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「申し訳ありません…もっと早く、若様を連れて逃げていれば…」
その先は言葉にならなかった。
限界が来て、蟹は蠍の体の中へ熱い液体をほとばしらせた。
同時に、細紐が喉に食い込んできた。見苦しくもがくことはするまいと己に言い聞かせ、蟹は目を閉じた。
そのまま、蟹の意識は暗く重く濁っていった。


「…蟹!おい、蟹!!しっかりしろ!」
強い力で揺さぶられ、背を叩かれる。蟹は薄目を開けた。
自分を抱え起こしているのは、牡牛だった。
いつか山羊が、安くて美味くて珍しいものを食わせてくれると言って、自分を連れていった店。そこの主人だ。
自分や山羊より年長のせいか、あれも食え、これも食え、二人とも栄養が足りないと、父か兄のように、世話を焼かれた。いつも世話をする側だったから、新鮮な気分だった。居心地の良さと味に惹かれて、店の常連になった。
目を開けた自分を見て、牡牛の顔に安堵の笑みが浮かんだ。
「おお…息を吹き返したか。驚いたぞ、蕨を摘みに川辺へ来たら、お前が倒れているんだから…」
蟹は慌てて上半身を起こした。着物の前はきちんと合わさっているが、牡牛が来る前からこうなっていたかどうかはわからない。牡牛が直してくれたのなら、浅ましい行為の痕跡を見られたに違いない。
恥ずかしさで視線を合わせられず、蟹は座り直して、辺りを見回した。すでに夜が明けて川の土手は明るい。他に人影は見えなかった。
蠍はどこへ行ってしまったのだろう。それともあれは夢だったのか。
「いったい何があった。最初は酔ってここで眠ってしまったのかと思ったが…その首の痕は、ただごとではないな」
牡牛の声にハッとして、蟹は自分の喉に手をやった。
やはりあれは現実だった。自分は蠍に首を絞められ、気を失ったようだ。気絶した自分を見て死んだと思いこみ、蠍は立ち去ったのかも知れない。
「若様…」
蟹の口から震え声が漏れた。蠍はどこへ消えてしまったのだろう。薬に冒された体で、たった一人で。
「蟹」
呼びかけられ、蟹は牡牛の方を振り返った。
「黙っていてはわからん。その顔つきは、よほどのことがあったんだろう?一人で抱え込まずに、話してみろ」
「…」
「心配するな。俺が力になる」
力強く言い切った言葉に、蟹の両眼から涙があふれ出した。牡牛ならば頼ってもいい、すべてを打ち明けて大丈夫だという気がした。
「牡牛さん…牡牛さんっ…!!」
すぐには言葉が出ず、蟹は牡牛にすがりついて泣き出した。大きな手が幼子をなだめるように背を撫でるのを感じ、ますます涙が止まらなくなった。他人に対してこれほどの安心感を覚えたのは、何年ぶりのことだろうか。蟹は声をあげて泣き続けた。
朝の風が夏草を揺らして、二人のそばを吹きすぎていった。


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すごく長くなりました。以上です。