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 乙女と呼びかける俺の声を、乙女は無視した。
「これは能力なのだと聞いて安堵した。俺は頭がおかしいわけじゃなかったんだ」
「ええと、よくわからねえが、だから納得したって話なのか?」
「納得は……、実は今でもできない。はっきりと思い出せるからだ。あのとき幻覚だ
と思っていたものを」
「……乙女?」
「トラックが横転する。その横腹に突っ込んでいく乗用車。ぶつかって潰れてゆく車。
ガラスが割れる。座席にある二つの体が、揺れる。ぶつかる。不自然に首が折れる。
侵入してくるトラックの荷物。鉄骨だ。それがあっという間に、からだを貫いて……」
 俺は乙女の肩を掴んで揺さぶっていた。
 乙女はいま、能力を使っているわけじゃない。しかし、なにかの映像に捕らわれて
いる。
 山羊の言っていた通りだった。乙女は、自分で自分を傷つけ始めている。体をとい
う意味でではなく。
 どうしよう、どうすればいい何をすれば。俺には蠍や蟹の力は無い。どうやって乙
女を戻せばいいんだ!?
 やがて乙女の瞳は、現実への焦点を結んだ。
 目の前の俺の顔を眺めている。ぼんやりと。やがて瞳の色ががく然としたものに変
わる。
 俺も焦りつつ、目で笑ってやる。……どうやら、悪戯が成功したみたいだ。
 乙女ってたぶん、頭と体があべこべなんだ。俺みたいに脳みそ筋肉って意味じゃな
くて、脳がからだ全体に詰まってる感じ。
 なにかを感じてなきゃおかしくなるんなら、おそらく、怒ってるときの乙女が、い
ちばんまともだ。
 で、ちゅーされた唇をぬぐうこともせずに固まってる乙女に、俺は言った。
「い、いたずらだからな。いたずらだぞ!」
「……お、羊。おまえ」
「まだ変なもん見えるか? ああ?」
「今、今これ以上は無いというくらい変なものを見せておいて、なにを言ってるんだ!」
「よーし。あんたはこれから部屋に戻って寝るんだよ。移動だ移動」