やがて俺の様子を見つつ、カラスが言った。
「限界だね、彼」
 蠍がカラスに、厳しい目を向けた。
「無駄だ、カラス。俺は牡羊を守る。なんど魔法をかけても打ち消す」
「そうだね。このままじゃ、きりがない。……仕方が無い」
 二人はにらみ合った。
 俺には長い沈黙に思えた。しかし実際には、ほんの数秒だろう。
 二人は同時に言った。
「ぼくは蠍を愛してる」
「カラスは牡羊を愛してる」
 たった一文に込められた二人の作戦を、俺は疲労した頭で考えた。
 カラスのみりょーで、いま、蠍はカラスに惚れた。
 蠍の催眠で、いま、カラスは俺に……ええっ!?
 カラスがサングラスを外した。熱っぽい目で俺を見ている。
 そしてそんなカラスを蠍が、湿度の高い目で見つめている。
 なんなんだこりゃ。誰かカエルで蛇でナメクジなんだ。
 俺は言った。
「みんな嘘だって! なんだよこりゃ、やめろよ気持ちの悪い」
 カラスはまあ、そこは認めてもいいだろってかんじの、格好よい笑顔を見せた。
「参ったな、こう来るとは思わなかった」
 俺は必死で訴えた。
「嘘だからな、それ、嘘だから。今あんたが、俺になにか感じてても」
「ぼくにはそもそも、嘘の心と、本当の心の区別がつかない。だから、そこに境界は
無いんじゃないかと思ってる。今だってそうだ。蠍の催眠のせいだとはわかっている
けど、それでもぼくは牡羊を」
 蠍が手を伸ばして、カラスの口をふさいだ。
 おかげで能力の発動条件らしい「愛してる」の言葉は消され、俺は助かったんだが。
 蠍の苦しそうな顔が、俺を弱らせた。
 蠍、と声をかけると、蠍は黙って首を横に振った。
「魅了じゃない。魅了は関係ない。俺はカラスを忘れたことなんて無かった」
 カラスは黙って蠍の手を取りはずし、同じように首を横に振った。

最終更新:2008年09月15日 17:17