「どっかで会ったことあるような」
「どうだろう。でも知ってもらえてはいるみたいだね。ぼくの名前はカラス。ただ別
の名前があって、それは……」
 有名なバンドのボーカルの名前だった。
 俺は、驚いた。カラスの別の名前に、というよりも、そんなやつと知り合いだとい
う蠍に。
 蠍はしかし、びっくりしてる俺に、静かな目を向けてきた。
「大丈夫。金が無くても、芸も無くても、牡羊は牡羊。……自信を持て」
 それは、催眠の言葉だった。
 俺の中に自信があふれてきた。芸能人がなんだ。カラスが何様だ。俺は俺だ。
 カラスは蠍の言葉を聞いて、軽く笑っていた。
「ぼくも、あまり構えないでくれるほうが有り難い。今さらぼくらの昔の関係を、ど
うこうと言うつもりはないんだ。同じように、今のきみたちの関係をどうこう言うつ
もりも無い」
 俺と蠍は家族だが、そういう意味じゃないのか?
 自信に満ちあふれた俺は、その思いをカラスに向けて、そのまま口に出した。
「関係ってなんだよ」
「聞かされてないの? ぼくらのこと」
「知らねえ。なんのことだ」
「それは……、蠍、問題があるんじゃないか」
 蠍は、微笑んだ。演技のように。
「牡羊が、人の過去を詮索したがるようなタイプに見えるか?」
 カラスは、俺をじっと見たあと、腕組みした。
「見えないね。なるほど」
 蠍は微笑を消す。やっぱり演技めいている。
「俺を呼び出した理由は」
「繰り返し言うが、ぼくはきみらの関係を邪魔するつもりはないんだよ。用件はまっ
たく別のことだ」
 だから関係ってなんだよ。
 俺がそれを問うよりも、今度はカラスが説明しだすほうが早かった。

最終更新:2008年09月15日 17:14