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 二人の注文をうけた蟹が浮かれた調子でまた裏のほうへと戻っていく。山羊はそれを見送って
からチラシを手に乙女に尋ねた。
「いつものって何?」
「天ざるそば」
「おじさんと蟹さんってお友達なの?」
「まあな。ご近所さんだし、町会の委員なんかでも一緒になる」

 蟹の店のそばは観光地らしく満足のいく美味さ加減だった。お子様そばセットなどを
メニューに入れるあたり格式よりも大衆性を好んで取り入れているらしい。お子様そばセット
についてきた杏仁豆腐をつるつる口に入れる山羊の前で、乙女は旨そうな息をつきながら
そば湯をすすっていた。
「このチラシ、ハイキングとかお祭りとかそばの花を見るツアーとか色々あるんだね」
「山羊も何か申し込んでみるか?」
「うーん、まだ決めてない。この湖のあるところ行ってみたいなあ」
 山羊がチラシを前にいろいろ考えていると店の奥からまた蟹が出てきた。蟹はどうも子供
好きらしく、「ごちそうさまでした」と挨拶した山羊を乙女よりも猫かわいがりしそうな勢い
だ。この手のかわいがりに子供ながら馴染みきれない山羊である。
「山羊くんはもう”ねのと参り”はしたのかい?」
「ねのとまいり?」
「ん、まだ行ってないのかな? おじさんの神社の拝殿のとこにあったよね?」
「山羊にはまだ早すぎる。せめて小学校高学年になってからだ」
 横から口を挟んだ乙女に山羊はやや眉をよせ、乙女の顔を見返した。一瞬聞き返すのを
ためらったのはそれが大人の話なのかどうか判断がつかなかったからだ。乙女はすぐに山羊
の顔を見て彼の様子を把握したが、視線を抜いてわずかに肩をすくめただけだった。
「山羊くんにも教えてあげたらいいんじゃないの。乙女さん」
「む……」
「山羊くんは一人で神社の中を歩いてるんだろう。誰もいないときにいきなりあそこに入ったら
パニックになるかもしれない。
 ここにいる間に、乙女さんが一緒になって案内してあげたらいいと思うんだけどどうだい」



 かくてその日の真夜中、人もいなくなった神社拝殿内に山羊は連れてこられたのだった。
古びた白熱電球が灯された堂内は木肌の色がより色濃く強調され、各種の調度品類が素朴で
ありながらおごそかな雰囲気をかもし出している。
 中に入る間絶対に手を離すんじゃないぞと前置きしてから、乙女は拝殿の隅にある小さな
下り階段に視線を泳がせた。
「おじさん、ねのと参りって何するとこなの?」
「うん。あそこに小さな階段があるだろう。あれを下ってな、本殿に祭ってある御神体の
真下に通ってる地下通路をくぐる。根の国の戸……つまりあの世に近い場所を一時的に通る
から”根の戸参り”っていうんだ。あまりに小さすぎる子供だと根の国に呼び戻されるかも
しれないから、小学校に入っていない子は特に通行禁止にしてる」