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159 :やぎの夏休み(ねのと参り):2008/09/08(月) 22:45:29 ID:???0

 夏も盛り、この時期の川田地方の店舗にはほぼ一ヶ月休みがない。乙女の神社もそのご多分
に漏れなかったが、乙女はある日同僚の神官に半日神社を任せると山羊を連れて近所のそば屋
を訪れた。
「山羊も遊びにきたときはよくここのそば屋で食べてただろう」
「うん。ここってそば屋さん何件ぐらいあるの」
「この辺一帯で言うと三十件ぐらいあるんじゃないか。遠くにも出てる店があるから」
 早くも真っ黒に日焼けし始めている小さな山羊の身体に、店に入ると同時にクーラーの冷気
が当たった。いつもの作務衣で気軽に歩く乙女はすっかりこの店の顔なじみだ。席につくや
いなやすぐに出された氷水のグラスに透明な結露が日光を含んでまとわりつく。
 乙女がメニューも見ずに山羊の前で店内を眺め、山羊がちょこちょこメニューをめくって
何を注文しようか迷っているとしばらくして店の奥から温厚な顔をした男が店の前掛けを
つけて出てきた。ここの店主の蟹らしい。
「乙女さん。甥っ子連れてきたって本当かい」
「ああ。挨拶も兼ねて連れてきたんだが……参ったないつの間に知れたんだ」
「水瓶君が野菜持ってきたときに言ってたんだ。もうそこらへんの店ならみんな知ってるよ。
 というか、僕がかなり広めてしまった。ごめん」
 謝りながら愛嬌のある笑みでもってこめかみを撫でる。辟易した顔を作る乙女の様子も
慣れたものだ。赤の他人にはあまり表情を動かさない乙女おじさんがこんな顔を作ってみせる
ことからしてかなり仲がいい人なのかな、と山羊は口を閉じたまま思った。
「こんにちは。はじめまして」
「甥っ子。山羊って名前なんだ」
「始めまして山羊くん。蟹です。川田へようこそ」
 手堅くお子様そばセットを注文した山羊に対し、蟹は「はい」と応えながら川田地方の
観光チラシを持ってきてくれた。手前に鏡のような湖を構えた山脈の写真に夏の間の観光
イベントが涼しげな文体で印刷されている。
「ゆっくり居るみたいだから、山羊くんも何か参加したら面白いかもね。
 乙女さん。乙女さんはいつものでいいかい?」
「ああ。ありがとう」