。
かすかな含み笑いが聞こえた。蠍が口を離したところだった。その唇から蟹の屹立へと、唾液が一筋の糸を引いて、月明かりに光っている。
蠍は笑っていた。けれどその微笑みは、蟹の知っている蠍のものではなかった。
「若様…」
呟いた蟹の瞳から、涙がひとしずく、こぼれ落ちた。
なぜこんなことになってしまったのだろう。
蠍が体を動かし、蟹の上にゆっくりと腰を下ろしてきた。
「あ…あぁ…!」
今まで味わったことのない快美な感覚に飲み込まれ、からみつかれ、蟹は呻いた。
決して越えてはならない枠を越えてしまった。
そしてこれは、自分がもたらしたことだ。屋敷から蠍を連れて逃げ出したために、こんなことになってしまったのだ。
蠍が上体を倒して自分に寄り添ってくる。罪悪感と後悔にさいなまれながらも、蟹の両腕は蠍を抱きしめていた。腰が勝手に激しく動いて、快感をむさぼる。
(お許しください、若様…こんなつもりでは、なかったのに…)
どれほどの時間、そうしていただろうか。
蟹は首の回りに異様な感触を覚えた。
蠍はまだ蟹の上にまたがり、腰を動かしている。けれどもいつのまにか、その両手に細い紐が握られていた。
蟹は視線を動かした。紐は、自分の首を一周しているようだ。
そして蠍の瞳には、色欲だけではない、暗い渇望の色があった。
蟹は理解した。あの薬の作用は、理性を破壊し性欲を高めるだけではないらしい。だからこそ、今まで何人もの男達が殺された。ある者は胸を刺され、ある者は舌を噛みちぎられ、またある者は喉笛を切り裂かれたという。
細紐がゆっくりと絞まるのがわかった。
自分も殺されるのだろうか。蠍の手にかかって。
(仕方がないのかも知れない…)
これは罰だ。蠍を助けたければ、もっと早く行動すべきだったのだ。川田が現れて、取り返しのつかないことになる前に。
「若様」
また涙がこぼれた。手を伸ばし、蟹は蠍の髪と頬を撫でた。
今までは主従の身分をはばかり、どれほど哀れに思い慰めたくとも、おそれ多くて、蠍には触れられなかった。だが最期くらいは許されるだろう。
後悔と、哀憐の情を込めて、なめらかな頬に触れた。