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114 :やぎの夏休み(晩ごはん):2008/08/19(火) 01:44:34 ID:???0

 夏休みの間、山羊の寝室として用意された部屋は妙にしんとしていた。
 テレビがなかった。それだけで山羊にはそこが恐ろしく静かな部屋なのではないかと思えた
けれども、いつも自分の家で感じていた不安になるような静けさではなかった。外の林から
虫の声が聞こえていて、静かではあったけどそうさびしくはなかった。
「山羊。おじさんはこの部屋にはあまり入らないつもりだけど、部屋の片付けや布団の上げ
下ろしは自分でちゃんとやるんだぞ。おじさんは上げ下ろしをしてないせんべい布団が嫌いだ。
もし夕方になっても布団が敷きっぱなしだったりしたら勝手に部屋に入って片付けるからな」
 乙女は山羊に部屋の中を案内しながらそう説明する。家の中は全体的に物が少なくてこぎれい
だった。山羊がうなずき、リュックを下ろしながら「ゲームはある?」と尋ねると、乙女は
軽くあごに手をやって目をよそに反らすしぐさをした。
「そうか。ゲームか……何か持ってきたか?」
「持ってこなかった」
「悪いな。ファミコンだったらあったような気はするんだが……いや、この前壊れたんで
捨てたんだったかな」
 ファミコンなんて旧時代の遺物では遊んだこともなかった山羊だが、かといって最新の
ゲーム機がほしいとも思わなかった。ゲーム機は家にあったのだがリュックには入れなかった
のだ。見ただけで父親の双子を思い出すから、つらくならないようにそうした。
 何を言われても平気そうにしている山羊の顔は、あまり子供らしくない。そうやって大人
から可愛がられないことにも慣れていた。
「僕、これからどうすればいいの」
 まるで何かの仕事をしているような、起伏のない山羊の口調に乙女が一瞬言葉に迷う間が
あった。そうやって迷われると山羊も戸惑ってしまう。山羊だって言われるままに動いた
ほうが楽だからだ。
「一ヶ月だもんな。山羊はなにか、目標みたいなものは持ってきたかい」
「何も」
 一ヶ月で帰れるなら目標を立ててこなすのもいい。でも、山羊は一ヶ月で家に帰れるとは
思っていなかった。
「僕、今日からおじさんの家の子供になるの?」
「……山羊?」
「僕、おとうさんにすて……」
 そこから先は声が出なかった。山羊は乙女おじさんの顔を見つめたまま口をつぐみ、また
すっかり元気をなくしてその場にうつむいてしまった。