「それは違う、蠍」
「違わない。俺はカラスを愛してるから、カラスとは一緒に居られない」
 カラスも困ったように微笑み「わかってる」と言った。
 俺には意味がわからなかった。
 つまりこいつらは昔、そういう関係だったんだ。だけど、別れちまったんだ。
 けどなんで。愛してるから別れた? 俺には意味が分からない。
 俺に惚れきっている状態のカラスが、俺に言った。
「ぼくも同じ気分なんだ。今のぼくは、牡羊を心から……、ん、だから、牡羊を連れ
ていくべきではないね」
 そう言ってカラスは席を立ち、伝票を取った。
「いちおう魅了を解いておこうか。蠍、やっぱりぼくは、蠍を愛していない」
 蠍は一瞬、うろたえた様子を見せたあと、途方にくれたようにカラスを見上げた。
 カラスはサングラスに表情を隠すと、さよならと言って、店を出て行った。
 俺はしばらく放心し、それから蠍を心配した。
 蠍は、手で口元をおおい、目を伏せて、震えていた。
 声をかけると、蠍は俺の言葉を無視して、こう言った。
「……今日、一日でいい。牡羊、俺に惚れてくれ」
 それで俺は蠍に惚れ、あとはずっと蠍に寄り添った。
 店を出て、公園を散歩して、いろんな店に行って、……そのあいだ、俺たちはずっ
と手をつないでいた。
 蠍には制限が出ているに違いなかった。息がおかしく、目つきがとろんとして、声
が上ずっている。
 なのに蠍は俺に、制限の相手をさせなかった。
 夜になって、家に帰って、時計が0時になる直前まで、蠍は俺の部屋に居た。
 何も喋らず、なにもせず、俺にぴったりくっついていた蠍は、やがて俺に言った。
「今日、買ってやった本。あれ、俺の新作」
「そうなのか。どんな本なんだ?」
「読めばわかる」
 そして時計が0時になると同時に、蠍は部屋を出て行った。
 俺はふつうの状態に戻ると、机につき、スタンドつけて、本を開いた。

最終更新:2008年09月15日 17:17