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175 :やぎの夏休み(ねのと参り2):2008/09/14(日) 20:55:55 ID:???0

 誰もいないしんとした拝殿の階段を、山羊と乙女が裸足で下りていく。一歩ごとに階段の
木が太く軋む音を立てている気がした。
「壁のどこかに神様の錠前がついてる。触れるといいことがあるっていう言い伝えもあるんだ」
 乙女の言葉は山羊に半分ぐらい届いていなかった。階段を降りきった山羊は乙女と手を
繋いだまま廊下の壁を触り、まだ一メートルほど先が見えている廊下の暗さ加減にほっとした。
子供だましなのだ。お化け屋敷だって夜道だって押入れの中だって暗いけど本当は周りが
見える程度の暗さで、何も出ないとわかっていればそれほど怖くはない。こんなものにわざ
わざ並んで通る大人たちはやっぱりちょっと迷信深い。
 ……そう思っていたが、そんな強がりが通用したのは先に行った乙女に続いて廊下の角を
曲がるまでだった。

 角を一つ曲がると段違いに見えなくなった。
 一歩先に乙女の気配があるがその輪郭も幽霊みたいに点々が動いているようにしか見えない。
おぼろで、明るさと暗さの差異もよくわからない感じになる。
 二人しか通行人のいない廊下だ。回廊の先から吹いてくる風が異様に冷たく感じられた。
「おじさん、いる?」
「いるよ山羊。暗いだろう。神官や修験者になると、こういう道を一人で通るのも修行なんだ」
 乙女おじさんが闇の中からずっと喋りかけてくれるのは、山羊の心細さをまぎらわすための
気配りなのだろうか。気がつくとおじさんの手を握り締める自分の手がとても固くなっていた。
触れている場所の熱さや、湿気や汗にまで気付く。
 おじさんの輪郭が見えなくなる。山羊のもう一つの手は壁がさらに折れているのを感じ
取った。

 もう一つまがるともう輪郭は見えなかった。
 鼻先に羽虫が飛んでいても絶対に見えない。眼を開けていても閉じていても差異のない、
光の失われた世界がそこにあった。人間は目を閉じたら真っ暗だというけれど、それはまぶた
越しに光を感じていることを意識していないうそっこの話だったんだと山羊は思った。