山羊は乙女おじさんといるとちょっとペースが狂うのだった。
 なんというかだんだんやんちゃでいい加減になってくるような気がする。それまで動かす
こともなかった足を朝食時にふらふら振るような感じだ。
「山羊、宿題はやったか」
「やったよ。自由研究だけ決めれなくて持ってきた」
「ふむ。おじさんは残念ながら稼ぎ時なんで昼間は相手してやれん。困ったことがあったら
神社のどっかにいるが、それ以外は勝手にやってなさい」
 朝食が済んでから山羊は乙女が洗い物をするのを率先して手伝った。乙女も止めない。
自分のものだけ洗ったら後はいいと言われたので、山羊はそのまま何かをやるあてもなく
居間のテレビをつけて畳の上にごろりと転がった。
 やはりテレビでアニメはやっていなかった。山羊は十分ほどごろごろしてすぐに飽きて
しまい、作務衣を着替えている乙女に「外に出てもいい?」と訊いてすぐに外へと出て行った。


 神社のある川田地方はおりしもお盆時でレジャー客が毎日行楽に押し寄せている状態だった。
名物のそば屋が乱立するメインアーケードらしき一角はあるのだが、そこ以外は隣家まで
十メートル二十メートル単位で離れているのがザラ、しかも全て山中という典型的な
田舎の行楽地である。
「みんなでおそば食べたことはあるけどそれ以外のとこって行ったことないんだよなあ……」
 夏の最中なのに、下の街と比べていつも涼しかった場所。変わりやすい天気と手入れされた
林を吹き降りる山風。今日は入道雲が大きい。
 山羊は道路を歩き出した。絶えず往来する車をよけながら、レジャーに来ている家族連れや
さまざまな人々を観察してきょろきょろ首を左右に回す。みんな今日中にどこか遠くへ帰って
しまう人たちばかりだった。なんとなく声をかけられずにいたが、それでもまだ一人で散歩
するのを寂しいとは思わなかった。
 一日目はあちこちのおみやげ屋の主人の顔を覚えることから始めた。お店の中をうろうろ
しながらただ店の人の顔を観察する。若いおねえさんからおじいさんまで勤めている人は
いろいろだった。あとで乙女おじさんにあの人たちのことを聞いてみようと思いながら、
お昼時までかなりの時間を一人で歩いた。

最終更新:2008年08月23日 20:11